第640話 お貴族様な九鬼?
九鬼に声をかけられ改めて戦いを終えたと感じた無敵は、最後にゴブリンヒューマンを一瞥してから背を向けて九鬼と2人で歩き出す。
だが、2人が
「「――ッ!」」
強大な気配を感じ取った2人が後ろを振り向いた瞬間、倒れていたはずのゴブリンヒューマンが斬馬刀を片手に目の前まで迫ってきていたのだ。
「っ、力也――!」
九鬼が咄嗟の判断で無敵を突き飛ばすと、その無敵がいたはずの場所に斬馬刀が振り下ろされていた。そして、突き飛ばされた無敵は九鬼により九死に一生を得るのだが、その代償は突き飛ばした九鬼の左腕となってしまう。
「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"――!」
「グギャギャギャギャ!」
無敵が地面に突き飛ばされたまま視界に収める光景は、左腕を半ばから失ってしまい血を流している親友の姿と、それを笑っているゴブリンヒューマンの姿だ。
「
その光景を前にした勇者たちは、誰しもが言葉を失った。やっとのことで魔王を倒して、戦いに勝ったという雰囲気が流れていたというのに、それを嘲笑うかのようにして魔王の逆転劇が始まったからだ。更には、九鬼が腕を失うという状況に、ついていけていないというのもあるだろう。
「な……何で魔王が生きていますのっ!?」
皆の疑問を代表して言うかのように
「あの狂い方からして、また種でも飲んだんだろ。どうせ死ぬ身だ、後のことなんか考えずに一縷の望みに賭けたってとこだな」
そう言ったケビンがアリスに退いてもらい立ち上がると、九鬼に回復魔法をかけてはとりあえずの応急処置とした。
そして、回復魔法を受けた九鬼はゴブリンヒューマンとの間合いを取るために、近距離でゴブリンヒューマンに対して魔法を無作為に撃ち出したのだった。
「死に晒せや、くそゴブリンがっ!」
だが、ゴブリンヒューマンはその魔法の弾幕を簡単に躱しながら距離を取る。そして、その後に九鬼が目にしたのは、ゴブリンヒューマンが左手に持つ自身の左腕だった。
すると、距離を取っているゴブリンヒューマンは、ニタニタと笑みをこぼしながら九鬼の左腕を振って、あからさまな挑発行動に出る。
「……っ、てめぇ……!」
そして、次に見た光景で周りの勇者たちは吐き気を催してしまう。なんと、ゴブリンヒューマンは九鬼の左腕を口元に持ってくると、バリボリと食べ始めてしまったのだ。
その行為に対して九鬼が怒髪天に達しようとしたところで、肩に手を置かれたので振り返ってみると、そこにはケビンが立っていた。
「いつも言っているだろ。敵に容赦をするな、確実にトドメを刺せと」
「ケビンさん……」
「手痛い勉強代を支払ったな」
「……すみません」
「まぁいい。さて、弟子を可愛がってくれたお礼でもするか」
「ケビンさんが戦うんですか?」
「あそこまでパワーアップしたら、もう無敵はただの足手まといだ。それに、九鬼は片腕だしな。……あっ、それを見て九鬼の二つ名を思いついたぞ! 【隻腕の鬼】とかどうだ?!」
「勘弁してくださいよ……」
「とりあえず、あそこでボケっと座り込んでいる無敵を連れて、向こうで休んでおけ」
ケビンにそう言われた九鬼は無敵に近寄り立ち上がらせると、結界外に出てから見学の位置についた。
「……
九鬼の姿を見て居た堪れなくなってしまった無敵が罪悪感とともに謝罪の言葉を述べるが、九鬼はあっけらかんとして自身の心境を言葉にして返すのだった。
「気にするな。お前が死ぬよかマシだ」
そこへ近寄ってきた
「
「ああ、ケビンさんが回復魔法をかけてくれたからな。貧血でフラフラするが、痛みはもうない」
「なっ!? プ、プリシラさん!
貧血でフラフラすると言った九鬼の言葉を気にしたのか、無敵は慌ててプリシラにイスを貸してくれるよう頼み込んだ。その無敵の姿は既にいつもの落ち着いた雰囲気はなく、完全に九鬼の様子に対して一喜一憂している。
そのようなことが見学席で行われている中で、ケビンは九鬼の腕を食べ終わっているゴブリンヒューマンと相対していた。
「俺を見ても逃げ出さないってことは、もう自我は残ってないな。あるのは魔物としての本能のみか? それとも狂化され過ぎて判断がつかないのか?」
「ゲギャギャギャギャ!」
ゴブリンヒューマンがケビンを嘲笑うかのようにして斬馬刀を振り回しているが、それを見たケビンは【無限収納】から【黒焰】を取り出して腰に装着した。
「まずは、弟子の左腕を斬り落とした慰謝料から貰おうか」
そして、鯉口を切ったケビンがゆっくりと腰をかがめると、【黒焰】からパシッと紫雷が迸る。
「《紫電一閃・刹那》」
その瞬間、周りの者たちには何が起きたのかわからなかった。それは相対するゴブリンヒューマンとて同じである。ただこの場にいる誰しもが理解できたのは、ケビンが剣技の名を口にしたことだけだ。
そして、残心を終えたケビンによる納刀の音が鳴ると、ゴブリンヒューマンの左腕がぼとりと落ちる。すると、その瞬間を待っていましたと言わんばかりに、左腕の傷口から血が噴き出した。
「ギャアアアア――!!」
たった今起きた現象に対して、ゴブリンヒューマンはわけがわからなくなってしまう。その本人からしてみれば、離れた場所にいるケビンが腰をかがめただけで、自身の左腕が斬り落とされたのだ。
誰の目にも見えていないものを理解しろと言う方が無理である。ゆえに、ゴブリンヒューマンはわからないことを理解するよりも、まずは左腕の止血を優先させたのだった。
それから魔力によって傷口を圧迫して止血を終えたゴブリンヒューマンは、手放していた斬馬刀を拾い上げるとケビンとの間合いを詰める。わからないことを理解するよりも、目の前の危険な敵を排除することを優先させた結果だった。
すると、迎え撃つ側であるケビンは【黒焰】を抜き放ち、迫り来る斬馬刀を受け止めた。
それによりゴブリンヒューマンはがむしゃらに斬馬刀を振り回し、力任せの剣技とも言えない剣技で果敢に攻め続けていくが、それをケビンは片手持ちの刀でいなしていく。
そして、振り回される斬馬刀に合わせたケビンが力を込めてかち上げると、ゴブリンヒューマンがたたらを踏んだその隙に、返す刀でゴブリンヒューマンを袈裟斬りにする。
「ギャアアアアアア――!」
「なに言ってるかわかんねぇよ」
たとえケビンがゴブリン語をわからずとも、今の絶叫は確実に袈裟斬りにされた痛みからの絶叫であることは間違いないのだが、この場にそれを指摘するような勇者はいなかった。
いや、むしろ指摘できないのかもしれない。指摘しようにも九鬼や無敵との圧倒的な力の差を見せられてしまい、その光景は赤子の手をひねるかのようであり、呆然と戦闘の様子を見学するに至っている。
それからのケビンは、ゴブリンヒューマンの隙を見つけるたびに斬りつけていき、そのゴブリンヒューマンの体にはいくつもの切創が刻まれている。
既に満身創痍となっているゴブリンヒューマンだが、先程から本能に従いこの場から逃げ出そうとしているにも関わらず、逃げ出そうとした矢先にケビンから斬りつけられるという目に遭っていた。
ゆえに、ゴブリンヒューマンの取れる行動はひとつしかない。それは、命尽きるまでケビンに襲いかかるというものだ。
だが、それももう終わりを迎えようとしていた。
満身創痍となったゴブリンヒューマンの姿を見たケビンが、確実にその命を刈り取るために首を刎ねたのだ。
噴き上がる鮮血とともに倒れ込むゴブリンヒューマン。それに追い討ちをかけるかのようにして、ケビンは《煉獄》の炎にてゴブリンヒューマンを跡形もなく焼き尽くしていく。
「さてと……後始末も終えたし、帰るかな」
結界を解除したケビンがそのようなことを言うと、貧血気味でイスに座っていた九鬼が立ち上がり呼び止める。
「ケビンさん!」
「ん? どうした?」
「この腕、おっと……」
急に立ち上がったためか九鬼がふらっとよろめいてしまうと、それを慌てて無敵が肩を貸して支える。
「気をつけろ、
「わりぃ。それで、ケビンさん。この腕って治せますか?」
九鬼はケビンがゴブリンヒューマンの両腕を再生させたのを見ており、もしかしたら自分の腕も元に戻るのではないかと考え、頼んでみることにしたようだ。
「おお、男の友情だな。……で、腕を治すのか? 俺としては【隻腕の鬼】って感じで、ハクが付くと思ったんだがな」
「その二つ名はマジで勘弁してください。このままだと不便なんですよ」
「自家発電がか?」
「…………?」
ケビンの言った言葉を飲み込んでいく九鬼は、いったい何のことだろうかと首を傾げてしまうが、意味のわかっていない九鬼に対してケビンがオブラートに包まずそのことを伝えると、もの凄い剣幕でそれを否定するのだった。
「そんなことのために頼むわけがないでしょ!」
「まぁ、右手が残ってるしな。確かにそれが理由で頼むわけがないか」
「両腕がなくても、そんな理由で頼みませんよ!」
「ん? それならどうやって発散するんだ? 出さないことにはいずれ夢精するだろ。娼館にでも通うのか?」
「通いませんよ!」
「……ああっ、ベネットに頼むのか。確かにベネットなら九鬼大好きオーラ全開だから、喜んで奉仕とかしそうだな」
「冒険者仲間でしかないベネットさんに、頼めるわけがないでしょ!」
「……相変わらずだな。まぁ、治せるか治せないかで言うのなら、治せるぞ」
「それじゃあ――」
治せると聞いた九鬼が表情を明るくして頼もうとしていたのだが、その言葉にかぶせてケビンが条件を突きつけてくる。
「ただし、今回はお前の油断が生んだ結果だ。まぁ、無敵も同罪だが。そこでだ、今回の反省を忘れないためにも、しばらくはそのままでいろ」
「マジですか!?」
「マジ」
「いやいや、いきなり片腕でどう生活しろと!?」
「そこは抜かりない。……ふむ、今は街ブラ中か……都合がいいな」
何やら意味深な独り言を言い出したケビンを見た九鬼は、この後何が起こるのか気が気ではない。それもこれも、ケビンが一度こうだと決めたら、周りの制止など意味をなさないくらいに自己中街道まっしぐらであるからだ。それを嫌というほど味わわされた九鬼は、変な意味でのハラハラドキドキが止まらないのだ。
そして、ケビンが視線を九鬼から別のところに移すと、そこにはいきなりの転移で呼び出されたベネットがキョトンとして立っていた。
「あれ……?」
今の今まで街ブラ中であったベネットはいきなり華やかな街の景観から、寂れたと言うよりもむしろ廃墟と化している街の景観に変わったことで、全く状況を呑み込めずにいる。
「ベネット、元気そうだな」
「っ、お師匠様!?」
そして、声をかけられたことによって再起動を果たしたベネットは、目の前にケビンがいたことに改めて気がつくと、驚きの声を上げてしまう。
「突然の呼び出しに応じてもらって悪いな」
いけしゃあしゃあとそのようなことを言うケビンだが、断ることのできない強制転移のことを指摘する者は誰一人としていない。
「お師匠様の呼び出しとあらば、地の果てであっても頑張ってなんとか行きます! 行けなかったら手紙を書きます!」
ケビンに毒されることなく真面目に成長しているベネットがそのようなことを言うと、ケビンはここに転移させた用件を伝え始める。
「とりあえず、クキを見てくれ」
「……? クキくん?」
尊敬するケビンのことしか視界に入っていなかったのか、改めて周りを見渡したベネットはこの場に九鬼がいることを認識すると、その九鬼の体が五体満足でないことを目にしてしまう。
「――っ、クキくん! どうしたんですか、その左腕は!?」
驚くベネットが視界に収めたのは、左腕の3分の2程度を失っている九鬼の姿だ。それを確認したケビンが、ベネットに事の顛末を言って聞かせる。
「ま……魔王……」
「この際、魔王なんてどうでもいいんだ。それよりも問題なのはクキの日常生活だ。ベネットだって、クキが生活するのに苦労しそうだって思うだろ?」
「お、思います!」
「生活を助けてやる人が必要だよな?」
「必要です!」
「じゃあ、やってくれるな?」
「やります! …………え?」
ケビンからの問いかけにどんどんと間髪入れずに答えっていったベネットは、最後の最後でとんでもないことを答えたのではないかと困惑してしまう。
そのようなベネットの心境など知らずに、ケビンはケビンで問題が解決したことを九鬼に伝えるのだった。
「良かったな、九鬼。これで不便さがなくなったぞ」
「なに勝手なことをしてくれてんですか!?」
やはりろくなことにならなかったケビンの所業によって、九鬼が猛反発するも動き出した暴走機関車ケビン号は止まらない。
「ベネットはクキの世話をするのは嫌か?」
そこで急に話を振られたベネットは、またもや条件反射で答えてしまう。
「嫌ではないです!」
「ベネットさん……少しは考える間を置きましょうよ」
だが、改めて覚悟を決めてしまった九鬼大好きっ子は、いつもの如くそのオーラを全開にする。
「クキくんのお世話は私がします!」
「いやいや、不便ってだけで、何もできないわけではないですから」
「お風呂はどうするんですか! クキくんの大好きなお風呂で、片手だと満足に体を洗えないんですよ!」
「ちょ、お風呂まで世話するつもりだったんですか!?」
「これでも、小さい頃にお父さんの背中を拭いた実績があります! 気持ちいいと言ってくれました!」
「それは愛娘が一生懸命になって、背中を拭ってくれたからでしょ! 風呂は迷惑料代わりに、リキヤから手伝ってもらうからいいですよ!」
「……リキヤ……? その人は誰ですか?」
ベネットが首を傾げる中で、九鬼は力也が誰に当たるのかを教えたのだった。
「ああっ、ムテキさんでしたか。リキヤというのは愛称なんですね」
「いや、愛称じゃなくて下の名前です」
「下の名前……? ……ムテキリキヤ?」
ベネットが呟いた無敵の名前にケビンは「ぶふっ!」と吹き出し、
実は、笑いのツボを刺激された2人がこうなった原因は、ベネットの発音にあった。
九鬼たち日本人なら「ムテキ、リキヤ」と姓と名で区切って口に出すことができるが、ベネットは異世界人である。
そのベネットに対して九鬼が「家名がムテキで、名がリキヤです」と説明をすれば良かったのだが、体に染み込んでいる日本人感覚で“下の名前”と言ってしまったがために、ベネットは“ムテキ”の後に“リキヤ”という文字が続くのだろうと解釈した。図らずも内容としては当たっているのだが。
しかしながら、ベネットの中で“ムテキリキヤ”というのは、区切ることのないひとつの名前だという認識があるため、続けて言うには発音する際に言いにくいと思ったのか、“ムテ、キリキヤ”と口に出してしまったのだ。その発音が、ケビンと
「九鬼、お前の……ぷぷっ……説明が悪い……くくくっ」
「え……? 僕の説明がですか?」
九鬼が自分の説明のいったいどこが悪かったのだろうと首を傾げるが、その九鬼に代わってケビンがベネットに対し改めて説明をする。
「ベネット、クキにも別の名前がまだあるんだ」
「クキくんも長い名前なのですか!?」
「ベネットにもわかりやすく伝えるとなると、クキの名前はヤスツグ・クキが正解だ」
「…………えっ!? クキくんってお貴族様だったんですか!?」
ケビンの説明により、ベネットは九鬼が家名持ちだということを知るが、それによって“お貴族様”という誤解をしてしまう。この異世界において、家名持ちは王侯貴族の証でもあるため致し方がないとも言える。一部豪商はその功績によって、家名を得るという例外もあるが。
そして、ケビンが九鬼の例を踏まえた上で無敵のことも説明すると、ベネットはようやく“ムテ、キリキヤ”を“リキヤ・ムテキ”になるのだと理解するのだった。
「良かったな、無手桐木屋」
「何だ、その悪意しか感じない名前は!?」
「まぁ、落ち着け。桐木屋」
「虎雄っ、お前まで――!」
こうして、無敵が名前でからかわれている状況ではあるのだが、ベネットによる九鬼のお世話係という根本的な問題は未だ解決していない。
だが、やる気満々のベネットを止めることは、今の九鬼には無理そうである。
「たとえクキくんがお貴族様でも、私、頑張ります!」
「いや、僕はお貴族様とかじゃなくてですね――」
「大丈夫です! クキくんがお貴族様だってことは誰にも言いません! きっと、深い事情があるんですよね!」
「事情も何も――」
「任せてください! メイドさんみたいな使用人の経験はありませんが、お父さんの背中を拭いた時には褒められたんですから!」
「それは愛娘だからであって――」
「大船に乗ったつもりでいてください!」
「…………はぁぁ……もう、諦めます……」
九鬼にとっては大船に乗ったと言うよりも、むしろ泥沼にハマった気持ちであった。しかし、ベネットがその気持ちを理解することは今後もないだろう。
「そうだ、ベネット」
「何ですか、お師匠様?」
「せっかくクキの名前を全部知ったんだ。これからはヤスツグの方で呼んでみたらどうだ? 家名を呼ぶのは憚られるだろ?」
「――ッ! そうですね! クキくんがお貴族様ってバレないようにしないと! そうなると……ヤスツグくんかな……? でも、お貴族様に“くん”付けなんて、不敬罪になるし……ヤスツグ様?」
「いやいや、お貴族様ってことを隠すんだから、“様”なんて付けたらダメだろ。それに、今までだって“クキくん”って呼んで不敬罪だって言われたことはないだろ?」
ケビンによって、どんどんと外堀が埋められていく九鬼だが、暴走機関車ケビン号に乗車しているベネットを止めることはできない。
「どう呼ぼうかな? ヤスツグくんは長いし、ヤスくん……?」
「やっくんとかどうだ? これからお世話をするんだし、クキはベネットよりも年下だろう? 弟相手に呼ぶようなものだと考えれば、呼びやすいんじゃないか?」
「っ、さすがはお師匠様です! そうでした! 私の方が年上だから、お姉ちゃんです! やっくんに決定です!」
こうして九鬼の呼び方が“やっくん”に決まってしまうと、九鬼本人はどうにかしたいのか無敵に助けを求めるが、無敵も名前でからかわれていたので、その道連れを作るべく九鬼を助けることはなかった。
「それじゃあ、やっくん! 今からお姉ちゃんがお世話係ですからね!」
完全にやる気満々のお姉ちゃんモードになったベネットは、九鬼の心境など慮ることはなく、腰に手を当ててエッヘンと胸を張るのであった。
そして、九鬼は九鬼で最後の悪あがきをしようと思ったのか、ベネットの痛いところを的確に突く。
「お世話もなにも、ベネットさんは手ぶらですよね? 僕たちは長距離遠征をしているんです。旅の荷物がないのに、どうやって同行するつもりなんですか? もしかして、帝都に戻るまで同じ服を毎日着続ける気ですか?」
「――ッ!」
それを聞いてしまったベネットが絶望の表情を浮かべるが、それに助け舟を出したのはこの状況を楽しんでいるケビンだった。
「プリシラ」
「はい、ここに」
いつもの如く呼んだ相手の背後に控えるという超常現象をしてのけるプリシラに、ケビンはとあることを聞き出す。
「女性用の旅の予備はあるか?」
「はい。ご用意してございます」
「何でっ!?」
そこですかさずツッコミを入れたのは、あわよくばケビンの転移でベネットを送り返してもらおうと考えていた九鬼だ。
「女性たるもの、替えの服は何着も用意していますので」
「いやいや、サイズが合わないですよね!?」
「予備の服としてオーダーメイドではない、レディメイドを用意しています」
「何でさ!?」
「市井に紛れて情報収集をするためのものです。一般人を装うためには、既製品を身につけるのが常套手段ですので」
「メイドの仕事って何っ!? で、でも、さすがに下着は無理でしょ?!」
そのような九鬼の疑問に対して、フッと笑みを浮かべるプリシラ。その笑みを見てしまった九鬼は青ざめる。
「下着なら、上は各カップ数取り揃えておりますよ。どのような胸の大きさでも対応してみせます。下は言わずもがなですね」
「何で……どうして……」
ガックリと地面に片手をついて敗北感を味わわされて項垂れている九鬼に、プリシラは勝ち誇ったかのようにして答えるのだった。
「いついかなる時も主の要望に応えてこそ、真のメイドと言えるのです。私はメイドという仕事に誇りを持っています。先達からの指導、現状に甘んじることなく磨き続ける技術、後進の育成。我がメイド道に果てなし!」
トレードマークのメガネをクイッと上げてキリ顔を見せるプリシラによって、九鬼は完全敗北した。
「キター!」
「メイドの中のメイドでごわす!」
「クイーンオブメイズですぞ!」
「九鬼殿も、スキルでメイド道を学べば勝てる可能性はあるでござるが……」
「「「それは、ない」」」
「で、ござるか。男の娘って見た目でもないでござるからな」
オタたちがそのような会話をしている時に、“男の娘”に反応した腐女子が一人。
「男の娘!? 九鬼君の男の娘姿……萌えるっ!! ぜひ、ショタ系で! そして、無敵君とのかけ算……そこで乱入する
「晶子……」
「晶ちゃん……」
「晶子ちゃん……」
「小生の彼女が腐女子な件」
「男たちの狂宴でごわす」
「薄い本がないせいで色々と溜まっているのですぞ」
「
こうして、安定のオタフィールドを形成している【オクタ】のメンバーによって、この場は混沌と化すのであった。
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