第650話 明日は槍の雨か!?

 ケビンが冒険者だと改めて明かしたことで、何故魔王の座を引き継がず、更には粛清が行われないかの議論は振り出しに戻ってしまった。


「俺のことよりもお前の方がおかしいだろ。なんで勇者なのに魔王なんかやってるんだよ。人殺しはどうした?」


「……」


 ジョンはその質問に答えることができなかった。というよりも、答えたくなかった。ラバスとラブラブになった結果、趣味?の人殺しからは足を洗ったなどと口が裂けても言えない。


 更に言うと魔王になってしまったのは成り行きだが、今となってはラバスとの生活を守るために切磋琢磨して領地経営に励んでいますなんて、恥ずかしすぎて言えるはずもない。


 そのような思いを抱えたままジョンは葛藤していたが、ケビンがこれだけは聞いておこうと更に質問を重ねていく。


「ところで、ウォルターの言っていたことだが――」


「ウォルターって誰だ?」


 ケビンの出した名前に、ちっとも心当たりのないジョン。どうにもジョンはウォルターのことを忘れているようで、ケビンが仕方ないとばかりに誰のことを指しているのか説明していく。


 すると、ようやく思い出せたジョンは「殺した奴のことなんて、いちいち覚えてねぇ」と、全く悪びれもなく当たり前のように返すのだった。


「……まぁいい。それで、そのウォルターが殺してもいいやつらのことを言っていただろ?」


「ああ、魔王と魔族だ」


「その話の中で、北の帝国を治める皇帝でもある魔王も殺していいと言われなかったか?」


 その言葉を聞いたジョンサイドの配下たちがざわめきだす。人族社会の領土を占領し国を興したという魔王の話は、未だかつて聞いたことがないからだ。


 それゆえに、ケビンの話はいったいどういうことなのだろうかと、配下たちの理解が追いつかない。


「……確かに言われたな」


「まだ殺すつもりか?」


「いや……意味のない人殺しはもうしねぇ。俺には守るべき者たちができたからな」


 そう言ったジョンはチラッとラバスに視線を向けると、ラバスがそれに気づき視線を返す。そして、テーブルの下でお互いにそっと手を繋いで雰囲気を醸し出していると、蚊帳の外に置かれてしまったケビンの制裁がすかさず入った。


(空気読め!)


 ――バチッ!


「いてっ!」

「きゃっ!」


 ジョンとラバスは咄嗟に繋いでいた手を離して、その手をお互いがそれぞれ見ているが、そのような時にケビンから声がかかる。


「どうかしたのか?」


 何食わぬ顔でそう言ってのけるケビンだが、実際は2人の手に静電気を流してイラッとしたのを解消したのだ。だが、2人がそれに気づくことは当然のことながらない。


「い、いや……なんでもねぇ」


 困惑するジョンは、たった今起きた現象を静電気ではないかと判断するが、ラバスと手が触れ合う瞬間に静電気が発生したのならまだわかる。


 しかし、実際はラバスと手を繋いだ後に静電気が発生したのでジョンはどこか腑に落ちないのだが、ラバスには静電気関連の知識がない。


 その知識がないゆえか不安そうに自身の手を見つめていたラバスなのだが、それに気づいたジョンが静電気に関して教えるのではなく、落ちついた声音でただ「大丈夫だ」と声をかけて安心させるのだった。


 何故ならば科学という学問がないこの世界では、静電気について説明しようにも難しいことこの上ない。ジョンはそれを今までの生活の中で嫌というほど理解していた。


 内政チートなんてものは土台無理な話。ジョンはある程度の下地があるために理解はできるが、発展を遂げていた現代社会の有り様を異世界で実践しようにも、周りの者に下地がないため説明するだけでも四苦八苦するのだ。


 そのような経緯があったため、ジョンは先程ラバスに対して静電気のことは教えずに、「大丈夫だ」という言葉だけで済ませたのである。


「とりあえず、お前が皇帝を殺さないとわかっただけでも儲けものだな」


 静電気を使った嫌がらせなどなかったかのようにして、唐突に話を再開させたケビン。その言葉を聞いたジョンは、目の前の男は帝国の関係者なのかと疑問を抱いてしまう。


「お前……帝国の人間なのか?」


「ああ。俺だけじゃなくて、一緒に旅をしている嫁たちもそうだ」


 ケビンの返答を聞いたジョンは、果たしてただの帝国人が皇帝の生き死にを気にするだろうかと考えてしまう。


 自分を例にして考えてみるならば、ジョンは元の世界で国家元首の生き死になど気にしたことはない。むしろ、基本的には誰が国の代表となろうとも、社会はそう劇的に変化しないという自論を待っていた。


 ゆえにジョンは思う。国のトップの生き死になどを気にするのは、そのトップの周りにいる人間くらいだろうと。


「お前……冒険者と言っていたが、魔王の側近か何かか?」


「側近とはちょっと違うな」


「じゃあ、何だ?」


「本人だ」


「…………は?」


 ジョンは、ケビンの言ったことを理解できなかった。それはジョンに限らず、この場にいる魔王陣営の誰しもがそうであった。


 それも当然と言えるだろう。いったいどこの誰がいきなり“魔王本人です”と言われて、その言葉を飲み込み理解することができるだろうか。


 それ故にジョンたちの反応は間違ったものではなく、真っ当な反応であると言える。


「も……もう一度言ってくれ。何か突拍子もないことを言われた気がする」


「だから、俺がその本人だ」


 再び沈黙するジョン。目の前の人族から皇帝本人だと言われたところで、到底理解が追いつくはずもない。一般常識に照らし合わせても、国のトップである皇帝がフラフラと魔大陸を彷徨いているだなんて思わないからだ。


「……本当なのか?」


 ありえないとばかりにジョンは問いかけるも、それに応えたのはケビンではなく周りの嫁たちだった。


「ケビン君は皇帝だよ」

「真実」

「理解できないのも仕方がないよねー普通は城から出てくるなんて公務以外そうそうないだろうし、それが常識だからねー」


 ティナやニーナ、クリスが本当のことだと伝えていくが、サラはニコニコとしたまま成り行きを見守っている。すると、ケビンが再度口を開いた。


「まあ、信じようと信じまいと俺としてはどちらでもいい。ただ、俺の命を狙うってことならここで殺そうと思っていただけだ。城で襲われた時に追い返したとして、その後も狙われ続けるのなら面倒なことこの上ないからな」


 その言葉によって、ジョンではなくラバスが息を飲んだ。先程ケビンがジョンをボコボコにしたのを見ていたからか、殺そうと思えば殺せることを真実として受け止めていたからだ。


「さっきも言った通りで、もう意味のない殺しはしねぇ。俺には守るべき者たちがいる」


「そういえばさっきも守るべき者って言ってたな。それは、隣に座る女性か?」


「ああ。あと義理にはなるが娘もいる」


「ほう。それでそのお腹の中の子はお前の子か?」


「そうだ」


「異世界に転移してきて、仲良くなった現地人と結婚。転移モノあるあるだな」


「…………?」


 ケビンの言った“転移モノあるある”の意味が理解できなかったジョンだが、とりあえず自分と似た境遇の者が他にもいるのだろうという着地点で落ちついた。


 そして、ケビンは話のわかる奴がどうせいるのならばと、近郊の情報集めという理由でジョンに周囲の勢力分布などの質問を繰り返していく。


 それによってわかったのは、ここら辺がまだまだ魔大陸全体で見ると半分程度の位置にあるということであり、ケビンは魔大陸の広さに改めて辟易とし始めた。


「ところで、俺も質問があるんだが……お前は皇帝なんだよな?」


「お前がそう信じるのならな」


「まあ、信じたと仮定してだ。帝国は栄えてんのか?」


「当たり前だろ。仮に貧困国だったら周りから攻め込まれてお先真っ暗だ。それに、民たちも貧困に喘いでしまう」


「そうか……それなら、統治に関して教えてくれねぇか? 色々と元の世界の方法とかを取り入れたりもしたが、中々に上手くいかねぇ。やはりこっちの世界のやり方ってもんがどんなもんなのか、一応聞いておきてぇ」


「んー……統治ねえ……」


 ケビンは腕組みをしながら黙考し始める。ぶっちゃけケビンの場合は、面倒なことをだいたい嫁たちに丸投げしている。しかし、ケビンの決済が必要な場合はその限りではないが。


 そのケビンがジョンから統治のいろはを教えてと請われても、何をどのように伝えればいいのか皆目見当もつかない。


 ゆえにケビンの取った行動は、ジョンがどのようなものを目指して内政に励んでいるのかを聞き出すことだった。


「まずは、食糧事情を何とかしてぇ。飯が食えねぇことには、何もやっていけねぇ」


「食糧か……ぶっちゃけ、俺は魔大陸の自然環境に疎い。どのような作物が育つのか、どのような野生動植物が生息しているのか、だ。そこら辺は現地人に聞き取り調査をするしかないだろう。そこから、その現地人が安全に農産物の仕事ができるように配慮する。そうすれば、自然と安定した農産物を供給することができる」


「現地人の安全確保か……」


「お前の領地がどのくらいの広さか知らないが、俺が仮に魔大陸のどこかを治めることになったら、領地境には砦を建築して、魔王城近郊に生活拠点を築いていく。守る者が近くにいた方が何かと便利だしな。どこかの魔王が攻めてきても近場に避難させる手間が省けるし、せっかく育てた作物を奪われたり荒らされる心配もない」


「なるほど……」


「あとは、各村や町の街道整備だ。これができれば流通も滞りなく広がるだろ。ぶっちゃけ、今まで見てきた魔大陸の土地は街道なんてもんがないから、どこに村や町があるのか全くわからん。行き当たりばったりで行く着くしかなかったぞ」


「それは俺も感じてた。以前にここら辺の地図を見せてもらったが、あれは子供の落書きだ。俺に絵心はねぇが、俺の方がまだ上手に描ける」


「それなら、正確とは言わないまでも、ある程度の正確性をもった地図を作った方がいいぞ。それを各村や町に配布すれば、街道整備が追いついていなくても、地図を頼りに移動することができる」


 ちょっとしたアドバイスのつもりでケビンが伝えていく内容は、ジョンにとっては目からウロコ状態であり、次第にのめり込んでいく。


 そして、ジョンがのめり込めばケビンも相手をすることになり、放置されるのはジョン側の参加者たちだけでなく、ケビンの嫁たちもそうだ。


 そのような中で嫁たちは話し合いが長くなると感じ取ったのか、ラバスを手招きして呼び寄せるとテーブルの端に移動してプチ女子会を勝手に開き始めた。


 こうなってくると、ジョン側の参加者である魔狼族や魔人族の者たちはすることがない。いわゆる手持ち無沙汰だ。


 食糧の確保など家畜からぶんどればいい精神でやってきた者たちにとって、ジョンたちの会話に混ざろうとしても、聞こえてくる内容は高度なものばかり。


 逆にもうひとつのグループであるプチ女子会に混ざろうとしても、何故かはわからないが第6感が警鐘を鳴らしており、戦闘中でもないのに命の危険を感じとっていた。


 よって、彼らはただただ待つしかなく、その姿は既に置き物と化している。


 その間にもケビンとジョンの話し合いや、プチ女子会は進んでいく。そして、ようやくある程度のことを聞き終えたのかジョンが礼を述べると、側近たちは待ってましたと言わんばかりに居住まいを正した。


「魔王様のお話に区切りがついたところで、少しよろしいでしょうか?」


 ジョンが主要メンバーとして集めた者たちの中で、“爺や”と命名されている者が口を開いた。その視線は主のジョンではなく、ケビンを射抜いている。


「何だ? 俺に何か用か?」


「魔王様と貴方の話の中で、貴方は皇帝でもあり魔王でもあるという内容を耳にしましたので、その点についてお伺いしたく」


「で、何が聞きたいんだ?」


「貴方は魔王様と同じく人の姿をとられておいでだ。その姿は本来のものでしょうか? それとも実は魔王様みたく姿を変えているだけで、実際は魔族であるとか?」


「俺は元から人族だ。両親も人族だから生粋の人族と言えるな。先祖に魔族の血が入っているということはないぞ」


「それなのに魔王を名乗っておいでなのですか?」


「それを言ったら話が振り出しに戻るってやつだろ? 俺よりも目の前の殺人勇者が魔王を名乗っている方がおかしいし、勇者だぞ? 勇者。魔王を倒す者が魔王になるなんて、ミイラ取り状態じゃないか」


「ミイラ取り状態という言葉はよくわかりませぬが、魔王様が勇者であることを知ったのはつい先程のこと。それまで我らは、魔王様が人族の姿を偽装しているだけの魔の者と判断しておりましたので。ただの人族が魔王を倒せるなどありえませんから」


「まあ、確かにな。ただの人族じゃ魔王は倒せない。新参魔王もしくは余程のことがない限りな。ちなみに俺の魔王の由来は、フィリア教団が魔王認定したからだ。後付けの理由は魔術の王だから魔王なんだとさ」


「魔術の王で魔王……それならば魔術王と呼称すれば良いものを……人族は異なことをする」


「まあ、どっちにしろ俺はもう魔王になってるから、今更魔術王なんて名乗っても魔王の称号は外れない。真の魔王って分類にも入ってるしな」


「「「「「――ッ!」」」」」


 ケビンのぶっちゃけトークにより、ジョン陣営は息を飲んだ。目の前の人族が真の魔王であると自ら語ったのだ。驚くなという方が無理である。


 しかしながら、語りが騙りである可能性もある。真の魔王とはそれほどまでに遥か高みの存在であり、なろうと思ってなれるものでもないからだ。


 今となっては暗躍する者たちのせいで真の魔王のバーゲンセールみたいになり、新参魔王たちがハイリスクのドーピングでその頂きに達してしまうことも少なからずはあるが、普通は条件を満たした高いステータスを持つ強者のみに許された地位である。


「貴方は真の魔王であると……? そのようなことを騙ってしまえば、真の魔王たちからの粛清が待っていますぞ!」


「俺が真の魔王って自称しているんじゃなくて、今まで殺してきた魔王がそう言うんだ。知ってるか? 真の魔王って魔力の具現化ができる魔王のことを指すらしい。人族の地に攻めてきたオークエンペラーの魔王がそう言っていた」


 そのようなことを言われても、魔王ではない爺やたちにはちんぷんかんぷんである。そもそも、魔王と真の魔王の違いすらわからないのだ。


 ただ、数多いる魔王の中に真の魔王という上位者が存在していることを知っているだけで、その分類の区別条件を知る機会など今までになかったのも背景にはある。


「ほれ」


 驚愕続きの爺やたちに対して、ケビンはデモンストレーションで漆黒の魔力を右手に覆わせた。


 それを見せられてしまった爺やたちは、あんぐりと口を開けてしまって固まってしまう。もう、脳の処理能力の限界を超えてしまったらしい。


「俺と戦っていた時にはそれを出していなかったな。真の魔王であることもそうだが、どっちにしろ勝てなかったってわけだ」


「まあ、戦闘経験の差だな。この世界で何十年と生きている俺と、この世界に召喚されて1年も経っていないお前とでは、くぐってきた場数が違う」


 それからケビンは爺やに対して、他に聞きたいことはないのかと尋ねようとしたものの、固まったまま動かなくなってしまっているので放置することにした。


 それにより、もう用はないとばかりにケビンはこの場を立ち去ろうとしたのだが、むさい男たちの会話とは別で、プチ女子会が行われていることを知り、嫁たちにお開きであることを伝える。


「ケビン、ラバスさんからお泊まりに誘われたの。いいかしら?」


 サラからそう言われたケビンはジョンに視線を移す。いくらラバスが誘ったところで、この城の主はジョンなのだ。ジョンがどうするのかの判断を仰ぐために無言の圧力を与えていたら、ジョンからも是非にとはいかないものの、行くあてがないのならとお泊まり許可が下りた。


「統治に関して聞きたいことができるかもしれねぇから、急ぐ予定がないのならゆっくりしていってくれ」


「んー……それなら、しばらくの間ここを拠点にするか」


 こうしてケビンが腰を落ち着けることを決めてしまうと、プチ女子会は場所を変え女子会に発展させるべく、サラたちはラバスに連れられてこの場を後にした。


「とりあえずすることもないし、内政関係を煮詰めていくか?」


「ありがてぇ。ちょっと書類を取ってくるから待っていてくれ」


 こちらはこちらで仕事の話を煮詰めるべく行動を開始したが、帝城に住む嫁たちがケビンの今の姿を見たらビックリすること間違いしであろう。特に仕事を任され(丸投げされ)ているケイトに至っては、ケビンに熱でもあるのではないかと疑うレベルだ。


 こうして、明日は槍の雨が降るかもしれないと言われても仕方のないくらいケビンが積極的に仕事、しかも魔大陸の他人の仕事を手伝うという天変地異が起こってしまい、この後はジョンと途中から復活した爺やたちも交えて、話を煮詰めていくのであった。

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