第632話 戦力外通告

 魔王城に足を踏み入れた勇者たちは、何の苦労もなく先へと進んでいく。


 それは何故か?


 既にこの小城は魔物たちに荒らされており、侵入者対策のトラップ等は全て発動済みなのだ。よって、警戒すべきは所々から襲いかかってくる魔物だけになる。


 そして、謁見用に作られた部屋まで大した時間を消費することもなかった。それは、明らかに他の扉とは違う華美な扉を見つけてしまったからである。


「簡単すぎますわ……」


 呆れ果てる勅使河原てしがわらであるが、それも致し方のないことだろう。


 そもそもの前提として、ここは本来見栄っ張りな辺境伯が作った小さな城なのだ。本来の魔王がいちから作る魔王城とは、規模が違ってくる。


 更には魔物たちに荒らされた後であり、そこかしこの部屋はドアが壊され、中に入るまでもなくただの部屋だということがわかってしまう。


 そのような状況のためか、勇者たちが何だか肩透かしを食らったかのようになってしまっても、誰も責められないだろう。


「レイラよ、気を抜くでないぞ。腐ってもここにいるのは魔王なのだ」


 だが、そのような勇者たちに喝を入れるためか、同行しているクララが、指揮官役の勅使河原てしがわらに声をかけたのだった。


 ちなみに、他の嫁であるマリアンヌたちは、念の為に小城や街の外で後詰を警戒して待機している。


 配置としては、マリアンヌ、アリス、シーラ、アブリルが街の外で待機。ニコル、ライラ、ララ、ルルが小城の外で待機。残るクララとプリシラが勇者たちに同行という形である。


「ご忠告ありがとうございますわ」


「わかれば良いのだ。新妻に傷でも残そうものなら、主殿にお叱りを受けてしまうからの」


 クララの言った“新妻”という言葉に反応したのか、改めて意識してしまった勅使河原てしがわらたちは、顔を赤らめてしまう。


「初々しいの」


「そうですね」


 だが、空気は読めるが腑に落ちない無敵が、クララの言葉に異を唱える。


「自分の意思で戦いに身を投じているんだ。その過程で怪我を負うことくらい当然だろ。それをあんたが責任を負ってケビンが叱るというのは、お門違いじゃないのか?」


「ふむ……私の身を案じるとは、お主は優しいやつなのか?」


「別に優しさじゃない。腑に落ちないだけだ」


「まぁ、さっきのは例え話みたいなものよ。レイラたちが怪我をしても、主殿が私を叱ることはない。だが、死なせてしまったら、責められるかもしれんがの。そうならないよう、私たちを同行させているわけだしの」


「戦いに身を置く以上、死んでも自業自得だろ」


「お主……達観しとるの。しかし、それはお主の価値観だ。それを周りに押しつけるのは愚かぞ。今回の遠征、根幹にあるのは“救いたい”という意思であり、お主のように、誰もが強者と戦ってみたいという意思で参加しているのではない。そこら辺は弁えよ」


「だが――」


「やめておけ、力也。クララさんの言う通りだ。お前からしたら勅使河原てしがわらさんたちの考えは甘ちゃんだろうが、あれはあれで確たる意思のもとで行動している。戦闘に身を置いても死にたくないと思うのは、仕方がないだろ。誰だって未練はあるし、しかも結婚したての新婚ホヤホヤだぞ。旦那のケビンさんは遊び呆けているけど」


 フォローしているのか貶しているのか判断しづらい九鬼の言葉だが、ケビンのことに関してだけ言えば、確実に貶していることがわかる内容であった。


 その九鬼が言うことで毒気が抜かれてしまったのか、無敵もそれ以上何かを言うこともなく、この場は勅使河原てしがわらが自分の意思を伝えることで終息する。


「確かに、自分の意思で参加して敵である相手を殺しておいて、自分は死にたくないと言うのは矛盾していますわ。無敵君に覚悟が足りないと思われても、仕方のないことです。ですが、それでもこの国の人を救いたいと思ってしまいますの。だから、我儘なのは十分承知していますが、最後までお付き合いをお願いしますわ」


「……わかった。俺は魔王と戦えさえすればそれでいい。他のことはお前らの好きにしろ」


「ありがとうございますわ」


 勅使河原てしがわらの意思を聞き、無敵が矛を収めることで終息すると、一同は進み始め華美な扉を開けて中へ進もうとするが、扉を開けた瞬間に鼻をつんざくような異臭が外へ流れ出してきた。


「うっ――!」


 そして、鼻を押さえる勇者たちが目にしたものは、この世の地獄ともとれる光景であった。


「これは――!?」


 一同が目にした謁見の間に広がるのは、そこかしこに転がされた女体の魔族である。その魔族らにもう正常な意識はないのか、虚ろな瞳で虚空を見つめていて焦点が合っていない。


「酷い……」


 たとえ魔族であろうとその光景を目にしては、いったい何をされてこうなってしまったのか、誰の目にも明らかだった。


 何故ならば、彼女らの中にはお腹が大きくなっている者や、小さなゴブリンに這いよられて、母乳を吸われている者もいる。その彼女らの酷いあり様に、生きているのが不思議なくらいである。


 そして、玉座と思わしきところでは四つん這いのまま、まだ凌辱されている女性までいた。それを成しているのは、緑色である肌の見た目以外は、ただの人族と変わりない姿の者だ。


「なんだぁ?」


 億劫そうに頭だけ動かし扉側へ視線を向ける男。だが、次の瞬間には、ギラついた目つきに変わる。


「人族の女じゃねぇか。捕まえていた女がいきなり燃えてからはご無沙汰だな」


 そう。この男が言うように、辺境伯領内の捕まっていた女性たちは、凌辱から解放するためケビンによって燃やされていて、人族の苗床がいない状態である。


 だが、ここでケビンの凡ミスが明らかとなった。


 当時、ケビンが救うために燃やしたのは人族であり、それ以外の種族の女性までは頭が回らなかったのだ。


 何故ならケビンが目にしたのは、逃げ遅れて捕まっていた人族であったからで、魔大陸からやって来た魔族の女性兵士のことは端から頭にない。


 そして、人族である女性の味をしめた魔王が、捕まえていた女性を燃やされてから連れてきていた魔族の女性兵士に手を伸ばすまで、さほど時間はかからなかった。


 そういう背景が原因となり、目の前の凄惨たる光景へと繋がるのだった。


「あ……あなたは魔王ですの……?」


 あまりにも人と見た目が変わらないことから、勅使河原てしがわらがそう尋ねると、目の前の男はニヤリと笑みを浮かべながら答えた。


「俺がこの領地の魔王だ。【繁殖の魔王】ゴブリンヒューマン。お前のご主人様となる男だ」


 そこでようやく凌辱することをやめたのか、ゴブリンヒューマンが立ち上がると、凌辱されていた魔族はぐったりと倒れ込んだ。


 そして、いきり立つ代物を隠そうともしないゴブリンヒューマン。その姿を目にしてしまった女性勇者たちは、視線を逸らして視界に入れないようにした。


「おいおい、初心な反応を見せてくれるじゃねぇか。これはやりがいがあるな」


 女性勇者たちは決して羞恥から目を逸らしたわけではなく、嫌悪から目を逸らしたのだが、ゴブリンヒューマンにはそれがわからなかったようだ。


 そのような中で、女性勇者たちが使い物にならないと感じたのか、無敵が勅使河原てしがわらに代わりゴブリンヒューマンに話しかける。


「おい、お前はゴブリンヒューマンと名乗ったよな? その姿はゴブリンヒューマンだからか? 普通はゴブリンキングとか、ゴブリンエンペラーとかになるんじゃないのか?」


 その問いかけに対して、ゴブリンヒューマンは顔をしかめる。せっかく人族の女性が舞い込んできて、これからどういう凌辱をしようかと考えていたところでの、男の存在を目にしたからだ。


「チッ……ゴミが混ざってやがるのか……ああ、そうだ。俺はゴブリンエンペラーから、更に進化を遂げたゴブリンヒューマンだ」


 その答えを聞いた無敵は『なるほど……』と納得していたが、ゴブリンヒューマンはその無敵の焦りのない態度が気に食わない。それゆえに、泣いて震える姿を目にしたくて、自身の凄さを語ってしまう。


「てめぇ、この俺がエンペラーすら超越した、真の魔王だとわからないのか?」


「真の魔王…………ああっ! 確かオークエンペラーがそんなことを喋っていたな。それによると、魔力を放出させることができるのだったか?」


「その通りだっ、泣き叫んで震えて見せろ!」


 その言葉とともに力を解放したゴブリンヒューマンは、体から緑の魔力をほとばしらせ、その身を包みこんだ。


「汚い色だな」


 その言葉を聞くゴブリンヒューマンは、あからさまに額に血管を浮き上がらせ激怒する。だが、そのような無敵の行動を、九鬼が窘めた。


「煽るなよ、力也」


「煽ってねぇよ、感想を言っただけだろ」


 しかし、落ちついて会話をしている無敵と九鬼の語らいも、ゴブリンヒューマンからしてみれば憤怒ものである。


「ゴミ虫ごときが舐めるなよ!」


「舐めるかよ、汚ぇ。ちゃんと風呂に入ってるのか? 臭いぞ、お前」


「力也……」


 更に煽りをしてしまう無敵に呆れるしかない九鬼。とりあえず九鬼は無敵が暴れだしそうな気配がしたので、女子たちへ謁見の間から城の外に出るように指示を出した。


「そんな!? 私たちだって一緒に戦いますわ!」


 そのような勅使河原てしがわらの言葉も、九鬼にかかればバッサリである。


「九十九さんは別として、他の人は邪魔、足手まとい、戦力不足。協力したいのなら、魔王の股間をガン見できるようになってから言ってください」


「ぐはっ! ですわ……」


「あっ! これが千代ちゃんの言ってた“グサ”なんだ。麗羅ちゃんもこれで“グサ仲間”になれたね」


 勅使河原てしがわらが共闘を申し出、その返答を九鬼から直接言われたことにより、自身はその範囲に入っていないと思っている弥勒院みろくいんは楽しげに話しかけている。


 だが、旅は道連れと言わんばかりに、勅使河原てしがわら弥勒院みろくいんに伝えた。


「全く気づかないその天然さんなところは、香華きょうかの可愛いところでもありますけれど、私が言ったのは“私たち”でしてよ。当然、その役立たずの範囲には香華きょうかや、他の女子たちも含まれていますわ」


「え……!? そ、そんなことないよね、九鬼君?」


 勅使河原てしがわらからの言葉で焦りだす弥勒院みろくいんだが、九鬼から更なる追い討ちをかけられてしまう。


「そんなことどうでもいいから、早く城から出て行って欲しいんですけど。ここに残るのは力也と虎雄と僕で十分ですよ。あと、保護者としてプリシラさんも残っていただけますか?」


「グサだよぅ……」


 先程の経緯からして、端から女子たちの戦力を当てにしていないのか、九鬼はそのようなことを言うが、女性の中でもプリシラだけは残ってもらえるように頼み込むのだった。


 それに異を唱えるのは、残るように言われていない男子たちであるが、その男子たちが口を開く前にクララが口を開いた。


「クキよ、私ではなくプリシラを選ぶとは、どういうことだ? 私の方が強いのは知っておろう」


「いや……だって、クララさんは手加減が苦手って聞いているし、クララさんが暴れたせいで生き埋めとかになりたくないし……その点、誰しもが認める完璧メイドのプリシラさんなら、もしもの時も安全かなと」


「なっ!? 私だって手加減くらいできるのだぞ!」


 まさか九鬼からダメ出しを受けるとは思っていなかったクララが反論するも、隣にいるプリシラから宥められてしまう。


「クララ様、ここは九鬼殿に従っておきましょう。クララ様の膨大な力では、手加減をしていても脆くなっているこの城では崩れる可能性が高いです。悪いのは今にも崩れそうな脆いこの城であって、クララ様ではございませんから」


 一家に一人プリシラさんがクララをよいしょしつつ諭すと、満更でもないのか、クララはニヤケ顔を我慢しつつ胸を張って了承する。


 しかし、クララの口角がピクピクとしている様子を見れば、上手く隠せていないのは誰の目にも明らかだ。


 その後、ゴブリンヒューマンを牽制しつつ、戦力外通告を受けた男子や女性たちをクララが引率しながら退出すると、謁見の間に残ったのは九鬼たち3人とプリシラだけである。


「チッ……逃げたヤツらは後で追いかけるとするか……男は食らって、女は苗床に決定だな」


「追いかけることができると思うのか?」


「……なにぃ?」


 無敵の言葉により、あからさまに癪に障った顔つきとなるゴブリンヒューマンだが、余裕な態度を崩さない無敵を見ては訝しんでしまう。


(何故ヤツは恐れおののかない……目の前にいるのは魔王だぞ。それとも、何か秘策でもあるのか……?)


 ゴブリンヒューマンが思考を巡らせている間、無敵は無敵でまずは自分1人で戦うことを九鬼と十前ここのつに告げていた。


 それによって、九鬼たちは無敵が喧嘩において言い出したらきかないことを知っていたので、窮地に陥るまでは好きにやらせるという方針を固めたようだ。


「始めるぞ、毛の生えたゴブリン」


 無敵のその言葉によって、ゴブリンヒューマンは自身の姿が人族もどきに進化していることもあってか、髪の毛のことを言われたのだろうと思っていた。


 だが、実際には違っていて、無敵が指し示していたのは“ゴブリンに毛が生えた程度”という揶揄である。


 無敵のことを知り尽くしている九鬼や十前ここのつが、恐らくそういう意味合いだろうと予想を立てている中で、勘違いをしているゴブリンヒューマンは、誇らしげに自身の髪をかきあげる。


「羨ましいか? 肌の色さえ人族と同じなら、俺はイケメンだからな」


 自らイケメンとのたまうゴブリンヒューマン。それを見ている無敵たちは絶句する。


「なぁ、虎雄……」


「何だ、泰次やすつぐ


「何でゴブリンが、“イケメン”って言葉を知っているんだ?」


「女神に貰った【言語理解】が、俺たちの世界の言葉に翻訳しているんじゃないのか? 俺は今までそう思っていたけどな。そもそも、ゴブリン語なんてわからないだろ。話が通じるってことは、【言語理解】が働いているってことじゃないのか?」


「そういうことか……」


 何故ゴブリンが、“イケメン”なる言葉を知っているのかという疑問を抱いてしまった九鬼は、十前ここのつの説明によって納得してしまうと、夜に気になって眠れなくなるという事態を回避することができた。


 だが、ここには異世界においての地元民とも言えるプリシラがいる。当然のことながら、地元民のプリシラは【言語理解】というスキルを所持していない。もとより、この世界の言語を習得しているからだ。


 そして、そのプリシラから2人は衝撃の事実を告げられる。


「クキ殿。あのゴブリンヒューマンは、我々の使っている言語で喋っていますよ。ゴブリン語とかではなく」


 これには九鬼だけでなく、ゴブリン語提唱者の十前ここのつも驚いていた。


 そうなってくると、せっかく解決して夜にぐっすり眠れると思っていた、疑惑の言語が再び頭をよぎる。


「深く考えるな。言語が人族と同じと言うのなら、恐らく“イケメン”の部分だけが変換されたんだろ」


 十前ここのつからそのような説明を受けた九鬼は、深く考えることをやめると、無敵の戦闘に意識を傾けることにするのであった。

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