第622話 胡麻缶花?

「俺の奴隷に何してやがんだぁぁぁぁ!」


 ケビンと南足きたまくらのハプニングキスにいきなり抗議してきのは、ブラウンドラゴンを助けることを諦めてしまった東西南北よもひろだった。


 そして、あまりの光景に唖然としていたダーメが我に返り、同じく抗議を始めてしまう。


 それらにより、水を差された気分になってしまったケビンが唇を離すと、南足きたまくらの口からは声がこぼれる。


「ぁ……」


 今までケビンの唇が触れていた自身の唇に指を当ててなぞっていると、名残惜しそうにケビンの唇を自然と見つめてしまう。


逢夢あみん


(も、もしかして、もう1回したいとか思ってたのがバレちゃった!? ど、どうしよう……エッチな女の子とか思われちゃったかな?!)


「ムードもへったくれもないが、結婚しよう」


(え……? えええええっ!? い、今、プロポーズされちゃったの、私!? た、確かに、今の状況はあのクズのせいで、ムードなんてこれっぽっちもないけど……)


 ケビンから聞かされた突然のプロポーズに対し、南足きたまくらの思考は更に加速していく。


(プロポーズは夕日の落ちる浜辺でとか、夜景の見えるレストランでとか、夢見がちなことを想像していた時期もあったけど……今は空の上でケビンさんの腕の中だし、外野のクズさえ気にしなければ、これはこれでアリ!? しかも、クズから助けられたあとの物語展開だし、こんなプロポーズなんて滅多にないよね?! 夕日の落ちる浜辺や夜景の見えるレストランなんて、ありきたりなものより断然イイ!!)


 いつもの眠たそうでのんびりとした雰囲気とは違い、南足きたまくらの思考はフル加速しているようだ。


逢夢あみん、返事は?」


(そ、そう! お返事をしなきゃ! ケビンさんはお嫁さんがいっぱいで言い慣れてそうだけど、私だけドキドキしてるのなんて不平等だよね! お返事は決まってるけど、ここは溜めて焦らしてやるんだからね!)


「…………」


「ダメか?」


(ぁ……ケビンさんが悲しそうな顔になってる。でも、そこがまたイイ!! 母性本能がくすぐられて守ってあげたくなっちゃう! オクタの人たちがよく“萌える”なんて、わけのわからないことを言っていたけど、きっとこれがそうなのね!)


「……ギャップ萌え」


「え……?」


 ボソッとこぼしてしまった南足きたまくらの言葉が聞き取れなかったのか、返事待ちをしているケビンは聞き返すが、思いもせず呟いてしまっていたことを意識した南足きたまくらが慌てて返事を返す。


「し、幸せにしてくだしゃい!!」


(か……噛んだぁぁぁぁ!! 人生初のお返事を噛んじゃったぁぁぁぁ!!)


 プロポーズの返事を噛んでしまったことに南足きたまくらがショボンとしてしまうと、ケビンは南足きたまくらの頭を撫でながら口を開いた。


「可愛いな、逢夢あみんは」


 それによって、噛んだことで赤くなっていた南足きたまくらの顔は、可愛いと褒められたことでますます赤く染まるのだった。


「「いいかげんにしろ!!」」


 そこで外野となっていた東西南北よもひろとダーメが、口を揃えて抗議をすると、それを聞いたケビンはなんてことのないように言葉を返した。


「なんだ、まだいたのか」


 それに対して東西南北よもひろはもちろんのことだが、ダーメも怒りを露わにする。


「貴様っ、俺のことを忘れてるどころか、目の前でプロポーズだと!? あの時だけに飽き足らず今回までも……ふざけるな!!」


「いや、結局お前は誰だよ?」


 そのやり取りで思い出したのか、南足きたまくらはケビンの服をクイクイと引っ張って呼びかける。あわよくば、もう1回キスできないかなと、邪な気持ちを抱いて。


 だが、今回はそんなハプニングも起こらず、ケビンは普通に南足きたまくらと顔を合わせた。


(チッ……ダメだったか……)


逢夢あみん……?」


「っ! ……あ、あのね、あの人、アリスさんに話しかけていた時に、“ゴマカンバーナ”って名乗ってたよ。ダーメは偽名っぽいよ」


「胡麻缶バーナー? 何それ? 胡麻缶を燃料にして火を吹かせるのか?」


「バーナーじゃなくってバーナだよ」


「胡麻缶花? そんな名前の花ってあるのか?」


「花じゃないよ、バーナだよぅ」


 本人よりも必死にダーメの名前を教えようとしている南足きたまくらだったが、“胡麻缶”という先入観が頭から離れないケビンに対して、サナが助け舟を出した。


『マスター。ゴマカンバーナは、過去にマスターに対して決闘を申し込んで、ボコボコにやられたやつですよ』


『そんな奴いたか?』


 アリスと同じですっかりそのことを忘れてしまっているケビンは、サナからこんこんと当時の出来事について説明されていく。


『むかしむかし、あるところにですね――』


 それにより、遊び心満載のサナの努力が実を結んで、ケビンはダーメことゴマカンバーナについて思い出すことに成功したようだ。


「思い出したぞ、馬鹿貴族! お前、アリスにこっぴどくフラれた奴だろ?!」


 そのようなこともあり、馬鹿貴族呼ばわりされた上にフラれた過去までまたもや暴露されたダーメは、更なる怒りが込み上げてきていた。


「き……さま……っ!」


 ワナワナと体を震わせるダーメは怒り心頭となるが、横から東西南北よもひろ南足きたまくら欲しさにうるさく騒ぎ立てるので、どうにも怒りに集中できない。今この時ほど、東西南北よもひろのことが邪魔だとは思ったことがないだろう。


 それを目にしているケビンは、ふと思い出したかのようにして東西南北よもひろに視線を向けた。


 その瞬間、東西南北よもひろの右腕が炎に包まれてしまい、呆気に取られた東西南北よもひろが理解に追いつくと、先程とは違った形で喚き散らした。


「ぎゃあぁぁぁぁ! 火、火がぁぁぁぁ!? あぢぃぃぃぃ!!」


逢夢あみんの受けた痛みに比べたら、まだマシだろ」


 そのようなことを言うケビンのことなど頭にはなく、東西南北よもひろは必死の形相で左手で火を消そうと叩くが、全くもって消えるどころか火勢の弱まる気配すらない。


 空中で燃やされ続ける痛みに耐えきれず自害したブラウンドラゴン、片や南足きたまくらの胸を揉んだ腕を燃やされている東西南北よもひろ


 奇しくも主と使い魔は、ケビンによって燃やされるという同じ道を辿ってしまったようだ。使い魔のブラウンドラゴンは、間違いなく東西南北よもひろのせいだと言えなくもないが。


 そんなこんなでやり返してスッキリしたケビンは、ちょうど良い焼き加減になっていたブラウンドラゴンを、嫁たちへのお土産として【無限収納】に回収した。


「よし。目的は達したし、帰るとするか」


「お、おい、待て――」


 そして、ダーメが呼び止めるまもなく、ケビンはその場から南足きたまくらを連れたまま転移するのであった。


 だが、この場に残されたダーメは、散々馬鹿にされた怒りをひとつもやり返すことができないままケビンが消えたので、やり場のない怒りが身のうちで荒れ狂っていた。


「あぢぃぃぃぃ! 消えねぇぇぇぇ!?」


 そのようなところに、ただ喚き散らすだけの東西南北よもひろの身が癪に障ったのか、一瞬のうちに東西南北よもひろの右腕を切り落とした。


「…………へ?」


 その光景にポカンとする東西南北よもひろだが、理解が追いつくとまたもや騒ぎ立てる。


「お、俺の腕ぇぇぇぇ!!!?」


 そのような東西南北よもひろにポーションを振りかけるダーメが、怒りを露わに口を開いた。


「黙れ! お前は喚くしか能がないのか!」


「ふざけるな! 人の腕を切り落としておいて、よくもそんなことが言えるな!」


「どっちみち、その右腕は燃え尽きる。燃やされていたブラウンドラゴンの姿をお前も見ていただろ。恐らくその炎は、対象を燃やし尽くすまで消えない魔法だ。さっさと切り落として傷口を塞いだ方が痛みも少なくて済む」


「そんなことが何でわかる?!」


「お前の右腕以外は燃えていなかっただろ。現に今はブラックドラゴンの背に落ちているのに、ブラックドラゴンは暴れる素振りすら見せない。つまり、対象以外には何の効果もない炎ということだ」


「ぐっ……」


 目の前にある証拠を突きつけられた東西南北よもひろは、反論する余地すらないと感じてしまい、口を噤むしかなかった。


「理解したのなら、魔大陸に戻るぞ」


「なっ!? やり返しに行かないのか!?」


「お前が本気を出した状態でケビンに勝てると思うのか? 為す術もなく右腕を燃やされたお前が」


「そ、それは……」


「まぁ、どっちにしろケビンは俺の獲物だ。お前が手を出す相手ではない。今は魔大陸に戻って、戦力の補充と体を休めろ。片腕がないんじゃ、戦い方も変わってくる」


「……わかった」


 その後、東西南北よもひろはブラックドラゴンに指示を飛ばし、再度魔大陸に向けて針路をとる。


 こうして、ケビンとダーメことゴマカンバーナの再会は、ダーメが今の名前や捨てた名前で散々馬鹿にされたあげく、何もしないままケビンに帰られてしまうという形で終わってしまう。


 そして、相方の東西南北よもひろに至っては、今回の遠征でブラックドラゴン以外の使役したドラゴンが全て倒されてしまった上に、自身も右腕を失うという大きな痛手をこうむる。


 更には、当初の目的である性奴隷の1人として拉致してきた南足きたまくらをケビンに奪い返されてしまい、最終的にはプラスどころか大きなマイナスという結果を生み出す羽目になった。


「なぁ、ダーメ」


「何だ?」


「お前の獲物を横取りはしないが、お前が殺す前に右腕を切り落としてもいいだろ? そうしないと、腹の虫が治まらねぇ」


「それがしたいなら、今よりももっと強くなるんだな。俺が足元にも及ばないと言った意味が理解できただろ?」


 その言葉を聞いた東西南北よもひろが空を眺めると、疲れたようにして溜息をつく。


「何であんな化け物が存在してんだよ……ここは主人公の俺が勝利の凱旋をしているところだろ……」


 未だに自身が世界の中心であるという確信を疑ってすらいない東西南北よもひろは、これから先の俺TUEEEEを為していくため、いかに力をつけていくか計画を練っていくのであった。

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