第624話 新妻と先輩妻のティータイム

 ケビンが心労的なもので疲れ果ててしまい、そのまま魔大陸に戻ったあと、マリアンヌたちは新たなる嫁たちを迎え、食後のティータイムに耽っていた。


「良かったわね、ケビンのお嫁さんになれて」


 そう言うマリアンヌの言葉に対して、勅使河原てしがわらたちは緊張のためか上手く言葉を返せない。いくらケビンの嫁になったといえど、いきなり先輩嫁たちと馴れ馴れしくは心情的にできないのだ。


「新たなる信者を5人確保! ケビン教がまたひとつ上の段階に」


「ルル、まだ入信するだなんて言ってないし、無理強いはケビン様に怒られるからね?」


「そう言うんだったら、お姉ちゃんも勧誘を頑張ってよ! セラフなんだよ? セ・ラ・フ!」


「だったら、セラフの意味を先に教えてよ!」


 ルルが新たなる信者確保に走り、ララが牽制するという場面が見られたかと思いきや、プリシラがここぞとばかりに会員勧誘を始めてしまう。


「ルルの妄言はさておき「妄言って何っ!?」……コホン、【ケビン様を慕う会】に入会しませんか? 名誉会長には、ケビン様の母君であらせられるサラ様が就任しております」


 教祖ルルによる【ケビン教】の勧誘に引き続き、会長プリシラによる【ケビン様を慕う会】の勧誘。勅使河原てしがわらは緊張する中で、後宮の人間関係はいったいどうなっているのかを思うと、戦慄が後を絶たない。


 それもひとえに、ルルやプリシラの勧誘争いを、嫁間の派閥争いと受け取ったことに起因する。完全に勅使河原てしがわらの先走りのなせる技であるが。


 いくらケビンが「みんな仲良く、幸せに」と言ったところで、数十人は嫁がいるんじゃないかと予想している勅使河原てしがわらなので、皆が皆、本当に仲良くしているとは到底思えなかったのだ。


 必ずやどこかで仲が悪くいがみ合っている嫁たちがいるはずだと、世間一般の視点から見ても予想している。そもそも、後宮とはそういうものだと、歴史の証明とともに知識として学んでいるからだった。


 ゆえに、ここでどちらの派閥に入るべきか決めるのは、まだ早計だろうと結論づける。それは、未だ嫁全員と会っていないというのもあるが、勅使河原てしがわらとしては穏健派に所属したいと思っているからだ。


 その勅使河原てしがわらは、のちに起こるであろう後継者争いのドロドロとした状況に巻き込まれるのは、何としてでも回避したいと考えていた。毒殺されたりするのは真っ平御免だからである。


 そこで勅使河原てしがわらが考えついたのは、先に嫁となっている弥勒院みろくいんが、どの派閥に所属しているのかを確認することだ。親友の所属する派閥なら、新参者の自分でもやっていけるだろうと踏んだのだ。


香華きょうかはどこに入ってますの?」


 暗に他にも別の派閥がないかと探りを入れる質問だったのだが、弥勒院みろくいんの口からは他の派閥の名が出てくることもなく、勅使河原てしがわらにとっても予想だにしない回答が戻ってくる。


「全部だよ」


 ここで弥勒院みろくいんが「2つともだよ」と言ってしまえば、勅使河原てしがわらとて、今勧誘を受けている2つだろうと予想はできたものの、親友の口からは“全部”というなんとも予想しづらい回答が戻ってきてしまった。


 これによって勅使河原てしがわらは、出口のない袋小路に追い詰められる。


(いったい派閥はいくつありますの!? 香華きょうかは全部と言っているけれど、天然さんな香華きょうかのことです。きっと、ケーキ関係の派閥に違いありませんわ。ということは、調理関係を賄っている人たちの派閥かしら? 皇族の食を任されている派閥と考えれば、それなりの力を持っていそうで、かつ、権力争いには興味がなさそうな面も見え隠れしてきますわね……)


 勅使河原てしがわらの暴走はまだ続く。これもひとえに、財閥令嬢としての教育を受けてきた弊害かもしれない。純粋に派閥争いのない平和な後宮といった考えが、到底及びもつかないのだろう。


「不死原さん、健兄を名前で呼んだってことは、もう知ってるのね?」


 勅使河原てしがわらとは別の場所において、新妻となる不死原に話しかけるのは、ケビンの次に縁の繋がりが深い先輩嫁の結愛ゆあだ。


「……はい」


 その不死原はまだ結愛ゆあたちに対する罪悪感が払拭できていないのか、緊張した面持ちで返事をしていた。


 そして、不死原は自分がヤケになって我武者羅に訓練を続けていた時に、ケビンから前世の話について聞いたことを打ち明ける。


「そう……あの頃ね……」


「私なんかが健さんに好意を寄せるなんて、とても烏滸がましいとは思っています」


 過去の経緯から結愛ゆあたちに対して完全に苦手意識を持っている不死原は、自分を卑下した喋りとなってしまうが、結愛ゆあにしてみれば既に過去の出来事として消化している。


 それに、陽炎ひなえ朔月さつきにしてみても、ケビンから恨むのはお門違いと指摘されているので、昔みたいに怨敵という空気は出していない。


「不死原さんは日本に帰りたいとは思わないの? ご両親からは溺愛されているのが感じ取れていたけど」


「以前だったら……自分のことよりも、先生たちを日本へ帰すために頑張っていたと思います。健さんに救っていただいたこの命を先生たちのために使うのが、こちらに来てからの私の決意だったので……」


「その気持ちは嬉しいけど、健兄がせっかく救った命を物みたいに使って欲しくはなかったな」


「ごめんなさい」


「いいのよ。今は違うのでしょう?」


「……はい。ずっと……ずっと、健さんに謝りたかった。私なんかが生きててごめんなさいって……でも、あちらの世界だとそれは叶えられない夢で……こっちに飛ばされてから、あの時にケビンさんに前世のことを教えられて……」


「健兄に謝ったんだ?」


「はい」


 不死原は当時のことを思い出す。優しく抱きしめられ、自分の懺悔を受け止めてくれたケビンのことを。


「健兄のことだから、お説教と言うよりも優しく諭されたんじゃない?」


「……私が成長していて嬉しかったと……自分の行いは間違ってなかったとも……」


「健兄らしいね。私たちも小さな頃は悪いことしたら優しく諭されたんだよ。両親と違って怒らないから、私たちもベッタリと甘えてね。いつの間にか好きになってた。『将来は健兄と結婚するんだー』って両親にも伝えててね……ふふっ、懐かしいなぁ……」


 柔らかな笑みを浮かべてそう言う結愛ゆあを見ている不死原は、心の中で『敵わないな……』と思ってしまう。たとえ好きという感情が同じでも、そこに詰め込まれた想いの量と年季が違いすぎたからだ。


 その不死原にとっての健という存在は、まず最初にくるのが命の恩人というものだ。その次が贖罪で、毎年のお墓参りに感謝の言葉。日本にいたままならば本人が他界しているということも相まって、まず間違いなく好きになるということはなかっただろう。


(私が好きって意識したのはいつだろう……やっぱり、ちゃんと謝ることのできたあの時かな……私という存在を優しく受け止めてくれて、私の中の暗い感情を解きほぐしてくれたあの時……健さんの腕の中は温かかったなぁ……)


 そして、物思いにふける嫁の一員となった不死原に対し、結愛ゆあは伝えたかったことを伝える。


「不死原さんはもう私たちの家族となったのだから、後ろめたさを感じないで欲しいの。私たちがギクシャクしたままだと健兄も不安になるし、周りの家族も気を使っちゃうから」


「先生……」


「いきなりは無理だろうから、少しずつ仲良くなっていこ? 陽炎ひなえ朔月さつきも異論はないわよね?」


「うん、仲良くしようね」

「みんな仲良く、幸せに」


「っ……ぐすっ……はい……はいっ……」


 ここにきてようやく全て赦されたのだと感じ取り、自身を縛っていた鎖から解放された不死原は、涙ながらに返事をするのだった。


 そのような感動的な場所とは裏腹に、コミカルさ絶えない場所も存在する。当然のことながらその場を支配しているのは、楽しいことが大好きな九十九その人である。


「良かったな、雪菜殿、姫鶴ひめか殿。これで晴れて旦那様のハーレムの一員となったではないか」


「良くない!」


 そこで反論したのは剣持だった。


「雪菜殿は旦那様の嫁になるのが嫌だったのか?」


「ち、違います! 良くないのは私の黒歴史ができたことですよ! しかも……みんなの前で……」


「ああ、あの願望丸出しの夢見る乙女モードか」


「きゃあぁぁぁぁ! 言わないで! 思い出しただけでも恥ずかしくなる!」


「ゆ、雪菜! 落ち着いて!」


「落ち着いてられないよ! いいよね、姫鶴ひめかちゃんは普通の告白ができて!」


「それは……その……」


 そこをつつかれると何とも言えなくなってしまう銘釼めいけんだが、その銘釼めいけんに対しても九十九から爆弾が落とされる。


「いや、刀を撫でながら「素敵なプレゼント」と頬を染めて言う時点で、普通ではないからな? 『どこの猟奇的な女の子だ!』と、ツッコミを受けても文句は言えないぞ。現に他の者たちはドン引きだったしな」


「え…………いやあぁぁぁぁ――っ!」


 今更ながらに、自分の取った行動が普通からかけ離れていたことに気づいてしまった銘釼めいけんは、頭を抱えながら穴があったら入りたいと思いつつも、親友の剣持もこのような心境だったのかと共感してしまうのだった。


 すると、銘釼めいけんに対し、剣持が呼びかけた。


姫鶴ひめかちゃん」


「……ゆき……な……?」


 そこには、黒歴史仲間ができたと言わんばかりでありながら、悪魔の誘惑とも取れる満面の笑みを浮かべる少女が1人。


 その少女から差し出された右手を、もう1人の少女が自然と握る。


「私たちズッ友だよ!」


「ええ、ズッ友よ!」


 ガシッと固く握りしめられた握手は、落ちる所まで落ちようとする2人の決意が感じ取れ、傷を舐め合うズッ友同盟がここに成立した。


 だが、会話の相手はあの九十九である。ここで終わるわけがない。


「ふむ……ズッ友ということは、初夜も2人一緒なのか?」


「「…………へ?」」


 オブラートに包む気すらない九十九の言葉により、強制的に現実へ戻される2人。いったい目の前の珍獣は何を言っているのだろうかと、首を傾げるばかり。


「いやな、ズッ友なら抱かれる時も一緒じゃなければ、ズッ友とは言えないだろ?」


「「どこが!?」」


「上辺だけの付き合いなら、タダ友で良くないか? ズッ友と言うくらいなのだから、親友と言えなくもない。つまりだ、親友として処女卒業も一緒に行うべきじゃないか? 都合のいいことに、相手の男は同じ人物だ」


 九十九のその言葉を聞いてしまった2人は、その時の光景でも想像してしまったのか、みるみるうちに顔が赤くなり茹でダコ状態となる。


 そして、両手の人差し指をちょんちょんと付けながら、銘釼めいけんに窺うような視線をチラチラと向けている剣持が口を開く。


「それは……その……ねぇ?」


 自身の口からはそのことを言えないのか銘釼めいけんに振ってしまう剣持だが、銘釼めいけんも振られたところで口に出せるほどやさぐれてはいない。


「私は……その……ねぇ?」


 奇しくもお互いに牽制し合いながら、「お前が言えよ」状態となってしまった2人。全然先へと進まない会話は、九十九によって強制解決されてしまう。


「2人の気持ちはわかった。私から旦那様に、“2人一緒がいい”ということを伝えておこう。いや、なに。礼には及ばんよ」


「「何故そうなる!?」」


「ハハハハハ! 旦那様と閨を共にするのなら、複数人プレイというものは当たり前の出来事だ。初めのうちから慣れておくといい」


「「複数人プレイ!?」」


「ちなみにティナ殿は、女の子もイケる口だ。待ち時間に気持ちよくしてもらうといい。エロフと呼ばれるティナ殿の絶技が味わえるぞ」


「バイ!?」

「その上、エロフ!?」


「まぁ、ティナ殿にかかわらず、大抵の妻たちは待ち時間でお互いに慰めあっているがな。私も体験したが、お互いに同性ということも相まってか、どこをどうすれば気持ちいいのかわかっている分、旦那様から与えられる快楽とは違った意味で気持ちよくなれるぞ」


「バイハーレム!?」

「経験者!?」


 そのような話が九十九により続けられていくと、条件反射並にツッコミを入れ続けていた2人は、いつしか九十九の話す夫婦の営みについて、興奮冷めやらぬ感じで前のめりとなり、あれやこれやと情報収集を続けていく。


 そして、4人に先駆けて、ひと足早く妻となっていた南足きたまくらが何をしているのかと言うと、移動時に乗っていた戦車の中に入り、いそいそと汚れた服と下着を交換し、失禁してしまったという事実の隠蔽工作に勤しんでいるのであった。

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