第636話 キレて……ない?
「怖かっただろ。大丈夫か、
「ケビンくん……ケビンくん……」
ケビンに抱きしめられたことによって安心したのか、
ほぼ大半となる勇者たちは現れるはずのないケビンが現れたことによってキョトンとしており、オタたちは物語のようなヒロインの危機に駆けつけたケビンの話で盛り上がっており、マリアンヌたちは言わずもがな、いつも通りの状況である。
そのような中で、九鬼はケビンと視線が合うとビクッと反応してしまい、無敵はバツが悪そうに視線を逸らす。
それだけでだいたい察してしまったケビンに対し、
「ケビンさん、何故いきなり現れたのですか? マリアンヌ様たちが連絡を取られたとか……?」
「ん? ああ、それはな……俺の魔力が吸われていたからだ」
「はい……?」
ケビンの言葉足らずな説明のせいで、
「要するにだな。結婚指輪があるだろ? それには命の危機が差し迫った時や、本人が拒絶した場合は結界が張られるようにしてあるんだ」
今更ながらに明かされる真実。そんなことは聞いていないとばかりに
「あれ……言ってなかったか?」
「言ってませんわ!」
そこで声を上げたのはクララだ。
「ほほっ……これでレイラもちゃんとした嫁の仲間入りよの」
紅茶を飲みながらそう語るクララに向けて、
「主殿が説明不足なのは今に始まったことではない。この指輪の件は、言わば仲間入りの洗礼というところだの。そうそう命の危機に瀕することもないゆえ、主殿も説明を失念しておるのだ」
そして、ケビンから説明を受けた上、更にはクララからのケビン擁護が終わってみれば、新妻となる面々はまじまじと薬指に嵌っている指輪に視線を落とした。この指輪に、そんな凄い機能がついていたのかと。
それによりただの結婚指輪と思っていたものが、実は高性能な魔導具であるということが判明したことによって、
「これが……魔導具……」
「まぁ、それでだな。説明に戻ると、その指輪は空気中の魔素を取り入れて、動力源となる魔力に変換している。いつもならそれでまかなえるが、今回は執拗く
「ええ……」
「当然、それだと魔導具に蓄積されていた魔力が枯渇する。その指輪は無限に魔力を蓄えるってわけでもないしな」
「ですが……魔素を取り入れるのであれば、問題ないのでは?」
「言っただろ? 魔素を取り入れて魔力に変換するんだ。例えて言うのなら……魔素が100集まってようやく魔力が1になるとしよう。結界の発動に必要な魔力を100とした場合、魔素の必要量は爆上がりとなる。今回の例えは指輪のものだが、これは人にも例えることができる」
そこで始まるケビン講座。ケビンの話す内容は以前にソフィーリアやサナから教えられた受け売りであり、それを勇者たちにもわかりやすく説明していく。
それは人の魔力も同じように空気中の魔素を吸収して、消費した魔力を回復させているのだと。
「魔力を使った後に休んでいれば回復していくのは、そういう背景があるからだ」
「では、指輪に自分の魔力を注ぎ込めば、魔素の吸収を待たずして結界を使うこともできますの?」
「それはできないようにしている」
「何故ですの? それが可能であれば、防御面でかなり役に立つと思いますのに」
「確たる理由としては、その指輪の結界というのが俺の結界をベースにしているからだ。つまり、魔力消費が半端ない。だから、それを戦術に加えて戦おうとしたら、すぐに魔力枯渇を起こすぞ」
「それほどまでの……」
「その上で最初の疑問の答えるとすれば、俺の魔力が吸われていたのは、仮に指輪の魔力を使い果たしてしまいそうな時の処置として、俺の魔力を吸収するようにしてあったからだ」
「それでケビンさんがここへ……」
つまり、ケビンは最悪の事態を避けるため、指輪の魔力がなくなる前に自身の魔力を吸わせるようにしむけ、嫁の危険に駆けつけるという安全措置を取っていたのだ。
そして、嫁と離れた場所でも魔力吸収を可能としているのは、ひとえに遠隔吸収試作一号となる指輪でケビンと指輪との間に魔力パスを繋げたサナと、距離を無効化したソフィーリアの賜物である。
それ故に、ケビンがいつも新たなる嫁にサクッと創って渡しているのは複製品となり、その元となるオリジナルの指輪があってこそなのだ。何故ならば自身で一から創ろうとしても、トンデモ性能なため対価となる魔力量が圧倒的に足りず、オリジナルを複製するというコスパの良い方法で解決しているのだった。
「さて……」
「すまない」
そして、自分に非があると自覚してすんなりと謝罪した無敵だったが、ケビンは特に謝罪されることでもないと無敵に伝えたのだった。
「戦いの場に送り出したんだ。こういうことが起こる可能性も想定内だし、前もって手は打ってあったから気にするな」
その言葉を聞いた無敵は多少なりともホッと胸を撫で下ろすも、再度口を開いたケビンから注意を受ける。
「だからと言って、お前の行動は褒められたものじゃないぞ。今現在の力を試すのは別に構わないが、周りにいる者たちのことも考えておくべきだったな。標的が俺の嫁相手じゃなかったら、結末がどうなっていたかはわかるだろ?」
その言葉を聞いた無敵は、ケビンの嫁に当たらない男子たちに視線を向ける。狙われる対象が違っていれば、結果もまた違っていたのだ。クララたちという保護者役がついてきていることもあり、心のどこかでは何とかなるだろうという楽観的思考があったかもしれない。
「まぁ、反省は後ですればいいし、仮に男子が狙われたとしてもクララたちが何とかしただろう。そのための付き添いだからな」
結局のところ不測の事態に陥っても最悪の結末にはならないことを伝えたケビンは、無敵の獲物であるゴブリンヒューマンに視線を移すと、そのゴブリンヒューマンは閉じ込められた結界から外へ出ようとして暴れ回っているのだった。
「少しアイツを借りるぞ」
ケビンが無敵に視線を移してそう伝えると、無敵は獲物が盗られてしまうのではないかと無意識に表情に出してしまい、それを見たケビンは無敵の獲物を盗るつもりがないことを説明する。
「そう、心配するな。俺は借りると言っただろ。借りた以上は返す予定があるんだからな、俺の用が済んだらお前が始末しろ」
そう伝えたケビンはサクサクと用事を済ませてしまおうと動き出し、結界に閉じ込めているゴブリンヒューマンのもとへと歩き出す。
すると、暴れ回っていたゴブリンヒューマンがケビンの接近に気がつき、無意識のうちに後退りを始めていたが、ケビンはそのようなゴブリンヒューマンを気にも止めず、鑑定を使って情報を収集した。
「ゴブリンヒューマン? 新種か……? これで筋肉モリモリだったら、超人ハ〇クだな」
『まさかのマーベラスな展開!? それなら超人ではなく蜘蛛男の敵キャラ、緑ゴブリンの役に抜擢しましょう! 肌色もまさにソレ!』
「あぁぁ、アレな。旧タイプのやつなら帽子被せればイケるかもな……新タイプはメカっぽい格好だから無理だし」
そして、呑気にサナとの会話をしているケビンが結界の前までやってくると、躊躇いもなく結界内に足を踏み入れる。それに合わせてゴブリンヒューマンも後退りを続け、背後にある結界の壁まで行きついてしまった。
すると、サナと会話をしていたケビンが、おもむろにゴブリンヒューマンへ視線を向けて……
「ひとつ、数多の血を流し……ふたつ、不埒な淫行三昧……みっつ、新種の小鬼を退治してくれよう――」
『ま、まさか……その言い回しは、桃太郎的な……ぜひ、“桃太郎”とからかわれていた九鬼君に言って欲しいセリフ集、ベスト3に入る名ゼリフ!?』
「――さあ、お前の罪を……数えろ」
『と思いきや、Wキター! 変化球すぎてWだけに草生えるぅぅぅぅ! 桃太郎とWの謎のコラボぉぉぉぉ!』
《サナちゃん……興奮しすぎだよ……》
その瞬間、ゴブリンヒューマンは恐怖心からか、我慢できずにケビンへ襲いかかる。その光景はまさに“窮鼠猫を噛む”と言わんばかりであるが、噛めるかどうかはゴブリンヒューマン次第である。
「グギャギャ!」
そして、得物がないゆえに自身の拳で殴り掛かるゴブリンヒューマンだが、魔王の魔力を纏った状態なので、これだけでもそこら辺の戦闘職からしてみれば脅威ではあるが、相手はあのケビンである。
「なに言ってるかわかんねーよ」
「ふぶしっ――!」
案の定、ケビンにカウンターで殴り返されて吹き飛んだゴブリンヒューマンは、結界の壁に当たり更なるダメージを受けてしまう。
だが、そこは腐っても魔王。再び立ち上がるとケビンへ向かって襲いかかるかと思いきや、必死の形相でゴブリンヒューマンの背後にあった結界の壁から外に出ようと叩き始めた。
ケビンに背中を見せつけているその姿は、完全に逃げ腰である。
それを見ている勇者たちは、呆然としてしまい言葉が出ない。無敵と戦っていた頃は、何がなんでも殺そうとして襲いかかってきたのに対し、ケビンと戦い始めた途端に何がなんでも逃げ出そうとするからだ。
そして、そのような行動を取っているゴブリンヒューマンの背後まで近づいたケビンは、そのままゴブリンヒューマンの頭を鷲掴みにする。
「グギッ!?」
「そんなにどこかへ行きたいのなら手伝ってやる」
そう言うケビンがおもむろに掴んでいたゴブリンヒューマンの頭を後ろに引いたかと思いきや、そのまま前へと突き出した。
――ガンッ!
「プギャ――」
――ガンッ、ガンッ!
「あれあれぇ~、おっかしいなぁ……簡単に壊れそうな結界なのに、思いのほか頑丈だなぁ」
そのようなことをいけしゃあしゃあと呟くケビンだが、結界の壁へとゴブリンヒューマンの顔面を叩きつける手を休めることはない。
――ガンッ、ガンッ、ガンッ……
静まり返っている辺りに鳴り響く顔面叩きつけの効果音。既に結界の壁はゴブリンヒューマンの血液が付着したことによって赤々としていた。
その無慈悲なるケビンの所業に、勇者たちの誰しもが息を飲む。何故ならばそれは、日頃のおちゃらけたケビンの姿からは似ても似つかず、誰も想像だにできないからだ。
「ゆ……ゆるじで……」
とうとう根を上げてしまったゴブリンヒューマンが許しを乞うも、ケビンは全く取り合う気はないのか別のことを口にした。
「お前、喋られたのか? さっきはグギャとか言ってなかったか?」
そう問返すケビンだったが依然として壁ドンならぬ壁ガンを続けているので、ゴブリンヒューマンとしては答えようとしても答えられない。
「ケビン氏が鬼であります」
「表情も変えずにやってのけるケビン氏」
「そこにビクつく、総毛立つぅぅぅぅ!」
「敵でなくて良かったと心底思うでござる」
周りの勇者たちがドン引きしている中で、
「あ……あの……止めなくてもよろしいのですか?」
そう口にしたのは
そして、その問いかけを受けたマリアンヌの反応としては、首を傾げてしまうに留まる。
「止める必要があるのかしら?」
「え……」
「ケビンは確かに怒っているわ。自分のお嫁さんを害されたんだもの。怒らない方がおかしいわよね?」
「それは……そうですけれど……」
「あれは怒っていても程度としては低いのよ。まだ優しい部類ね」
「あ、あれが優しい……?」
いくらゴブリンヒューマンが命乞いをしようとも、ケビンは聞こえているはずなのに全く気にもせずに壁に叩きつけ続けており、それを見ている
そして、
(間違っているのはわたくしですの……?)
そのような思考に取り憑かれてしまう
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