第641話 食べ過ぎ……?

 ベネットのお世話係の件が一段落すると、おもむろにケビンへ近寄る女性が一人。


「う、うっぷ……だ、旦那様……すまないがトイレを出してくれ」


 そう、九十九である。その九十九が座っていた席を見れば、山盛りだったミートソーススパゲティの皿が既に空になっている。それを見たケビンは溜息をつきつつ、食いすぎによる吐き気と断定した。


「食い過ぎだ。提供した俺も悪いが自業自得だな」


 そう言ってケビンが【携帯トイレ】を出した途端、九十九は駆け込むかのようにしてトイレの中へと消えていく。すると、今度は九十九2号となる弥勒院みろくいんまでもが、ケビンにトイレを出して欲しいと頼み込んでくるのだった。


香華きょうかも甘いものをガツガツと食べ過ぎだな」


「うぅぅ……気分の悪くなったももちゃんに釣られて……吐き気が……」


「もらいゲロか」


 全くオブラートに包む気もないケビンがそう言いつつも、新たに女子用【携帯トイレ】を創造しては、九十九の入ったトイレの隣に設置すると、そこへ九十九と同じようにして弥勒院みろくいんが駆け込んでいく。


「はぁぁ……よく胃の中に入るなと感心したこともあるが、やっぱり許容オーバーは存在したんだな」


 そのようなことを口からこぼすケビンはすんなり帰ることができなくなったので、出しっぱなしにしていたソファに再び腰を落ち着けると、アリスを抱きかかえてくつろぎ始める。


「2人は大丈夫でしょうか?」


「まぁ、今回の件が2人にとって良い薬になればいいんだけど、十中八九変わらないだろ」


「そうですね。落ち着いたらまた好物を口にしそうです」


 2人とは短くもない付き合いからか、アリスがそのようなことを言っていると、ソファに座っている他の嫁たちも同意するかのようにして頷いているのだった。


 そのような中で、勇者たちもゴブリンヒューマンが死んだために差し迫った危機がないからか、ゲロ待ちという状況が動くまではあちこちで歓談している。


「小生が思うに、帰るまでが遠足だと思うのですが、何か?」


「その前に、バナナがおやつに入るかどうかの謎があるでごわす」


「お弁当後のバナナは、食後のデザートというカテゴリですぞ」


「そうなると、三時のおやつにバナナは食べられないでござるな」


「「「然り!」」」


 【オクタ】の男子メンバーが、傍から見ればとてもくだらないことで熱い議論を交わしていると、女子メンバーは女子メンバーで更にどうでもいいような議論を熱く交わしていた。


「やっぱりBLに男の娘を入れてもいいと思うわけよ」


「嫌がる子に女装をさせて襲うとかオラオラよね」


「表向きは彼女って紹介するパターン?」


「そうなると、変声期が来ていない男の子限定だよね」


「「「青い果実!」」」


 このように腐った会話がなされている場所もあれば、ごく真っ当な日常会話をしているグループもある。


「もう大分奥さんと子供に会えていない……」


「子供が俺の顔を忘れてなければいいけど……」


「子供を抱っこした時に泣かれたらどうしよう……」


「帰ったらしばらくは家族サービスだな」


「「「だな!」」」


 子供に会えないという所帯持ちの辛さが、まざまざと滲み出ている会話をしているのは小鳥遊たちだ。その小鳥遊たちが家族の元を離れて、はや2ヶ月。年越しは家族と共に過ごしたかったのに、一緒に過ごしたのは共にいる勇者たちだ。


 それはそれで、小鳥遊たちにも別に不満があるということではない。気の知れた仲間たちと過ごしたのは、楽しかったとも言える。だが、欲を言えば家族と過ごしたかったという思いが後を絶たないのだ。


「なぁ、高光」


「何だ、孝高」


「これでお前の救いたいという願いは叶ったな」


「ああ。でも、僕の手で成し遂げられなかった。勇者だというのに……」


「そこは言っても仕方のないことだろ。最終的には、あの無敵ですら足手まといだとケビンさんに言われたんだぞ」


「それはわかっている。僕が僕自身を一番許せないのは、ゴブリンヒューマンがパワーアップした時に、恐怖で足がすくんで動けなかったからだ」


「それこそ、誰もお前を責めたりはしないさ。あの状況でまともに動けていたのは、九鬼と無敵だけだったしな。後は十前ここのつも静観していたから、あいつも平気だったような気もするな」


「勇者っていったい何なんだろう……勇気ある者ってことじゃないのか……? 僕にはその勇気が足りない……」


「それなら、帝都に帰ったあとはダンジョン潜りでもするか? 鍛練を積み重ねることでしか、あいつらのいる頂きには届かないだろ」


 そう締めくくる辺志切の視線は、甲斐甲斐しくベネットからお世話を焼かれている九鬼と、それを冷やかしている無敵や静観している十前ここのつの姿を映し出していた。


「あのよ、大輝」


「どうした? 士太郎」


「思ったんだけどさ、公然とサボれるって最高じゃねぇか?」


「今の状況のことを言っているのなら、これはサボりじゃないぞ。全員で休憩しているようなものだから、単に休憩時間だな」


「なっ――!?」


「サボりたいのなら逆に何か仕事をして、休憩時間をサボるという行為に走らないといけないが……サボるか?」


「サボらねぇよ! 休憩時間をサボるなんて本末転倒だろ。如何に働かないかが、俺たちのアイデンティティなんだからな」


 そのような本当にくだらない会話をしている蘇我と卍山下まんざんかだったが、いつの間にか九十九がトイレから出てきており、プリシラに飲み物を頼んでいた。


「プリシラ殿……さっぱりした飲み物を貰えるだろうか……?」


 そして、それに続くのは、九十九の後にトイレから出てきた弥勒院みろくいんだ。


「プリシラさん……私もさっぱりしたのが飲みたい……」


 そのように言う2人は、好物を食べている時の元気さなど微塵も感じられず、イスに座るとテーブルに突っ伏してぐったりとしている。


香華きょうか、いくらケビンさんがケーキを出してくれるからって、食べ過ぎでしてよ? この世界には個数を制限するご両親がいないのですから、これからはきちんと自制心を養うことですわ」


「だってぇ……」


 テーブルに突っ伏しながらも子供みたいに駄々をこねる弥勒院みろくいんは、頭の中で自制心とケーキを天秤にかけてみるも、その比率は0対10でケーキに傾いたままだった。


 そのようなところへ飲み物の準備を終えたプリシラがやってくると、ダウンしている2人に少しだけ冷やした水を提供する。


「モモ様、キョウカ様。つかぬことをお尋ねしますが、女の子の日はきていますか?」


 その問いかけに対して、2人が以前それがきたのは何時だったのかと考え込むと、結論に達した九十九が先に口を開いた。


「そういえば2ヶ月ほど遅れているな……」


「私も同じくらいかも……」


「――ッ! もしや、あの時に旦那様から仕込まれた種が芽吹いたかっ!?」


「そういえば私も中に……」


 そのとことを聞いたプリシラは、念の為にケビンの元へ赴き鑑定で2人を診察するようにお願いする。


「ケビン様、奥様方に妊娠の兆しが……それ故に鑑定を使って頂きたく」


「…………えっ!?」


 プリシラからの進言によってケビンはキョトンとするが、すぐさま思考が追いつくと驚いてしまう。その時に思い起こしたのは、去年にねだられて種を仕込んだということだった。


 そのことを思い出したケビンは月日が経つのは早いと感じてしまったが、今はとにかく妊娠させた勇者嫁たちの診察が先である。


 そして、ケビンが九十九と弥勒院みろくいんの傍に近寄ると、鑑定で2人の体の状態を見始めた。


「……おめでとう、2人とも妊娠している。今は妊娠2ヶ月だな。さっきの吐き気は食べ過ぎじゃなくて、つわりってことになる」


「「――ッ!」」


 九十九と弥勒院みろくいんが驚愕に包み込まれる中で、ケビンは当時に他にも仕込んでいた勇者嫁である三姉妹と帝都で待機している猫屋敷、月見里、龍宮の3人トリオにも伝えるべきかどうか悩み始める。


 それはソフィーリア曰く、つわりによって妊娠したという実感を肌で感じ、その結果で幸福を得られるという持論を以前に聞いていたからだ。


 だが、ここにはケビンに対する執着度がすこぶる高い三姉妹がいる。九十九と弥勒院みろくいんが妊娠したと聞いてしまい、そのまま黙って見過ごすはずもない。


「健兄!」

「おにぃ!」

「にぃ!」


 案の定というか予想通りの剣幕でケビンに近寄る三姉妹によって、ケビンは後ずさりながらタジタジとなってしまう。


 だが、全然つわりの“つ”の字も来ていない三姉妹は、他の2人の妊娠発覚に焦っているのか、それはもう鬼気迫る勢いでケビンに問い詰めていく。


「「「私たちは?!」」」


 その並々ならぬ鬼気を見せつけれているケビンは、『本人たちが望むなら別にいいか』という判断のもとで、三姉妹も同様に妊娠していることを告げるのだった。


「やった! 健兄との子供!」

「おにぃの赤ちゃん!」

「にぃの赤ちゃん!」


 歓喜する三姉妹が愛おしげにお腹を撫でながら喜びをかみしめていると、新しく加わった同じ勇者嫁たちも、自分のことかのようにして妊娠が発覚した5人と喜びを分かち合う。


「とりあえず妊娠がわかったってことで、5人は今から帝城に送るからな」


 いつまで経ってもキャッキャッとはしゃいでいる三姉妹と、テーブルで具合の悪そうにしている2人に伝えたケビンだったが、どうやら誰も聞いていないみたいである。


「お前らな……」


 具合の悪い2人はともかくとして、三姉妹が喜びのあまり有頂天になっている理由がわかってしまうケビンは、このままでは埒が明かないと思った末に、メイド隊をお供にしてそのまま5人を帝城に転移させるのであった。


 そして、目の前から三姉妹がいきなり消えたことによって一緒にはしゃいでいた面々は、キョトンとした間抜け面を晒した後にすぐさまケビンへとガバッと視線を向ける。


「俺は帝城に送るって言ったからな。聞く耳を持たないお前たちが悪い」


 そこへケビンを援護するかのようにして発言する勅使河原てしがわら


「確かにケビンさんは言いましてよ。貴女たちがはしゃぎすぎて、その話を聞いていなかったのも確認していますわ」


 それを言われてしまってはぐうの音も出ない女勇者たちなのだが、ガールズトークに花が咲き乱れてしまい止まらなくなってしまったのだから、少しくらいの温情をかけてくれてもと願わずにはいられない。


 そして、そのような思いを込めている目で見られてしまうケビンは、帝城に帰れば好きなだけ話せるということを伝えると、さっさと帰るように促した。


 だがしかし、今度はケビンの転移を当てにしていたのか、梯子を外された思いで口にしていく女勇者たちであったが、奇しくもあずまが発言した“帰るまでが遠足”という言葉を引用して、引率役を勅使河原てしがわらに丸投げしてしまう。


「ケビンさん、引率は構わないのですけれど、戦車で帰れと仰りますの? 明らかに人の目を引く乗り物でしてよ? 行く先々で問題になって、その事後処理をケビンさんはその都度してくれますの?」


「うぐっ……」


 勅使河原てしがわらからの正論によりケビンがタジタジになると、それを見ている他の勇者たちはケビンの性格からして、『絶対に面倒くさがってしないな』という結論を自然と導き出してしまうのだった。


「そ……そこは……ケイトが……」


 完全に人頼みの丸投げ逃げ口上をしてしまうケビンだが、嫁の一員となってケビンの家庭事情をある程度説明されている勅使河原てしがわらは、更なる言葉を投げかける。


「魔導通信機のある帝国内ならそれも可能でしょうけれど、ここは他国な上に敵国でしてよ? その確認を取るのに早馬を走らせて、書簡でやり取りするのに何ヶ月かかりますの? その間は足止めされてしまいますわ」


「それは……その……」


「そこで提案なのですけれど、ケビンさんのバイコーンと馬車を貸していただけませんのこと? バイコーンは従魔登録をしてありますし馬車を引かせているだけなら、戦車ほどのことはないはずですわ」


 勅使河原てしがわらによる追い詰めつつも妥協点を提示する話術によって、ケビンはまんまとその餌にかじりついてしまいバイコーンと馬車の貸し出しを了承したのだった。


 そして、ケビンからバイコーン4頭と馬車2台を勝ち取った勅使河原てしがわらは、馬車の中は当然のごとく戦車内と同じような環境であるのかを確認し、それに満足がいくとケビンにお礼を言って、魔大陸の冒険に戻って欲しいことを伝えた。


「じゃあ、あとは頼んだ」


「任されましたわ」


「ここら辺りではないと思うが、対処できない敵が出た時はクララ……はまずいか。アブリルに対処してもらってくれ」


「んなっ!?」


 クララはケビンから名前を呼ばれたことで、うんうんと頷き自身が大船になった気持ちで『任せよ!』と思っていたのだが、それを撤回されてアブリルの名前が上がってしまうと、『何故だ!?』と言わんばかりにケビンを見つめてしまう。


「クララの破壊跡を誰が整地していくと思ってんだ。俺はわざわざ転移してまでやりたくないからな? 面倒なことになるくらいなら、最初からアブリルを頼る」


「ひ……酷いのだ……主殿」


「クララが暴れてもいいのは壊しても問題ない地域限定、もしくは、俺と一緒に行動している時だ」


 戦い始めたら嬉々として地面虐待を始めてしまうクララは、過去の実績?から強く言い返せない部分もある。そして、周りにいるのは、その実績を目にしたことのある面々だ。


 完全に四面楚歌となっている状態で、凹むクララをかばう者はいない。誰しもが、あの後始末をしたいとは思っていない上に、ケビンほど魔力が有り余っているわけでもないからである。


 その後、ケビンが魔大陸に帰ったあとは勅使河原てしがわらの指示によって、馬車は当然のことながら男女別で使うことになる。


 そして、出発前のこと。


勅使河原てしがわらさん、あの時ってみんなで甘えたら転移で帰してくれたんじゃない?」


 そう言うのは銘釼めいけんだ。なんだかんだで、ケビンなら甘やかしてくれそうな気配を感じ取っていたからこその発言だが、勅使河原てしがわらがそれは難しいことだと説明を始める。


「今回の遠征は、私たちのわがままで始まったものですわ。ケビンさんとしては、この国がどうなろうと知ったことではないのよ。元々は戦争をふっかけてきた敵国ですし、私たち勇者をけしかけた国でもありますから」


「それは教団のせいであって……」


「それにこうも言っていましたわね。『逃げないのが悪い』と。私も極論的にはケビンさんの意見を支持しますわ。自分の命と今の地位を天秤にかけてそれで逃げないのであれば、それはその本人の自己責任というものでしょう?」


「それは……そうだけど……」


「少し話がそれてしまいましたけれど、以前の会議で能登君が助けに行きたいと申し出た時に、『送るのは送ってやるけど、後のことは知らん』って感じで答えていたでしょう?」


「……ああ、確かに」


「それでも、今回は戦車という破格の兵器を貸し出してくださいましたわ。更にはマリアンヌ様たち皇后陛下のバックアップ付きで。フルメンバーでない以上、これ以上の戦力もあるのでしょうけれど、無事に帝都へ帰ることができる状況ですからそのまま帰るようにと仰られたのですわ」


 勅使河原てしがわらがそのような結論を述べていると、それに待ったをかける者がいる。


「それは違うわよ、レイラ」


 そう言ったのは、静観していたマリアンヌである。


「ケビンにも例外はあるの。今回みたいにケビンの意見を変えてまでして楽な転移で帰ろうとしたら、例外を成し得る人物に頼まないといけないのよ」


「え……例外を成し得る人物ですか……?」


「そう。この場にいるメンバーだと、それができるのはアリスだけよ」


「アリス様が……!?」


「ケビンもアリスのオネダリは拒否できないのよ。だけど、アリス自身がケビンの意見を無条件に受け入れたりするから、あまりオネダリをしたりはしないのよね」


 そこで我が意を得たりと言わんばかりに乱入するのは、その現場ではなく録画映像を見たことのあるあずまだった。


「おほっ! それは正しく、“にぃに口撃”でありますな?! アリス皇后陛下の“にぃに”は最強であります!」


「なんと!? 妹キャラは永遠の需要でごわす!」

「いやしかし、姉キャラも捨て難いですぞ!」

「姉妹に挟まれる真ん中っ子なら、どっちも満たせるでござるな」


「「「それだ!」」」


「『それだ』じゃありません! アズマ様はお口が軽すぎます! あのことは他言無用ですよ! 箝口令ですっ!」


「箝口令ですと!?」

「おおっ、ここぞとばかりに皇族の権威を振りかざすアリス皇后陛下」

「そこにシビれる、憧れるぅぅぅぅ!」

「隠蔽に必死でござるな……逆に“あのこと”が気になるでござる」


「サルトビ様、詮索は無用です! 皇族の秘密に触れようとするのなら、命を賭けてください!」


 職権ならぬ皇権乱用で必死に過去の黒歴史を抹消しようとするアリスだったが、それを後ろから抱きしめるマリアンヌに阻まれてしまう。


「ふふふっ、この必死さが可愛いでしょう? ケビンもこの可愛さにメロメロなのよ」


「お母様!」


 マリアンヌの腕から逃れようとするアリスがバタバタと暴れているが、本気で暴れておらず身長差もあることから、その姿は子供が暴れているようで、周りの者たちはホンワカとした気分にさせられてしまっていた。


「ということだから、レイラ。もし、ケビンの意見を変えるオネダリをしたい時は、アリスにお願いすればいいわ。アリスがいない時は、ケビンの母親のサラね。その2人の言うことだったら、ケビンも程々に折れてくれるわよ。厳密には第1夫人も入れると3人ね」


「わ……わかりましたわ」


「それと、その3人に限ったことじゃないけど、3人ともケビン全肯定派だから、ケビンの意志を無理矢理ねじ曲げるようなオネダリをお願いしたら、逆に制裁を受けるわよ。特に第1夫人や第2夫人であるサラから。その点は注意してね?」


 マリアンヌから言われた注意点によって、勅使河原てしがわらのみならず、他の新たに嫁となった面々もゴクリと生唾を飲み込む。


 ケビンハーレムのトップ2に座する妻たちからの制裁と聞いて、第1夫人はまだ目にしたことがないが、サラとは戦場で会った経験がある。


 その時のサラの魔物相手の暴れっぷりは、勇者たちからしてみれば正しくケビンの母親と間違いなく言えるほどに、強さが卓越していたのだ。


 新妻たちはそれを思い出してしまうと、否応なしに“制裁”という言葉が楔として己の中に打ち込まれてしまう。それは、好奇心は猫を殺すではないが、下手なオネダリは自身を殺すという戒めとなって。


「それじゃあ、タミアに向かって出発よ。温泉にゆっくりと浸かって、遠征の疲れを癒すわよ」


 こうして引率役の勅使河原てしがわらではなくマリアンヌが目的地を決めると、勇者たちも“温泉”というワードに惹かれてしまい、特に反対意見も出ずにタミアに向かって出発するのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 目的地がタミアに決まったところで、猿飛がいちじくに声をかけた。


いちじく殿」


「何よ、猿飛。また変なことを言ったらハリセンだからね!」


 そのすぐにハリセンで人の頭を叩く癖はどうにかならないのかと苦言を呈したい猿飛ではあったが、今回はハリセンで叩かれるような話ではないので、その中身をいちじくに伝えることにした。


「ゴブリンキング……もとい、ゴブリンヒューマンの腰巻をオークションにかけるようなことを言ってござったが、ケビン殿に燃やされる前に回収しなくて良かったのでござるか?」


「………………っ、しまったぁぁぁぁ!」


 一攫千金を狙っていたいちじくが『やらかした!』とばかりに頭を抱えてしまうが、もう後の祭りである。


 そこで、頭を抱えていたいちじくが目をつけたのは、マリアンヌの話で聞いたオネダリ上手なアリスだ。


「アリス陛下! ケビンさんに言って、ゴブリンヒューマンの腰巻を手に入れてください!」


「なっ!? 嫌です! どうして私がケビン様に、あの汚らしい腰巻をオネダリしなきゃいけないんですか! 想像しただけでも吐き気がします!」


「そこをなんとか!」


「嫌なものは嫌です!」


 恐れを知らないいちじくが、アリスとあーでもないこーでもないと口論を繰り返していくが、結局はアリスの「嫌です!」を覆させることができずに、ゴブリンヒューマンの腰巻は諦めることになるのであった。


「次よ……次こそは必ずレアな一品を手に入れてみせる!」


いちじく氏。お金なら小生が稼ぐであるからにして、そこまで躍起にならずとも……」


「何を言っているのよ、あずま! オークションでの一攫千金は、宝くじの一等を当てるようなものなのよ! そこには夢とロマンが詰まってるの!」


 甲斐性を見せたつもりのあずまであったが、そこにピンとくるものがなかったいちじくは、オークションにかける意気込みを見せつけて、あずまの男らしさには目もくれない。


「……解せぬ」


「諦めるでごわす」

いちじく殿はブレないですぞ」

「やはり、理不尽なひn――」


「猿飛ぃぃぃぃ!」


「まだ拙者は何も言ってないでござる!」


「言った! 貧乳って言った!」


「貧乳って言ったのはいちじく殿でござろう!」


「ほら、いま貧乳って言った!」


「解せぬでござるぅぅぅぅ!」

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