第649話 ケビンクオリティ
ラバスの暴露話を聞いてしまった魔王配下の者たちは、口々に信じられないと呟き、その呟きによる動揺が周りに伝播していった。
その配下の者たちとしては、魔王のことを疑うなど不遜極まりない行為と思いつつも、ジョンが平時の際には人の姿でいることから完全には否定しきれない気持ちもある。
そして、そのうちの何人かが他の者たちへ知らせるべく王都内へ走り去っていくが、ラバスはこれに気づけない。というよりも、ラバスの位置からは死角となっているので端から気づきようもない。
そのラバスの視線は先程からただ1人を捉えたままだ。それは、ジョンの生殺与奪を握っているケビンである。
だが、ラバスの見つめる先のケビンは頭を抱えて蹲っていた。
(いったいどうしたのでしょうか……?)
ラバスとしては早くジョンの手当をしたいところだが、ケビンを無視して運ぼうにもラバスの力では無理だ。当然のことながら配下の者たちの助けが必要になる。
けれども、その配下の者たちはラバスの暴露話を聞いているので、どう判断し動くのかがラバスにはわからない。助けを求めて近づいてきた矢先で、ジョンに襲いかかってこられても困る。というよりも、襲いかかられては防ぎようがない。
そして、誰も動こうとする気配のない中で、ティナたちは長年の付き合いからかケビンの状態を完璧に見抜いていた。
「ケビン君落ち込んでるね」
「必然」
「勘違いって怖いねー」
「あらあら……癒してあげないといけないわね」
そのようなことを話している中で、ケビン至上主義のサラが動きだす。既にケビンの張っていた結界は魔王が勇者だとわかった時点で解かれていたので、そのまま歩き出してケビンに近づいていく。
そして、胸部装甲を外し蹲るケビンの傍で膝をつくと、ケビンの頭を引き寄せて大きな膨らみの中に埋もれさせた。
「ケビンの好きなおっぱいよ」
「母さん……」
今はそんなことをするような空気じゃないとケビンは言いたかったが、母親の優しさを無下にすることはできなかった。断じて、ぽよんぽよんしているおっぱいが気持ちよくて、欲望が理性に打ち勝ったわけではない。
すると、成功者の後へ続けと言わんばかりに、ティナが胸部装甲を外しながら駆け寄っていく。
そして、サラと同じくケビンの傍で膝をつくと、ケビンの頭はサラに取られているので、空いている手を掴み自身の服の中へ突っ込みつつ、片手でブラのホックを外すとたわわな胸を直接触らせる。
「ケビン君、どう?」
「……」
ケビンの手の上に自分の手を重ねてモミモミするティナ。これにはさすがのケビンでも言葉を失ってしまうようだ。「どう?」とかそういう次元を既に超えている。
さすがチジョフ! エロフから進化したのは伊達ではないようだ。
そして、ティナの後に続いた者たちも近くまで来ていたようで、その行動を非難するかのようにしてボソッと呟いた。
「チジョフ」
「ちょっ、ニーナ!」
「いやー……さすがにそれは擁護できないよ。こんなところで何してんのさ」
「ケビン君を癒してるの!」
「ケビン君呆れてるよ?」
「うそっ!?」
クリスからの指摘によってティナがケビンへ視線を向けると、そこにはサラの谷間から顔を覗かせているケビンがジト目をしてティナを見ていた。
「ケ……ケビン君? い、癒されたかな?」
恐る恐る訊ねるティナに対して、ケビンは一言だけ告げた。
「やりすぎ」
そう言うとケビンはスキルをフル活用して、ティナのたわわな山頂にある蕾をキュッと摘む。
「ああああ――ッ!」
それによってビクンと体を跳ねさせたティナはそのまま崩れ落ち、膝立ちからペタンとお尻を地面につけるアヒル座りになってしまった。
「え……もしかして……ティナ、イッたの?」
「チジョフ降臨」
クリスが驚愕し、ニーナが辛辣な言葉をかけるが、ティナは答えることができない。既に散々ケビンによって開発されたティナの体は、そのケビンの手にかかれば簡単に達っしてしまうようになっていた。
「ケビン君……これはやりすぎだよ……」
「ブーメラン」
奇しくも、ケビンの言った言葉はそのまま自分に返ってきてしまったようだ。
「くっ……殺せ!」
ケビンが居た堪れなさからか、ネタを言うだけ言ったらサラの谷間に顔を隠してしまう。
「まぁ……元気になったってことかな?」
「てんぷれおつ?」
「とりあえず、ケビン君はその手を動かすのをやめようか? ティナがヤバい状態まで落ちる前に」
「え……?」
ケビンは、クリスから何のことを言われてるのかさっぱりだった。だが、視線を動かしてみれば、ケビンの手は相変わらずティナの服の中でたわわの柔らかさを堪能していたのだ。
既にティナの手は離れてだらんとしていることから、ケビンが自発的に揉んでいるとしか言いようがない。そして、ティナはティナでそれを止めようとはせず、声を押し殺すかのようにして静かに喘いでいた。
「いつの間に……!?」
「もしかして、無意識?」
「エロの権化」
「身体が勝手に動くなんて……これが俗に言う身〇手の極意っ!?」
絶対違う。断じて違う。極意の効果はそんな性寄りではないと、全龍玉ファンから総ツッコミをくらいそうだ。
結局のところ、なんやかんやで元気になったケビンがサラから離れ、ティナのたわわを解放し立ち上がると、改めて魔王たちの方へと視線を向ける。
そして、その視線を受けたラバスは、思わずビクッと反応してしまう。その反応は生命の危険を感じ取ったせいなのか、それとも稀に見る公然変態を見てしまい、身の危険を感じ取ったせいなのか、どちらが原因となっているのか定かではない。
ただひとつわかっていることは、目の前の敵は絶対にスケベだということ。ティナが隠しつつも感じていたことを、同じ女の身であるラバスには筒抜けになっていたのだった。
そのようなことをラバスから思われているなど露知らず、ケビンはジョンに向かって歩き出す。そのケビンが近づくにつれてラバスのジョンを抱きしめる力が強くなり、何がなんでもジョンを守り通すという気概が窺える。
やがて、ケビンがジョンの前に到達すると、ジョンが静かに口を開いた。
「こいつは……関係ねぇ…………殺すなら……俺だけにしろ……」
ジョンの決死の覚悟を聞いたラバスが猛抗議するが、相手の事情などどうでもいいケビンは、聞きたいことを聞くためにジョンに対してある程度の回復魔法をかける。
それによって、ジョンは今すぐ死ぬということはなくなり、疲労感は半端ないが普段通りに喋られるくらいには回復した。
「何のつもりだ?」
当然のことながらジョンはケビンの行動の意図が読めずにそう問いかけたのだが、ケビンからの返答は何とも理不尽なものだった。
「死に際みたいな遅い喋り方を待っているほど、俺は暇じゃない。喋るならさっさと喋れ。だらだらと雰囲気を出しながら喋るな」
酷い……あまりにも酷い言い草である。ジョンが死に際みたいになったのはケビンがボコったせいであり、暇だから勇者ごっこをしながら魔大陸を冒険しているというのに暇ではないと言い、全て自分のせいではないように語っている。
さすがにこの物言いにはジョンも言葉を失ってしまう。ジョンを抱きしめたままのラバスにしてもそうだ。
確かに2人でそういう雰囲気を出していたのは否めない。だがそれは、もう後がないと悟ったジョンと、何がなんでもジョンを喪いたくないと思うラバスの気持ちがそうさせたものであって、間違っても狙ってそうしたのではない。
何とも納得のできないモヤモヤとした感情が2人の心を占めていくが、ケビンは構わず話を進める。
「お前が教団の馬鹿どもを殺した殺人勇者で間違いないな?」
既に気分は尋問官。とりあえず勇者だということは【マップ】を使った時にわかっているが、あえて自らの口で語れと言わんばかりにケビンは質問を投げかけていた。
「ああ」
そして、端的に答えたジョンに対して、ケビンが元の姿に戻るよう伝えたことにより、ジョンは魔狼族の姿から人族の姿へと変貌を遂げる。
「へぇー……そういう顔だったのか……」
それからケビンは腰を落ち着けて話をしたいがために、城の応接室へ案内するように要求すると、ジョンはケビンのあまりの横暴さに顔を顰めてしまう。
それもひとえに、ケビンの主張は殺さないかわりにお茶くらい用意しろというものであり、誰が聞いても顔を顰めてしまうような内容だったからだ。
しかしながら、ジョンの生殺与奪はケビンが握っているも同然であり、多少はケビンから回復してもらったものの、もう1度戦うかと問われれば、答えは「NO!」である。
その理由としては、ガトリングを撃ち放ってもピンピンしているケビンだったり、ガトリング並の射出能力がある魔法だったりと、ジョンからしてみれば『どうやったら死ぬんだ!?』と思わざるを得ない戦闘内容だったからだ。
その後は暇を持て余しているケビンが急かすため、ジョンは渋々ながら自身の生活圏でもある城へと先導しながら歩いていく。その傍らにはラバスが歩行を補佐するかのようにして寄り添っており、その後ろを歩くケビンはそれを否応なく見せつけられるのだった。
「ケビン君、なんか凄い見られてるよ?」
通常状態に戻っているティナがそう言うのも、仕方のないことである。
一行が王都内に入ってみれば、住民たちにラバスの暴露話が既に広まっているのかジョンはもちろんのこと、その後ろを歩いているケビンたちにも訝しげな視線をぶつけている。
その様子はまるで腫れ物を扱うかのようであり、住民たちもどういう反応をすれば良いのか判断に迷うところもあって、結果的にどうにもならない感情を視線に乗せてぶつけるしかないのだった。
やがて魔王城に辿りつくと、城の中からバタバタと駆けつけてくる魔狼族の男が現れた。
「魔王様っ、今しがた報告に上がってきた話は本当ですか!?」
「……爺やか……」
「爺やっ?!」
魔王城の玄関ホールにて三者三葉のリアクションが見られる中で、ケビンは一際テンションが上がっていた。
「爺やってことは、執事か何かなのか!? もしかして、名前はセバスチャンとかか?!」
ケビンが1人で盛り上がりを見せている中、ジョンが詳しい説明はこれからすると爺やに伝えたら、主要な人物を会議室へ集めるように指示を出した。
その後、ジョン先導の元で会議室へ移動したケビンは、応接室ではなく会議室に案内されたことによって首を傾げてしまう。
「うちの主要メンバーも参加させて、話を聞いてもらう。後から同じことを話すなんて面倒だからな」
「そのメンバーが集まるまで待てってことか?」
「誰かさんが要求したお茶が来るのをどうせ待つんだ。待つことに関しては、大した違いはないだろ?」
皮肉混じりにお茶のことを話題に出されては、ケビンとしても承諾するほかない。ジョンの言うお茶を要求した人物というのが自身であるため、ケビンとしてはグゥの音も出ないと言ったところか。
それからしばらくして、魔王陣営の主要メンバーが会議室に到着する。そのメンバーの中には先程の爺やだったり、ガタイのいい魔狼族の男だったり、それに比べると細身である魔人族の男だったりと、多様な人物達が揃っていた。
そのような中で、魔人族の女性がワゴンを押しながらケビンの近くまで寄り、ケビンのリクエストであるお茶を淹れたら、そっとケビンの前に置いた。
それを目にしたケビンがなんの躊躇いもなくお茶を口にすると、それぞれの席についていた魔王陣営の者たちがギョッと目を見開く。
「おい、毒が入っているとか疑わないのか?」
皆を代表してジョンがそのように問いかけてみれば、ケビンはなんてことのないようにして答える。
「俺に毒は効かない。効かないものをわざわざ気にする必要なんてないだろ」
「効かないだと……?」
ジョンは『毒の効かない人間なんているのか?』と、スキル関連に疎いためそう思ってしまったが、この世界に元から住んでいる者たちは違う。
「……【毒耐性】スキル……」
誰とはなしに呟いた声を耳で拾ったケビンは、その間違いを訂正した。
「俺のは【毒耐性】じゃない。【毒無効】だ」
わざわざ自分の手の内を馬鹿正直に晒す必要もないと考えたケビンは、当たり障りのないスキル名をでっちあげる。しかし、それを聞いてしまった魔王陣営の者たちは、信じられないものを見るかのようにして驚愕に染まっていた。
「“無効”スキルだと……!?」
「ただでさえ“耐性”スキルを上げるのには、並々ならぬ修練が必要だというのに……」
「“耐性”スキルを極めた先にある“無効”スキル……しかし、その才能が花開くのは極わずかな者たちだけ……」
臣下の者たちが驚きに包まれている中で、ジョンは「そんなスキルがあるのか?」と魔王として問いかけるわけにもいかず、隣に座っているラバスにコソコソと話しかけていた。
そこでコソコソと教えてもらったおかげなのか、ジョンは知ったかぶりをすることなく、如何にも最初から知っていましたよ?という風な
「それで……話がしたいということだが、いったい何が知りたいんだ?」
ジョンの発した言葉によってざわざわとしていた臣下たちも黙り込み、その者たちの視線がケビンに向けられる。
「まず……何でお前は勇者なのに魔王をやっているんだ? お前の本分は殺人だろ?」
オブラートに全く包むことなく問いかけたケビンによって、臣下の者たちは“勇者”という単語にざわつき始めるが、ジョンはそれを落ち着かせ今までの経緯を語り始める。
その内容は、召喚されたその時から魔王に至るまでの簡単な経緯であり、“どこどこの街や村に寄った”等の細かい部分は省いたものだ。
それでも転換点となるラバスたちの村のことは省略せずに、そこでの出来事をきっかけにして先代魔王を倒したことをケビンに説明する。
「――ということだ」
そして、最初の質問の回答を終えたジョンがケビンの出方を探ろうと視線を向けていたが、ケビンは腑に落ちない点を訊ねる。
「いや、それで何で魔王とかやってんの? 意味わからないんだけど?」
「だから説明しただろ。この地方では領地持ちの魔王を倒したら、そいつが次の魔王になるというルールがあるんだよ。無視したら真の魔王から粛清を受ける」
「ここに来るまでに領地持ちの魔王を殺したが、俺は魔王になってないし粛清も受けていないけど?」
「は……?」
ケビンからの返答で唖然としてしまうジョン。だが、そんなジョンを正気に戻す言葉が臣下から齎される。
「その者は勇者。であるならば、領地持ちの魔王を倒したところで魔王になることはないかと」
その言葉を聞いたジョンが『確かに……』と納得しそうになるが、丸く収まりそうだったこの場の空気をケビンはぶった斬った。
「いや、勇者なのはそいつで、俺はただの冒険者だからな?」
だが、ケビンのその言葉に臣下の者たちは納得できない。何故ならば、『勇者でない者がここまでやってこられるわけがない』という固定観念と裏づけがあるからだ。
その証拠とも言えるのが、未だかつて魔大陸の歴史においてただの冒険者が攻め入ってきたという史実がない上に、攻め入ってくるのは、今も昔も勇者とその仲間たちしかいないのだ。
故に臣下の者たちは反論する。
「勇者でない者が、この地までやってこられるわけがない!」
「そもそも、冒険者とは何だ?」
「言葉からして、冒険をする者か?」
幾度冒険者と名乗っても信じてもらえないというよりも、冒険者というものを知らなさそうな発言を聞きとったケビンは、サブのギルドカードを見せるとともに、冒険者というシステムについて説明する。
その説明を聞きながら、臣下の者たちがギルドカードを順に回していき、やがてそれがジョンの元まで回ってくると、ジョンは見事な造形のカードに対して興味津々であった。
「おい、そのカードは返せよ? 紛失すると再発行を依頼しないといけないんだからな」
「再発行ということは、唯一無二のカードじゃねぇってことか。これ、くれないか?」
「は? 馬鹿かお前? そんなもん貰ってどうすんだよ。ってゆーか、欲しいなら冒険者登録しろよ」
「お前の言う冒険者ギルドというものが、この地方にはねえ。登録しようにもできないのが現状だ」
「んなもん、人族側の領地に行って登録すりゃいいだろ」
何故かケビンのサブカードであるプラチナカードを欲しがるジョンだったが、ケビンとしてもプラチナカードが欲しくてサブカードを作ったというのに、それを差し出すなど言語道断であった。
その代替案としてケビンは冒険者登録を勧めたのだが、そこでクリスが会話の横から入ってケビンに話しかける。
「ケビン君、その人……多分、登録できないよ」
「え、何で?」
「ほら、セレスティアで色々とやっちゃったでしょ?」
「あっ……(察し)」
クリスからの指摘によって、ケビンはジョンがお尋ね者になっていることを思い出した。そして、そのことをジョンに伝えると、ジョンは召喚前と変わらない立場となっていることに溜息をこぼす。
「歴史は繰り返すもんだな……」
なんとも含蓄のある言葉だが、その内容は褒められたものではない。むしろ、自業自得とも言える。
「いや、自業自得だろ」
すかさずそう言うケビンに対して、魔王陣営からの視線が突き刺さる。
たとえ本当のことであっても、それを口にできる者がどれだけいようか。オブラートなんて知らないとばかりに言ってしまうケビンによって、臣下の者たちの心はひとつになった。
――空気読め。
だが、慮る必要のない相手に対しては、我が道を行くのがケビン。これぞ、ケビンクオリティとも言える。
「さすケビ」
ボソッと呟いたニーナの言葉は、思いのほか静まり返っている会議室に響きわたるのであった。
何とも言えない空気の中、話し合いはまだまだ続く。
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