第630話 逃げる戦車と弾幕の嵐

 ――コンコンコン……


「おや、ハッチからノック音が聞こえるであります」


「ウルフに乗ってたゴブリンが飛び乗ってきて、ハッチを開けようとしているんじゃない?」


「こじ開けようとするのなら、もっとガンガン音がなると思いますが、何か?」


「言ってみただけよ!」


 ちなみにいちじくは、騎狼兵が出てきた時にロケットランチャーを当てることができず、ヤケになって撃ちまくっているところを、自動操縦に切り替えたあずまが危ないからと車内に連れ込んだのだった。


 そのような会話を繰り広げている2人だが、サポートシステムは来訪者が誰であるのかを教えた。


《アブリル様が戦車の上に乗っていますね》


「あーちゃん、中への誘導をお願いするであります」


「仕方ないわね。魔導砲も当たらないし、あのゴブリンはいったい何なのよ!」


 小回りのきく騎狼兵に対して、1発も当てることのできないいちじくはプリプリとしていた。そのような子供っぽさが出ている彼女を、あずまは生温かい視線で見ている。


 そして、いちじくによって中に入ったアブリルは、勅使河原てしがわらから預かった伝言をあずまに伝えた。


「――ッ! そうよ、それよ! 数打ちゃ当たるのよ! あずま、戦車をおりて地上で戦うわよ!」


 そう意気込むいちじくに対し、あずまが釘を刺す。


「危険であります。四方八方からやってくるウルフゴブリンを、どうやって仕留めるでありますか? 【オタ134改】の銃口は一方向にしか向かないであります」


「ああああぁぁぁっ、悔しいぃぃぃぃ! あいつらをギャフンと言わせたいの、ギャフンと!」


 一発も当てられなかったことから、フラストレーションが溜まりまくっているいちじくだが、そのようなこともお構いなしにアブリルは要件を済ませようとする。


「アズマ、早くミニガンを出してくださいませんか?」


「少々お待ちを、であります」


 あずまが再び自動操縦に切り替えると、マジックポーチから【オタ134改】と弾薬箱一式を出していき、それをアブリルが次から次へと自身のマジックポーチに納めていく。


「くれぐれも戦車には当てないで欲しいであります」


 【オタ134改】が対魔物戦用に殺傷性を高めてある状態のため、あずまは割りとガチで頼み込んでいた。


「……では、こうしましょう。わかりやすくファイアボールを上空に撃つので、それを合図にして貴方たちは全速力で後退してください。この武器で、それを追ってくる騎狼兵を撃つことにしましょう」


「フライングして撃つことは、ないのでありますよね!?」


 あずまが念には念をといった形でくどいようだが確認をいれると、アブリルから返ってきたのは「仲間を信じなさい」というありきたりの言葉であった。


 そして、アブリルが去った車内では、あずまが暗い雰囲気でぽつりとこぼす。


「不安しかないのであります……」


 それに相槌を打つのは、同乗者のいちじくだ。


「全速力で逃げるわよ……!」


 2人は今か今かとその時を待ちながら、もう魔物の相手など適当にしかこなしておらず、合図の瞬間に遅れることなくすぐさま行動できるよう、神経を張り詰めさせていくのだった。


 そして、それは他の車両でも同様であることは否めない。


 【オタ134改】という危険な兵器を、常日頃から扱う立場である者たちの共通の悩みと言ったところか。


 そのオクタチームが魔物相手ではなく、自身の武器に戦々恐々としている中、【オタ134改】を持ち帰ったアブリルは、マジックポーチからそれらを取り出して見せた。


「レイラ、これがアズマから預かってきたものです」


「ありがとうございますわ」


 お礼を述べてから簡易的に設置されたミニガンを見る勅使河原てしがわらは、改めて間近で見る近代兵器を前にして、あずまたちの類稀なる技術に戦慄していた。


「おもちゃではないですのよね……」


 勅使河原てしがわらの呟きは、誰かしらに確認したかったわけでもないが、それを聞いたアブリルが応える。


「くれぐれも戦車には当てないようにと、再三の注意を促されましたよ。恐らくは、当たったらひとたまりもないのでしょう」


 アブリルの伝えた言葉が答えとなったのか、ミニガンを見ている者たちはそれがおもちゃではなく、殺傷能力の高い武器であることを再認識した。


 それからアブリルはあずまと決めた取り決めを勅使河原てしがわらに話し、ファイアボールを撃つ係は言い出しっぺのアブリルが担当することに決まる。


 そのような作戦の要と言えるものを話し合っているというのに、嬉々としてミニガンを担ぐものがいた。


「この1丁は私が使うべきだな!」


 そう、九十九である。


「ちょっと、ももさん! 誰が射手になるかは慎重に取り決めませんと――」


 九十九の暴走を止めようとする勅使河原てしがわらだが、今回ばかりは正論でねじ伏せられてしまう。


「正信たちを除いて、これを扱ったことがあるのは私だけだぞ。それとも他に私以外で経験者がいるのか?」


「そ……それは……」


「なら、決まりだな。1丁は私が使おう。むしろ使わないと、魔法少女としての名折れだ。残りは好きにするといい」


 完全に言いくるめられてしまった勅使河原てしがわらは、九十九のことは諦めるとして、残り1丁をどうするのかで悩み始める。


 だが、そのような勅使河原てしがわらの悩みなど意に介さないといった感じで、残り1丁もそうそうに射手が決まってしまった。


「それなら、これは俺が使う」


「ちょ、おい! 力也!」


 いきなりミニガンを使うと言い出した無敵に対して、九鬼が制止をかける。それは、素人が指導官からの教えもなく、銃火器を扱うものではないという常識からだ。


「どっちみち誰かが使うんだろ? それなら俺が使っても問題ないはずだ」


「でもお前、ミニガンだぞ!? エアガンを撃つのとは違うんだぞ!」


「それならお前は、その危険な代物を女子共に使わせる気か?」


「別にいいんじゃね? 女だし」


「「「「「…………」」」」」


 奇しくも女性不信という素の部分が出てしまった九鬼に対し、周りの者は信じられないものを見るような目つきとなる。


 その中でも女子たちは無敵ですらああ言うのだし、ベネットを助けるような九鬼ならば、きっと「女子たちを除いた男子たちの誰かで決めよう」と、勝手な期待をしていたのだ。


 だが、無敵と十前ここのつは九鬼のそのような一面を前々から知っているためか、溜息をついていた。


「お前の女嫌いはちっとも治ってないな。ベネットとやらのおかげで、少しは改善されたと思っていたのに……」


「ベネットさんはただの冒険者仲間だ。関係ない」


「「「「「…………」」」」」


 再び女子たちは、信じられないものを見るような目つきとなる。あれだけ一緒にいて好きですアピールをしているベネットに対し、なんと報われない恋なのだろうかと同情を禁じ得ない。


 そのような内容で話が脱線したものの、最終的には無敵の「人生のうちで1度くらいは銃を撃ってみたい」という、願望丸出しの主張により、ミニガンは無敵が扱うことになる。


「それでは合図を放ちます」


 アブリルがそう言うと、片手の手のひらを空に向けて詠唱を始める。


 すると、見る見るうちに手のひらの上空では、ファイアボールが形成されていき、それが通常のファイアボールとは、比べるべくもないほど巨大化していく。


 それを眺めている勇者たちは、一様に格の違いというものを嫌でも理解させられるのであった。


「……何だよ……アレ……」

「いやいや、あれって絶対にファイアボールじゃないだろ!?」

「バランスボール……」

「あれでバランスの訓練をしたら、バランスをとる前に焼け死ぬぞ……」


 小鳥遊班がそのような驚きを見せる中で、ついにはアブリルが遥か上空へ向けてファイアボールを撃ち放った。


 勢いよく天へと向かって上昇するファイアボール。


 それは、あずまたちのいる場所からでもわかるくらいに、一際大きな存在感を放つほどだ。


 それゆえに、控えていた者たちが今まで気配を隠蔽して隠れていたものの、撃ち放ったファイアボールが、そこに誰かがいるということを魔物たちにも知らしめる。


 それから、いっせいに踵を返すあずまたち。戦車の中にいるので表情はわからないが、一糸乱れぬ掌返しで逃走するさまは、まさに必死さがありありと見て取れる。


 次に、騎狼兵を筆頭にしてそれを追う魔物たち。魔物の本能からか、逃げる獲物を追わずにはいられなかったようだ。


 そして、準備万端なミニガンを構える2人。無敵は真剣な表情だが、九十九は不敵な笑みを浮かべている。


「汚物は消毒だぁぁぁぁ!」


 その言葉と同時に機動力のある騎狼兵が射程に入るや否や、まだあずまたちが振り切れていないというのに、九十九は引き金を引いてしまった。


「フハハハハ! 見ろ! まるで魔物がゴミのようではないか!!」


「なっ!? 何をやっていますの、ももさん!」


 予想だにしないと言えば嘘になるが、予想通りとも言いたくない九十九の行動に驚愕するのは、なにも勅使河原てしがわらだけでなく、他の勇者たちも同様であった。


「「「「やりやがったぁぁぁぁ!?」」」」


「力也! お前は撃つなよ!?」


「フリか?」


「フリじゃねぇよ!」


 九十九が楽しくマズルフラッシュさせている中で、周りはてんやわんやの大騒ぎである。


 時を同じくして、戦車で逃走しているあずまいちじくは、九十九の暴走ぶりにてんやわんやの大騒ぎである。


「ぎゃああああっ! やっぱりもも氏が撃ってきたであります!」


「よ、避けて!!」


「無理難題!?」


「オタクに果てなし!」


 その頃オタ2の車内では、にのまえが死を覚悟したのかつなしに対して願望を口に出していた。


「死ぬ前に1度くらい桜梅さらめとエッチしたかったでごわす」


「はぁぁ……バカ正直に暴露しすぎよ。そもそも、ももさんが私たちに当てるわけないでしょ」


「童貞更新!?」


「智ったら……バカね♡」


 同じくオタ3の車内では、和気あいあいとしながら百武ひゃくたけ大艸おおくさが楽しげに語り合っている。


「これはリアル弾幕ゲーですぞ!?」


「ももんぱちだね!」


「みこちゃんナイスネーミング!」


「しーくんと一緒にいるからだよ♡」 


 最後にオタ4の車内では、冷静に九十九を分析する猿飛と服部が会話をしていた。


「相変わらず楽しそうでござるな」


ももさんって心は子供のままだね」


「日本では抑圧されていたのでござろう」


「これからもみんなで楽しもうね」


 そして、オタ1の車内に戻る。


「どうするの、まーくん!?」


「こんなこともあろうかと」


「キター! 定番の名セリフ!」


 いちじくが期待を胸にワクワクしていると、あずまはオープンチャンネルを開いた。


オタ1より、各機へ。オペレーション・ニトロシステム発動準備」


「オペレーション・ニトロシステム……まさかっ!?」


何と言われようとも友とロマン求むるオタク道! 略して、NITRO!」


「そっちかよ!?」


 かっこよくキリ顔を見せつけるあずまに対し驚愕するいちじくだが、静聴していたサポートシステムから冷静なツッコミが入る。


《嘘はいけません。正しくはNitrousナイトラスOxideオキサイドSystemシステム。略して、NOSです。ちなみに中身は亜鉛化窒素なので、ニトロシステムと言われていても、ニトログリセリンとは関係なく全くの別物です》


「やっぱり!? これからワイルドな速度を出しちゃうわけね!」


 俄然、テンションが上がってしまういちじく。早く高速体験をしてみたくなり、逸る気持ちを抑えきれない。


 だが、そのようないちじくは、ふとした瞬間に最大の謎が頭を過ぎる。


 それは、ガソリンを使っているわけでもないのに、ニトロシステムは果たして使えるのかどうかということだ。


 そのような疑問を口にすると、それに応えたのはキリ顔を維持したままのあずまだ。


「フッ……ニトロシステムと言えど、便宜上によりそう呼称しているだけであって、実際にはガソリン代わりに使用されている魔力の他に、魔素を使うのであります」


「魔素……?」


MagicマジックElementエレメントSystemシステム。略して、MES。製造実行システムとは全くの別物であります」


「そのくらいわかるわよ! 英単語からして違うでしょ!」


 キリ顔からドヤ顔に切り替えたあずまだったが、いちじくからはハリセン付きの猛烈なツッコミが入ったのだった。


「痛いであります……」


「そもそもシステムなら、前に使ったALICEシステムがあるでしょ! あれでいいじゃない!」


 いちじくは平野バトルを繰り広げた際に使用したALICEシステムの話をするが、サポートシステムから驚愕の事実を告げられる。


《あれはその場のノリだけでやったことですから、実際はそのようなシステムはございません》


「…………へ?」


《ぶっちゃけると、少しだけリミッターを解除して、全体の性能を上げただけです。テヘペロ♪》


「…………殺す!」


 サポートシステムのおふざけに対し、殺意を漲らせるいちじく。その形相は既に何人か殺していそうでもある。


 だが、そのようないちじくとサポートシステムのやり取りなど意に介さず、あずまが満を持して口を開いた。


「そろそろ振り切る頃合いでありますかな?」


 実はあずまたち、逃げようと思えば簡単に逃げられるのだ。何せ、時速80キロオーバーを出せる戦車である。


 たとえ機動力に優れているウルフ種と言えど、背中にゴブリンを乗せた状態では通常時の出せる速度も出せず、自慢の機動力は数割減の状態でしか使えない。


 そのような状態のウルフ種を撒くことなど、09オタク式痛戦車には造作もないことなのだ。


《ミニガンの有効射程圏内に、騎狼兵が入ったことを確認しました。これ以降、振り切ったとしても引き返す前に殲滅可能です》


「オペレーション・MESメスシステム発動!」


「オペレーション名が変わってる!? メスシステ厶って響きが、いやらしい感じしかしないのだけど!?」


「あーちゃんはむっつりであります!」


「当たり前でしょ! オープンスケベなんて、ただの痴女じゃない!」


「開き直った!? ……ということで、ポチッとな」


 あずまが怪しげなボタンをひと押しすると、次の瞬間には体にGが襲いかかり(注:茶色の悪魔ではない)、それを受けた体は抵抗できるはずもなく座席に押しつけられてしまった。


「うっひょー! この疾駆感、最高であります!」


「いきなり発動しないでよ! シートに頭ぶつけちゃったじゃない!」


 心境的には、見る見るうちに周りの景色が流れていく様を眺めていたいところだが、あっという間に騎狼兵をぶっちぎり、仲間たちの所へ到達してしまった。長距離移動ならまだしも、今回は中距離なため致し方ないとも言える。


 兎にも角にも、そのまま突っ込んでは仲間たちを轢き殺してしまうため、そこはサポートシステムが適切な速度へと徐々に落としていくのだった。


 そして、ミニガンの射線上に入らないよう徐行しつつ、適度なところで戦車を停めると、あずまたちはやりきった感を醸し出しながら外へ出てきて休憩に入る。


「お疲れ様ですわ。あとは休憩なさって、後方支援に回ってください」


「了解であります」


 こうして勇者たちは、辺境伯領領都に対して先制攻撃を成功させたのであった。未だ、九十九の笑い声とミニガンの射撃音が鳴り響いているが。

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