第618話 横槍

 各戦闘場所でドラゴンが倒されていく中、手空きのオクタメンバーは倒したドラゴンを邪魔にならない場所へ運ぶため、縄で縛ってからしれっと戦車にて引きずっていた。


 その荒っぽい作業を目にした勇者たちの一部は、最初こそ「素材がダメになる!」と指摘をしたものだが、ご尤もなあずまの正論により指摘した者たちは黙るしかなかった。


「引きずって傷がつくくらいの防御力なら、倒すのに誰も苦労しないのですが、何か?」


 現に引きずられたドラゴンは、勇者たちが付けた傷以外の損傷など一切なく、更にはその巨体を丁寧に運ぼうにも人力では無理であるからにして、結局のところあずまの考えた戦車で運ぶという案しかなかったのだ。


 そのような中で、勇者たちから使い魔を倒されてしまった東西南北よもひろは、1匹くらいは仕方がないとして余裕の表情を保っていたが、それが2匹目、3匹目と劣勢に立たされるドラゴンを見てしまうと、余裕から一変、焦りの表情へ様変わりしてしまった。


「お……おい、ダーメ! これはどういうことだ!? 何であいつらがあんなにもドラゴンを倒せるんだ?!」


 完全に見下していた相手が、自身の使い魔でもあるドラゴンを討伐していく様は、東西南北よもひろにとって信じ難いものであるようだ。


 そのような東西南北よもひろに対して、ダーメは呆れたような表情を浮かべながら言葉を返す。


「これだけお前と同じ勇者が集まってんだ、ドラゴンくらい倒してみせるだろ。まぁ、お前と違って徒党を組んで挑んではいるが……いや、1人だけ単独でドラゴンと戦っているな」


 そう言うダーメの視線は、楽しげに戦う九十九に注がれていた。そして、その視線の方向に気づいた東西南北よもひろが、ダーメに対して説明を始める。


「あ、ああ。あれは生徒会長だ。【武聖】っていう、戦うことに関しては最上級の職に就いている。だが、制約によって魔法は使えなかったはずなのに、何故使えているんだ……そもそも、あの恥ずかしい格好は何だ? 歳を考えろってんだよ」


 東西南北よもひろは、九十九がケビンから与えられた魔導武器を介して魔法を使っていることなど知る由もないので、ダーメへの説明も中途半端に終わってしまう。


 だが、それよりも東西南北よもひろは、コスプレまがいの格好でいる九十九に対して、同郷の者として恥ずかしさを覚えるのだった。


「あの程度であれば俺の敵ではないな」


 九十九の戦いぶりを見ているダーメはそう結論づけるが、九十九がドラゴン相手に遊んでいることなど露ほども知らない。知らないがゆえに、今の戦闘力を九十九の限界と誤認識してしまう。


 そして、その言葉を聞いた東西南北よもひろは気が大きくなり、最終的にはダーメがいれば問題ないとして、倒されていくドラゴンはまた近いうちに補充しようと考えるのだった。


 そのような状況が各地で繰り広げられていく中で、お呼びではない来訪者が更に現れることになる。


 その近づいてくる気配にクララは眉をひそめ、アブリルは溜息をついてしまう。2人にしてみれば、その者は会いたくない者ランキングの上位に君臨し続ける者だからだ。


「どうしたの、クララ? アブリルも溜息なんかついて」


 バクバクと肉を食っていたクララや、戦闘を観戦していたアブリルの様子が変わったのでマリアンヌがそう尋ねると、クララは溜息混じりに答えた。


「いやの……馬鹿がここを目指して来ておるようでな」


 その答えに対してマリアンヌは、また東西南北よもひろのような輩が近づいて来ているのだろうかと不意に思ったが、行方のわからない勇者は東西南北よもひろだけだったので、かぶりを振ってその予想を選択肢から排除した。


「ここを目指すってことは……私たちに用があるのかしら? もしかして、魔王?」


 ありえる選択肢の中で最も有力そうなことを口にしたマリアンヌだったが、それを聞いたクララは否定をする。


 そのクララからの否定によって、ますますわからなくなったマリアンヌは降参とばかりに手を上げるが、クララが答えを言うよりも先に招かれざる客が猛スピードでこの場に到着したのだった。


「グルァァァァ――!」


 その一際大きく響きわたる咆哮によって、未だ戦っていた勇者たちはもちろんのこと、ブラックドラゴンの上にいる東西南北よもひろたちもその姿を目にする。


「ド、ドラゴンだぁぁぁぁ!」


 今まさに目の前でドラゴンと戦っているというのに、新たにやって来たドラゴンを見た小鳥遊が絶叫に近い形で叫び出した。


 それも仕方のないこととも言える。


 今まで戦っていたドラゴンなど話にならないほど、新たに来たドラゴンの方が大きかったからだ。


 そして、大空で滞空するドラゴンは、戦場を見渡すと同時に解体された同胞を見つけてしまい、怒りを顕にして再び大きな咆哮を上げるのだった。


「やべぇ! 見た感じめっちゃ怒ってるぞ!」


「おい! あれって九鬼たちの方を見てないか!?」


「見ればわかるだろ! 同じレッドドラゴンなんだから、絶対に身内だろ!」


「親子か? 親子だったのか!?」


 小鳥遊班がブラウンドラゴンそっちのけで騒ぎ出すと、蘇我や卍山下まんざんかはブラウンドラゴンへの警戒を緩めずに、とても面倒くさそうな顔つきになる。


「なあ、大輝……」


「言うな、士太郎……」


「あえて言うぞ……あれって、絶対にこいつよりも格上のドラゴンだよな? ぶっちゃけ、こいつ……震えてるぞ」


「……クソっ……こいつを倒してサボる予定だったのが、サボり要素0の敵が出やがった……」


 蘇我や卍山下まんざんかは小鳥遊班が役に立たないため、2人でせっせとブラウンドラゴンと戦っていたのだが、まだ倒し終わってもいないのに、それよりも明らかに強そうな乱入者が現れたことによりテンションが見る見るうちに落ちていく。


 そのような中で、乱入者でもあるレッドドラゴンが口を開いた。


「俺様の舎弟をやったのはてめぇらか?!」


 レッドドラゴンはそう尋ねるのだが、ザワザワしていた勇者たちは一様に黙ってしまい、静かな時が流れていく。


 そして、静寂に包まれる中、小鳥遊が目をカッと見開いて叫び出した。


「ド……ドラゴンが喋ったぁぁぁぁ??!!」


 小鳥遊は、今まさに相対しているブラウンドラゴンや、他の倒されたドラゴンたちからもドラゴンらしい咆哮しか聞いておらず、乱入者が言葉を発したことによって素でビックリしてしまい、そのことに関して驚きを禁じ得ない。そして、それは他の勇者たちも同様であった。


 それも致し方のないことと言える。


 ケビンの嫁たちはクララやアブリルがドラゴンであることを知っているゆえに、レッドドラゴンが同様に言葉を発しようとも特段驚いたりはしない。むしろ、嫁によっては過去に会ったこともあるレッドドラゴンなので、当然のことながら言葉を発することを知っている。


 だが、それを知らない勇者たちは、珍獣でも目にしたかのようにして騒ぎ立てていた。


「うるせぇぞ、下等生物ども! 俺様の質問に答えやがれ!」


「うるさいのはお前だ、馬鹿者め」


 その言葉と同時に鈍い音がレッドドラゴンの頭頂部に響きわたると、垂直落下を果たし、地面に向かってダイブする。


「ぷげっ!」


 そして、激しい音とともにレッドドラゴンが落ちたすぐそばには、重力に従って降りてきたクララの姿があった。


「な……殴ったぁぁぁぁ??!!」


 またもやありえない状況に対して小鳥遊が叫ぶと、他の勇者たちもありえない状況に対して思考が追いつかない。明らかに今まで相対していたドラゴンとは違って、強者であるレッドドラゴンをクララが殴って落としたのだ。


 自身の力を正確に把握している小鳥遊にとって、乱入者のレッドドラゴンを殴り落とすというクララの行為はヒヤヒヤものである。あからさまに怒っていたレッドドラゴンを、更に怒らせるような行動だったからだ。


 他の一般勇者たちも口には出さないものの、頭の中の思考としては小鳥遊と同じようなものだろう。


 しかし、そのような勇者たちではあるが、殴り落とされた当の本人は小鳥遊の予想通り怒り心頭である。鎌首をもたげてそばに降り立った者を睨みつけると、正当な権利と言わんばかりに啖呵を切る。


「ゴミ虫ごときが何しやがる!! ぶっ殺す!」


 だが、その言葉に対してクララが静かに喋る。


「ほう……この私がゴミ虫か……偉くなったものだな、紅の長。そのうえ、私を殺すのか……」


 そして、紅の長と呼ばれたレッドドラゴンはクララの言葉が耳朶に響く以前に、啖呵を切った時にクララの姿を視界に収めてしまっていたので、その時から完全に固まってしまっていた。


「何を黙っておる? ほれ、殺してみよ」


「い……いや……白の……」


 クララはただ立って喋りかけているだけだと言うのに、紅の長は徐々に後退りを始めてしまう。その姿はまさに逃げ腰と言える。


 その異様な光景に勇者たちは唖然とし、観客の一部になってしまった東西南北よもひろたちも異様な雰囲気に飲み込まれてしまっている。


 そのような状態の紅の長を見たいちじくは好機と見たのか、能登に対して指示を出した。


「能登君、チャンスよ! 今こそ空気を読まず、そのエクスカリバー(笑)であいつを倒すのよ!」


 そのような無茶ぶりをしてきたいちじくに対して、能登はビクッと反応を返すが、能登の視線は紅の長といちじくを行ったり来たりしていた。


 そして、他の勇者たちに視線を流しては『助けてくれ!』と、心の声を叫びあげるが、だいたいの勇者たちからはサッと視線を逸らされるばかりである。親友の辺志切に至っては、肩に手をポンと乗せるだけだ。


 そのような中で。


「ん? そんなに見つめても私は人妻だぞ。能登殿の気持ちには応えてやれんな。フリーな女の子を狙うといい」


 やはり九十九は九十九であった。


 そして、能登が諦めかけていた時、思いもよらぬところから救いの手が差し伸べられた。


「アーちゃん、煽るのはやめよ。その者では殺されるのがオチだ」


 そう言ってクララが制止の声をかけると、いちじくはそのことよりも、クララから平然と“あーちゃん”呼びされたことに対してツッコミを入れてしまう。


「あ、あーちゃんって言うなぁぁぁぁ! ってゆーか、何でその呼び方を知ってるんですか!?」


「私は耳が良くてな、敷地内でマサノブとイチャイチャしていたのを聞いていたのだ。2人の時は“マーくん”と“アーちゃん”なのだろう?」


「~~~~っ!」


 クララからの返答で顔を真っ赤に染め上げたいちじくは、まさかあずまとのイチャイチャタイムが筒抜けになっていたとは知らずに、1人で悶絶してしまう。そして、相方のあずまに至っては、特段気にしている風でもなく平然としていた。


 これを機にいちじくが、“あーちゃん”呼びを公の場で認めてくれないかなと思っているのかもしれない。


 兎にも角にも、クララの発言によって難を逃れた能登は安堵の溜息をついたのだが、それとは別で“殺される”と判断された相手の実力に対し、戦慄したのだった。


 そのような中で、いちじくの様子を見たクララはもう暴走しないと判断したのか、矛先を紅の長に向ける。


「とりあえず……お主は何をしに来た?」


「……」


「答えよ。答えぬのなら殴るぞ」


 クララから“殴る”宣言された紅の長はビクッとその巨体を震わせると、ここへ来た理由を語り出した。


 その内容は集落に戻って来た舎弟から、同胞が人間に痛めつけられた上に隷属されて連れ去られたという報告を受けたというものだ。


 その報告を受けた紅の長は怒り狂い、すぐさま集落を飛び出すと、連れ去られた現場から同胞の匂いを辿っていくうちに、ここへ当たりをつけてやって来たということだった。


 だが、いざ現場に到着してみれば、その同胞は既に殺され解体されていたので、それをなした人間を殺そうと思っていたことを白状する。


「やれやれ……お主も弱肉強食の世界に生きておるのなら、同胞が殺されたことくらいで目くじらを立てるでない」


「ふざけるな! 仲間が殺されて黙ってられるか! 舎弟を見捨てるなんざ、俺様の股間にかかわる!」


「…………」


 滾るように熱く、自身の気持ちを口にした紅の長だったが、それを聞いていたクララは目が点となる。


 そして、それは他の者たちも同様であった。


「股間……?」


 誰とはなしに呟いた言葉によって、一同の視線は紅の長の股間に集中する。


 そして、辺りが静寂に包まれる中、クララは頭痛がしたのかこめかみを揉みながら口を開いた。


「馬鹿だ、馬鹿だと思うていたが、ここまでの馬鹿だとは……」


「何だと! 同胞を守ることの何が馬鹿なんだ!」


 自分の信念を馬鹿にされたと思っている紅の長だったが、クララが指摘したいのはそこではない。


「はぁぁ……お主の股間にかかわるのではなく、沽券にかかわるのだろ。股間を気にしてどうする……股間を……」


「…………え?」


 紅の長のあまりの馬鹿さ加減にほとほと呆れてしまうクララだが、紅の長は自分の口にした言葉が間違っているなど露ほども思っておらず、クララからの指摘に対して理解が追いつかない。


「……もうよい。仇討ちをしたいのなら、あそこのブラックドラゴンに乗っている者にせよ。あやつがお主の同族を隷属させた張本人だ」


「殺したやつはどうするんだ!」


「あやつがけしかけてこなければ、お主の同族も死ぬことはなかった。つまり、あやつが元凶だ。殺した者には手を出すな」


「納得いかねぇ!」


「そうは言うてもの……クキは主殿のお気に入りだぞ? 怪我までならまだしも殺してしまってはどうなるか、馬鹿なお主でもわかろう? 今度は殴り飛ばされるだけでは済まされんぞ」


「ぐっ……」


 クララからそう言われてしまった紅の長は、ケビンの姿が頭に浮かび、苦虫を噛み潰したような表情となる。そして、いかにケビンを表に出てこさせず、同族を殺した者をシメるか思考をフル回転させていく。


 それから考えに考えた紅の長は閃きを得ると、クララの発言からセーフティラインを導き出した。


「……怪我程度なら手を出してもいいんだな?」


「……ほう。そこに気づいたか……怪我程度なら魔法で治せるから、主殿もそこまで目くじらを立てることもなかろう。むしろ、戦わせるであろうな」


「わかった。あっちのヤツは怪我だけで済ませてやる」


 クララと紅の長によって話がトントン拍子に進んでいくと、当の本人である九鬼はたまったものじゃないと思い、2人の会話に割り込んでいく。


「ク、クララさん! 何で僕が戦うことになってるんですか!? そのドラゴン、明らかに格上ですよね!?」


「そうだの。ダンジョンのドラゴンとは比べ物にならないくらい強いぞ」


「無理っ、無理です! 死んじゃいます!」


「だから死なぬ程度にしろと、こやつに言っておる。そこは安心せよ」


「死なぬ程度って、安心できる要素がない!?」


 グダグダと全力回避を続ける九鬼に業を煮やしたのか、紅の長は九鬼に対して一喝した。


「男なら黙って戦え! 言いたいことがあるなら俺様みたいに拳で語れや!」


「なに、その熱苦しい理論!? ってゆーか、仮にあなたの拳に当たったら、その長く鋭い爪で僕の体が抉れるんですけど!?」


 何がなんでも戦いたくない九鬼だったが、九鬼の発言を聞いた紅の長は我が意を得たりと言わんばかりに人化する。


 そして、光に包まれていく紅の長の姿に呆然とする勇者たちだったが、光が収まって現れた者を見てしまい絶句してしまう。


 “喧嘩上等”


 相も変わらずのポージングで背中をこれでもかと見せつけ、そこにその文字が刻まれた赤い特攻服に身を包んだ紅の長が立っていたのだ。


 しかも、ただ特攻服を着ているだけではない。上半身は下に何も着ておらず、腹にはサラシを巻いている。その出で立ちは完全になりきった姿であり、威風堂々としていた。


 だが、次の瞬間には再起動を果たした勇者たちが一斉に騒ぎ始める。


「人間になったぁぁぁぁ??!!」

「ヤンキーだ、ガチのヤンキーがいる!?」

「ドラゴン、どこいったぁぁぁぁ!?」


 勇者たちが驚くのも無理はない。ドラゴンが人になったのだ。


 勇者たちは、いくらケビンがドラゴンに変身した姿を目にしたことがあるとはいえ、それは心のどこかで“ケビンだから”というもので無理やり納得させていた部分がある。


 だが、いま目の前に広がる光景はその逆バージョンだ。


 それはケビンがドラゴンになるのとは逆で、ドラゴンが見た目からしてバリバリのヤンキーになったのだ。驚くなという方が無理である。


 そのような勇者たちのリアクションとは別で、ブラックドラゴンの上にいる東西南北よもひろもまた、目を何度も擦っては、幻覚を見せられているのではないかと紅の長をまじまじと見つめていた。


 その東西南北よもひろはダーメが何か知らないか尋ねてみるも、ダーメもあのような存在を見るのは今回が初めてだと言う。


 こうして紅の長の登場により、勇者たち対東西南北よもひろという構図は、いつの間にか九鬼対紅の長というものに変わっていくのであった。

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