第631話 命懸けの英雄

 九十九と無敵によるミニガンでの掃討作戦があらかた終わってしまうと、勅使河原てしがわらは次の作戦行動の指揮を始める。


「領都内に侵攻を開始しますわ。これまでの敵の行動からして、相手は戦術を用いることが確認されています。今までの魔物相手の戦闘とは、わけが違いましてよ。皆さん、気を引き締めて戦闘を行ってくださいまし」


 それから勅使河原てしがわらは、グループ関係なしに前衛職を前に出し、遊撃を間に挟み、後衛職を後ろに回すという冒険者としてのスタンダードな隊列を組ませ、両サイドに戦車を配置させると進軍を開始する。


 ちなみに、前衛を務めるのは、能登、辺志切、剣持、銘釼めいけん、蘇我、六月一日うりはり一二月一日しわすだ十前ここのつの8名。


 中衛には、九鬼、無敵、九十九、小鳥遊、百足ももたり陽炎ひなえ朔月さつき勅使河原てしがわらの8名。


 後衛には、卍山下まんざんか弥勒院みろくいん結愛ゆあ南足きたまくら、不死原の5名。


 そして、前中後衛を挟み込むようにして両サイドに布陣しているのが、あずまたち4台の戦車だ。


 それとは別で、最後尾にいるのはマリアンヌたちである。彼女らは基本的には傍観に徹するようだが、有事の際には独自で動くことを勅使河原てしがわらには伝えてある。


 それによって、後方からの奇襲に関して憂いがなくなったとも言える勇者たちは、後方もある程度は警戒するものの、意識を向ける割合の比重を前方へ多く傾けることができた。


 そして、勇者たちが領都へ向けて突き進んでいく中で、魔王側にも動きがあった。その光景を目にした勇者たちは、敵が戦術を用いるということを嫌でも理解させられてしまう。


 それは、領都から新たに魔物が出てきたのだが、騎狼兵のほかに、二足歩行型の魔物たちが武器や防具を身につけていたからだ。


 次々に現れる二足歩行型魔物の構成は、前衛として務めるつもりなのか剣と盾を装備しており、他には弓を待った者やその弓兵を守るために、大盾を持った者までいるのだ。


 ここまで来れば、たとえ相手が魔物であったとしても、その光景から人と人同士の戦争行為に嫌でも結びつく。


「残念ながら、あちらを凌駕するほどの弓兵はいませんわ。弓兵がいないのなら、代用するまで! 戦車部隊、魔導砲発射準備!」


 勅使河原てしがわらの号令を聞いたあずまたちは、いつでも魔導砲が放てるように狙いを定めていく。


 そして、彼我の距離が次第に狭まりつつあると、指揮官クラスであろう魔物が咆哮を上げる。それに伴い、敵弓兵は弦を引き絞り始めた。


 だが、それを目にした勅使河原てしがわらは先手を打ち、矢が雨のごとく降り注ぐ前に魔導砲を発射させる。


「魔導砲発射! 引き続き魔術師部隊、防御魔法展開!」


 その号令により4門から魔導砲が発射されると、魔術師部隊は光属性を扱える者が防御結界を、風属性を扱える者が矢の軌道を逸らすために風を巻き起こす。


 それでも、多勢に無勢。物量では敵の方が遥かに上回っていた。


 そして、対処しきれないほど降り注ぐ矢の雨に対し、勅使河原てしがわらは適宜指示を飛ばす。


「こちらに落ちてくる矢だけを対処してくださいまし。他はそのまま無視して構いませんわ!」


 次から次へと降り注ぐ矢を前にして、勇者たちは中国映画で表現されるような矢の雨を、実際に目の当たりにしていた。


「なぁー大輝ぃー!」


「何だ、士太郎ー!」


 そのような中で前衛と後衛という配置ゆえか、いつものような声量とは違い、明らかに大声で呼びかけあう蘇我と卍山下まんざんか


「これってテレビで見たやつだよなー?」


「そうだなー」


「ちなみに、俺の職業って【英雄】だろー?」


「それがどうしたー?」


「これ、主役になれるんじゃねー?」


「そう思うんだったら、敵兵の中へ突っ込んで来い! 勅使河原てしがわらが喜ぶぞー!」


「そんな面倒くせーことできるかよ! サボれねぇじゃねーか!」


「それなら主役の座は諦めろー」


「やっぱ、モブが1番だよなー」


「サボれるしなー」


 大声で堂々とサボる宣言をしている蘇我と卍山下まんざんか。もはや、コソコソと隠れてサボるという気概はないらしい。しかしそれが、勅使河原てしがわらのお怒りを買ってしまう。


「おふたりとも! のんきにお喋りする暇があるのでしたら、ちゃっちゃと反撃してくださいまし!」


「そうは言っても、勅使河原てしがわら。あの中に向かって突き進めと言うのか?」


 蘇我が危惧している通り、今現在降り注ぐ矢の雨は、自分たちに被害の出るものは逸らしているが、それ以外のものに関してはそのまま放置している。つまり、次から次にグサグサと地面に突き刺さっていく矢の中を、ひたすら突き進むことになるのだ。


「英雄なら英雄らしく、この展開を打破してくださいまし!」


「無茶言うな! そんなのあずまたちにやらせればいいだろ。魔導砲をどんどん撃ってりゃ、敵の数も減るだろ!」


「それだと、あずま君たちの魔力が枯渇してしまいますわ! 魔導砲だって、タダではないのですよ!」


 勅使河原てしがわらと蘇我の言い合いがヒートアップしていく中で、結局のところ言い負かされてしまった蘇我は面倒くさそうに頭をかいた。


「戦線を切り開いたら、俺は休憩するからな。ついでに、大輝も休ませる。文句は言わせねぇぞ」


「切り開けるのでしたら構いませんわ」


 勅使河原てしがわらから言質を取った蘇我は、卍山下まんざんかを呼ぶとバフをかけるように頼む。


「真面目にやるのか?」


「サボるためだ、仕方がねぇだろ」


 すると、それを受けた卍山下まんざんかが、ありったけのバフを蘇我にかけていく。


「ふぅ……やれるだけはやった。骨は拾ってやる」


「やれやれだぜ……」


 とぼとぼと歩き出す蘇我は、前衛組の前に出ると注意喚起を行い、自身より後方へと下がらせる。


 そして、いつも帯剣している武器をマジックポーチに仕舞うと、別の剣をそこから取り出した。


 その剣は柄尻に魔石が取り付けられており、緑色に輝いている。その輝きは、まさに至高と言っても過言ではないだろう。


 蘇我がその剣を鞘から解き放ち、天を刺すかのようにして上段に構えた。


「……【身体強化】、【英雄の覇気】、【背水の陣】、【乾坤一擲】――」


 次々とスキルを発動させていく蘇我。彼の周りには荒れ狂うかのようにして、風が巻き起こる。目に見えて危険だとわかる状態により、巻き添え回避のため注意喚起を受けていた半信半疑の前衛組も納得するというもの。


 そして、その光景を初めて目にする勇者たちの大半は、蘇我の隠していた実力に目を見開いていた。ある程度の戦力把握をしていた勅使河原てしがわらとて、その1人である。


「な……なんなんですの……あれは……」


 その勅使河原てしがわらの疑問に応えたのは、蘇我の相方である卍山下まんざんかだった。


「あれは士太郎の奥の手だ。スキル名からわかる通り、諸刃の剣にしかならない。あれを使う時は命を賭ける時か、使用後に気兼ねなく休める時と決めていたからな」


「……命ですって……!?」


 そのあまりにも多大な対価を、使用時に払う覚悟として決めていた蘇我の決意に、勅使河原てしがわらが後悔とともに止めようと動き出すが、それを卍山下まんざんかから逆に止められる。


「あの状態になった士太郎に近づくな。死ぬぞ」


「っ……ですが!」


 知らなかったとはいえ、命を賭けるような行動を促してしまった勅使河原てしがわらは、自身の愚かさによって焦燥感が積み上がっていく。


 そのような勅使河原てしがわらの焦りを知ってか知らずか、最後尾にいるマリアンヌたちは蘇我の実力に感嘆としていた。


「あれは凄いわね……」


「古来より、英雄とは命を賭けて戦場の敵を数多く屠る者だからな。敵が強大であればあるほど、命を繋げるのも難しくなろう。だが、それを成した者こそが英雄として讃えられる」


「そうですね。さすがにあれを食らえば、この私と言えども無傷とはいかないでしょう」


 マリアンヌの賞賛の言葉に反応したのは、クララとアブリルだった。2人は長年ドラゴンとして生きてきた経験から、今の蘇我の実力がどれほどのものであるのか、正確に把握できている。


 そのような会話が最後尾組でされている頃、蘇我が立っている場所では暴風と言っても過言ではないほど風が吹き荒れ、降り注いでいる矢が全く意味をなさないくらいに蘇我を避けて落ちる。


 それに焦りを感じた敵側指揮官が咆哮すると、騎狼兵を筆頭に歩兵部隊が怒涛のごとく押し寄せてきた。


「く……さすがにキツい……」


 荒ぶる風の中で蘇我がそうごちると、剣を掲げている腕の皮膚が裂けているのか、血を流し始めていた。


 そして、自身の技を最大限に活かすため、敵を引きつけ始める。


「この技だけは使いたくなかった……大輝、骨は拾ってくれよ……」


 サボるという目的のため、数多くの修羅場(勅使河原てしがわら)をともに潜り抜けてきた親友の名を口にすると、蘇我は満を持して掲げていた剣を振り下ろす。


「【究極破壊暴風砲アルティメットバーストストーム】」


 そのひと振りによって、蘇我を中心に渦巻いていた暴風が指向性を持ち、剣の切っ先が向けられた押し寄せる魔物たちに向かって放たれた。


 その瞬間、横方向へと渦巻く竜巻が地面を抉り突き進み、押し寄せてきていた魔物たちを飲み込んでいく。


「グギャァァァァ!?」


 そして、飲み込まれた魔物たちは体を切り刻まれながら吹き飛ばされ、為す術なく蹂躙されたのだった。


 これが、横一列となって押し寄せてきたのなら被害は最小限に済んだものを、魔物たちが目指していたのは蘇我だ。吸い込まれるようにして蘇我を目指していたため、被害が甚大となってしまった。


 そのような魔物の結末を見ることもなく、蘇我は振り下ろしていた剣を地面に突き刺した。


「ハァハァ……」


 後ろから見てもわかるくらいにとても疲弊していた蘇我だったが、次の瞬間には体中から鮮血をほとばしらせる。それによって、蘇我の足元は血溜まりとなった。


「蘇我君!?」


 命を賭けるほどの技を出させてしまった勅使河原てしがわらが駆け出そうとするが、それよりも先に動いた者がいる。


 ガチャっという音がしたと思ったら、左右に配置している戦車のハッチが開き、中からオタたちが飛び出したかと思えば蘇我に駆け寄っていく。


 それを見た勇者たちは、オタたちがそこまで仲間のことを心配して誰よりも先に駆けつけたのだと知り、皆一様に感動をおぼえた。


 だが、違った。


「うっひょー!」

「かっこよかったでごわす!」

「さすが英雄ですぞ!」

「ここぞという時の必殺技でござるな!」


「ぐはっ!」


「…………へ?」

「「「「「…………」」」」」


 勅使河原てしがわらを始めとする勇者たちは、オタたちの行動に対して唖然とするしかない。瀕死の仲間を助けるべく駆けつけたかと思いきや、現場に到着するなり回復させるのではなく、興奮さながら賞賛するのだ。


 だが、相手はオタたちだ。賞賛だけで終わるなら誰も苦労はしない。


 そして、予想通り賞賛だけで終わらない蘇我の周りにいるオタたちは、流血状態の蘇我の勇姿を真似し始める。オタク独特の脚色というサービス付きで。


「今日は……風が騒がしいな(キリッ)」


「でも少し……この風……泣いています(哀愁)」


 そこには、いつの間にか駆けつけて合流したいちじくの姿が。


「「「「「――っ!!!?」」」」」


 それに驚くギャラリー(勇者たち)。


 だが、一度始まったオタ劇場は止まらない、止まれない。アドリブなどドンと来いである。


「急ぐか……魔大陸の風が辺境伯領に良くないものを運んできたようだ(キリッ)」


「風の精霊王よ、我に力を(キリッ)」


「今解き放とう、選ばれし英雄の一撃を(キリッ)」


「「「「【究極破壊暴風砲アルティメットバーストストーム】(キリッ)」」」」


「やめてくれぇぇぇぇ――!」


 必死の思いで剣を支え棒代わりに立っていた蘇我だったが、オタたちから痛恨のダメージを受けたようで、地面に転がり恥ずかしさでのたうち回っている。


 だが、そのような時に蘇我へ救いの手を差し伸べたのは、誰よりも勇者である能登だ。


「待て……!」


 誰よりも勇者らしくあろうと日々努力する能登に、ここにいる者たちが注目する。


 きっと、暴走しているオタたちに代わって、蘇我の手当てを優先すべきだと発言するに違いないだろうと、一部の者たちは確信めいていた。


 そして、それは当たることになる。


「おい、ヤベぇって! 蘇我君の手当てを早く回復役に任せて攻めに行ないと! チャンス半減だよ、おい、行こうぜ! な?」


 オタク事情など1ミリも理解していない能登。だが、そこは天性の持つものなのかどうかは知らないが、お約束をしてしまったようだ。本人は全くの無自覚だが。


 そして、すかさず現れたいちじくに殴り飛ばされる能登。


「ふぐっ、何で?!」


 何故殴り飛ばされたのか理解しないまま能登は地面に転がり、いちじくから馬乗りされ殴られる。


「はあっ! ふっ! んっ!」


「あ"あ"、あ"ぁ"、痛っ! 何で?!」


「ふっ! ふっ! はあっ!」


「何で?! どうし――あ"あ"っ!」


「「「「「…………」」」」」


 その後、あずまたち5人がやりきった感で、ハイタッチをしながらドヤ顔を披露しているが、その他の者たちは呆然と立ち尽くしている。何故ならオタではない以上、意味がわからないからだ。


 しかしながら、それに気づいた者たちもいる。それは戦車の中で待機している残りのオクタメンバーと、前世の健に多大な影響を受けた三姉妹だ。


「おねぇ……アレって……」


「能登君は天然なの?」


「天性の才能」


 このような時に呆れるしかないオクタの暴走に誰も動けずにいたが、卍山下まんざんかは命懸けとなる蘇我の行動の真の意味を知っていたので、予想通りの展開となったことに対し何ら疑問を持たず、地面でのたうち回っている親友のところへ向かった。


「お疲れさん」


「……死にたい……ってか、もう死ぬ」


「精神ダメージがハンパないな。ほら、立てるか?」


 傷だらけ(外傷より主に心)で、満身創痍(肉体的より主に精神的)に見える蘇我に手を差し伸べる卍山下まんざんか。その手を取る蘇我は、フラフラと立ち上がる。


「はぁぁ……だから、やりたくなかったのに……勅使河原てしがわらのやつめ……」


「その勅使河原てしがわらは、命懸けの意味をそのまま受け取っているから、今なら大手を振ってサボれるぞ」


「オタクたちに知られた代償が、今限定のサボりかよ……」


「とりあえず、傷を治しながらサボるぞ。歩くのも面倒だし、戦車に乗り込む」


「菓子でも食いながら、戦争の行く末でも観戦するか……」


 そして、卍山下まんざんかの肩を借りて歩いていく蘇我は、勇者たちから労いの言葉がかけられていくが、今はそれよりも黒歴史を作ったことにより、早く戦車の中で休みたいという願望が強かった。


 それから、勅使河原てしがわらの指揮が再開され、勇者たちは蘇我のおかげで数が減って、あまり脅威ではなくなった魔物たちを倒していきながら、とうとう街の中へと足を踏み入れることになった。


「戦車部隊はここで待機。念の為、後詰の部隊が来るかもしれませんから、警戒を怠らないようにお願いしますわ」


 その後、街中に入って行く勇者たち。その街中の様子は既に荒れ果てた廃墟ばかりであり、それを眺める勇者たちは、復興に時間がかかりそうであることを再認識した。


 魔王側の配下はあらかた出尽くしたのか、街の中に入ったというのに散発的にしか襲われず、勇者たちはそのまま領主館らしき豪邸へ向かい足を進めていく。


 その領主館はちょっとした城のようでもあり、いかにも権力を誇示していますといった外観である。今となっては魔物に占拠されているためか、景観は損なわれているが。


 そして、勇者たちが領主館前に到着すると、勅使河原てしがわらは気を引き締めなおすため声を上げる。


「いよいよですわ。ここから先は魔王のテリトリー。何が起こるかわかりませんから、警戒を厳にして進んでいきますわよ!」


 その言葉により勇者たちも気を引き締めなおし、敷地内に足を踏み入れようとした矢先、無敵から待ったがかかる。


「この人数で行くのか?」


「そうですわ」


「この小城の中に?」


「何が言いたいんですの?」


「蘇我と卍山下まんざんかが抜けたとしても、21人だぞ。外とは違って城の中じゃ満足に戦えないだろ」


「そこはローテーションを組もうと思っていますの。少数精鋭で行くことにメリットもありますが、魔王のところへ辿りつく前に疲弊してしまうデメリットもありましてよ」


「ちゃんとそこら辺を考えているならいい。ただ、魔王と戦う優先権は俺が貰う。弱り果てた魔王に、とどめを刺すような順番にされてはかなわんからな」


「仕方ないですわね」


 こうして、無敵が魔王と最初に戦う権利を取得すると、いよいよもって勇者たちは魔王城に足を踏み入れるのであった。

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