第5話

朝、鳥の鳴き声がチュンチュン煩くて目を覚ます。昨日は疲れていたのかベッドに入って直ぐに眠ったようだ。


「……あー。 よく眠った」


とりあえず今日やるとは決めてある。俺はこの国の王都を目指して旅をしようと考えていた。一人で旅をするのはつまらないので奴隷を買うつもりでいた。


「とりあえず朝ごはん食べよ」


 下へ降りて食堂へ顔を出す。


「おはようございます」


「あら、おはようございます。朝食をお召し上がりになりますか?」


 アンナさんが食堂で配膳や片付けなどを行なっていた。


「はい、お願いします」


「わかりました、座って少しお待ちください」


すぐ運ばれてきた朝食を食べて宿を出る。

俺には奴隷商の位置が分からない。 宿に戻ってアンナさんに場所を聞こうとしたが、奴隷商の場所をアンナさんに聞くのがなんとなく恥ずかしので通りに出て道行く人に聞いてみようと思とも思ったがここは全知全能の出番だと思い【マップ】を展開する。


すると【マップ】のウインドウ上に『目的地をお示しください』と出てきたので奴隷商と念じてみるとカーナビのように目的地が表示され道順に矢印が出てきた。後は、ナビギェーションに従い奴隷商を目指す。


ケモ耳。異世界に来てケモ耳をモフらずしてどうするというのか。地球に生きる人類にとって異世界行ったらやってみたいことランキングトップ3は固い。はず。とにかく俺はケモ耳を欲しているのである。

エルフでも良い。やっぱり異世界といえば美人なエルフが定番かもしれない。


30分ほど歩き奴隷商についた。かわいい奴隷を購入できるかと思うと興奮してきた。奴隷は憧れの存在だ。


気合を入れて中に入る……つもりだったが、扉の前で護衛のような屈強そうな男に止められた。


「坊主、お前が来るような店じゃねえぞ。帰った帰った」


しっしっと手を払われる。


「そんなつれないこと言わないでくださいよ、にぃさん。今日仕事終わりにこれで一杯やってください」


ということで、大銀貨5枚を護衛に握らせてみた。


「お、おぅ……おぉ!?」


 戸惑ったり驚いたり忙しそうな人だ。


「それで、中に案内してもらえますか?」


「……わかった、中へどうぞ」


対応まで柔らかくなった。この世界のチップの相場とか全然わからないし、多めに渡せば入れてくれるかなあと思って渡したけど、さすがに渡しすぎたかもしれない。懐は痛まないが。


 中へ入って応接間的な部屋へ通され、座って待つように言われた。


「店主呼んでくるから少し待っててくれ」


しばらくすると店主がやって来た。いやらしい男を想像していたが真面目そうな中年のおじさんだった。


「お待たせしました。 店主のドルトンと申します」


さすが店長だ。こんな少年の俺にも丁寧な対応をしてくる。さっきの護衛の態度とは大違いだ。


「俺は修一です」


「そうですか、修一さん。 今日はどのような御用でしょうか?」


「奴隷を1人買おうと思って……旅に出たいから常識程度の知識があって、身の回りの事ができる人が欲しいです」


「かしこまりました。ここへ何名か連れてまいりましょう。それとも、奴隷を見て回りますか?」


「あ、じゃあ、見て回ります。それで、できれば若い獣人の女の子かエルフの綺麗な奴隷がいいですねぇ」


「かしこまりました。それでは参りましょう」


ドルトンさんが、お若いですなあみたいな顔したよ、今。わかるからな!


「ここからが奴隷の住まわせている部屋です。中は見えるようになっていますので自由に見てください」


よし、鑑定さんの出番だ。


結構色んな種族がいるが、やはり獣人の割合は多いように思える。まだ10歳にも満たない少年少女も多くいたし、年寄りもいる。


「常識程度の知識があって身の回りの事ができるということであれば、15歳以上の子であれば大抵は大丈夫だと思います。料理が上手い下手のような多少の個人差はありますが。歳を取っている方はそれなりに知識も多いかと思います。ですが、旅をするということなので、体力的なことを考えると老人はやめておいた方がよろしいでしょう。金額的には特技や容姿、体に欠損があるなどで差はありますが、大方若い方が高く、年老いた方が安くなっています」


「ドルトンさん、あの人は?」


「あの女性は満身創痍といった状態で倒れているのを見つけて、そのままにしておくのもなんなので、介抱したのですが、それを恩に感じたようで、行くところもないから奴隷として自らを売り、金で恩を返すと言って自ら奴隷となったかわったお人です。 所作から、もしかしたらどこかでメイドのような仕事をしていたのかもしれません。しかし右腕が無いし顔が焼け爛れているので買い手がつかないのです。 ただ……」


「ただ……?」


「人族ですし、歳をとっていますよ」


それにしてもおばさんか……隠蔽されてるってことだよなあ。スキルにもあるし。


名前:シャルル

 性別:女

 年齢:48(18)

 種族:人族 (魔族)

 職業:奴隷

 レベル:27 (58)

 H  P: 1,600(5,000)

 M  P: 600(8,500)


 腕  力: 500(2,300)

 守  備: 450(2,000)

 魔  力: 500(3,300)

 魔 耐 性: 500(3,500)

 物理耐性: 600(2,700)

 身 体 力: 550(2,800)

 精 神 力: 420(2,200)

 魅  力: 300(5,000)


《スキル》

(弓術Lv7)

(剣術Lv6)

(偽装Lv8)

(索敵Lv6)

(テイマーLv7)

料理Lv8


《魔法スキル》

生活魔法Lv3(Lv8)

(雷魔法Lv8)

火魔法Lv3(Lv8)

水魔法Lv4(Lv6)

(土魔法Lv7)

(詠唱破棄Lv6)



《固有魔法》

 (変身)


そもそもこの人、魔族じゃないか。見た目は人族とほとんど変わらんけど、変身的なのしてるんかなあ? 俺の鑑定レベルが10だから偽装も見破れたみたいだな。


初老の白髪でまさに見た目は老婆に変装しているけど本当は美人なんだろうなー。スキのない佇まいに強さを感じる。


単身で高レベルの魔物と渡り合えるレベルだよねこれ。こんな人が満身創痍とかなにがあったことやら。なんでこんなところで奴隷なんかしているのかなー。


「ドルトンさん。 このひとなんで売れないの?」


「ケガをしていますし火傷で見た目がすごいことになっていますからね。それに歳ですし」


「もしこの人買うとしたらいくらですか?」


「お買い上げになるのですか?」


「そう考えています」


「歳をとっていますし、このケガですから金貨1枚でいいですよ」


「二人で話してみてもいいですか?」


「えぇ、構いませんよ。先ほどの部屋を使ってください。では、戻りましょう。奴隷は従業員に連れて来させます」


待合室のような部屋に戻ると、ドルトンさんはメイドにいってお茶を持って来させた。


「お茶でも飲んで少しお待ちください。もうすぐ来ると思いますので」


「はい、ありがとうございます」


コンコン


「店長、連れてきました」


従業員らしき男の声が聞こえた。


「入ってください」


従業員に連れられたシャルルが入ってきて、ドルトンの横に控える。


「それでは私は別室で待っていますので、気がすむまで話してみてください」


「わかりました、ありがとうございます」


「終わりましたら、部屋の外に控えているメイドに声かけていただければ戻ってまいりますので。それでは」


そう言ってドルトンが部屋を出て行った。


「シャルルさん、とりあえず座ってください」


「……なぜ名前を? ドルトン様に聞いたのですか?」


シャルルの雰囲気が鋭いものに変わる。


「いや、鑑定持ちだからさ。 シャルルが魔族ってこともわかっているよ」


「……っ!」


おう。殺されそうなほど睨まれてる。こわっ!


「まあまあ、そんな怒らないでよ。その雰囲気からすると人族と魔族って仲良くない感じなの?」


「あなた様はそんなこともご存知ないのですか?」


「それがまったくの無知なんだよねぇ。 それで、知識を補うために奴隷を買おうと思って来たわけだし。 あと、心の平穏のためにもケモ耳を欲していた」


シャルルの目つきが痛い人を見る目に変わったのを俺は見逃さなかった。


「私の偽装を見破るほどの持ち主には思えませんが」


「まあ、そこは隠れた実力的な。でも鑑定のことも話しちゃったし、やっぱりシャルル買うしかないかな。すっかり失念していた」


「魔族とわかっていながら買うと?」


「俺にとって種族なんて大した意味はないしね。シャルルが嫌ならやめておくけど、俺のことは話さないでくれよな?」


「……私はいまや戻るところもなく、満身創痍の状態を助けて頂いたドルトン様に恩を返すためだけにここにいます。恩を返すにも魔族とバレれば側にいるだけで迷惑がかかるだけですので、それならば奴隷として売られて少しでも商人として儲けていただければと思い、買われるのを待っていただけの身です。

そんな私を魔族とわかっていながら買おうとはなかなか面白そうなお方だ。それにどれほどの実力をお持ちなのかわかりませんが、鑑定だけで考えても相当な実力をお持ちのようですね」


「買いかぶりすぎだよ。それにしても、そこまでして人族であるドルトンさんに恩を返そうとするなんて、律儀なんだね。魔族と人族は仲良くないんだろ?」


「えぇ、敵対してると言っていいでしょう。はるか昔のことですが、生まれながらにして強大な力を持つ魔族を人族が恐れて迫害したことが始まりと言われています。

それが長い間魔族に受け継がれてきた歴史で、人族に対していい感情を持たない理由です。しかし、現状はそこまで大きな争いがあるわけでもなく、各々の領土で生活をしているだけです。

魔族は人族からの迫害、人族は力を持つ魔族からの報復を恐れ、お互いが疑心暗鬼になり今でも敵対している状態が続いているのでしょう」


「ふーん、そんなもんなんだなあ。 でもそれならなんで律儀に恩なんか返そうとしてるんだ?」


「恩を返すのは当たり前のことですから。 そこには種族など関係ないと思っています」


お、こいついいやっちゃ。そんなことを思っていたらシャルルは言葉を続けた。


「しかし、そんな考えを持つことですら魔族としては爪弾きにされる理由となり得るのです。 私はあるお方に仕える家の当主の娘でしたが、種族など大した意味をなさないと理想のようなことを父親に語ってしまったがために、私は父親や兄妹を筆頭として魔族の先鋭に命を狙われました。 命からがら逃げてきたところをドルトン様に助けていただいたと、そんなこところです」


発言の自由なんてあったもんじゃないんだな。好きなこと言っただけで殺されかねないとは。こわいもんだ。


「そっか、それで満身創痍で倒れていたって話につながるわけだ。」


「はい。魔族はもともと人族と容姿はそんなに変わりませんし、ある程度力のある魔族であれば、魔族の特徴である尖った耳と赤い目を隠し人族と同じような容姿にすることができます。 それで、人族の住む領土を目指していたのです」


「お、つまり今もその特徴は隠しているってことか。 しまも年寄りの格好をして」


「はい。この通りです」


シャルルが本来の自分の姿に戻る。言ってた通り耳が少し尖り、黒目の部分が赤くなった。顔が半分焼け爛れているが焼けていない顔は美人のように思える。


「なるほど、それが魔族の特徴か。カッコいいな! 変身でも顔の傷は隠せなかったんだな」


「……ははは、あなたは本当に変わっているようです。 魔族を少しも恐れはしないのですね」


「いやぁ、恐れるって言われてもなあ。シャルルが強いのはわかってるけど、敵対するとかそんな感情まったく感じないしな。 殺そうと思えばとっくに捻り潰されてるだろうし」


シャルルは拍子抜けたような顔をして、ふっと笑い、先程と変わらぬ澄ました顔に戻った。耳と目も人族と同じように戻っている。


「私はあなたに買われたら楽に暮らせるような気がいたします」


「いやあ、正直辛いと思うよ? 常識知らないし。 一応お金は多く持っているから心配しなくてもいいよ」


「いえいえ、そういうことではなく、気持ち的にということです」


「そお? まあそう言ってくれるとありがたいけど。 どお? オレに買われてくれるかな?」


「こちらからもお願いいたします。 そもそもあなた様が買うと申し上げれば私に拒否権などないんですよ、奴隷であり、商品なんですから」


「そういうことは言いっこなしだ。 ところで、シャルルを買うのは、もう決定したんだけど、人族の常識とかこの領土の地理的なことってわかる?」


「えぇ、多少はわかると思います。 一応魔族では人族の情報収集をしておりましたので」


なんと。魔族でもわかる人族の常識。てか、今の話からするとシャルルって魔族の中でもかなり上の権力者だったんじゃないか?


ま、そんなことどうでもいっか。情報があるならありがたいし、奴隷買いに来た目的を達成できている。また必要になったら情報収集したり奴隷買ったりすればいいな。


「よし。じゃあ、シャルルを買うことをドルトンさんに伝えて契約を済ましてしまおう」


扉の外のメイドに声をかけ、ドルトンさんを呼んでもらう。

ドルトンさんにシャルルを買うことを告げると、驚いたような安堵したような顔を見せた。


「本当によろしいのですか?」


言外にケモミミっ娘じゃないですよ?と言われているような気がしてならない。


「はい、話も合いましたし」


「そうですか。 私としては怪我を治療しただけですし、売れるかわからぬまま長いことここで生活するよりも、はやく外で生活をして欲しかったので嬉しいですよ」


 好々爺のような人のいい笑みを浮かべていた。


「値段も金貨1枚で大丈夫ですか?」


 ドルトンがほんとうにいいのかと確認して来る。


「はい、大丈夫です」


「そうですか、それならば奴隷契約をしてしまいましょう」


シャルルの首の後ろに奴隷紋を入れるためにそこへ俺の血を一滴垂らし、呪文を唱えると紋様が浮かんできた。奴隷契約をするためには主人となる人の血が一滴必要なようだ。紋様が首の後ろあたりにしたのはただ単に目立たない方がいいと思っただけである。


「これで契約は完了です」


「では、お金を支払います。受け取ってください」


金貨5枚を出す。余分の4枚はシャルルの恩を返したいという気持ちにプラスしてみただけだ。


「シュウイチさん、4枚多いですよ?」


「それはシャルルの気持ちだと思って受け取っておいてください。」


そういうと、シャルルも驚いた顔をした。


「ご主人様ありがとうございます」


素直にお礼を述べてきた。


「ご主人様かー……恥ずかしすぎる。が、悪くない」


顔がニヤけてしまう。シャルルにご主人様と言われてこの有様である。獣人の女の子を買ったらどうなっていただろうか。


「ありがたく受け取っておきます」


ドルトンさんも素直に受け取ってくれるようだ。


「よし、とりあえず行こうか。 シャルルの服とかも買わなきゃだしな」


「おっと、忘れておりました」


ドルトンさんは少々お待ちくださいと、席を外し、その手に杖を持って戻ってきた。


「シャルルを介抱したときにボロボロだった服は捨ててしまいましたが、この杖だけは取っておきました。必要であれば持っていかれますか?」


杖を差し出し、それをシャルルが受け取る。


「これは……私の。ソルトン様、ありがとうございます」


シャルルは深々と頭を下げてお礼を述べている。どうやら大切なもののようだ。


「これは私が長年愛用してきたものです。ご主人様、これを頂いてもよろしいでしょうか」


「ん、シャルルの物なんだろ?これからも大切に使ったらいいさ」


「ありがとうございます。」


それから少し雑談をして奴隷商を出た。


そして路地裏に入りシャルルを家の影に隠すようにして立つ。


「シャルル。 これから君の怪我を治そうと思う。 顔の火傷と欠損した右腕だ」


「そんなことが出来るのですか?」


「ああ、出来るぞ」


「そんなことできるはずが……」


普通なら出来るはずがない。でも俺は全知全能のスキルを持っている。出来ないことなどない。


「『エクストラヒール』」と唱えるとシャルルの全身が輝きだし顔の火傷が治り右手が生えてきて直っていく。暫くして感知すると生えた右手を見てシャルルは俺の胸に顔を埋めて泣いた。


泣き終えると【クリエイト】で手鏡を作り顔を確認してもらう。顔の火傷はなくなっている。


シャルルは手鏡に自分の顔を映して涙を流しながら笑っていた。


「ありがとうございます。 ご主人様は私の本当の年齢を知っているのですよね」


「ああ、知っている。 18歳だろ」


「そうですか。 それでは変身している意味が無いですね。 これからは最低限人族に見えるように尖った耳と目の色だけを変えるだけにします」


そう言うとシャルルは歳相応の顔になった。髪の毛は真っ赤な色で瞳は黒いままだ。はっきり言って10の男性がいれば10人が美人と言うような女性だった。


「綺麗だ……」


俺は思わずそう口にしてしまった。シャルルは頬を赤くした。


「これから末永く宜しくお願いします」


なんだか嫁になるようなことを言ってくる。俺は動揺してしまう。


「こちらこそ宜しく」

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