第648話 骨折り損……

 ケビンが発動したコズミックレイの理不尽がやがて終わりを迎えると、その被災地では砂煙がモクモクと上がっており、魔王がどうなったのかを全く見ることができない。


 だが、皆がその砂煙が晴れるのを見守る中で動く影があった。


「こんのっ、クソガキがぁぁぁあああ――!」


 怒号のように聞こえてくる魔王の声。魔王はとうとうキレてしまったようだ。


 しかし、ケビンは見た目からして大人なので“ガキ”ということはないのだろうが、今までの行いから“ガキ”と言われても仕方のないことではある。


 そのような怒り狂った声を響かせる魔王は片腕を前に伸ばすと、もう片方の腕でそれを支えるかのようにして手を添えていた。


「死ねぇぇぇぇ!」


 そして、鳴り響くは連続した発砲音。ケビンが何かに気づいてハッとした表情を浮かべてしまうも、音が聞こえてきた時点で既に弾丸は射出されたあとである。


 そのケビンが咄嗟にできたことと言えば、流れ弾で嫁たちが傷つかないように待機場所へ結界を構築することだけだった。


 そして、数多の弾丸に貫かれるケビンは、その勢いとともに後方へ倒れ込む。


「「「ケビン君!」」」

「ケビンっ!」


 魔王の攻撃によって倒れたケビンへ駆け寄ろうとする嫁たちだが、ケビンの張った結界に阻まれてしまい近くへ行くことができない。


 それは、どうやら嫁たちが外へ出て攻撃の的にならないようにと、予めケビンが処置をしていたからであるようだ。


 やがて、銃声も止み砂煙が晴れていくと、そこには右腕がガトリングに変化している魔王が立っていた。


「ゴフッ……」

(ガトリング……だと……!?)


 吐血するケビンは、魔王が何故ガトリングという現代兵器を知っているのか疑問に思ってしまう。だが、仮に殺人勇者が使っていたとしたら、それを目にした魔王が口を割らせたのではないかと考えていた。


 その後、所々ボロボロになっている魔王が、興奮のせいなのかどうかはわからないが荒い呼吸を繰り返していると、倒れているケビンに視線を向ける。


 さすがにガトリングによる弾丸の嵐に晒されては無事なはずがないと魔王は思っていても、もしかしたら致命傷ではないかもしれないという可能性も考慮して、そこは油断なく銃口を向けたまま様子を窺っていた。


 すると、吐血を繰り返すケビンの姿を目にした魔王は、即死に追い込めなかったことでガトリングの反動の強さに歯噛みしてしまう。


 そのような中で、こっそりとヒールを無詠唱でかけているケビンは、如何にもな演技を続けながら魔王が近づくのを待っていた。


 だが、ケビンの当ては外れて魔王は近づくどころかガトリングを拳銃に変えて、とどめを指すために再び発砲音を響かせる。


 その魔王からの攻撃に対して、ケビンは最後の力とばかりに震える手を魔王へ向けると、結界を張って弾丸を防いだ。


 いくら即死でなければヒールで回復できるというものの、弾丸に撃ち抜かれてはケビンだって痛いのだ。


 だから、痛いのは嫌だという理由で結界を張ったケビンだったが、それでも魔王は近づいてこない。それ故に、再び吐血してみるケビン。


「ゴフッ……はぁはぁ……」


 しかしながら、わざわざ出血後の血液を口の中に転移させてまでした演技なのに、魔王はそれでも近づいてこない。それどころか、再び発砲してきた。


 ケビンとしては、その所業に対して「解せぬ……」と言いたいところ。


 そして、ケビンは今度も震える手で結界を張ろうとしたが事態の進展を臨んだがゆえに、今一度我慢して弾丸に撃ち抜かれてみる。すると、やっぱり冗談抜きで痛かったので、すぐさまヒールで回復する。


「ガハッ……」


 「もう瀕死ですよ」と言わんばかりのケビンの演技。近づいてこない魔王。流れゆく時間の中で、とうとうケビンが痺れを切らして立ち上がると逆ギレしてしまった。さながら、人差し指をピシッと突きつけるケビンの姿は、完全にクレーマーそのものだ。


「おいっ、てめぇ! ここはテンプレ的にとどめを刺す場合は、俺に近づいてくるもんだろ! 何やってんだよ! テンプレブレイカーかっ!」


「……は?」


 今の今まで瀕死に見える状態で吐血していた者から、いきなり元気いっぱいの怒声が出てきたため、魔王は理解が追いつかない。『何故死んでいないの?』という心の声が、うっかり口から出てしまいそうだ。


 対してケビンは、魔王が近づいて来たところでの不意打ちヒャッハー逆転劇を演じようとしていたのに、そのチャンスが中々来ないどころか、このまま幕引きになりそうになったので納得がいかないという表情である。


 すると、得体の知れないものを見たという顔つきの魔王は、もうなりふり構わずに銃を撃ち放ってケビンを亡き者にしようとした。


 そして、再び弾丸が迫り来る中でケビンがとった行動は、某アン〇ーソン君ばりに背後へ仰け反りながらの弾丸避けだ。その人間離れした避け方を見てしまった魔王は驚愕し、アニメであれば目が飛び出していたに違いない。


『キター! リアルマト〇ックス!』


「フッ……テンプレバンザイ……」


 テンプレのひとつを達成できたケビンが余韻に浸っていると、仰け反っているままではさすがにしんどいということが自らわかってしまい体勢を元に戻した。


 その後、ケビンはお返しとばかりに魔法の準備を始める。


「目には目を歯には歯を……」


 そう呟くケビンの頭上に魔法陣が浮かび上がる。それを見た魔王は魔法陣に関する知識がないのでそれを読み解くことはできないが、危険であることだけは理解できた。


 そして、演出のためにケビンが魔法陣を時計回りに回転させ始めると、満を持して叫んだ。


「ガトリングファイアぁぁぁぁ!」


 すると、魔法陣から火矢が次々と撃ち出されていき、それを見た魔王は自身が行った攻撃を、形は違えどやり返されていることを知る。


「――っ、クソが!」


 魔王に向けて次々と飛んでくる火矢だがそこまでの速さはなく、避け続けていくほどの余裕が今の魔王にはまだある。


 だが、相手はあのケビンだ。ここで終わるはずもない。


「BPMアップ!」


 すると、ケビンの頭上にある魔法陣の回転が速まり、射出される火矢の間隔も狭まり、火矢の飛来速度自体も上昇する。


「踊れ、踊れ、踊り狂え! ハーハッハッハ!」


『これぞ、リアルダ〇スダ〇スレボリューション!』


《はぁぁ……》


 ここまでくると、もう悪役魔王と言われても仕方のない所業である。


 そして、必死になって避けている魔王を見ながらケビンが楽しんでいると、疲労のたまっていた魔王がとうとう被弾してしまう。


「チィっ!」


 そこから先は次第に躱しきれない火矢が増えていき、それに比例して魔王は徐々にダメージを蓄積してしまい体力を失っていく。


 やがて、魔王が致命的な一撃を受けてしまうと、そこからは坂道を転がり落ちるかのようにして次々と火矢を受けてしまい、しまいには殺到した火矢によって王都の外壁へ飛ばされてしまった。


「ガハッ!」


 外壁を背もたれにして座り込んでいる魔王が吐血すると、王都の入口で様子を伺っていた配下の者たちから心配の声が上がる。


 奇しくも、先程のケビンと同じような状況だ。このままでは魔王にとどめを刺されると思い、駆けつけようとする配下たちだが、あまりの恐怖によってその一歩が踏み出せない。


 そして、配下の者たちは敵に視線を向けるも、当然のことながら相対しているのはケビンだ。先程の戦いぶりから、その姿を見ただけでも足の震えが止まらなくなる。


 しかしながら、状況は待ってくれない。相対する者がケビンとあってか、この後の展開もある程度は予想がつくというもの。その当のケビンは、みんなの期待を悪い意味で裏切らない男なのだ。


 離れた場所にいるケビンがニヤリと口元を歪めると、その場から火矢を撃ち放った。その火矢は、寸分の狂いもなく魔王に当たる。


「グハッ……」


 その光景を見ている嫁たちは、ケビンの所業に相変わらずの酷評を述べていた。


「ケビン君、さっきの出来事を棚上げしてるね。魔王に近づかずにとどめを刺そうとしてる……」

「理不尽の権化」

「てんぷれぶれいかーってやつだねー」

「あらあら……」


 嫁たちがこうもお気楽な話をしていられるのは、ケビンが弾丸を受けた後でおかしな点に気づいたからである。それは、弾丸を受けた時に物凄く心配したのだが、何故かケビンが立ち上がらずに瀕死を装っていたことが原因だ。


 何故なら、ケビンの回復魔法は一般的に知られている回復魔法よりも効果が高く、仮に部位欠損になっても自前で治してしまうことを知っているからだ。


 それなのに、何故か倒れたままで弱々しく手を上げて結界で防いだり、弾丸をまた受けたりと、中々立ち上がらないことに首を傾げてしまっていた。


 そのような訳のわからないケビンの行動に対して、嫁たちは当時コソコソと話をしていたのだ。


「あれ……どう見ても回復してるよね? どうやって吐血してるのかわからないけど」

「……既に出血した血を転移させてる?」

「うわぁ……口の中が気持ち悪くなりそー」

「あまり心配になるような遊びはして欲しくないのだけれど……」


「あっ……起き上がった……」

「逆ギレ?」

「てんぷれぶれいかー?」

「とにかく元気そうで良かったわ」


 というような会話が舞台裏ではなされており、その4人の最終結論は心配したのは間違いなく事実であることから、後でケビンにお説教をしようということで話は纏まったのである。


 そして、ケビンが企てた不意打ちヒャッハー逆転劇は、自己犠牲が含まれていたことにより、思わぬところで嫁たちからの“心配”という不況を買い、それとセットでお説教も買うはめになったようだ。



 ――閑話休題



 何はともあれ、ケビンはテンプレブレイカーのことなど棚の上に放り投げてしまい、魔王にとどめを刺さんとして極大の火球を頭上に作り上げていた。


「終わりだ」


 そして、最後まで魔王に近づくことなくとどめを刺そうとするケビンから、とうとう極大の火球が放たれると、この場に不釣り合いな声が辺りに響きわたる。


「ジョンさんっ!」


 すると、王都の入口から魔王に向かって走っていく魔人族の女性が1人。敵対者でない女性に被害が及ぶことを懸念したケビンは、慌てて火球を制御しなおして上空へ打ち上げた。


「誰……?」


 首を傾げるケビンなどそっちのけで、女性が魔王の傍までやってくると、魔王を庇うかのようにして抱きしめた。


「な……何で……はぁはぁ……来た……」


「この子のためにも無事に帰ってくるって、約束したじゃないですか!」


「……悪い…………その約束……果たせそうに…………ない」


「いやっ! 嫌です!」


「ごめん……な…………ラズベリーを連れて……逃げろ……」


 視線の先で始まった感動の一場面のような何か……。ケビンはますます訳がわからなくなる。


「デジャブ?」


『いや、イエッティの時に似たような体験していますから、デジャブではないですよ』


「ああ、あの時か……というか、魔狼族と魔人族の夫婦か? 異種族同士で一緒になったりするんだな」


『マスターがそれを言います? “おまいう”ですよ?』


「……その件に関しては黙秘する」


 いったい何を見せつけられているのだろうかと思っていたケビンはサナと会話していたが、ケビンとしてはたとえ奥さんが出てきたところでやることは変わらない。


 イエッティの時とは違い、今度の魔王は危険なスキルを勇者から奪っているため見逃すわけにはいかないからだ。本人は未だにそう思っているのだ。


「そこをどいてくれないか? 貴女がいるとそいつを殺せない」


 このままでは埒が明かないと思ったケビンがそう言うと、2人の世界を作っていたジョンとラバスが、ここにきてようやくケビンに視線を向ける。


「お願いします! この人を殺さないで!」


「いや……そう言われてもな……そいつは勇者を殺して危険なスキルを奪ったんだ。俺の平穏のためにも殺さないわけにはいかない」


「え……勇者を殺した……?」


「そうだ。馬鹿な教団が召喚した勇者だ。その勇者は女神様からスキルを授かっててな、勇者が持つ分には良い……こともないか。あいつはあいつで殺人勇者だしなぁ……まぁ、とにかく。そいつが持っていたスキルをそこの魔王が殺して奪ったわけだ」


 ケビンの話を聞いたラバスは困惑してしまう。何故なら、ジョンの身の上話と類似点が多いからだ。だからこそ、ラバスは確かめようとした。一縷の望みをかけて。


「その……奪われたスキルというのは……?」


「そこの魔王が体の一部を変化させるだろ? 【変身】っていうスキルだ。そのスキルはとにかくヤバい。魔王に持たせたままにしておくことはできない」


 ケビンがそう答えたことにより、ラバスは確信した。ケビンの言っている勇者とは、ジョンのことだと。


 だがしかし、ここでジョンのことを話してしまえば、周りの者たちにジョンが勇者であることを知られてしまう。ジョンが勇者であることは、ラバスしか知らない秘密なのだ。


 ただでさえ憎き勇者というレッテルがこの魔大陸には蔓延っていて、ジョンが勇者であることを知られてしまったら、いったいどうなるかわからない。


 ラバスは色々と葛藤してしまうが、やはり愛する者を喪うというのは何を置いてでも回避したいと思ってしまう。ゆえに、ラバスは僅かな望みをかけてケビンに訊ねてみた。


「殺す以外で方法はないのですか?」


 だが、現実は残酷だった。


「……ないな。もしかしたら【強奪】なんてものが世の中にはあるかもしれないけど、言ってしまえば俺の持つ【強欲】の下位互換だろうしな。奪う条件は知らないけど、きっと殺すとかそんなもんだろ」


「そんな――!」


「突き詰めて考えれば予想はできるだろ? スキルというのは、俺の予想だと魂に宿るものだと考えている。体ではないことは確実だな。片腕を失った剣士が残る腕で剣術スキルを使う事例があるってことは、体にスキルが宿ってるわけじゃない。腕を失った時点で五体満足じゃないからだ。まぁ、両手を使うようなスキルは使えないだろうが」


 ケビンからの説明を聞いたラバスは、ジョンに視線を向ける。『どう足掻いても今まで通りの生活が送れるような助け方はないのか』と。


 そのようなラバスの葛藤を潤んだ瞳から読み取ったのか、ジョンは静かに微笑むと「逃げろ」とだけ口にした。


 しかし、端からラバスには逃げるという選択肢はない。だから考える。ひたすら考える。


 仮にジョンが勇者であることを暴露したら、今まで従ってきた配下の者たちが、手負いの今なら勝てると思い至って襲いかかってくるかもしれない。


 数人くらいなら、今の状態のジョンでも返り討ちにできる可能性はあるかもしれないが、この王都に待機している戦力は数人程度ではない。数の暴力には勝てないのだ。


 だが、勇者であることを隠したままだと、敵に殺される未来しかない。


 ゆえに、ラバスは考えに考えた結果、ある答えを導きだす。


 それは、勇者であることを暴露して、目の前の敵に保護してもらえないかと。


 元々、目の前の敵はジョンが勇者から奪ったスキルが危険だからと言って、ここへ殺しに来たのだ。それなら、間違えを正せば殺す必要はなくなり、逆に殺されないように守ってくれるかもしれない。


 今一度ジョンの顔を見つめたラバスは決心し、ケビンに視線を向けると今まで秘密にしてきたことを暴露した。


「貴方が殺されたと言っていた勇者は生きています!」


「……は?」


 突拍子もない情報によって、ケビンは目が点になる。


「その勇者はここにいるジョンさんのことです!」


 ケビンは更にとんでもないことをぶっ込まれてしまい、『こいつ、頭大丈夫か?』と失礼なことを考えてしまった。


「いやいや、そいつ魔狼族じゃん」


「それはスキルを使っているからです! 元々は人族で、召喚された勇者です!」


「……ちょっと待て。確認をとる」


 ラバスの瞳からとても嘘を言っているようには見えなかったケビンは、【マップ】を使うことによってこの場から勇者を検索した。


 すると、見事に外壁を背もたれにしている魔王が、件の勇者であると表示されてしまった。そう、表示されてしまったのだ。


 ケビンはガックリと肩を落としてしまった。『とんだ骨折り損だ……』と。


 そして、その様子を見ていた嫁たちは察してしまう。『あぁー。コレ、やっちゃったパターンだ……』と。


 そのようなことから、何とも言えない空気がケビンサイドに漂っていると、ラバスはケビンの様子が変わったことで話を信じてもらえたのではと、若干肩の力が抜けていく。


 だが、今まで従ってきた配下の者たちは、とんでもない情報の開示によってざわつきが収まらないのであった。

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