第634話 無敵の本気
時は遡り、無敵とゴブリンヒューマンが戦っていた頃、九鬼から戦力外通告を受けた他の勇者たちは、謁見用の部屋から出たのち、クララ先導のもと城の外へと向かっている真っ最中であった。
「しかしよぉ、ここまで来たってのに戦力外通告を受けるとはなぁ……」
そう愚痴をこぼすのは小鳥遊だ。いつもつるんでいるメンバーと会話をしていたのだが、そこへ
「仕方ありませんわ。あの3人は、帝都へ着いた当初からケビンさん直々の特訓を受けているんですもの。自分たちのペースでダンジョン攻略を続けている私たちとでは、能力や戦闘経験というものに差が開くのも仕方ありませんわ」
「ケビンさんの特訓をよく続けられるよなぁ……」
そこで思い出されるのは、在りし日の光景である。
初の戦争参加のために設けられた勇者たちの合同訓練。並み居るゴーレムを切っては捨て、切っては捨てと繰り返しても一向に減らないゴーレム。
片やいきなり朝から全力疾走させられる強制マラソン。しかも、ご近所様には迷惑をかけないようにとの制約付き。
今となっては良い思い出ではあるが、もう一度したいかと問われれば、「結構です!」と全力拒否したい内容だ。
あの合同訓練からしばらくは、体に染み込んだ「サー、イエッ、サー!」が抜けず、ケビンから何かを言われるたびに条件反射で答えてしまっていたほどだ。
本当に今となっては良い思い出である。
そのような思い出話に花を咲かせていた勇者たちが小城の入口に到着すると、そこで待機していたメイド隊がキョトンとした顔つきで出迎える。
「あれ……? クララ様、もう魔王は倒されたのですか?」
あまりにも早い帰還だったためクララの姿を目にしたライラは、『この早さなら相手をしたのはクララ様かプリシラだろう』と予想をつけて発言したのだが、肝心のプリシラの姿が見当たらない。
そのことによって首を傾げてしまうライラから問われたクララは、ここまでの経緯を説明し始めた。
「――ということでの、私らは外に出てきたというわけだ」
「そうだったんですね」
そして、特にすることもなく暇を持て余す者たちが会話に勤しんでいる時、小城から大きな音が発生すると、その音の発生源に誰しもが視線を向けた。
「危ないっ!」
誰とはなしにそう叫んだのは、小城の中腹辺りの外壁が崩れ落ちてきたからだ。
「《ホーリーシールド》」
注意喚起によって
そして、当然のことながら安全が確保されると皆の気を引いてしまうのは、外壁を破壊した時に一緒に飛んできた無敵の姿だ。
その無敵は外壁を破壊したことによってある程度の勢いがなくなったものの、真下に落ちることはなく放物線を描くようにして、勇者たちから少し離れたところに落下した。
「無敵君!?」
無防備に落下してしまった無敵にいち早く駆け寄ったのは、
「
明らかに負傷していると判断した
「《ハイヒール》」
柔らかな光が無敵を包み込み、ゴブリンヒューマンとの戦闘で傷ついた体が癒されていくと、それを確認した
「いったいどういうことですの!?」
それもそのはず。ここにいる勇者たちは九鬼に言われたことなので、直接的に無敵のせいではないが戦力外通告を受けて外へ出てきたのだ。
3人で十分と言った九鬼の言葉で出てきたというのに、
そして、回復魔法を受けた無敵が上体を起こすと、
「お前が提案した“復興時に備え、建物を極力壊さない”という制約で本気が出せない。だが、そのことに関しては俺も賛成した1人だからな、今更どうこう言うつもりはない」
どうこう言うつもりはないと言いながらも、暗にその制約のせいで空から降ってくる羽目になったと言わんばかりの物言いによって、発案者でもある
「よっと……それじゃあ、俺は飛ばされた仕返しをしに行く」
その場で立ち上がった無敵がそう言うと、
「それならば、この場で待ち構えていた方が良いのではなくて? 私たち女子を捕えるために、ゴブリンヒューマンが外へ出てくると思いますもの。無敵君も室内より外の方が広々として戦いやすいでしょう?」
「それは無理な話だな。あそこにいたのは俺のほかに、
「確かに……」
「ということで、俺は中に戻る。早く戻らないと
言うことは終わりとばかりに無敵が小城へ向かって歩みを進めようとしたその時、視線の先に物が落下してきて地面を割る派手な音を立てた。
その出来事は、視覚外であり注意の向いていない空からの落下物ということで誰も反応できていなかったが、落下地点に誰もいなかったことがせめてもの救いか。
だが、皆の視線を集めているそれは、実は物ではなかったようだ。つい先刻、メイド隊以外の者たちが目にしたゴブリンヒューマンその者であったのだ。
そのありえない光景を前にして、当然のことながら誰しもが言葉を失う。いったい何が起きたのかと。
そのような中で経験者とも言える無敵は、自身が空を飛ぶ羽目になった小城の中腹部にある壊れた壁面を見上げた。
するとそこには人影が。
「おーい、力也ぁぁぁぁ!」
壊れた壁面のところに立っていたのは、ゴブリンヒューマンと戦っていた九鬼だった。
その叫びを聞いた他の勇者たちも、無敵と同じく壊れた壁面を見上げると、ゴブリンヒューマンが何故空から降ってきたのかを理解することになる。
「着払いの宅急便だ! 支払いはそいつの命だからな! 今度はしくじらずにちゃんと始末しろよ!」
しくじりの原因を作ったことなど既に忘れ去っている九鬼は、さも無敵がドジったせいだと言わんばかりに叫んでいたが、無敵が文句を言うことはなかった。
さすがに九鬼と口論している最中に、ゴブリンヒューマンから隙をつかれて空を飛んだなど、まぬけ極まりないことは格好が悪くて他の者には知られたくないからだ。
だからこそ、空を飛んだ理由は
「さっさと降りてこいよ! 支払うところをちゃんと確認しろ!」
「ああ! ここの掃除を終えたらそっちに向かう!」
そう言った九鬼が小城の中へと姿を消したら、無敵は今度こそ遅れをとらないようにと、ゴブリンヒューマンを注視する。
そのような時に、横からクララが声を上げた。
「ムテキよ、本気を出しても構わんぞ。既に周りは魔物に荒らされた廃墟。更地にした方が復興もしやすいというもの」
「いいのか? まだ原型を留めている建物もあるだろ」
「お主が手加減できるほど、魔王は甘くない。それは戦ったお主が一番わかっておろう?」
それを聞いた無敵は戦っていた時のことを思い出す。
建物を極力壊さないという制限がある上に、更には周りにいた被害者魔族たち。九鬼よりも女に甘い無敵は、たとえ敵の魔族であろうと被害を受けている状態を見てしまえば、自然と同情心が湧いてしまう。
それゆえに本気が出せず、力を制限した状態で戦うほかなかった。そして、それは手加減をした状態であるとも言える。意図的に手加減をしようとしていなくてもだ。
「わかった。後から
「その辺は任せておくが良い。娘っ子を言いくるめることなど造作もない」
その言葉に反応したのは、無敵ではなく
「来年は20歳になるのに娘っ子を言いくるめるだなんて、少しはオブラートに包んでくださいまし!」
もう既に19歳を迎えたというのに子供扱いされた上に、言いくるめると言われてしまった
だが、相手は千年以上生きているドラゴンである。たとえ、まだ
「人族では15歳が成人とはいえ、まだ成人してから4年しか経っておらぬではないか。私からしてみれば、お主はまだまだ娘っ子よの」
「そう言うのなら、クララさんは幾つですの? 見た目で言えば20代半ばくらいでしょう? 見た目通りなら、わたくしとさほど変わりはありませんのことよ」
「ホホッ……乙女の秘密を暴くものではない」
「乙女って……!」
先程から無敵を無視して、ギャーギャーと騒いでいる
そして、ある程度の距離が近づいたところで、【
「いつまで寝ているつもりだ、ゴブリン。おねんねするのならママのところへ帰れよ」
その煽り文句に対し、九鬼にぶっ飛ばされた怒りも上乗せされているゴブリンが今まで以上の怒りを露わにすると、立ち上がって咆哮したのだった。
「クソがああああああああぁぁぁ!」
再び吹き荒れる魔力の奔流によって、勇者たちは魔王のプレッシャーを肌でビリビリと感じ取ってしまい、無意識のうちに後退りをしてしまう。
それはまるで、本能的に勝てない相手だと自ら認めているようなものだった。
「お前は叫ぶしか能がないようだな」
「うるせぇ! 俺にぶっ飛ばされたクソザコのくせにいきがってんじゃねぇぞ!」
「仕方がねぇだろ。さっきと違って本気を出してもいい許可が下りたんだからな。お前をボコボコにできると思うと、いきがりたくもなるさ」
「貴様が本気を出したところで、魔王であるこの俺が負けるわけねぇだろ!」
「馬鹿は死んでも治らないって言うしな、生きているうちは馬鹿のままか」
「き……さまぁ……!」
完全に怒髪天に達してしまったゴブリンヒューマンが、今まさに襲いかからんとしたところで、無敵の雰囲気が変わり始める。
それは、無敵の周りに陽炎がユラユラと出始めてきたことによって、襲いかかる予定だったゴブリンヒューマンが二の足を踏んでしまうほどだ。
「これが俺の本気だ」
無敵のその言葉とともに、体から魔力の奔流がほとばしる。
「――ッ!」
驚愕するゴブリンヒューマンの纏う緑色の魔力とは違い、無敵の魔力の色は赤色だった。
「う……嘘だ嘘だ嘘だ! ありえねぇ! 人族ごときが真の魔王の証である魔力放出の具現化ができるわけねぇ!」
そのようにゴブリンヒューマンが狼狽している中で、勇者たちもまた、初めて無敵の本気を見たことによって同じように狼狽していた。それは、勇者たちの能力をある程度把握している
「な……何なんですの!? どういうことですの!?」
混乱する
「行くぞ、ゴブリン……」
混乱真っ只中であるゴブリンヒューマンへ向かって、無敵が間合いを詰める。
小城の中で戦っていた時とは明らかに違うスピードで迫り来る無敵に対して、ゴブリンヒューマンは混乱していたことが災いとなり、初太刀をその身に受けてしまう。
「ぐはっ!」
さすがに痛みを感じてしまえば混乱から覚めるというもので、ゴブリンヒューマンは拙さを感じてしまい、すぐさま無敵から距離をとるために間合いを開いた。
そこへすかさず無敵が追い討ちをかけるために、左手の手のひらを前に突き出すと魔力を放出して撃ち出す。
「【魔力弾】」
それは、ボール系魔法のような球体をしており、赤色という見た目から判断すると、燃えてはいないがファイアボールに近いものがあるが、実際のところは属性を持たないただの魔力の弾であるため、言うなれば無属性ボールといったところか。
「うっひょー! 無敵氏が覚醒したであります!」
「龍玉の再現でごわす!」
「オラ、これからの展開にワクワクすっぞ!」
「いや、むしろ……あれは灼熱波〇拳に見えないこともないのではござらぬか?」
「「「確かに!」」」
「ちょおおおっと待ったああぁぁ!」
いつの間にか現れていたオクタの男子メンバーだったが、そこへ待ったをかける者がいる。何を隠そう、
「灼熱波〇拳なら、両手で放つべきよ! かの〇鬼だって両手で放っているのよ!」
「「「「まさに!」」」」
「ということで、あれは私的に界〇拳10べぇだぁぁぁぁ! からの~……」
「「「「からの!?」」」」
「操れない気弾よ!!」
「「「「それだっ!」」」」
そうやって満面の笑みで解決に至ったオクタメンバーだが、彼らの何時でも何処でも空気を読まないオタク道によって、熱いバトル展開もコミカルバトル展開へと早変わりしてしまった。
「ちょっとお待ちくださいまし! 何故ここに
そのような中で、
「ん? それはとても大きな魔力を感じ取った時に、マリアンヌ皇后陛下が見に行くと言ったので、皆で来たのであります。苦情は小生にではなく、マリアンヌ皇后陛下へ直接お願いするであります」
(っ……! い、言えない! いくらなんでも、正妻組の第3夫人に座しているマリアンヌ様に、新参妻のわたくしが苦情を言うなんて……100%無理ですわ!)
「そ、それなら、戦車はどうしましたの?! あれを敵に壊されたり、他国の者に鹵獲されては洒落になりませんわよ!」
「ケビン氏にお借りしている戦車なら、それぞれのマジックポーチに回収していますが、何か?」
「マ……マジックポーチ……? あんな大きなものが入りますの?」
「オクタメンバーのマジックポーチは、小生と
「魔改造……」
「ケビン氏作のマジックポーチにはまだまだ及びませんが、当社比10倍を自負しているであります」
「10倍……!?」
「『※あくまでも個人の感想によるものです』と、隅の方にとてもとても小さな文字で書いてあることも、無きにしも非ずであります」
その後ものらりくらりと
初戦とは違って確実に狩りにいっている無敵の行動によって、ゴブリンヒューマンの攻勢は見る影もない。
それもこれも、全ては本気を出した無敵のステータスが跳ね上がってしまったことにある。更には、勇者特典とも言える“魔の者に対する特効”も関係しているだろう。
「そう言えば、
「むしろ、知らないことに唖然とするであります。無敵氏の職業は【大魔王】。ただの魔王が真の魔王に至れるのであれば、大魔王の無敵氏が至れないわけがないのであります」
そのような
「無敵氏が大魔王らしい行動をしない上に、勇者であるため忘れがちではありますが、女神様の決めた職業は絶対。で、あるならば、無敵氏はケビン氏と同じく魔王としての力を持っていると推察するが常考」
それは、奇しくも
そして、
「おおっ、やってるなぁ……」
「今度は邪魔をするなよ?」
「わかってるよ」
なんてことのないように会話をしている九鬼と
そのプリシラは、外へ出たことによってお
「ニコル、テーブルとイスを出しなさい。いつまで奥様方を立たせておくつもりですか?」
「くっ……今から出そうと思っていたとこ――」
「口よりもまずは手を動かしなさい」
「ぐぬぬ……プリシラの分際で……!」
ブツブツと文句を言いながらも、ニコルはテーブルセットをマジックポーチから取り出すと設置をし始める。そして、プリシラはその間にワゴンとティーセットを取り出して、お茶の準備に取りかかった。
このようにプリシラがひとたび現れてしまうと、それがどこであろうと差し支えなければ、すぐさまくつろぎスペースを作り出してしまい、いつもの光景となってしまうのだった。
「プリシラ殿、抹茶を頼む!」
そして、戦いの見学をしていた九十九も、何処にいようとお構いなしで我が道を進む1人だ。更には、気後れしてテーブルに着く気のなかった新参嫁たちまでをも巻き添いにし、わざわざ連れていく始末である。
そのような無敵とは無関係なところで、ほのぼのティータイムを始めてしまう嫁たちだが、古参嫁たちは慣れているものの新参嫁たちは戸惑いを隠せない。
現に無敵と魔王が戦っている中で、このようなことをしていてもいいのだろうかと落ち着きなく視線を泳がせていて、お茶の味などわかりはしないのであった。
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