第630話 逃げる戦車と弾幕の嵐
――コンコンコン……
「おや、ハッチからノック音が聞こえるであります」
「ウルフに乗ってたゴブリンが飛び乗ってきて、ハッチを開けようとしているんじゃない?」
「こじ開けようとするのなら、もっとガンガン音がなると思いますが、何か?」
「言ってみただけよ!」
ちなみに
そのような会話を繰り広げている2人だが、サポートシステムは来訪者が誰であるのかを教えた。
《アブリル様が戦車の上に乗っていますね》
「あーちゃん、中への誘導をお願いするであります」
「仕方ないわね。魔導砲も当たらないし、あのゴブリンはいったい何なのよ!」
小回りのきく騎狼兵に対して、1発も当てることのできない
そして、
「――ッ! そうよ、それよ! 数打ちゃ当たるのよ!
そう意気込む
「危険であります。四方八方からやってくるウルフゴブリンを、どうやって仕留めるでありますか? 【
「ああああぁぁぁっ、悔しいぃぃぃぃ! あいつらをギャフンと言わせたいの、ギャフンと!」
一発も当てられなかったことから、フラストレーションが溜まりまくっている
「アズマ、早くミニガンを出してくださいませんか?」
「少々お待ちを、であります」
「くれぐれも戦車には当てないで欲しいであります」
【
「……では、こうしましょう。わかりやすくファイアボールを上空に撃つので、それを合図にして貴方たちは全速力で後退してください。この武器で、それを追ってくる騎狼兵を撃つことにしましょう」
「フライングして撃つことは、ないのでありますよね!?」
そして、アブリルが去った車内では、
「不安しかないのであります……」
それに相槌を打つのは、同乗者の
「全速力で逃げるわよ……!」
2人は今か今かとその時を待ちながら、もう魔物の相手など適当にしかこなしておらず、合図の瞬間に遅れることなくすぐさま行動できるよう、神経を張り詰めさせていくのだった。
そして、それは他の車両でも同様であることは否めない。
【
そのオクタチームが魔物相手ではなく、自身の武器に戦々恐々としている中、【
「レイラ、これがアズマから預かってきたものです」
「ありがとうございますわ」
お礼を述べてから簡易的に設置されたミニガンを見る
「おもちゃではないですのよね……」
「くれぐれも戦車には当てないようにと、再三の注意を促されましたよ。恐らくは、当たったらひとたまりもないのでしょう」
アブリルの伝えた言葉が答えとなったのか、ミニガンを見ている者たちはそれがおもちゃではなく、殺傷能力の高い武器であることを再認識した。
それからアブリルは
そのような作戦の要と言えるものを話し合っているというのに、嬉々としてミニガンを担ぐものがいた。
「この1丁は私が使うべきだな!」
そう、九十九である。
「ちょっと、
九十九の暴走を止めようとする
「正信たちを除いて、これを扱ったことがあるのは私だけだぞ。それとも他に私以外で経験者がいるのか?」
「そ……それは……」
「なら、決まりだな。1丁は私が使おう。むしろ使わないと、魔法少女としての名折れだ。残りは好きにするといい」
完全に言いくるめられてしまった
だが、そのような
「それなら、これは俺が使う」
「ちょ、おい! 力也!」
いきなりミニガンを使うと言い出した無敵に対して、九鬼が制止をかける。それは、素人が指導官からの教えもなく、銃火器を扱うものではないという常識からだ。
「どっちみち誰かが使うんだろ? それなら俺が使っても問題ないはずだ」
「でもお前、ミニガンだぞ!? エアガンを撃つのとは違うんだぞ!」
「それならお前は、その危険な代物を女子共に使わせる気か?」
「別にいいんじゃね? 女だし」
「「「「「…………」」」」」
奇しくも女性不信という素の部分が出てしまった九鬼に対し、周りの者は信じられないものを見るような目つきとなる。
その中でも女子たちは無敵ですらああ言うのだし、ベネットを助けるような九鬼ならば、きっと「女子たちを除いた男子たちの誰かで決めよう」と、勝手な期待をしていたのだ。
だが、無敵と
「お前の女嫌いはちっとも治ってないな。ベネットとやらのおかげで、少しは改善されたと思っていたのに……」
「ベネットさんはただの冒険者仲間だ。関係ない」
「「「「「…………」」」」」
再び女子たちは、信じられないものを見るような目つきとなる。あれだけ一緒にいて好きですアピールをしているベネットに対し、なんと報われない恋なのだろうかと同情を禁じ得ない。
そのような内容で話が脱線したものの、最終的には無敵の「人生のうちで1度くらいは銃を撃ってみたい」という、願望丸出しの主張により、ミニガンは無敵が扱うことになる。
「それでは合図を放ちます」
アブリルがそう言うと、片手の手のひらを空に向けて詠唱を始める。
すると、見る見るうちに手のひらの上空では、ファイアボールが形成されていき、それが通常のファイアボールとは、比べるべくもないほど巨大化していく。
それを眺めている勇者たちは、一様に格の違いというものを嫌でも理解させられるのであった。
「……何だよ……アレ……」
「いやいや、あれって絶対にファイアボールじゃないだろ!?」
「バランスボール……」
「あれでバランスの訓練をしたら、バランスをとる前に焼け死ぬぞ……」
小鳥遊班がそのような驚きを見せる中で、ついにはアブリルが遥か上空へ向けてファイアボールを撃ち放った。
勢いよく天へと向かって上昇するファイアボール。
それは、
それゆえに、控えていた者たちが今まで気配を隠蔽して隠れていたものの、撃ち放ったファイアボールが、そこに誰かがいるということを魔物たちにも知らしめる。
それから、いっせいに踵を返す
次に、騎狼兵を筆頭にしてそれを追う魔物たち。魔物の本能からか、逃げる獲物を追わずにはいられなかったようだ。
そして、準備万端なミニガンを構える2人。無敵は真剣な表情だが、九十九は不敵な笑みを浮かべている。
「汚物は消毒だぁぁぁぁ!」
その言葉と同時に機動力のある騎狼兵が射程に入るや否や、まだ
「フハハハハ! 見ろ! まるで魔物がゴミのようではないか!!」
「なっ!? 何をやっていますの、
予想だにしないと言えば嘘になるが、予想通りとも言いたくない九十九の行動に驚愕するのは、なにも
「「「「やりやがったぁぁぁぁ!?」」」」
「力也! お前は撃つなよ!?」
「フリか?」
「フリじゃねぇよ!」
九十九が楽しくマズルフラッシュさせている中で、周りはてんやわんやの大騒ぎである。
時を同じくして、戦車で逃走している
「ぎゃああああっ! やっぱり
「よ、避けて!!」
「無理難題!?」
「オタクに果てなし!」
その頃
「死ぬ前に1度くらい
「はぁぁ……バカ正直に暴露しすぎよ。そもそも、
「童貞更新!?」
「智ったら……バカね♡」
同じく
「これはリアル弾幕ゲーですぞ!?」
「ももんぱちだね!」
「みこちゃんナイスネーミング!」
「しーくんと一緒にいるからだよ♡」
最後に
「相変わらず楽しそうでござるな」
「
「日本では抑圧されていたのでござろう」
「これからもみんなで楽しもうね」
そして、
「どうするの、まーくん!?」
「こんなこともあろうかと」
「キター! 定番の名セリフ!」
「
「オペレーション・ニトロシステム……まさかっ!?」
「
「そっちかよ!?」
かっこよくキリ顔を見せつける
《嘘はいけません。正しくは
「やっぱり!? これからワイルドな速度を出しちゃうわけね!」
俄然、テンションが上がってしまう
だが、そのような
それは、ガソリンを使っているわけでもないのに、ニトロシステムは果たして使えるのかどうかということだ。
そのような疑問を口にすると、それに応えたのはキリ顔を維持したままの
「フッ……ニトロシステムと言えど、便宜上によりそう呼称しているだけであって、実際にはガソリン代わりに使用されている魔力の他に、魔素を使うのであります」
「魔素……?」
「
「そのくらいわかるわよ! 英単語からして違うでしょ!」
キリ顔からドヤ顔に切り替えた
「痛いであります……」
「そもそもシステムなら、前に使ったALICEシステムがあるでしょ! あれでいいじゃない!」
《あれはその場のノリだけでやったことですから、実際はそのようなシステムはございません》
「…………へ?」
《ぶっちゃけると、少しだけリミッターを解除して、全体の性能を上げただけです。テヘペロ♪》
「…………殺す!」
サポートシステムのおふざけに対し、殺意を漲らせる
だが、そのような
「そろそろ振り切る頃合いでありますかな?」
実は
たとえ機動力に優れているウルフ種と言えど、背中にゴブリンを乗せた状態では通常時の出せる速度も出せず、自慢の機動力は数割減の状態でしか使えない。
そのような状態のウルフ種を撒くことなど、
《ミニガンの有効射程圏内に、騎狼兵が入ったことを確認しました。これ以降、振り切ったとしても引き返す前に殲滅可能です》
「オペレーション・
「オペレーション名が変わってる!? メスシステ厶って響きが、いやらしい感じしかしないのだけど!?」
「あーちゃんはむっつりであります!」
「当たり前でしょ! オープンスケベなんて、ただの痴女じゃない!」
「開き直った!? ……ということで、ポチッとな」
「うっひょー! この疾駆感、最高であります!」
「いきなり発動しないでよ! シートに頭ぶつけちゃったじゃない!」
心境的には、見る見るうちに周りの景色が流れていく様を眺めていたいところだが、あっという間に騎狼兵をぶっちぎり、仲間たちの所へ到達してしまった。長距離移動ならまだしも、今回は中距離なため致し方ないとも言える。
兎にも角にも、そのまま突っ込んでは仲間たちを轢き殺してしまうため、そこはサポートシステムが適切な速度へと徐々に落としていくのだった。
そして、ミニガンの射線上に入らないよう徐行しつつ、適度なところで戦車を停めると、
「お疲れ様ですわ。あとは休憩なさって、後方支援に回ってください」
「了解であります」
こうして勇者たちは、辺境伯領領都に対して先制攻撃を成功させたのであった。未だ、九十九の笑い声とミニガンの射撃音が鳴り響いているが。
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