第623話 乙女モード全開

 無事に南足きたまくらを取り返したケビンは、肉パを続けていた勇者たちのところへ帰ってきた。そして、ケビンに抱かれたまま、寄り添うように体を預けている南足きたまくら


 それを見た勇者たちの心はひとつとなる。


 ――落ちたな……


 それを見ていたのは、なにも勇者たちだけではない。ここには嫁たちもおり、その中でも南足きたまくらが落ちることを予言していたシーラがいる。


「ケビン! やっぱりお嫁さんにしたのね!」


「いや……諸事情により責任を取らざるを得ないというか、なんというか……」


 バツの悪そうな顔で言い訳がましく呟くケビンに対し、シーラではなく南足きたまくらが異を唱える。


「ケビンさん……私のこと好きじゃないんですか? 責任だけでプロポーズされたんですか?」


 今にも泣きそうな顔を向けてくる南足きたまくらを見てしまったケビンは、慌てて弁明を図った。


「ち、違うぞ! 逢夢あみんのことはちゃんと好きだぞ!」


「でも……責任って……」


 瞳をうるうるとさせてケビンを見上げる南足きたまくらだったが、内心では歓喜絶頂しているのを誰もわからない。


(いつも泰然としているケビンさんが、たじろいでるぅぅぅぅ! イイ! 凄くイイ!! ギャップ萌えサイコォォォォッ!)


 そのような内心など欠片も外には漏らさず、ある程度ケビンを堪能したところで南足きたまくらは満足してしまい、何も知らないケビンはホッと胸を撫で下ろすのだった。


 だが、そうしたひとコマに焦燥感を持つ者がこの場にはいた。


「健さん! 私もお嫁さんにしてください!」


 それは、何を隠そう不死原その人だ。


 彼女はケビンが前世で命と引き換えに助けた少女であり、ケビンが前世で健だったことを暴露してからは、暇さえあれば視線でケビンを追いつつ恋心を育てていたのだ。


 だが、勇気が出せず告白するに至らない彼女は、何かと一緒にいる南足きたまくらに先を越されたことで、危機感に煽られ、羞恥など棚の上に放り投げてしまい、咄嗟に告白してしまった。


 そして、告白をされてしまったケビンもそうだが、観客と化している勇者たちもそれに驚いてしまう。あの周りに壁を作って人とかかわろうとしない不死原が、ケビンに告白したからだ。勇者たちは、『いったいいつの間に?』という思考が後を絶たない。


「麗羅ちゃん、先を越されちゃったよ? いいの?」


 そのような中で、親友となる勅使河原てしがわらがケビンの嫁に早くならないかなと、プッシュし続けている弥勒院みろくいんの言葉によって、当の本人は挙動不審な態度を取ってしまう。


「な、ななななな、何を言っていますの!? わ、わたくしはケビンさんのことなんて…………ことなんて……」


 勅使河原てしがわらが言葉では必死に取り繕いつつも、自身とケビンが夫婦になったところでも想像したのか語尾は次第に弱くなり、顔を真っ赤に染め上げてしまった。


 その様子を見て、あと一歩が踏み出せない親友をもどかしく思ってしまった弥勒院みろくいんは、勅使河原てしがわらの手を引くとグイグイと引っ張っていき、ケビンの前まで連れて行く。


「はい、麗羅ちゃん。勇気出して」


 弥勒院みろくいん勅使河原てしがわらの背をグイっと押してケビンの前に立たせると、その空気を読んだのか南足きたまくらはケビンから離れて観客となり、勅使河原てしがわらは奇しくも衆人環視の中で、告白の舞台を整えられてしまう。


 そして、キョトンとしていたケビンが勅使河原てしがわらの名を口にすると、勅使河原てしがわらはおずおずとケビンを見上げた。すると、そのうるうるとした瞳で上目遣いを受けるケビンは、既にクラクラとしてしまいかなりのダメージを受けている。


「……ぉ……お慕い申して……おりま……す……」


 そこが限界だったのか、勅使河原てしがわらが今まで以上に真っ赤になると俯いてしまい、いつものらしさが鳴りを潜めて乙女モード全開になってしまった。


 すると、勅使河原てしがわらの告白を見ている蘇我と卍山下まんざんかは、いつもの勅使河原てしがわららしさがない様子を肴にして、お肉をパクパクと食べている。


「なぁ、大輝」


「なんだ、士太郎」


「アレ、誰だ?」


勅使河原てしがわらだろ」


「どう見ても違うだろ? アレは勅使河原てしがわらの皮をかぶったナニかだ」


「まぁ、いつもの女傑からは遠く離れた存在だな。『どこの乙女だよ!』ってツッコミを入れたいくらいだ」


「だよなぁ……あの勝気な女も、ケビンさんの前ではただの女ってことか」


「人間、変われば変わるもんだな」


「それよりも、このドラゴン肉うめぇ!」


「オーク肉なんて目じゃないな」


 花より団子と言うべきなのか、蘇我と卍山下まんざんか勅使河原てしがわらの告白よりも、目の前にある肉を優先するようだ。


 そして、いよいよもってケビンの返事が聞けるかと思っていた外野だったが、ケビンが返事をするよりも先に、先手で告白していた不死原もケビンの前に駆け寄って、勅使河原てしがわらの隣に立つ。


 その様子を見て何を思ったのか、告白シーンに関係のない九十九が声を上げた。


「ちょおっと待ったぁぁぁぁ!」


『ここでちょっと待ったコールだぁぁぁぁ!』


 九十九の行動に対しサナからの冷やかしが入ると、ケビンは九十九が何かをしでかしそうで頭を抱えたくなる。


 そして、ケビンの予想通りに九十九はしでかした。


 その九十九が何をしたかと言うと、観客と化していた剣持と銘釼めいけんの手を引っ張り、グイグイとケビンの前まで連れて行くのだった。


「せ、生徒会長!?」


「私はもう生徒会長ではない! 魔法少女マジカルモモだ!」


「「意味わかんない!!」」


「ハッ! 閃いたぞ! 正信っ、同人誌のタイトルとして【奥様は魔法少女】でどうだ?!」


「二番煎じ感がハンパないでありますが、それはそれでアリかと」


「に、二番煎じだと!? ならば、【大和撫子は魔法少女】でどうだ?!」


「おっふ!?」

「自分自身で大和撫子と言ったでごわす」

「そこにシビれる、憧れるぅぅぅぅ!」

「モモ殿は何でもアリでござるな」


 そんなこんなで九十九がオクタたちと会話をしている最中にも、九十九と引き連れられている2人の足は止まらず、とうとうケビンの前までやってきた。


「……もも……とりあえず、その行動に至った理由を聞こうか」


 溜息混じりに問いただすケビンだが、九十九はケビンの気苦労など構いもせずに嬉々として語りだした。


泉黄みよ殿は立候補だが、麗羅殿は香華きょうか殿の推薦だろ? そして、2人の告白が終わったところで、返事待ちのところに乱入するのはお約束というものだろう。よって、私は雪菜殿と姫鶴ひめか殿を推薦する!」


「意味がわからん……」


 しかしながら、ケビンと九十九のやり取りを見ている当の本人たちは、それどころではない。状況を把握するに、この後の流れもわかってしまっているため、視線があちこちに泳いで挙動不審になりつつある。


「ほら、見てくれ旦那様! 恥じらいつつ視線が定まらない様子なんて、明らかに萌えるだろ?!」


 両肘を曲げながら拳を握りしめる九十九の力説を見たケビンは、あずまたちに影響されすぎた嫁の将来を憂いてしまう。


「それに、今この場にいてフリーなのはここにいる者たちだけ。さすがに旦那様も、あーちゃんたちを寝取るなんてことはしないだろ?」


「当たり前だろ! 正信たちはソウルフレンドだぞ!」


 そこですかさず反応してしまう者が1人。


「あーちゃんって言うなぁぁぁぁ!」


 だが、九十九は何処吹く風で流してしまう。


「そうなると、必然的にいま私の推薦できる女子は、ここにいる2人に絞られるということだ」


「私の話を聞けぇ!」


『キュピーン! 持っけっけ~♪』


《……『持っけっけ』って、いきなり何?》


『いやぁ、まだお昼なのに午後九時的な何かが、私のソウルに呼びかけてきたんですよ』


《それで、『持っけっけ』って何なの?》


『空耳ですねーたまにそう聞こえてしまうという耳の七不思議?』


《残りの6つは?》


『ないです』


《…………》


 九十九だけに飽き足らず、サナまでもが好き勝手している状況によって、ケビン限定ではあるが身の回りが混沌と化していた。いや、ケビンだけに限らず、九十九という半ば制御不能な嵐によって、既にこの場は混沌と化している。


 そして、そのような状況をさっさと正常に戻すべく動き出したのは、渦中真っ只中であるケビンだ。


泉黄みよに対して聞くのは……愚問か。麗羅は……覚悟してるのか?」


「元の世界に帰る方法が未だ見つからない以上、わたくしは、この世界に勅使河原てしがわらの血脈を残すことにしますわ」


「本当にいいのか?」


「……ぶっちゃけて言いますわ。いつもいつも、惚気けてくる香華きょうかが羨ましいんですの! 『昨日はケビンくんとどうだ』とか『その前はああだ』とか、わたくしだって年頃の乙女なんですのよ!」


「恋バナなんて、ガールズトークじゃ当たり前なんじゃないのか?」


香華きょうかのは、夜の営みの内容まで包み隠さず言ってきますの! おかげでこっちは欲求不満で、いつもじ…………コホン。と、とにかくですわ、香華きょうかをそのようにしたケビンさんは責任を取って、わたくしを娶ってくださいまし」


 興奮した勅使河原てしがわらが危うく自家発電のことまで口にしそうになったが、上手くごまかせたかどうかは定かでない。ケビンのことだから、話の流れから気づいていそうだが。


 そして、勅使河原てしがわらの言い分に納得したケビンは、残る2人に視線を向ける。そこには、恥ずかしそうにしている剣持と銘釼めいけんが立っていた。


「2人は……その……ももに巻き込まれた形だから、本意じゃないのならちゃんと断っていいんだぞ。ももにはあとできつくお仕置きするか――」


 ケビンがそう言い、2人の逃げ道を作ろうとしたところに、被せるようにして剣持が声を張り上げてしまった。


「子供は3人欲しいです!」


「――ら……って…………え?」


 そして、剣持が叫び上げた声によって、ケビンどころか周りの者たちでさえ唖然としてしまう。それは、隣にいる銘釼めいけんとて例外ではない。


「ゆ……雪菜……? なに言ってるの?」


 その親友からの声で我に返ったのか、剣持は自身が口にした言葉に理解が追いつくとあたふたとしてしまい、目がぐるぐる状態になってしまった。


「ち、ちちち、違うの! 好きな人と結婚するなら子供は3人欲しくて、夜は愛しの旦那様と子作りしたり、エッチな旦那様の要望にも応えたりして、それでそれで将来は家族5人で小さいながらも一戸建てのマイホームに住んで、休日は家族5人でドライブに出かけたり――」


「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて、雪菜!」


 混乱真っ只中に陥った剣持が乙女モード全開で願望を口早に主張していくと、親友の銘釼めいけんはこれ以上剣持の醜態を晒してはならないとして、必死になって現実に戻そうとするがもう後の祭りである。


「乙女だね~」

「乙女ですわ」

「乙女です」


 奇しくも夢見る乙女である剣持の願望は、ケビンの近くにいる3人だけに留まらず、周りの観客として成り行きを見守っている者たちにまで聞こえてしまっていた。


 しかし、そのような混乱真っ只中の剣持を正気に戻したのは、観客の1人である唖然としていたケビンだ。


 ケビンは、願望をダダ漏れさせる剣持を抱きしめると、落ち着かせるようにして声をかけた。


「どこまで叶えてあげられるかわからないが、できるだけ善処する。結婚しよう、雪菜」


「ふぇ……? ……あれ?」


 ケビンの持つ称号により落ち着きを取り戻した剣持は、今現在の自分が置かれている状況がわからず、キョロキョロと辺りを見回してみるものの、周りからは生温かい視線を向けられるだけで誰も説明してくれない。


 ただ、ケビンの腕の中にいるということで、自分の胸がドキドキしっぱなしということだけが、剣持にも唯一わかったことだろう。


 そして、そのような剣持がのちに親友の銘釼めいけんから、その時のことを説明されて悶絶してしまうのは、また別の話である。


「雪菜の気持ちはわかった。姫鶴ひめかはどうなんだ?」


「わ、私は……その……もしこの世界に留まって結婚するとしたら、お相手はケビンさんかなって……こんな素敵なプレゼントも貰っちゃったし……」


 そう言う銘釼めいけんは左手で帯刀している愛剣を撫でているが、周りの勇者たちは思う。


 ――『いったいどこの世界に斬れ味の鋭い刀を贈られて、それを頬を染めながら素敵なプレゼントと言ってのける女子がいるのだ』と。まぁ、目の前にいるのだが。


 それはさておき。


 ケビンはひと通り女子たちの気持ちを聞いたので、抱きしめていた剣持から離れると女子たちを一列に並ぶように指示をする。


 そして、南足きたまくら、不死原、勅使河原てしがわら、剣持、銘釼めいけんの順で、それぞれに定番となっているケビンの嫁の証である指輪を嵌めていくのだった。


「これで5人はもう俺の嫁さんだ。家族の決まりごととかは先輩嫁たちに聞いてくれ。そういうのは、嫁会議で決まったりしているみたいだからな」


「わかりましたわ。それとは別で、ケビンさんが決めた決まりごととかはありませんの?」


「俺が決めたのは“みんな仲良く、幸せに”だ」


「さすがハーレムの主と言ったところですわね。その言葉に全て集約されていそうですわ」


「じゃあ、俺は引き続き勇者ごっこをしてくるから、お前たちもセレスティア解放運動を頑張ってくれ」


「ええ。たった今から皇族の一員として、恥ずかしくない戦果を上げてみせますわ」


「無理はするなよ? 俺はこの国の行く末よりも、家族の方が大事なんだからな」


「ふふっ、今までは傍目から見て家族思いだと感じていた言葉も、今となってはケビンさんからの愛が感じられて面映ゆいですわ」


 勅使河原てしがわらのその言葉に共感しているのか、新たに嫁となった他の面々も頬を染めては、指輪を触りつつクネクネとしている。そして、その様子を他の嫁たちは生温かい視線で見守っていた。


 そのような中で、ケビンはどうでもいいが一応確認しておくかという心境で、知っていそうな嫁を呼んでみることにした。


「それはそうと……クララ!」


「何だ、主殿?」


「紅の長はどこに行ったんだ? 帰ったのか?」


「あやつなら、馬鹿猿を引き連れてどこかへ飛んで行ったぞ」


「馬鹿猿……? ……って、まさか!?」


 ケビンは“馬鹿猿”という代名詞で心当たりのある者は1人しかなく、辺りを見回してみるものの、その探し人の姿がなかったことに今更ながら気づいてしまった。


 そして、クララの話によると元々興奮してた月出里すだちは、紅の長がドラゴンの姿に戻ったところで、恐れるどころか更に興奮してしまい、それに気分を良くした紅の長が舎弟の1人として迎えたという。


「いくら馬鹿猿が空を飛べぬとは言え、手で掴んで運ぶのではなく背に乗せたからのう。よもや、あやつが背に人を乗せる日が来るとはな……他の長どもに伝えても、誰も信じぬであろうな」


 そう感慨深げに語るクララは、遠くの方を見つめていた。その姿は、まさに哀愁漂うと言ったところか。


「おい、力也!」


 そして、次にケビンは保護者とも言えなくもない監督役を呼びつけるが、その監督役となる無敵は面倒くさそうにして歩いてくる。


「何だ、ケビン? 俺はドラゴン肉を食うので忙しい」


「馬鹿が馬鹿のところに行ったのを止めなかったのか!?」


「お前の言葉を使うのなら、あいつの人生はあいつのもんだ。それに、いい歳した男の面倒を、いつまでも俺が見るわけないだろ」


 無敵の言葉を聞き、確かにその通りだと思ってしまうケビンだが、紅の長に月出里すだちという問題児が同伴したことで、馬鹿の2乗というとんでもない化学反応が起きてしまいそうな未来予想図に、頭を抱えたくなった。


「あぁぁ……絶対、面倒なことになりそう……もう、知らね!」


 勇者ごっこの最中に嫁に呼び出された後、ちょっと東西南北よもひろのところに行って帰ってきただけで、もうお腹いっぱいと言わんばかりの急展開により、ケビンは月出里すだちの問題を棚の上に放り投げた。


 それはもう、投げっ放しジャーマンスープレックスのように。

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