第638話 後を追わずとも方法はある
マリアンヌが話していたケビンを止めるべき状況の過去話が終わる頃、ケビンの方で動きがあった。
それは、回復魔法をかけつつただ痛めつけるだけの行為に飽きたのか、ケビンがやっとゴブリンヒューマンを解放したのだ。
「お前にチャンスをやる。今から俺が10秒数えるから、数え終わる前にこの街の外へ逃げてみろ。見事、街の外に出ることができたらお前の勝ち。俺は後を追わないし、ここにいる者たちにも後を追わせない」
ケビンが突然言い出した提案に対して、無敵は話が違うとばかりに詰め寄ろうとしたが、それをする前に九鬼から肩を掴まれて阻止される。
「ケビンさんは“返す”って言っただろ? 成り行きを見守っておけ」
九鬼からそのように言われたことによって、無敵は渋々だが了承すると事の成り行きを見守ることにしたようだ。
そのような中で、ゴブリンヒューマンはケビンが提案した内容が信じられないのか、何度も追ってこないことを確認していたら、好い加減面倒くさくなったケビンがウザいとばかりに強制的に開始の合図を出す。
「好い加減さっさと逃げろ! 10……」
戸惑いを隠せなかったゴブリンヒューマンもカウントダウンがいざ始まってしまえば、戸惑っている場合ではなくなる。そして、今出せる全力全開の魔力を纏い、ケビンのいる位置とは逆方向となる小城に向かって走り出した。
そのゴブリンヒューマンの走りは障害物を避けていくという考えが感じられず、建物を壊してでも直線距離で最短となる道を選んだかのようである。
(よし、城を盾にしてしまえば、後ろからの不意打ちを受ける心配もねぇ。魔王の力を持ってすれば、10秒もかからず外に出られる。この勝負、勝った!)
そのようなことを考えているゴブリンヒューマンは、継続して建物を壊しつつ外へと向かって走り抜けていく。
そして、ゴブリンヒューマンが立ち去った現場では、カウントダウンをしているケビンに向かって、お構いなしで九十九が声をかける。
「9……「旦那様、ミートソーススパゲティをおかわりだ!」」
それに乗じて、当然のごとく
「おい、俺は今カウントダ「ケビンくん、私もケーキおかわり!」……はぁぁ……ほれ、思う存分食べろ……」
好きなものへまっしぐらの者たちによってケビンはカウントダウンを邪魔されてしまうが、大盛りのミートソーススパゲティとワンホールケーキを出された2人は目を爛々とさせているのだった。
だが、その様子を見る周りの勇者たちは、2人のマイペースぶりによって正しく開いた口が塞がらないといった顔つきとなるのである。
しかしながら、そのような空気など読む気が全くない九十九は、ミートソーススパゲティをひと口だけ食べると、先程の展開がなかったかのようにして口を開く。
「ところで旦那様、残り何秒なのだ?」
九十九が発したその言葉によって、勇者たちは一様に『邪魔をしたお前が言うか!?』とツッコミを入れたくなってしまうが、相手はあの九十九である。邪魔をしたなどとは微塵も感じてはいないだろうと結論づけ、指摘することをそうそうに諦めてしまう。
そして、その言葉を受けるケビンもまた、溜息をつくだけに留めてしまうと困った時のサナ頼みで事態を解決する。
『サナ、残り何秒だ?』
そう問われたサナからの返答は、とうの昔に10秒は経ったという当たり前のものであった。
そのような展開がケビンのところで起こっている間に、ゴブリンヒューマンは街から既に脱出しており、これからどうしていくのか物思いにふけっていた。
(ここまで来ればもう安心だ。仮に追ってきたとしても十分に逃げ切れる距離は稼いだ。それにしても、あの野郎はいったい何者だ?)
いきなり目の前に現れた人族に対して、ゴブリンヒューマンは思考を巡らせるが答えが出るはずもない。ただはっきりとわかることは、狂化状態にあった自分を正気に戻すほどの恐怖を植え付けたということだ。
(あれはヤバい……俺の魔物としての本能が危険だと告げてやがる……だが、もうヤツに会うことはねぇ。あとは迂回しながら前線で戦わせている配下の所へ行って、新しい苗床はそこで調達するか。ククッ……久しぶりに人族の苗床が手に入るな)
そして、次の行動指針が決まったゴブリンヒューマンは、早速行動へ移すべく東に向けて走り出したのだが、思わぬ人物から声をかけられる。
「おかえり」
その瞬間、ゴブリンヒューマンの混乱に拍車がかかる。気がつけば周りの景色は変わり、ケビンに向かって走り出していたからだ。
当然のことながらすぐさま立ち止まって周囲を見渡すが、何度見渡してもそこは先程逃げ出してきた小城前であった。
「な、何をしやがった!?」
「何を驚いているんだ? お前が自ら俺に向かって走ってきたんだろ? 逃げれば勝ちだったのに何してんだ?」
「ち、違う! 俺は確かに街の外にいたはずだ!」
「そんなの知るかよ。俺は約束通りお前の後を追わずにここに立っていただけだ。逃げずに近寄ってきたのはお前の方だろ」
ゴブリンヒューマンは未だに未知なる体験で混乱したままだったが、ケビンの力を知る勇者たちはそのえげつない仕打ちを見てしまい、敵ではあるもののゴブリンヒューマンに対して僅かばかりの同情をしてしまう。
その同情を買ってしまう仕打ちの答え合わせをするならば、ケビンがしたことは、ただ単に転移にてゴブリンヒューマンを移動させただけである。
確かにケビンは後を追ってはいない。そして、周りの勇者たちも後を追ってはいない。後を追わずして、ゴブリンヒューマンの方から逃げずに走ってきたのである。本人としては逃げたつもりではあったのだが。
「さて、ゲームはお前の負けだ。10秒経った後でも街の中にいるんだからな、文句の言いようはないぞ」
「くっ……」
すると、ケビンの言った言葉に対して、ゴブリンヒューマンは『そんなことは知るか!』とばかりに、ケビンに背を向けて再び逃げ去ろうとして踵を返した。
だが、そうは問屋が卸さない。
ケビンから湧き出る漆黒の魔力に、ゴブリンヒューマンの左腕が掴まれてしまった。
「おいおい、2ゲーム目をするのなら先にチップを払えよ」
その瞬間、ゴブリンヒューマンは絶叫を上げてしまう。漆黒の魔力が包み込んでいる左腕から激痛が走ったのだ。
そして、ケビンが魔力を元に戻すと、漆黒に包まれていたゴブリンヒューマンの左腕が露わとなり、そこにはミイラ化して変わり果ててしまった左腕がぶら下がっていた。
「腕ぇぇぇぇ! 俺の腕がぁぁぁぁ!」
「あんまり激しく動くともげるからなー注意しろよー」
すると、ケビンの優しい注意喚起虚しく、ゴブリンヒューマンの左腕が落ちてしまった。
「あ……」
「う、腕ぇぇぇぇ!?」
そして、落ちた腕は粉々に砕けると、風に乗って空へ飛んでいく。
「あーあ、だから言ったのに……」
そのようなケビンとゴブリンヒューマンのやり取りを見ている勇者たちは、一様に生唾を飲み込む。ケビンの言葉はなんてことのないように聞こえてしまうが、目で捉えている情報は戦慄せざるを得ない。
「レイラ、ちゃんと見たかしら? あれがケビンの持つ“死”の力よ。あの力を使われたら最後、ありとあらゆるものは平等に死を迎えるわ。今回はゴブリンヒューマンの左腕が死んだわね」
「と、止めなくてよろしいんですの!?」
「大丈夫よ、ケビンがケビンでいるうちはね。それに、ケビンも自制しているから、あの力を使う時はよっぽど腹に据えかねた時だけよ」
マリアンヌと
「10秒で街の外に出られないのなら、今度は15秒やる。俺の優しさに感謝しろよ? 15……」
唐突に始まるカウントダウン。無情にも響きわたるカウントダウンによって、ゴブリンヒューマンは必死に駆け出した。そして、1回目の時に壊しながら進んだ道を使うことによって、先程より遥かに早い時間で街の外に出られたがそこでは止まらない。
(何なんだ、あの化け物は! あんなのに勝てるわけがねぇ! あんな人族がいてたまるか、ぜってぇ正体を隠した別種族に違いねぇ!)
そう結論づけるゴブリンヒューマンは、もう東の前線に行くことなど諦めて魔大陸へ帰ろうとし、ひたすら西に向かって走り抜けていく。
(人族領域で手に入れた領地は惜しいが、命あっての物種だ! それに、今の俺なら魔大陸での領地獲得も夢じゃねぇ!)
真の魔王となったことで魔大陸でも十分にやっていけると算段をつけたゴブリンヒューマンは、辺境伯領を惜しみながらも手放し、魔大陸での再スタートを心に決める。
だが、そのようなことをゴブリンヒューマンが考えている中で、ケビンは【マップ】にてその逃走経路を確認していた。
「そう来たか……」
すると、ケビンが小城を背にして振り返り、勇者たちに道をあけるよう指示を出す。そして、その指示を受けた勇者たちは、先程の件からゴブリンヒューマンが今度はどちら向きに走ってくるのかを察してしまい、ケビンの前の道をあけて左右に別れるのだった。微レ存程度の同情心を抱きつつ。
それから準備の整ったケビンは、案の定ゴブリンヒューマンを転移させる。
すると、転移させられたゴブリンヒューマンは、またもや視界にケビンを収めてしまうと、急停止をして叫んだ。
「何故だぁぁぁぁ! 何でお前がそこにいるんだ!?」
「おいおい、お前から俺に向かって走ってきたのに、それはないだろう? それよりも、15秒もやったのに何でまだ街の中にいるんだ? お前はアレか? 亀か? タートル系の魔物で、のそのそとしか移動できないのか?」
そのようなことを言われてしまうゴブリンヒューマンだったが、絶賛混乱中である。何故逃げても逃げてもケビンの目の前に戻ってきてしまうのかが、全く理解できないからだ。
「さて、今回もお前の負けだな……って、おい!」
もうケビンの言葉など聞く気もないのか、ゴブリンヒューマンは転進するとそのまま走り去っていく。
「無駄な足掻きを……」
それを見ているケビンはやれやれといった感じで、ゴブリンヒューマンに背を向けると相も変わらず転移させる。すると、転移させられたゴブリンヒューマンが、またもやケビンに向かって走ってくるという構図になる。
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
「いやいや、ふざけてんのはお前だろ? スタートの合図も待たずに走り去るとか、フライングもいいところだぞ。ということで、ペナルティ」
そう言うケビンが漆黒の魔力を出すと、今度はゴブリンヒューマンの右腕にまとわりつかせた。その瞬間、ゴブリンヒューマンは何が起こるのか経験則により理解してしまったので、必死になって自分の魔力を吹き上がらせケビンの魔力に対抗しようとする。
だが、無駄な抵抗など許さないとばかりに、ケビンの魔力がゴブリンヒューマンの右腕を侵食する。
「やめ……やめてくれぇぇぇぇ!」
ゴブリンヒューマンが魔王らしからぬ程の狼狽を見せるが、全く気にしないケビンの処置が終わると尻もちをついてしまい、その衝撃で右腕がぼとりと落ちてしまった。
「お……俺の右腕……」
「さて、お前は1回目の逃走時にこう思っただろう。前線へ向かえば新しい苗床が手に入り、態勢を立て直すことができると。だが、2回目の逃走時には魔大陸へ逃げて、そこで領地を得ようと考えていたな?」
「な……何で……」
ゴブリンヒューマンは知らない。目の前にいるケビンが鑑定の力で、対象の思考を丸裸にできるということを。
それゆえに、ゴブリンヒューマンは恐怖を覚える。目の前の人族?は未知の力を使い、幾度逃走しようとも逃げ切ることはできず、更には自分の思考までも読み取っていく。これで恐怖を覚えない者がいるのであれば、それは種明かしを知っている者たちだけであろう。
「ぶっちゃけ、前線でお前が新しい苗床を作ろうとしても、俺は一向に構わない。この国がどうなろうと知ったこっちゃないからな」
ケビンの言葉によって、ますますゴブリンヒューマンは意味がわからなくなる。それならば、何故逃げるのを阻止しているのかと。
だが、続くケビンの言葉によって、その理由も明らかとなる。
「お前が逃がしてもらえない理由。それは、執拗に俺の嫁を狙ったことだな。戦いに参加している以上、命の危険は付きまとうものだ。それは俺も納得している。だけどな、周りに目もくれず
ケビンの言葉は、ゴブリンヒューマンにとって全くもって理不尽極まりない物言いだった。それは、戦術において回復役を先に潰すというのは常套手段だからだ。ゴブリンヒューマンでなくともそうするであろうことは、戦っている者ならば誰しもが思いつくことである。ちなみに、ケビンが逆の立場だったとしても同じことをしただろう。
だが、目の前にいるのは、ニーナをして「理不尽の権化」と言わしめるケビンである。今となっては、ニーナだけに留まらず、ケビンの戦いを見た者ならば誰しもが同じことを思ってしまうが、一部の者たちは決してそれを口にしない。ケビンからのお仕置きが怖いからだ。
よって、“理不尽の権化”と口にしているのは、ニーナを始めとする嫁たちと、ケビンがいないところでこっそり口にしている九鬼ぐらいなものである。
そのケビンが自分だったら同じことをするという事実を棚上げすると、ゴブリンヒューマンがいかにも悪いというようにどんどんと責め立てていく。
「ゴブリンヒューマンはきっとこう思っているでござる。『解せぬ』と……」
「「「それだ!」」」
このような時でもオタたちは平常運転である。そして、そのようなオタたちをよそに、ケビンはゴブリンヒューマンに近づき胸を軽く蹴ると、仰け反ったゴブリンヒューマンを地面に磔にするかのようにして踏みつけた。
「さて、ゴブリンなのに髪の毛があるっておかしくないか? あいつらはつるっパゲが個性だろ? 個性だよな?」
全くの言いがかりであるケビンの主観によって、ゴブリンヒューマンは髪の毛をどうにかされてしまうと瞬時に判断すると、それを回避するために必死で口を開く。
「ゴ、ゴブリンの個性は繁殖力だ! オークよりも早く数を増やせる!」
だが、それは悪手だった。
それを聞いてしまったケビンは、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。しかし、この場合はニヤリよりも、ニチャアという方が正しいのかもしれない。
「そうか、そうか……繁殖力か……《煉獄》」
その瞬間、ゴブリンヒューマンの股間が炎に包みこまれた。
「ぎゃああああ――!」
ケビンに踏みつけられ身動きが取れない状態だが、それでも自分の股間がどうなっているのかなんて想像に難くない。何しろ、熱さと痛みが走っているのだ。視界の端に映る炎の揺らめきも一助となっているだろう。
「ほぅわっ! 小生、いま股間がキュッとしたであります」
「男子たるものの宿命でごわす」
「視界に入れない方が賢明ですぞ」
「男性相手には最恐の拷問手段でござるな」
この場にいる男子たちが一斉に視線を逸らす中で、それを不思議に思った
「マリーさん、男子たちが見ないようにしてるけど、あれってそんなに痛いの?」
「そうねぇ……燃やされているから痛いのは痛いけれど、あれは男性の男性たる所以みたいな象徴だもの。それを失う恐怖は想像を絶するでしょうね」
「ふーん」
「キョウカだって胸がなくなったら嫌でしょう?」
「んー……胸がなくなる……」
そう言う
「ちょ、小さい胸は貴重なのよっ、ステータスなのよっ!?」
そこですかさず近くに駆け寄り、オタ力を発揮した
「正しく! あーちゃんの貧乳はステータスだ、希少価値だ!」
「お前が貧乳言うなぁぁぁぁ!」
その言葉とともに、いつもの如くハリセンを取り出した
「小生、弁護しただけなのに……」
そして、その様子を見ていたオタたち残り三人組は、口々に感想をこぼしていく。
「これは、アレでごわすな」
「自分は良くても、他人に言われるとムカつくというやつですぞ」
「理不尽な貧乳でござる」
「猿飛ぃぃぃぃ!」
「おっと……拙者、ドロンするでござる。
そして、颯爽と駆けつける
「どこに行ったぁああ、猿飛ぃぃぃぃ!」
それから
「ふぃ~あのすぐにハリセンを使う性格は、どうにかならないでござるかな……」
「もう、ダメだよ宗くん。晶子ちゃん、ああ見えて結構気にする性格なんだから」
「翡翠ちゃん……拙者としたことが、ついうっかり口を滑らせてしまったでござるよ」
「それで……宗くんは大きいのと小さいの、どっちが好き?」
後ろ手に腕を組み、前屈みでそう問いかけてくる上目遣いの服部によって、猿飛は心臓がドクンと跳ね上がってしまう。そして、その猿飛の視線の先には、くノ一衣装に身を包んだ服部の眩しすぎる谷間がある。正しく童貞殺しのポーズと言えるだろう。
猿飛としてもいつもなら意識はしていないが、こうも谷間を見せつけてきてアピールされてしまっては、チラチラと谷間を見つつも視線は挙動不審となり左右に泳ぐしかない。
「せ、拙者は……ひ、翡翠ちゃんが好きであるからにして、大きいのやら、小さいのやらはにの……二の次でごじゃりゅ!」
「ふふっ、宗くんったらカワイイ♡」
そのようなことを言う服部が後ろ手をやめてしまい挙動不審な猿飛に抱きつくと、むにゅっとした感触を感じてしまった猿飛は、自身の胸板で潰れている服部の胸をまじまじと凝視してしまう。
「仕方がないなぁ、宗くんは。はい、どうぞ」
そう言った服部は猿飛から一度離れると、猿飛の右手を取り自身の胸に押し当てた。
(ひ、翡翠ちゃん!?)
「わかる? 私、今ドキドキしてるんだよ?」
(な、何コレ!? むにゅって……むにゅってしてる!!)
人生初の女性の胸を触るという行為によって、猿飛の頭はヒートアップしていく。
「宗くん。動かしてもいいんだよ?」
そう言われた猿飛は混乱のただ中で、服部の瞳と自身の右手を何度も往復した後に意を決したら、震える右手で僅かばかりの力を込めてモミモミと動かしていた。
「んっ……はぁ……」
(柔らかっ!?)
「んふっ……キスする前に胸触られちゃった♡」
(キ、キス!? 拙者、そういえば翡翠ちゃんとキスもまだでござった! ふ、不覚! 何たる不覚でござるか! 宗助よ、ここは男を見せるときでござる!)
しれっと継続して右手をモミモミと動かしながら思考を巡らせていた猿飛は、男を見せるために行動に出た。
「翡翠ちゃん!」
――カツっ
キスをいきなりされた服部は驚きで目を見開いていたが、焦ってキスをした猿飛は失敗してしまったことで、すぐに唇を離してしまい自然と言葉がこぼれてしまう。
「あ……」
そう。猿飛は勢いよくキスをしてしまったあまり、服部の歯と自分の歯をぶつけてしまったのだ。猿飛の人生初のキスは、自分の歯を相手の歯にぶつけるという黒歴史で幕を閉じようとしていた。
だが、胸から手を離してガックリと項垂れる猿飛を見た服部は、ドキドキする心臓の鼓動を耳朶に感じながらも猿飛に声をかける。
「宗くん」
すると、服部から呼びかけられたことで顔を上げた猿飛は、自身を見上げ瞳を閉じて唇を突き出している服部の姿を視界に収めた。
(こ……これは……恋人の呼吸、参ノ型、接吻待機!? ぜ、全集中、全集中でござる!)
先程の失敗から思考回路がおかしなことになっている猿飛は、訳のわからない結論に達してしまっていたが、そのようなことを考えているとは知らない服部が催促をする。
「ん」
その仕草にもうメロメロになった猿飛は、先程の失敗から心を落ち着かせようとするが落ち着かず、とにかく焦りと勢いは禁物だと自身に言い聞かせながら、ゆっくりと服部の唇に自身の唇を触れさせたのだった。
(こ、これ……呼吸はどうしたらいいのでござるか!?)
そして、ここからどうしていいかわからない猿飛は、とりあえず止めている呼吸のせいで苦しくなってきたので、やがて息をしたいがために唇を離すと、思っきり空気を吸いたいがそこは男の見栄っ張りが発動して、バレないように息を吸い込んだ。
「キス……しちゃったね」
そのようにはにかみながら言ってくる服部によって、猿飛はもうくらくらが止まらない。
「戻ろっか?」
「……ござる」
そして、服部に手を引かれる猿飛は心ここに在らずといった感じで、頭の中では服部の唇の感触がリフレインしている。そのような時に、建物の影から出る直前で服部が振り返ると、背伸びをして猿飛の唇を奪う。
「ちゅ……」
その不意打ちを受けた猿飛が驚いて瞬きを繰り返していると、やがて服部が唇を離し猿飛に告げた。
「帝都に帰ったら……しようね?」
たとえ心ここに在らずの猿飛でも、服部の言葉が何を意味するのか理解してしまうと、鼓動が早くなるのを感じながら返答するのだった。
「うん」
「好きだよ」
「僕も大好き」
それから2人は仲良く手を繋いだまま、隠れていた場所から仲間たちがいる場所へと歩みを進めていくのであった。
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