第627話 何が逆鱗に触れるかわからない
雪合戦が始まってからしばらく。ひっきりなしに続く弾幕の嵐の中、サラとクリスは前衛のため前に進むことができず、攻撃は弓を使うティナと魔法を使うニーナが担っており、その間、サラとクリスはそれぞれティナとニーナに付いて、被弾しそうな雪玉の対処をするサポート役に徹していた。
だが、そのようなティナとニーナの頑張りの中で、複製体たちは雪製一戸建ての製作が気になっているのか、しれっと1人、また1人とわざとらしく被弾しては、後方に下がって製作に加わっている。
そして、とうとう最後の1人である2号が被弾してしまうと、作り出した複製体10人が10人とも、せっせと家づくりに励むのだった。
「お前らぁぁぁぁ!」
その様子を見た主人格であるケビンが雷を落とすが、2号たちは気にも止めない。
「さっさとスノーマンを退治しろよ! 自分たちで始めた雪合戦はやりっ放しか!?」
それに対して2号は溜息をつきつつ、皆を代表して声を上げる。
「だいたいよぉ……あんなヤツら、1号が1人いれば十分だろ。そもそも、雪合戦で対抗しようとして俺らを喚び出したのは1号だろ。お前にも責任はある」
「ぐっ……」
「よって、俺たちは雪合戦よりも優先すべき、家づくりに精を出すわけだ。1号だって魔物相手と家づくりなら、家づくりを優先するだろ?」
「ぐぐぐっ……」
口論する相手が自分自身とあってか、完全に自身を把握されているためぐうの音も出ないケビンであった。
そして、2号に言い負かされたケビンは2号たちを動員することを諦め、スノーマンに対して八つ当たりをすることに決めたら、自らの手で始末をつけることにしたようだ。
「俺の怒りをくらえ! 《ファイアアロー》からの、ガトリングファイアぁぁぁぁ!」
ケビンは頭上に魔法陣を作り出し、そこから絶え間なく炎の矢を連射する。そして、次々と撃ち出されていく炎の矢によって、スノーマンたちは為す術なく被弾していき、その光景を見せられている嫁たちは攻撃の手を休めるのだった。
「相変わらず凄い……」
「理不尽の権化」
「八つ当たり殲滅だねー」
「ふふっ、ケビンったら可愛いわ」
嫁たちがそのような感想をこぼしている間にも、ケビンから放たれる炎の矢にて撃ち抜かれていくスノーマンたち。今までは雪玉という弾幕が視界を覆っていたが、今となってはケビンの放つ炎の矢が弾幕と化している。
そして、あらかた始末を終えたケビンは、気持ちを落ち着かせるため息を整えていた。
「ふぅ……ふぅ……」
ことが終わってみれば、辺りはスノーマンの死屍累々と化している。それでもまだ生き残りはいるようで、先程までとは違う一方的な蹂躙劇によって、スノーマンたちは攻めあぐねていた。
しかしながら、全然逃げ出さない魔物たちの姿を見たケビンは訝しみ、それは嫁たちも同様であるようだ。
「何かがおかしい……」
そう呟くケビンの疑念は、すぐに解消されることとなる。
それは、視線の先にいるスノーマンたちが突然道を空けるように左右に移動すると、その空いたスペースを通るようにして、一回り大きなスノーマンが現れたからだ。
「群れのボスってところか……?」
そのような予想を立てるケビンは、新たに現れたスノーマンの次なる行動で驚くこととなる。
「やってくれたな、人間」
「なっ――!?」
群れのボスと予想していたスノーマンが喋りかけてきたことによって、ケビンは驚きを隠せない。今の今まで魔物らしい咆哮しか上げていなかったスノーマンたちと対峙していたので、あとから来たスノーマンが喋り出すとは予想だにしていなかったのだ。
「人間ごときが魔大陸のここまで入り込んだことは、素直に褒めてやる」
「あ、それはどうも」
褒められたことに対して、ついついお礼を言ってしまうケビンだが、ボスらしきスノーマンの言葉は止まらない。
「ここまで来れたってことは、お前……勇者だろ。所詮、新参の魔王どもじゃ歯が立たなかったわけだ。役立たずどもめ」
ケビンが何を言うまでもなく勝手に誤解し解釈するスノーマンは、改めてケビンたちを見て回ると名乗りを上げた。
「俺は【豪雪の魔王】、イエッティだ」
「ぶふっ!?」
だが、泰然と名乗りを上げたイエッティとは別で、ケビンは思い切り吹き出してしまった。
「ちょ……スノーマンのボスがイエッティって……プ……ププッ……ね、狙ってんの? イ……イエッティ……ぶふっ!」
『お笑いのツボを狙い撃つぜ! イエティじゃなくてイエッティだなんて、実は【豪雪の魔王】じゃなく【ニアミスの魔王】とかですか?』
「ぶっ……ハハハハハ! ニ、ニアミスの魔王……プフッ、ハハハハハ! サナ、俺を笑い死にさせる気か?! ヒャハハハハハ! ひー、腹いてぇー」
いきなり大笑いしだしたケビンを見るイエッティは唖然とし、嫁たちはサナの名前が出てきたことにより、ある程度のことを察してしまう。
「きっとサナちゃんが何か言ったのよ」
「ニアミスの魔王?」
「イエッティの名前が関係してるんだろうねー名乗りを聞いたケビン君が笑いを堪えてたし」
「こればっかりはケビンに話を聞かないとわからないわね」
そして、唖然としていたイエッティはケビンの笑いのツボは理解できないが、自身がバカにされて笑われていることだけは理解ができた。と言うよりも、名乗りを上げた時点から笑いを堪えていたようなので、そう予想したに過ぎない。
(今代の勇者は馬鹿ってところか……これなら近辺の魔王に遣いを出す必要もないな。ここで俺が始末してやる)
「【雪踏み】」
いきなりスキルを使ったイエッティは、本来なら雪に足を取られそうなもののそういった兆候は見られず、しっかりと雪を踏みしめると一気に加速した。
すると、未だ腹を抱えて笑っているケビンは瞬時に間合いを詰められ、イエッティから繰り出されるその拳がケビンの身に迫り来る。
「【豪雪拳】」
「――ッ!」
咄嗟の判断でケビンが取った行動は、腕をクロスさせ魔力を集中的に纏わせることだった。そして、イエッティの拳が腕に当たりドゴッと音が鳴り響けば、その瞬間にケビンは吹き飛ばされ、地面に対して水平に飛んでいく。
その姿を目にした嫁たちからケビンの名を呼ぶ声が上がるが、吹き飛ばされたケビンは飛ばされる方向とは逆向きに風を吹かせ、勢いを殺しつつ後方宙返りをすると地面に足をつける。
――ズボッ!
だがしかし、後方宙返りの勢いそのまま地に足をつけたため、思い切り腹部より下が雪に埋もれてしまった。
「…………」
あまりのおマヌケな有り様に静寂なひとときが流れる中、その静寂を破ったのはケビンだ。
「休戦するというのはどうだろうか?」
ケビンからの提案にイエッティは言葉が出ない。馬鹿だとは思っていたものの、勇者とはここまで馬鹿なのかと疑問が後を絶たないからだ。
たとえ馬鹿にしていたとしても、曲がりなりにも内陸部までやって来た勇者であるからにして、そこそこの熱い戦いができるのではと予想していたのだ。
勝手に期待していたとはいえ、イエッティの内から沸き起こる落胆は計り知れないものがある。
だが、その間にもケビンはなんとか這い出そうとしているのか、雪に手をつけて試みる。しかし、その手が今度はズボズボと埋もれてしまう。あまりにも雪が柔らかすぎるせいか、腕の力を使って出ようとしても、もはや踏ん張りが効かない状態だ。
「…………出られない」
ケビンの必死の努力が実を結ぶことはなく、未だ雪の中。
「冷たい……寒い……!」
たとえ宿敵となる勇者であったとしても、あまりにもその様子が不憫に思えたのか、イエッティはすぐにでも楽にしてやろうとして動きだす。
「せめてもの情けだ……痛みは感じるだろうが、すぐに楽にしてやる」
「ちょ……待て待て待て待て! 休戦はどうなった!?」
「魔王と勇者が相対したのだ、休戦などあるはずもない。滅びよ」
「っ!? に……2ごぉぉぉぉおおおお!」
咄嗟の判断でケビンが身代わりとして2号を呼び出すと、雪の家から顔を出した2号はケビンの姿を見て声を上げた。
「ちょ……おまっ、何やってんだよ!?」
今まさにイエッティからトドメ?を刺されようとしているケビンを見てしまい、すかさず2号が横槍を入れる。
それは、ケビンとの間合いを詰めるイエッティの突進に対し、2号が横から距離を詰め鋭い蹴りを放つというものだ。
これに対しイエッティは、ケビンに放つ予定だった【豪雪拳】をキャンセルし、2号の放つ蹴りを防ぐべく腕で防御体勢をとると、その蹴りを受け止めたのだが、勢いを殺しきれずに今度はイエッティが飛ばされる番となる。
「――ぬぅんっ!」
しかしながら、イエッティは雪の上という自分に有利な環境にいるおかげで、苦労を見せることもなく地に足をつけて止まってみせた。すると、自分を蹴った者の顔を確認し、眉をつり上げる。
「双子……? 今代の勇者は双子ということなのか?」
イエッティの更なる誤解が暴走し、様々なことが頭の中を駆け巡る。
(双子であるのならば、新参魔王が遅れをとることも致し方なし。1人と思わせたままで奇襲する作戦を用いたに違いない。実際は勇者が2人であったなどと、誰が予想できようか)
勝手に斜め上の予想をしているイエッティは、更に思考を巡らせる。
(1人は埋もれたままで処理は容易いが、現れたもう1人がそれを助ける可能性が高い……ならば、新たに現れた者を始末した後で、埋もれた奴を始末するか……)
ケビンたちを殺す算段がついたイエッティに、更なる事実が突きつけられた。
「おーい。お前ら、ちょっとコレを見ろよ。中々に傑作だぞ」
ケビンを助けるでもなく笑い者にしようとする2号の掛け声によって、雪の家からはぞろぞろと3号以下のメンバーが出てくる。
「マジかよww」
「ウケる」
「リアル人柱」
「それな」
雪の家から出てきた者たちの中にケビンを心配する声はなく、一様に笑い種とする声が次々と上がっていた。
だが、それを見せられているイエッティはそれどころではない。双子だと勝手に誤解したままだったのが、双子ではなく次から次へと同じ顔が出てきたのだ。
そして、イエッティの混乱に拍車をかける出来事が起こっている中で、イエッティが出した結論は兄弟ではなく、勇者の力の一端として分身しているのだろうと結論づけた。
(埋もれた奴の周りから現れないということは……ッ! まさか、あの雪の家が触媒か!?)
せっかく“分身体である”という正解を引き当てたのに、またもや明後日の方向に勘違いをしてしまうイエッティ。
そして、その勘違いが自身の確信として定着してしまうと、諸々のケビンを無視して厄介だと感じている雪の家へ攻撃を仕掛けた。
「【豪雪砲】」
なんの前触れもなく攻撃をしかけたイエッティはスキルを使い、口から破壊光線のごとく攻撃を繰り出したのだが、2号以下の面々はひょいひょいと躱してしまう。
だが、イエッティとしてはそれで良かった。
あわよくば巻き込まれてしまえばいいとは思ったものの、本来の目的は雪の家の破壊である。その目標物さえ破壊できれば、雪の家から出てきた分身体たちも共に消え失せるだろうと考えていたからだ。
そして、轟音とともに崩れ落ちる雪の家。辺りは見る影もないほど残骸と化した雪の山。しかしながら、分身体も一緒に消えるだろうと考えていたイエッティは驚愕する。
「な……なぜ、消えない……!?」
そう呟くイエッティの視線の先には、未だピンピンとしている2号から11号の姿。ケビンは埋まったままだが。
だが、驚愕するイエッティに更なる事態が襲いかかる。
「あああああっ!? お……俺のかまくらが……」
冷たいはずなのに地に手をつき項垂れる10号は、壊された雪の家に視線を向けてプルプルと震えていた。それを見るイエッティは、何がなんだかサッパリだ。
項垂れる10号を見ているのは、何もイエッティだけではない。周りにいる2号たちは何とも言えない視線を10号に向けており、離れた場所で巻き込まれないよう見学していた嫁たちも、10号に対して同情を禁じ得ない。
「も、もう1回作ろうぜ」
真っ先にかまくら作りを手伝っていた11号が、10号に慰めの言葉をかけるも、10号から聞こえたのは了承の言葉ではなかった。
「ふ……ふふ……ふふふふふ……」
いきなり笑いのような言葉をこぼし始めた10号によって、11号の体はビクッと反応してしまう。そして、ゆらりと立ち上がった10号は、幽鬼のようにユラユラと体を揺らしながらケビンに近づき見下ろす。
「――ッ!!!?」
ケビンの傍に立つ10号の虚ろな瞳に射抜かれたケビンは、この上ない恐怖を感じ取ってしまった。
『マスターのレイプ目なんて、誰得?』
そのような感想をこぼすサナだが、その瞳に射抜かれているケビンはそれどころではない。
「…………ぃじょ」
「……へ?」
そして、何かをボソッと呟いた10号の言葉を聞き取れなかったケビンが問い返すと、10号はその場でしゃがみこみケビンに顔を近づける。
「ひぃっ!!」
その何も見ていないかのような瞳に間近で晒されたケビンは、既に10号は複製体ではなく別の何かなのではないかと疑ってしまうレベルに陥った。
「制限解除」
再び紡ぎ出された言葉を今度はちゃんと聞きとれたのか、ケビンは恐怖で声も出せずに全力で頭を縦に振る。それはもう、ヘッドバンキングを超えて、すごい勢いで頭を振る赤べこのように。
そして、普段は制限されている複製体の能力が開放される。とは言っても、一部だが。
基本的にケビンは常日頃から複製体を出したとしても、魔法やスキルまで全てを複製する訳ではない。それは、主人格であるケビンに絶対的な支配権があるとしても、万が一ということも考えており、自分と取って代わるような真似をされては馬鹿らしいからだ。
そして、10号の言った“制限解除”とは、ケビンに危険が及ばない範囲での制限解除となり、それでも一般人からしてみれば、破格の能力を持つ人物となってしまうのだが。
その制限解除をされた10号が立ち上がると、ユラユラと体を動かしイエッティの方を向く。
「よくも……」
一連の流れを警戒しつつも窺っていたイエッティは、慢心なく10号を見つめ返していた。
「よくも、俺のかまくらを壊しやがったなあああぁぁ――!」
その瞬間、地を踏みしめた10号が瞬く間にイエッティの眼前に現れる。
「なっ――!?」
そして、繰り出されるは雪の家を壊された怒りの拳。
「ぐぼぁっ!」
それを防ぐ間もなく腹部に貰ったイエッティは地から足が浮き、体がくの字に折れ曲がると、息つく暇もなく回し蹴りを食らってしまい、そのまま吹き飛ばされる。
そして、何とか体勢を立て直そうと思考するも、空を見上げる視界の中に10号の顔を間近に捉え、『まずい!?』と思った次の瞬間には再び腹部へ大きな衝撃が走り、水平移動していた自分の体が強制的に垂直方向へと変わり、地面に叩きつけられた。
せめてもの救いは、雪がクッションになったことか。
だが、それも次の瞬間にはひとときの安堵要素でしかない。何故ならば、10号がイエッティに跨り、マウントポジションを取ってしまったからだ。
そして、放たれる拳の連打。
「オラオラオラオラオラ――!」
一方で、その光景を見ているのはケビンは戦慄していた。いや、ケビンに限らず2号たちも同様に、驚きで目を見開いている。そのような中で、ケビンはあまりにも変わり果てた10号の様子をサナと話していた。
「や……ヤバくないか、アレ……」
『いやぁ、まさかオラオラの連打とは。ここは是非とも敵さんに、無駄無駄の連打をして欲しいところです』
「いや、そういう状況じゃないだろ」
『そういう状況じゃないのはマスターでしょ。早く雪の中から脱出したらどうです?』
「出来るなら、そうしてる。2号がさっさと引っ張りあげてくれればいいものを」
『……いや、雪の上に転移すれば済む話では?』
「――っ!?」
サナからの指摘に対して、『その手があったか!?』と言わんばかりに驚きを見せるケビン。対して、サナは呆れるばかりである。
『マスターはサナがいないと、本当にダメダメですね』
こうして、ケビンは移動手段でしか使っていなかった転移を、初めて脱出のために使うのであった。
《宝の持ち腐れね……》
そう呟くシステムの声が、ケビンの頭の中に響いたとか響かないとか。
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