第639話 九鬼参戦

 隠れていた猿飛たちが元の場所へ歩いて来ている時に、ゴブリンヒューマンを踏みつけていたケビンが猿飛に視線を向けると、周りの者たちも何かあるのかと条件反射のように同じ方向を向いてしまう。


「な……なんでござるか……?」


 すると、衆人環視という視線を一身に受ける猿飛がたじたじになってしまうが、ケビンが猿飛に向かって最高の笑みとともに親指を立てた。


「――っ!?」

(も、もしやケビン殿は、拙者たちが何をしていたのか知っているのでござるか!? いや、ないない! いくらケビン殿とはいえど、それはないでござる!)


 ケビンの行動によって焦りの表情を浮かべる猿飛に対して、事情を知らない周りの者たちはどういうことなのだろうかと首を傾げるばかりである。


 だが、どぎまぎとしている猿飛の挙動不審な行動によって、きっと何かあるだろうということを他の者たちは勘ぐらずにはいられない。そして、当の本人である猿飛は、自身の行動が周りの者たちの疑惑を呼び込んでいるということに気づいてはいないのだった。


「し……視線が痛いでござる……」


 それから元の位置についた猿飛は、待ってましたと言わんばかりのいちじくからハリセンの制裁を受けるが、服部との逢瀬で頭が幸せになっている状態であったので、いちじくからの苦情申立は耳には入ってくるものの右から左に抜けていった。


 そのようなひとコマを見学していたケビンだったが、ふと思い出したかのようにして意気消沈しているゴブリンヒューマンを、約束通り無敵に蹴って返す。


「ほれ、後は好きにしていいぞ」


 そして、約束通りゴブリンヒューマンを返された無敵だったが、これは一言物申さないといけないと思い、ケビンに向かって口を開く。


「おい、この状態の魔王と戦えと? いや、むしろどうやって戦うんだよ!」


 そう言う無敵の主張も納得というもの。何故なら、目の前に転がっているゴブリンヒューマンは散々ケビンから制裁を受けていたせいか、ハイライトを失った瞳でブツブツと呟いているだけの姿に変わり果ててしまったのだ。


 もはや、その姿は完全に「働きたくないでござる」といった雰囲気を醸し出している。


「サクッと倒せばいいだろ?」


 ケビンがそう言うものの、明らかに目の前にいるゴブリンヒューマンは両腕を失い、後はトドメを刺すだけの存在と成り果てている。


 このような状態で返された上に、サクッと倒せばいいと言われたところで、魔王とのバトルを望んでいた無敵の食指は動かない。


 そのような内容の苦情を伝えた無敵によって、ケビンが面倒くさそうにゴブリンヒューマンを回復させると、失っていた両腕が再生し傷が癒えていく。


「これでいいだろ。さぁ、戦え」


 それを見た周りの勇者たちは我が目を疑う。それもひとえに、ケビンの魔法を受けたゴブリンヒューマンの肩口からぼこぼこと肉が盛り上がっていき、なくなったはずの両腕が再生したからだ。


 その腕の形を形成していく様はなんとも気色の悪いものであったが、それでもなお、目を何度も擦っては数度見してしまうほどの光景であった。


「いや、たとえ五体満足でも、コイツに戦う気力が残ってないだろ」


「わがままなやつめ」


 ケビンがそう言うと、転がっているゴブリンヒューマンに近づきつま先で小突いた。


「おい」


 ゴブリンヒューマンは小突かれた時点でケビンに視線を向けており、ケビンを視界に収めた途端にその表情は恐怖で塗りつぶされていく。


「そこの男と戦え。戦ってお前が勝てたのなら、今度こそ本当に逃がしてやる。何処へとでも好きに行くがいい。ただし、アリシテア王国、ミナーヴァ魔導王国、イグドラ亜人集合国、エレフセリア帝国の4ヶ国は俺の縄張りだから、悪さしたら殺しに向かう」


 そのようなことを言われたとしても、ゴブリンヒューマンとしては疑うしかない。今まで散々逃げられずにケビンの元へ舞い戻ってきたのだ。今度こそ本当に逃げられるなどと、言葉を鵜呑みにして信じるほど馬鹿ではない。


「信じるか信じないかはお前の自由だ。だが、お前がどう思おうとも、そいつとは戦ってもらう。これは、強制だ。断れば、即座に俺が殺す」


 完全に脅迫であるケビンの物言いによって、ゴブリンヒューマンは戦うしか選択肢がない。いや、むしろ選択肢が戦うだけなら、選べない時点で既に選択肢とは言えないだろう。


 自身が生き残るために残された道は、無敵との戦闘によって生き残ることだけだ。


 兎にも角にもそれしか残された道がないと理解したゴブリンヒューマンは、「働きたくないでござる」の姿勢から立ち上がると、無敵と対面することになる。


「てめぇを殺せば、俺は自由の身だ」


「種でドーピングしたやつが、何を偉そうに」


 対峙する2人。周りの者たちは2人が十分に戦えるように距離を取り、今にも始まりそうな戦いを前にして固唾を呑んで見守っている。


 そこへケビンがゴブリンヒューマンの武器を元に戻すと、投げて持ち主の前へ突き刺す。


「元に戻してやったから、それを使え」


 それを目にするゴブリンヒューマンは以前のものとは違い、新品同様になっている愛剣を前にしてケビンの底知れぬ力に戦慄する。


「……よし、結界を張ったから存分に戦え。その色がついている囲いの中が結界の範囲内だ。お互い思う存分、暴れてもいいぞ」


 すると、ケビンの言葉を受けた2人は、地面から50センチ程の高さまで色がついている結界の範囲を見渡していた。


 それからケビンが開始の合図を小石が落ちた時と2人に伝えたら、そこらに転がっている小石を投げて対峙する2人の間に落ちるように調整した。


 ゆっくりと放物線を描きながら落ちていく小石。対峙する2人はその小石を注視し、落ちるその時を今か今かと待ち構える。


 やがて小石が対峙する2人の間の地面に落ちると、その瞬間に2人は動き出した。


 吹き上がる赤と緑の魔力がお互いの体を包み込み、振り下ろされる武器がぶつかると、その音が辺りに響きわたる。


 軽々と2メートル近くはありそうな斬馬刀を片手で振り回すゴブリンヒューマンに対して、無敵は愛刀の【珀琥】をしっかりと両手で持ち対処していく。


 その様子をケビンは【無限収納】から出したソファに座り、くつろぎながら観戦している。


 それを目にしたシーラがすかさずケビンの隣に座ると、反対側の隣はマリアンヌがしれっと座っていた。


「出遅れました……」


 その光景を前にしてアリスがしょんぼりとしてしまい、それを見たケビンが声をかける。


「アリス、おいで」


 ケビンからの呼び掛けにより、ケビンへまっしぐらなアリスはすぐさまケビンの前までやってくると、ケビンは自分の太腿をポンポンと叩く。


 それによって、ケビンの意図を理解したアリスがケビンの脚の上にちょこんと座り込んだら、ケビンが両手を回してアリスを抱き込む。


「ケビン様、見づらくはありませんか?」


「アリスが小さいから見づらくはないかな」


「うぅぅ……全然背が伸びないのです」


「アリスは今のアリスのままでいいよ。マリーのように背の高いアリスも見たくはあるけど、そのままのアリスが好きかな」


「ケビン様……」


 ケビンとアリスがラブラブな雰囲気を醸し出していると、クララやアブリルもまた、ソファに近寄ってきてはそれぞれシーラとマリアンヌの隣に腰を下ろす。


 すると、ソファの後ろにはメイド隊が控え、この空間だけは「それ、なんてハーレム?」とツッコミを入れられそうな、両手に花どころではなく周囲に花となるのであった。


 そのような中でも、無敵とゴブリンヒューマンの戦いは続いており、ゴブリンヒューマンの猛攻に対して無敵は防戦一方となる。ゴブリンヒューマンとて自身の命がかかっている以上、猛攻せずにはいられないのだ。


「種を飲んで力と引き換えに正気を失ったが、あの化け物のおかげで力が増幅したまま正気でいられるんだ。その点は感謝しねぇとなあっ!」


 無敵との戦いで高揚しているのか、ゴブリンヒューマンがあれだけ恐れていたケビンのことを化け物呼ばわりしているが、当の本人であるケビンは気にした様子がない。


 だが、ここにサラがいたのなら迷わず戦闘に乱入して、ゴブリンヒューマンに攻撃を加えただろう。勝てるかどうかはともかくとして。


 その後も、そのようなことを口走っていたゴブリンヒューマンから振り下ろされる剛撃に対して、無敵は【珀琥】を横向きにして上段で受け止めるが、その衝撃を地面に流そうとしたのか無敵の足元に亀裂が入る。


「くっ……」


 ゴブリンヒューマンからの攻撃を耐える無敵としては、なんとか刀の間合いである距離まで詰めたいものだが、如何せん武器のリーチが違いすぎる。


 更にその辺りのことは、ゴブリンヒューマンとて百も承知であるゆえ、リーチの長さを活かした戦闘を先程から繰り返していた。


 パワーもさることながらスピードもあるため、たとえ大振りの一撃であったとしても無敵が間合いを詰めてくる前に、斬馬刀を振り下ろすことができているのだ。


 対する無敵は、その猛攻を掻い潜ってゴブリンヒューマンの懐に入らなければ攻撃を加えられない。


 何か打開策はないものかと思考を巡らせるが、ケビンみたいに【並列思考】を持ち合わせているわけではないので、猛攻を受けている最中でそれも捗ることはない。


 そのような中で、このままではジリ貧で負けると感じていた九鬼が無敵に声をかける。


「力也、そろそろ腕試しはいいだろ? そのままじゃ死ぬだけだし、なんなら手を貸すぞ?」


 九鬼がそう言うと、無敵もこのままでは拙いと感じていたのか、九鬼との共闘に了承の意を示す。


「悪いが、ここからは2対1でやらせてもらう」


 それに異を唱えるのは、当事者であるゴブリンヒューマンだ。無敵だけならまだしも、自身を軽々と殴り飛ばす九鬼が混ざるというのだ。自身が劣勢に立たされるのは、火を見るより明らかとなる。


「ふざけるな! これはお前と俺の戦いだったはずだ!」


 ゴブリンヒューマンがそのようなことを言いながらも手は休めず、なんとか九鬼が出張ってくる前に目の前の敵である無敵を倒そうとする。


 だが、そのようなゴブリンヒューマンの抵抗も、この場を仕切っているケビンによって打ち砕かれてしまうのだった。


「ケビンさん、ゴブリンヒューマンがあのようなことを言っているんですけど、これって手助け禁止の戦いなんですか?」


 完全にくつろぎモードのケビンへ声をかける九鬼の問いかけに対して、ケビンはなんてことのないように答えた。


「そんなの誰が決めたんだ? 混ざりたければ混ざればいいだろ」


 そう答えたケビンの言葉を拾っていたゴブリンヒューマンは、当然のことながらケビンに対し猛抗議するが取り付く島もない。


 そして、ケビンがサクッと九鬼を結界の中に転移させると、九鬼は愛刀の【蒼瀧】を抜き放った。


 その様子をチラッと目にしたゴブリンヒューマンが不意打ちを受けないよう意識を集中させるが、九鬼がゆらっと動いたかと思えば、またしてもいきなり自身の目の前に現れる。


「――ッ!」


 ゴブリンヒューマンは、無敵に対して振り下ろしていた斬馬刀をすかさず防御に回して九鬼からの一刀を防ぐと、慌てて距離を取るために後方へ下がった。


 しかし、傍から見たそれは、ゴブリンヒューマンがまっすぐ突っ込んできた九鬼の攻撃を見ていたのにも関わらず、刀が振り下ろされる瞬間に慌てて対処をしているかのように見えてしまう。


「ケビン様、あのゴブリンは馬鹿なのですか? クキ様が攻撃を仕掛けていたのに呆けていたように思えます」


「あー、あれね。あれは技術のひとつだから、ゴブリンヒューマンがああなるのは仕方がないんだよ」


「技術ですか? 私にはただ普通に間合いを詰めたかのように見えましたが……」


「あの技は対象の相手にしか使えないからね。相手の意識の間隙を突くから、それ以外の人たちにはアリスが言ったような光景に映る」


「それをされるとどうなるのですか?」


「離れていたはずなのに、いきなり目の前に現れたかのように見えるんだ。例えて言うなら、俺が転移で瞬間移動したような形かな。アリスだって、離れていた俺が転移でいきなり目の前に現れたらビックリするだろう?」


「ケビン様なら大歓迎です!」


「ハハッ、戦闘時における話だから大歓迎したらダメだろ」


「ケビン様と敵対するとかありえないのです! だから、大歓迎なのです!」


「アリスはいくつになっても可愛いなぁ」


「はぅぅ……」


 ケビンから頭を撫でられるアリスは力が抜けてしまい、ふにゃあっとなるとされるがままの状態であるが、それを羨ましそうにチラ見するシーラの姿が隣にあったのだった。


 そのようなことがくつろぎスペースにて起こっている中で、九鬼と無敵は協力してゴブリンヒューマンに攻撃を仕掛けていた。


「力也、俺が掻き回すからトドメはお前が刺せ。元々、これはお前の喧嘩だ」


「言われるまでもない。着払いを踏み倒すわけにもいかないからな」


 昔から連れ添っている仲ゆえか、阿吽の呼吸とまではいかずとも2人の連携は目を見張るものがある。


 だが、ゴブリンヒューマンとて、むざむざとやられるわけにはいかない。自身の命がかかっているのだ。それゆえに、死にものぐるいで無敵を屠ろうと動いている。


 その理由として、そもそもの勝利条件が無敵を倒すことにあるので、必然的に九鬼を狙うよりも無敵を狙っているのだ。


 しかし、それを邪魔するのが九鬼の存在である。


 ゴブリンヒューマンが無敵に突っ込もうとするも、九鬼が魔法で牽制して足止めを行うと、その隙に九鬼が間合いを詰めてゴブリンヒューマンに斬りかかる。


 そうなると、ゴブリンヒューマンは無敵に構うことなどできずに、九鬼への対処に追われてしまう。


 そのようなことが幾度となく繰り広げられていると、ゴブリンヒューマンは焦りや苛立ちから、精細さを欠いていくことになるのだった。


 やがて、背後から襲いかかる九鬼の刀がゴブリンヒューマンを捉えると、ゴブリンヒューマンは痛みで顔を歪めるが、振り向きざまに斬馬刀を振り下ろして反撃する。


 だが、その場所にもう九鬼はいない。


 すると、九鬼の姿を探して目にしたゴブリンヒューマンに、更なる痛みが襲いかかる。


 今度は、無敵がゴブリンヒューマンの隙だらけな背中から攻撃したのだ。それにより、ふらふらと前へ数歩足を動かしてしまう。


「……く…………そ……がぁ……」


 立て続けに二回も斬られた結果からか、さすがに振り向きざまに斬馬刀で反撃する力が残っていないゴブリンヒューマンは、ゆっくりと振り返り無敵の姿を捉えた。


「2人がかりが卑怯だなんて言うなよ? お前だって種でドーピングしたんだからな」


 無敵の言葉が耳に入ってくるも、ゴブリンヒューマンはだくだくと血を流していてそれどころではなかった。既に足元には血溜まりができており、呼吸も浅くなってはその分だけ回数も増え、命が尽きるまで幾ばくもない。


「はあ……はあ……」


 息も絶え絶えになるゴブリンヒューマン。相対する無敵は最後の一太刀を袈裟斬り振り下ろした。


「――――」


 すると、ゴブリンヒューマンはなけなしの力で斬馬刀を持ち上げようとしたが、自身の感覚では持ち上げていたはずのに実際は腕を上げる力すらも残っておらず、そのまま無敵の一太刀を無防備に受けてしまい前へと倒れ伏した。


「終わったな」


「……ああ」

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