第621話 ハプニング?

 南足きたまくらを探すに当たって、ケビンはまず、どの方角に東西南北よもひろが飛んで行ったのかを周りの者に確認した。それにより得た回答は“西の方向”というものである。


「そのくらいケビンの【マップ】でわかるんじゃないの?」


 当然のことながら最初に思いつく手段を使わなかったケビンに対して、その疑問を口にしたのはシーラだった。


「俺にも行ってない土地とかがまだあるんだから、そこへ飛んで行かれてたら【マップ】では探しようがない。だから、二度手間になる前に予め聞いておいたんだ。闇雲に探し回るのは時間の無駄だし」


「便利そうに見えて不便なのね」


 そう感想を口にするシーラだが、たとえ制限があるにせよ、ケビンの【マップ】は破格の性能であることを否めない。


「とにかくケビンのお嫁さんがまた増えるわけね」


「は……?」


 そのような突拍子もないシーラの物言いに対し、ケビンは我が耳を疑う。それは他の勇者たちにしてもそうだった。中には『なに言ってんだ、この人』というような視線を向ける者までいる始末。


 だが、仮にもそれを口にしてしまっては、シーラからの制裁は免れない。ゆえに勇者たちは失礼な視線をしれっと向けることはあっても、失礼な物言いは絶対にしないのである。


 しかし、ケビンは違う。たとえ嫁である前に一人の姉であろうとも、ズケズケと失礼なことを言ってしまうのだ。


「なに言ってんの? 頭大丈夫?」


「大丈夫! お姉ちゃんは正常よ!」


「正常なのに、何でそんな考えが浮かんだわけ?」


「そんなの簡単じゃない! 悪い魔王に攫われたお姫様。それを助けに来た勇者。惚れるなっていう方が無理でしょ!」


「いや、魔王が俺で攫ったのが勇者だからね。逆だよ、逆。しかも、攫われたのはお姫様じゃなくて、勇者だから」


「ややこしいから、この際いいのよ! とにかく惚れるのは絶対なの!」


「そんな安直な……」


「安直も何も、ケビンは前科者じゃない! 女の子を助けてはお嫁さんを増やしてるでしょ!」


「ぐっ……」


「それで思い出したわ! クキ!」


 ケビンがシーラからの鋭いツッコミにたじろいでいると、思わぬところで九鬼に矛先が向き、それによって呼ばれた九鬼はビクッと反応してしまい、何を言われてしまうのか気が気ではない。


「あなた、早くベネットと結婚しなさいよ! いつまで女の子を待たせておくつもり?!」


「ええっ!?」


 シーラから何を言われるかと思いきや、ベネットとの関係をいきなり突っ込まれてしまった九鬼。ビックリするのも当然である。


「あの子はあなたが盗賊から助けたんでしょ! 惚れられてんのよ、ベタ惚れよ、ベタ惚れ! 白馬の王子様なのよ?!」


「い、いや……僕は王子様とかじゃなくて、ごくごく平凡な一般人なんですけど……」


「一般人が何なのよ! 女の子の夢を壊すんじゃないわよ!」


「えぇぇ……」


 何とも理不尽な物言いに対し、九鬼は事の発端となるケビンをジト目で睨んでしまう。しかし、その視線を受けたケビンは顔を逸らし、九鬼のジト目から逃げるのだった。


「はぁぁ……そもそもですね、僕は日本に帰るんです。今はまだ帰り方がわからないですけど、元の世界に帰って、父さんと暮らしたいんですよ。あの女のせいで不幸になった父さんを、これ以上不幸にさせられない。絶対に僕は日本に帰る」


「そんなこと言ったって――」


 なおも食い下がろうとするシーラを、ケビンが制止した。


「やめろ、シーラ」


「でも――」


「クキの人生はクキのもんだ。外野がとやかく言う資格はない。ベネットとの関係をどうするかはクキが決めることだ」


 そして、この話はおしまいとばかりにケビンがシーラを窘めたところで、ケビンは九鬼に詫びを入れた。


「すまないな、九鬼。姉さんも別に悪気があって言ったわけじゃない。そこのところだけは誤解しないでくれ」


「わかってますよ」


 ひょんなことで話が逸れてしまっていたが、気を取り直したケビンが【マップ】を使い、西方面で南足きたまくらを検索すると、踏破地において見つけることができた。


「……見つけた」


 ケビンのその一言を聞いた周りの者たちは暗い雰囲気から一転、安堵の表情を浮かべる。もう後はケビンに任せておけば、悪いことにはならないとわかっているからだ。


 そして、ケビンが助けに行ってくることを伝えると、その場から転移して消えるのであった。


「ああああっ!!」


 だが、ケビンが消え去った後で、いきなり叫び出した者がいる。それは、何を隠そう紅の長である。


「あいつに下等生物の居場所を聞いてねぇ!」


 実は紅の長、東西南北よもひろの居場所をケビンに聞き出そうとしていたのか、ケビンが周りの者と会話している間は大人しく待っていたのだが、その間が暇だからということで、東西南北よもひろをどう料理してやろうかと想像を膨らませていたのだ。


 そして、思いのほか想像が捗り楽しくなってしまうと、相も変わらず周りが見えなくなり、ケビンが出発した時には、ついうっかりと普通に見送ってしまったという顛末だ。


「お、おい! 白の!」


「なんじゃ、騒々しい」


「あいつを呼び戻せ! 下等生物の居場所がわからねぇ!」


「なぜ私が、馬鹿なおぬしの尻拭いをせねばならん。西の地へ向かったのはわかっておるのだ、その方面を闇雲に探し回ればよかろう。人手が足らぬのなら、ぬしの舎弟を使えばよい」


「ぐぬ……」


 そのように言われてしまった紅の長は考える。


 確かに舎弟を使えば作業が捗ること間違いなしだが、カッコよく(本人の中で)集落を飛び出して来たのに、「見つけたけど、いつの間にか逃げられてた」などとカッコ悪くて言えねぇと。


 そのような思考に耽っている紅の長に対して、恐れもせずに話しかける物好きな者が現れる。


東西南北よもひろをシメるなら、俺もついて行くっす!」


 その声に反応した紅の長が視線を向けてみれば、そこには月出里すだちが立っていた。


「てめぇは確か……さっきの……」


 紅の長は先程の九鬼をかわいがっている最中に、月出里すだちが熱狂的な声援を送ってきていたことを思い出す。


 そのこともあってか月出里すだちのことは、その他大勢の下等生物という括りではなく、いち個人として記憶に残っていたようだ。


「アニキの戦いぶりに惚れました! マジでパネェし、かっけぇっす! どこまでもついて行くっす!」


 紅の長を前にした月出里すだちの興奮ぶりに、周りの者たちはドンとまではいかないが、あからさまに引いている。いや、一部の者たちにおいては、明らかにドン引きレベルに達しているようだ。


 そして、周りの者たちが引いている中で、月出里すだちはいかに紅の長がカッコイイかを本人に向けて熱弁していく。それはもう、暑苦しいと言われても仕方がないくらいに。


 だが、熱弁されている側は、月出里すだちと同じくおバカなヤンキーである。その紅の長は、月出里すだちの行動に対して暑苦しいと思うことはなく、むしろ一緒になって熱く、それはもう煮えたぎるマグマのように熱く語り合っている。


 果たして、今の紅の長の頭の中に、東西南北よもひろの行方を追うという思考が残っているかどうかは定かではない。


 そして、そのような紅の長に付き合ってられないと思ったのか、クララが肉パの再開を促すと、【お肉食べ隊】の給仕係りは新たに手に入れたドラゴン肉を調理するために、テキパキと動き始めて肉パを再開させるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 戦場から逃げ出した東西南北よもひろたちは、今現在魔大陸に向けて飛んでいたが、ダーメの一言によりそうもいかなくなる事態に陥る。


「アオ、敵だ」


 それを聞いた東西南北よもひろがダーメと同じく視線を前に向けると、前方に人らしき姿が浮かんでいるのを確認した。


「……は? いやいやいや……え……?? お、おい、何で人が空に浮かんでんだ!? いったい、どうなってやがる?!」


 東西南北よもひろは前方にいる者との距離が次第に近づくにつれて、その姿が本当に人であるとわかってしまうと、ありえない光景として頭が理解するのを拒否し、混乱真っ只中となってしまう。


 その狼狽える東西南北よもひろの姿に、性奴隷要員として拉致されていた南足きたまくらが俯いていた顔を上げ、目線を前に向けた。


「……ケビン……さん…………ケビンさん!!」


 東西南北よもひろからの仕打ちにより、心が折れかけていたところでのケビンの登場である。悪意に晒され泣き腫らしていた顔が、今度は喜びで再び瞳に涙を溜めた。


 そして、ケビンとの距離がある程度近づいたことにより、東西南北よもひろたちとケビンは空の上で対峙することになるのだった。


「どっちが俺TUEEEE君だ?」


 唐突なケビンからの問いかけにダーメは首を傾げるが、その言葉の意味を知っている東西南北よもひろは、自ら名乗るということをしない。何故ならば、その言葉の指す意味が、明らかに蔑称として使われていたからだ。


 だが、ケビンが度々そう言っていたのを知っている南足きたまくらは、隣にいる東西南北よもひろに向けて指をさして、俺TUEEEE君こと東西南北よもひろが隣にいる者だと暗に教えていた。


「お前か……」


 そして、ケビンから値踏みするような視線を向けられた東西南北よもひろは、卑屈な思考によって見下されたと感じてしまい、ふつふつと苛立ちが湧き起こってくるが、次の瞬間には唖然としてしまう。


 それは、今まで隣にいた南足きたまくらが、ケビンの腕の中に移動していたからだ。


「え……??」


 そのような東西南北よもひろの混乱など歯牙にもかけないケビンは、南足きたまくらに安否確認を行っていた。


「泣き腫らした顔だな。酷いことされたのか?」


「っ……ケビンさん……ケビンさん……」


 ケビンが泣いていた理由を尋ねようにも、南足きたまくらはケビンに助けられたことにより、安堵感が込み上げてきて再び泣き始めてしまう。そのような南足きたまくらをケビンは左腕で抱きしめ、右手で頭を撫で続けていた。


 すると、イリュージョンを見せつけられた東西南北よもひろは、既に混乱から立ち直っており、声を上げて怒鳴り散らした。


「おい、貴様! 俺の奴隷に何してんだ! 返せ!」


 そう言う東西南北よもひろは自分の時とは違い、南足きたまくらが嫌悪感を露わにすることもなくケビンに抱きついているのが許せないのか、あからさまに不機嫌度が上昇しているようだ。


 しかし、ケビンが素直に東西南北よもひろの言うことを聞くはずもなく、ケビンが聞いているのは東西南北よもひろの声ではなく、南足きたまくらの声だった。


「ブラウンドラゴンから――」


 その南足きたまくらの声が紡いでいたのは、ブラウンドラゴンからされたことの説明であり、それを聞いたケビンはすぐさま行動に移した。


 その瞬間、隣から悲鳴のような咆哮が聞こえ、ビックリした東西南北よもひろが視線を向けると、そこには炎に包み込まれて声を上げているブラウンドラゴンの姿があった。


「な、な……何で!!??」


 一連の行動に全く理解の追いつかない東西南北よもひろは再び混乱に陥るが、それも致し方ないと言える。


 ケビンのことを知らず、敵としてケビンと相対すれば、大抵の人間はこの状態になってしまうだろう。


 やることなすことが基本的に規格外なのだ。ケビンにおいては、常識が荷物をまとめて旅に出ていてもおかしくはない。


 ケビンとしては、「常識さん、帰ってきて!?」と思っているに違いないが、一般人を装うための村人A服装をしている時点で、世間一般の目からして見れば『皇帝らしくない』と思われても仕方がない。


 つまりは、常識外れということになる。


 それはさておき、ただいまブラウンドラゴンは、絶賛ケビンの責め苦を受けている。


 そのブラウンドラゴンに対してケビンは、南足きたまくらが受けた仕打ちをやり返すために、すぐに死ぬことは許さず、じわじわと嬲り殺すようにして【煉獄】の炎にて焼いているのだ。


 更には、飛び回って火を消そうとする行動を阻害するために、ブラウンドラゴンの体格に合わせた結界内に閉じ込めており、羽ばたいて火を消すことも許されない。


 無論、その程度で消えるケビンの炎ではないが。


 結果、ブラウンドラゴンは痛さにのたうち回ることも許されず、まともに動くことも出来ずに、生きながらにしてじわじわと体を焼かれていく地獄の責め苦を味わうことになる。


 その後、ブラウンドラゴンが絶叫している中で、眉ひとつ動かさずに平然としているケビンが他に何かされていないか尋ねると、南足きたまくらは1番許せなかったことを口にした。


 それは、好きでもない男。つまりは、東西南北よもひろに胸を揉みしだかれたことを伝えたのだ。


「あいつの右隣にいたってことは……右手か?」


「うん……拒否したら殺すって脅されて……痛かったし、この後、犯されるかと思ったら死にたくなった……いっそのこと、飛び降りた方が楽なのかなって……」


「辛かったな。よく頑張って耐えた」


 ケビンはそう言うと、再び南足きたまくらの頭を撫でて、件の東西南北よもひろに視線を向けた。


 その東西南北よもひろは、ブラウンドラゴンの火を消そうとしているのか水魔法を放っているが、それはケビンの結界に阻まれて意味をなしてない。


 そして、ケビンが東西南北よもひろに視線を向けるということは、必然的にもう1人の者も視界内に捉えるということになる。


(あいつが俺TUEEEE君に手を貸しているやつか……嫁たちが何か言ってたような気がするが……ダメだ、どうでもいいこと判定で記憶してない……)


 そのケビンの視線の先には、相対するケビンの一挙手一投足を逃すまいとして、ダーメが油断なく佇んでいる姿があった。


「相変わらずいけ好かない野郎のままだな、ケビンよ」


 すましているダーメはそのように言うが、それを聞いたケビンは首を傾げてしまう。明らかに旧知の仲でもあるかのようにして、気安く語りかけられたからだ。


 すると、キョトンとしているケビンを目にしてしまったダーメは、隣で絶叫しているブラウンドラゴンがうるさくて聞こえなかったのだろうと結論づけ、かなり恥ずかしい行動ではあるが再びすました顔で同じセリフを口にした。


 だが、ダーメが恥ずかしい行動をしたにもかかわらず、ケビンのリアクションに変化はない。ますます首を傾げているだけだ。


 そこで、ダーメはひとつの結論に達した。それは、アリスと再開した時に忘れられていたという屈辱的なことを思い出し、もしやケビンもそうなのではないかということだ。


 だが、ここに来たということは、少なくともアリスたちから情報提供を受けたに違いないと踏んではいるのだが、目の前のケビンのリアクションを見るに、その仮説も怪しいものとなってくる。そして、次第にそう思えてきたダーメは、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


「貴様っ……まさか俺のことを忘れたわけではあるまいな?!」


 それを聞いたケビンは何かを思い出そうとしているのか、斜め上に視線を向けて考え込んだ後、視線をダーメに戻すと口を開いた。


「…………誰?」


「ダーメだ!」


「だーれだ? 誰かを聞いているのは俺なんだけど?」


「ダーメだ!! ダーメ・ポーだ!」


「ぬるぽ?」


『ガッ』


《サナちゃん……》


 人をおちょくることに関して、右に出るものはいないとまで言われるケビンの悪ふざけに対し、サナが更にノリノリで悪ふざけを上乗せするが、この場には反応を返してくれる者が呆れるシステムしかいない。


「ダーメだと言っているだろ!」


「思い出せない……もうダメぽ……」


『マスター、元気だしてください! あ、あげぽよ、ウェェェェイ!!』


 完全にダーメの名前でからかっているケビンに対し、当の本人は怒髪天に達しそうだった。もしかしたら、隣でギャーギャーと喚いてうるさいブラウンドラゴンも、それに一役買っているかもしれないが。


 そのような時にケビンの腕の中にいる南足きたまくらが、ケビンの服をクイクイと引っ張って呼びかける。


 そうされたケビンは、当然のことながら南足きたまくらの方を向くという条件反射をしてしまうのだが、それが思わぬハプニングとなってしまう。


「ん――??!!」


 ケビンを見ていた南足きたまくらと、南足きたまくらに顔を向けたケビンの唇同士が触れ合ってしまったのだ。


 流れる静寂……


 そして、ケビンが驚きで目を見開くと、南足きたまくらも同じリアクションを取ってしまうが、南足きたまくらの顔は徐々に赤く染まっていき、普通ではありえないほど瞬きを繰り返した。


(え……えっ!? 私……ケビンさんとキスしてるの?! ど、どどどどど、どうしよう!? 目を瞑るべき!? でも、今更感がハンパない!! こういう時って、どうしたらいいかわからないよ~ と、とりあえず、見つめあってると恥ずかしいから、目を瞑っちゃえ!)


 すると、目を瞑る南足きたまくらを見てしまったケビンはケビンで、南足きたまくらと同様にテンパってしまっている。


(あ、逢夢あみんが目を瞑……てか、これどーすんだよ! 不可抗力だよな? だよな?! これは俺が悪いんじゃないよな?! ってゆーか、何でそこで目を瞑ってしまうんだよ! 普通は「きゃっ!」とか言って、離れるもんだろ!)


 とか、なんとか考えているケビンだが、自ら離れようという気はさらさらないらしい。


 そのようなケビンの取った行動と言えば、なんてことはない。流れに身を任せてしまえということで、南足きたまくらと同じく瞳を閉じてキスを堪能するということだ。


 こうしてケビンはダーメとのやり取りなどそっちのけで、南足きたまくらとの甘いひとときを過ごすのであった。

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