第623話 乙女モード全開
無事に
それを見た勇者たちの心はひとつとなる。
――落ちたな……
それを見ていたのは、なにも勇者たちだけではない。ここには嫁たちもおり、その中でも
「ケビン! やっぱりお嫁さんにしたのね!」
「いや……諸事情により責任を取らざるを得ないというか、なんというか……」
バツの悪そうな顔で言い訳がましく呟くケビンに対し、シーラではなく
「ケビンさん……私のこと好きじゃないんですか? 責任だけでプロポーズされたんですか?」
今にも泣きそうな顔を向けてくる
「ち、違うぞ!
「でも……責任って……」
瞳をうるうるとさせてケビンを見上げる
(いつも泰然としているケビンさんが、たじろいでるぅぅぅぅ! イイ! 凄くイイ!! ギャップ萌えサイコォォォォッ!)
そのような内心など欠片も外には漏らさず、ある程度ケビンを堪能したところで
だが、そうしたひとコマに焦燥感を持つ者がこの場にはいた。
「健さん! 私もお嫁さんにしてください!」
それは、何を隠そう不死原その人だ。
彼女はケビンが前世で命と引き換えに助けた少女であり、ケビンが前世で健だったことを暴露してからは、暇さえあれば視線でケビンを追いつつ恋心を育てていたのだ。
だが、勇気が出せず告白するに至らない彼女は、何かと一緒にいる
そして、告白をされてしまったケビンもそうだが、観客と化している勇者たちもそれに驚いてしまう。あの周りに壁を作って人とかかわろうとしない不死原が、ケビンに告白したからだ。勇者たちは、『いったいいつの間に?』という思考が後を絶たない。
「麗羅ちゃん、先を越されちゃったよ? いいの?」
そのような中で、親友となる
「な、ななななな、何を言っていますの!? わ、わたくしはケビンさんのことなんて…………ことなんて……」
その様子を見て、あと一歩が踏み出せない親友をもどかしく思ってしまった
「はい、麗羅ちゃん。勇気出して」
そして、キョトンとしていたケビンが
「……ぉ……お慕い申して……おりま……す……」
そこが限界だったのか、
すると、
「なぁ、大輝」
「なんだ、士太郎」
「アレ、誰だ?」
「
「どう見ても違うだろ? アレは
「まぁ、いつもの女傑からは遠く離れた存在だな。『どこの乙女だよ!』ってツッコミを入れたいくらいだ」
「だよなぁ……あの勝気な女も、ケビンさんの前ではただの女ってことか」
「人間、変われば変わるもんだな」
「それよりも、このドラゴン肉うめぇ!」
「オーク肉なんて目じゃないな」
花より団子と言うべきなのか、蘇我と
そして、いよいよもってケビンの返事が聞けるかと思っていた外野だったが、ケビンが返事をするよりも先に、先手で告白していた不死原もケビンの前に駆け寄って、
その様子を見て何を思ったのか、告白シーンに関係のない九十九が声を上げた。
「ちょおっと待ったぁぁぁぁ!」
『ここでちょっと待ったコールだぁぁぁぁ!』
九十九の行動に対しサナからの冷やかしが入ると、ケビンは九十九が何かをしでかしそうで頭を抱えたくなる。
そして、ケビンの予想通りに九十九はしでかした。
その九十九が何をしたかと言うと、観客と化していた剣持と
「せ、生徒会長!?」
「私はもう生徒会長ではない! 魔法少女マジカルモモだ!」
「「意味わかんない!!」」
「ハッ! 閃いたぞ! 正信っ、同人誌のタイトルとして【奥様は魔法少女】でどうだ?!」
「二番煎じ感がハンパないでありますが、それはそれでアリかと」
「に、二番煎じだと!? ならば、【大和撫子は魔法少女】でどうだ?!」
「おっふ!?」
「自分自身で大和撫子と言ったでごわす」
「そこにシビれる、憧れるぅぅぅぅ!」
「モモ殿は何でもアリでござるな」
そんなこんなで九十九がオクタたちと会話をしている最中にも、九十九と引き連れられている2人の足は止まらず、とうとうケビンの前までやってきた。
「……
溜息混じりに問いただすケビンだが、九十九はケビンの気苦労など構いもせずに嬉々として語りだした。
「
「意味がわからん……」
しかしながら、ケビンと九十九のやり取りを見ている当の本人たちは、それどころではない。状況を把握するに、この後の流れもわかってしまっているため、視線があちこちに泳いで挙動不審になりつつある。
「ほら、見てくれ旦那様! 恥じらいつつ視線が定まらない様子なんて、明らかに萌えるだろ?!」
両肘を曲げながら拳を握りしめる九十九の力説を見たケビンは、
「それに、今この場にいてフリーなのはここにいる者たちだけ。さすがに旦那様も、あーちゃんたちを寝取るなんてことはしないだろ?」
「当たり前だろ! 正信たちはソウルフレンドだぞ!」
そこですかさず反応してしまう者が1人。
「あーちゃんって言うなぁぁぁぁ!」
だが、九十九は何処吹く風で流してしまう。
「そうなると、必然的にいま私の推薦できる女子は、ここにいる2人に絞られるということだ」
「私の話を聞けぇ!」
『キュピーン! 持っけっけ~♪』
《……『持っけっけ』って、いきなり何?》
『いやぁ、まだお昼なのに午後九時的な何かが、私のソウルに呼びかけてきたんですよ』
《それで、『持っけっけ』って何なの?》
『空耳ですねーたまにそう聞こえてしまうという耳の七不思議?』
《残りの6つは?》
『ないです』
《…………》
九十九だけに飽き足らず、サナまでもが好き勝手している状況によって、ケビン限定ではあるが身の回りが混沌と化していた。いや、ケビンだけに限らず、九十九という半ば制御不能な嵐によって、既にこの場は混沌と化している。
そして、そのような状況をさっさと正常に戻すべく動き出したのは、渦中真っ只中であるケビンだ。
「
「元の世界に帰る方法が未だ見つからない以上、わたくしは、この世界に
「本当にいいのか?」
「……ぶっちゃけて言いますわ。いつもいつも、惚気けてくる
「恋バナなんて、ガールズトークじゃ当たり前なんじゃないのか?」
「
興奮した
そして、
「2人は……その……
ケビンがそう言い、2人の逃げ道を作ろうとしたところに、被せるようにして剣持が声を張り上げてしまった。
「子供は3人欲しいです!」
「――ら……って…………え?」
そして、剣持が叫び上げた声によって、ケビンどころか周りの者たちでさえ唖然としてしまう。それは、隣にいる
「ゆ……雪菜……? なに言ってるの?」
その親友からの声で我に返ったのか、剣持は自身が口にした言葉に理解が追いつくとあたふたとしてしまい、目がぐるぐる状態になってしまった。
「ち、ちちち、違うの! 好きな人と結婚するなら子供は3人欲しくて、夜は愛しの旦那様と子作りしたり、エッチな旦那様の要望にも応えたりして、それでそれで将来は家族5人で小さいながらも一戸建てのマイホームに住んで、休日は家族5人でドライブに出かけたり――」
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて、雪菜!」
混乱真っ只中に陥った剣持が乙女モード全開で願望を口早に主張していくと、親友の
「乙女だね~」
「乙女ですわ」
「乙女です」
奇しくも夢見る乙女である剣持の願望は、ケビンの近くにいる3人だけに留まらず、周りの観客として成り行きを見守っている者たちにまで聞こえてしまっていた。
しかし、そのような混乱真っ只中の剣持を正気に戻したのは、観客の1人である唖然としていたケビンだ。
ケビンは、願望をダダ漏れさせる剣持を抱きしめると、落ち着かせるようにして声をかけた。
「どこまで叶えてあげられるかわからないが、できるだけ善処する。結婚しよう、雪菜」
「ふぇ……? ……あれ?」
ケビンの持つ称号により落ち着きを取り戻した剣持は、今現在の自分が置かれている状況がわからず、キョロキョロと辺りを見回してみるものの、周りからは生温かい視線を向けられるだけで誰も説明してくれない。
ただ、ケビンの腕の中にいるということで、自分の胸がドキドキしっぱなしということだけが、剣持にも唯一わかったことだろう。
そして、そのような剣持がのちに親友の
「雪菜の気持ちはわかった。
「わ、私は……その……もしこの世界に留まって結婚するとしたら、お相手はケビンさんかなって……こんな素敵なプレゼントも貰っちゃったし……」
そう言う
――『いったいどこの世界に斬れ味の鋭い刀を贈られて、それを頬を染めながら素敵なプレゼントと言ってのける女子がいるのだ』と。まぁ、目の前にいるのだが。
それはさておき。
ケビンはひと通り女子たちの気持ちを聞いたので、抱きしめていた剣持から離れると女子たちを一列に並ぶように指示をする。
そして、
「これで5人はもう俺の嫁さんだ。家族の決まりごととかは先輩嫁たちに聞いてくれ。そういうのは、嫁会議で決まったりしているみたいだからな」
「わかりましたわ。それとは別で、ケビンさんが決めた決まりごととかはありませんの?」
「俺が決めたのは“みんな仲良く、幸せに”だ」
「さすがハーレムの主と言ったところですわね。その言葉に全て集約されていそうですわ」
「じゃあ、俺は引き続き勇者ごっこをしてくるから、お前たちもセレスティア解放運動を頑張ってくれ」
「ええ。たった今から皇族の一員として、恥ずかしくない戦果を上げてみせますわ」
「無理はするなよ? 俺はこの国の行く末よりも、家族の方が大事なんだからな」
「ふふっ、今までは傍目から見て家族思いだと感じていた言葉も、今となってはケビンさんからの愛が感じられて面映ゆいですわ」
そのような中で、ケビンはどうでもいいが一応確認しておくかという心境で、知っていそうな嫁を呼んでみることにした。
「それはそうと……クララ!」
「何だ、主殿?」
「紅の長はどこに行ったんだ? 帰ったのか?」
「あやつなら、馬鹿猿を引き連れてどこかへ飛んで行ったぞ」
「馬鹿猿……? ……って、まさか!?」
ケビンは“馬鹿猿”という代名詞で心当たりのある者は1人しかなく、辺りを見回してみるものの、その探し人の姿がなかったことに今更ながら気づいてしまった。
そして、クララの話によると元々興奮してた
「いくら馬鹿猿が空を飛べぬとは言え、手で掴んで運ぶのではなく背に乗せたからのう。よもや、あやつが背に人を乗せる日が来るとはな……他の長どもに伝えても、誰も信じぬであろうな」
そう感慨深げに語るクララは、遠くの方を見つめていた。その姿は、まさに哀愁漂うと言ったところか。
「おい、力也!」
そして、次にケビンは保護者とも言えなくもない監督役を呼びつけるが、その監督役となる無敵は面倒くさそうにして歩いてくる。
「何だ、ケビン? 俺はドラゴン肉を食うので忙しい」
「馬鹿が馬鹿のところに行ったのを止めなかったのか!?」
「お前の言葉を使うのなら、あいつの人生はあいつのもんだ。それに、いい歳した男の面倒を、いつまでも俺が見るわけないだろ」
無敵の言葉を聞き、確かにその通りだと思ってしまうケビンだが、紅の長に
「あぁぁ……絶対、面倒なことになりそう……もう、知らね!」
勇者ごっこの最中に嫁に呼び出された後、ちょっと
それはもう、投げっ放しジャーマンスープレックスのように。
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