第617話 それぞれの戦い

「必殺……俺たちの肉パを邪魔するなシュート!」


 果敢にも攻め続ける小鳥遊のシュート攻撃は、ドラゴンにとってあまり効果的とは言えず、尻尾によって打ち返されるというのを繰り返していた。


 そして、小鳥遊に引き続き百足ももたりも自慢のシューズでドラゴンを蹴るも、ドラゴンは痛くないのか全く意に返さない。


「こいつ、硬すぎるぞ!」


 果敢に攻めているその2人の攻撃は打撃系であり、硬い鱗を持つブラウンドラゴンとは相性が悪いようである。


颯太そうた! お前の剣で何とかならないのか?!」


 小鳥遊班で唯一、ケビンから与えられた斬撃系の武器を所持している一二月一日しわすだに対し小鳥遊が問いかけるも、返ってきたのは芳しくない答えだった。


「無理だ! かすり傷程度にしかならない!」


 その一二月一日しわすだも手を休めることなく蛇腹剣を操っているが、ブラウンドラゴンの皮膚を貫くことはなく、擦り傷を量産していくだけに終わる。


「なあ、大輝」


「なんだ、士太郎」


「これって明らかに俺らが動かないといけないパターンじゃないか?」


「ドラゴン相手にサボるという作戦は失敗になるわけか……」


「だよなぁ……」


 相も変わらずサボることしか頭にない蘇我と卍山下まんざんかは、小鳥遊たちが活躍すればそれを隠れ蓑にして、適度な支援のみで楽をしようとしていた計画がおじゃんになったことを嘆いていた。


 そんな彼らの行動は既にお見通しな勅使河原てしがわらは、今回ばかりは楽をされては困ると思ったのか、2人に対して指示を飛ばす。


「蘇我君、卍山下まんざんか君! 楽をしたいのならさっさとドラゴンを倒してくださいまし! 早く倒せばその分だけ休める時間が増えますのよ!」


 その勅使河原てしがわらの言葉を聞いた蘇我と卍山下まんざんかがハッとする。


「おい、大輝!」


「ああ、士太郎!」


「作戦変更だ! こいつをさっさと倒したあとは肉パだ!」


勅使河原てしがわらの言質はとった!」


 目の前に餌をぶら下げられた彼らは気づいていない。勅使河原てしがわらが指したのは“ドラゴン”であって、ブラウンドラゴンではないことを。


 そんな彼らはサボれる要素があまりにも皆無だったため、ぶら下げられた餌のことをよく考えもせず、眼がくらんで食いついてしまったのだ。勅使河原てしがわらの話術によって、いいように使われてしまっているとは気づかずに。


 よって、彼らは勅使河原てしがわらの思惑通りに動くことになる。


「小鳥遊! 俺が前に出る!」


 それから蘇我が卍山下まんざんかにサポートを頼むと、剣を抜き放ち駆け出す。


 そのような2人の頭の中はドラゴンとどう戦うかよりも、ドラゴンを倒した後にどうくつろぐかでいっぱいになっているのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 小鳥遊班が悪戦苦闘している中、能登班はパーティーメンバーがバランスの良い構成のためか、危なげなく対処している。


 その能登班が相対しているのは、グリーンドラゴンである。


 このグリーンドラゴンは、東西南北よもひろが使役した記念すべき使い魔1号でもあるドラゴンであり、先程から地上で戦うのではなく、自分の有利となる空からの攻撃を繰り返していた。


 そして、空に飛ばれてしまっては対処する方法が魔法しかない能登班は、グリーンドラゴンからの攻撃を避けつつ、地上から魔法で応戦するというジリ貧な戦いに陥っている。


「高光! このままだとこっちの魔力が先に尽きるぞ!」


「わかってる!」


 辺志切の言葉に応答する能登の言葉は、何とか打開する方法がないか思考している最中のもので、ぶっきらぼうな返答になってしまっているが、付き合いの長い2人の関係がそれで崩れることはない。


 そのような中で均衡を崩したのは能登班のメンバーではなく、援護に回っているオクタ班だ。


『ファイアぁぁぁぁっ!』


 外部用スピーカーによって聞かされるその声は、トリガーハッピーになる前のいちじくその者の声である。


 それによりグリーンドラゴンは魔導砲の攻撃を避けるため、能登たちへの攻撃の手を休めることになり、その能登たちは援護射撃に安堵の表情を浮かべた。


 だが、魔導砲を撃ち放ったいちじくは、ただの援護だけに終わらない。


 そのいちじくは何を思ったのかハッチを開けて体をさらけ出すと、新たな武器を取り出した。


「避けてんじゃないわよ、トカゲの分際でっ!」


 そして撃ち出したのは【RPGーオタ改】である。


 当然これも単発仕様なので、グリーンドラゴンには簡単に避けられてしまう。


「きぃぃぃぃっ、悔しいぃぃぃぃ!」


 更に取り出したるは【オタ202改】。


「数打ちゃ当たるのよ!」


 そして発射される【オタ202改】の6連式ランチャー。


 それをグリーンドラゴンは宙返りでひらりと躱してみせると、若干馬鹿にしたような顔つきに見えているのは、いちじくの被害妄想なのかもしれないが、当の本人にはそんなの関係ない。


「…………もう怒った……」


 あまりにも当てられないいちじくがプッツンすると、初心に返るかのごとく愛すべき銃器を戦車から飛び降りて設置しだした。


「死にさらせや、このド腐れがぁぁぁぁ!」


 そして撃ち出したのは【オタ134改】のミニガンである。


 さすがにこの弾幕を避ける術を持ち合わせていなかったのか、グリーンドラゴンはとうとうその身に攻撃を受けてしまい墜落してしまった。


「キャハハハハ! 飛べないドラゴンなんて、ただのトカゲよ!」


 トリガーハッピーとなったいちじくの豹変ぶりを見る能登たちは、あからさまにドン引きしている。


 だが、現在進行形でドン引きしている能登に対し、いちじくからの指示が飛んできた。


「さあ、能登君! そのエクスカリバー(笑)でトドメを刺すのよ!」


 いちじくが来るまでは白熱した戦いを繰り広げていたと少なからず自負している能登は、敵ながらグリーンドラゴンに対して同情を禁じ得ない。


 たった1人の乱入によって血湧き肉躍る戦いから一変、あとはトドメを刺されるだけとなったのだ。


「何をしてるのよ! 早く『エクスカリバーぁぁぁぁ!』って叫びながらトドメを刺しなさい!」


 完全にハイテンションとなっているいちじくの指示に、能登は戸惑いながらも剣を振りかぶりグリーンドラゴンに肉薄する。


「エ……エクスカリバー……?」


 戸惑いながらも剣を振り下ろす能登は、完全に棒読みである。


 だが、たとえ棒読みなセリフと言えども、振り下ろしているのは紛れもなく殺傷能力のある武器だ。わけのわからないトドメの刺され方をしたグリーンドラゴンはそれだけで息絶えるのだが、監督?はご立腹な様子。


「違うでしょ! 『エクスカリバーぁぁぁぁ!』よ! やり直し!」


「え……えぇぇ……」


 それから幾度となくダメだしをされる能登は、最終的にはやぶれかぶれのやけっぱちとなり、監督?から合格をもらえるほどに至る。


「エクス……カリバーぁぁぁぁ!!」


「カットぉぉぉぉ! やればできるじゃない! 『エクス』のあとでタメを作ったのがなおいいわ! 最高のアドリブよ!」


 いったい何を見せられているというのか、能登班の他メンバーは完全に呆れ顔でその様子を眺めていた。


 そして、とぼとぼと肩を落として戻ってくる能登に対し、辺志切はポンと肩に手を置いて、能登の頑張りを労うのだった。


「オクタ班に捕まったら最後。犬に噛まれたと思って忘れろ……」


孝高よしたか……エクスカリバーいらないか?」


「俺はケビンさんからもらった、この【辺志切長谷部】があるからな。遠慮しておく」


「僕も刀が良かったよ……いっそのこと、この剣……売ってしまおうか……」


 フィリア教団から借りパクしている剣のせいで散々な目にあっている能登は、エクスカリバーではないがそれなりに高価な代物である国宝クラスの剣を、武器屋に売ってしまおうかと本気で悩んでいたのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 小鳥遊班、能登班がドラゴンとの戦いで苦戦を強いられていた中で、全く苦戦の“く”の字もしないグループがいる。


「フハハハハ! 我がミートソーススパゲティの前に敵はなし!」


 声高に笑いながらブルードラゴンを叩きのめしているのは、何を隠そう九十九である。


 本来は加藤三姉妹との連携を図りながら相対するはずが、いざ始まってみれば九十九の独壇場となったのだ。


 それもそのはず。


 九十九はケビン特製の規格外ダンジョンの常連なのだ。ダンジョン内の限られた空間で出るミニチュアサイズのすばしっこいドラゴンとは違い、はばかることのない外で、更には的が大きくなっているドラゴンが相手となると、九十九にしてみれば楽勝と言うほかない。


 そして、その様子を眺めている加藤三姉妹は、完全に観客と化している。


「おねぇ、これってチーム組んだ意味がないよね?」

もも無双……」


「健兄の創ったダンジョンの常連だからね……油断しない限り負けることがないよね……」


 そのような感想をこぼしている間にも、九十九はブルードラゴンを倒してしまい、次なる獲物に向かって嬉々として勝負を挑みに行った。


「次はお前だ! イエロードラゴン!」


「グルアアァァァァ――!」


 観客となっている加藤三姉妹が追いつく暇もなく、イエロードラゴンとの戦闘を始めてしまった九十九。だが、戦闘に入る前に九十九はとある質問を投げかける。


「ひとつ尋ねるが……お前はカレー好きなのか?」


 今まさに戦おうとしていた相手から声をかけられたことにより、元々知能の高いドラゴン種であるため、イエロードラゴンは応答してしまう。


「グガ……?」


 だが、九十九の言っている言葉の内容がわからないので、その行動は首を傾げるに終わる。


「いやな、これだけ各色揃うとなると、お前たちは戦隊モノのドラゴンではないかという気になってな。ドラゴン戦隊ドランジャーとかやっていそうな感じだ」


「グル?」


 ますます意味がわからないことを言われてしまったので、イエロードラゴンは今度は反対側に首を傾げてしまった。


「赤、青、黄、緑に茶。挙句には黒までいるだろう?」


「ガル」


「私としてはピンクがいて欲しいものだが、いないのか?」


「グゥゥ……」


「そうか……いないのか。いやな、私の名がももだからな、“もも”に因んで桃色のピンクがいて欲しかったのだ」


「ガァァ……」


「そうだな。いないものを嘆いても仕方がない。ならば……私がピンクになろう。いわゆるひとつの“ももレンジャー”だな!」


「グルァ!?」


「ということで、お前はカレー好きか?」


「グア!」


「なに!? カレーを知らないだと!! 黄色と言えばカレー好きが定番だろ! お前は黄ドランジャー失格だ! 成敗してくれる!」


「グルアァァァ!」


 その光景を後方から見ていた三姉妹。いったい何を見せられているのか理解不能だった。


ももさん……ドラゴンと会話できたの……?」

「そんなスキルを手に入れたとか聞いてないけど……」

「アンタッチャブル……」


 実際のところ九十九はドラゴンと会話などできるわけもなく、ただその場の雰囲気だけで勝手に話を進めていたにすぎない。九十九としては何となくドラゴンの反応から、そう思っているだろうという推測だけで話を進めていたのだ。


 そして、何となくの一方的な話しかけが、上手くドラゴンのリアクションと噛み合ってしまい、奇跡の会話を演出してしまったのだ。傍から見れば、誰がどう見ても会話をしているとしか見えないくらいには。


 それから九十九は一方的な物言い通りに、イエロードラゴンとの戦闘を始めることになるのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 九十九が一人無双をしている中で、別のところでもまた無双しているメンバーがいた。


 その者たちは九鬼たちである。


 九鬼に無敵や十前ここのつは、九十九と同様に規格外ダンジョンの常連であるため、今更レッドドラゴンごときでは相手にならないのだ。


 ドラゴン戦を遊んでいる九十九とは違い、ドラゴン肉を食べたいという執念でさっさと殺してしまうと、九鬼たちはさっそくその場で解体作業に取りかかっている。


「おい、泰次やすつぐ。これって鱗を一枚一枚取るのって面倒じゃないか? この際、魔法で切り刻まないか?」


「この鱗一枚でも金になるんだぞ! 捨てるところがない魚みたく、捨てるところがないのがドラゴンだ。切り刻むなんてもってのほかだ!」


 地球においてお金を稼ぐということの大変さを身に染みるほど知っている九鬼は、無敵の提案に対して貧乏性なところが出てしまい、楽をしようとする無敵の提案を即座に却下した。


「虎雄もだりぃと思うよな?」


 そして、無敵は九鬼が聞く耳を持たないので、援護射撃をしてもらうため十前ここのつにそう問いかけるが、意外と現実主義な十前ここのつは九鬼の味方になってしまう。


「金はどれだけあっても困るものではないだろ。腐るわけでも手持ちで持ち続けるわけでもなく、ギルドカードに貯めておくことができるしな」


「ちっ……虎雄は泰次やすつぐ派か……」


「わかったなら、さっさと鱗を剥ぐぞ。急がないと鮮度が落ちていく」


「ってゆーか、俺ら3人だけじゃ無理だろ」


「確かにな……」


 現実的な意見を出した無敵に十前ここのつが同意を示すと、九鬼は少しばかり思考にふけり、ダメ元で助っ人を呼ぶことにした。


「プリシラさーん!」


 九鬼がくつろいでいるケビンの嫁たちの方を向きプリシラを呼ぶと、九鬼の向いている方ではなく、背後から声をかけられる。


「何でしょうか?」


「うわっ!?」


 ビクッと体を震わせてしまった九鬼の姿に無敵は笑っているが、無敵に文句を言うよりも先に九鬼は優先すべきことを実行する。


「情けない話なんですが、ドラゴンの解体を手伝ってもらえないかと……3人だけだと時間がかかってしまいますので」


「解体ですか……」


「もちろん、ドラゴン肉の好きな部位をプリシラさんたちにお譲りします! 1番美味しいところを持っていって構わないので、手伝ってもらえないでしょうか?」


「そうですねぇ……メイド隊集合!」


 そう言ったプリシラの掛け声によって、シュバババっと効果音が鳴りそうな勢いでメイド隊がこの場に駆けつけた。


「クキ殿が解体を手伝って欲しいそうです。貴女たちはどうしますか?」


 そのプリシラからの問いかけに対し、ニコルから順に答えていく。


「自分たちで狩った獲物なら、自分たちで解体すべきだろ。なあ、ライラ?」


「そうですねぇ……解体作業も訓練のうちだとケビン様なら言いそうですが、勇者たちのサポートをするように仰せつかっていますし、特に問題ないと思うけど……ララはどう思う?」


「助力を請われたのなら、サポートのうちに入るんじゃないかな? ルルは?」


「ああ、尊きあの御方「あ、うん。聞いた私が馬鹿だった」……ちょ、お姉ちゃん!?」


 相変わらずなルル節が炸裂する前に阻止したララによって、ひと通りの意見が出終わると、静聴していたプリシラが各意見を吟味した上で結果を口にした。


「賛成2、反対1、意味不明1「意味不明って酷くない!?」……こほん、当然私は賛成派なので賛成3になります。よって、ドラゴンの解体作業をこれから行いますよ」


 さも当然と言わんばかりにご奉仕大好きプリシラさんが賛成派に回ると、それを聞いたニコルがすかさず意見を述べる。


「甘やかし過ぎじゃないか?」


「それならニコルは手伝わなくていいです。ケビン様にニコルが勇者からの助力要請を拒否したと伝えますので」


「なっ!? それとこれとは違うだろ!」


「違うなら違うで構いません。ニコルはどうぞお戻りください。ライラ、ララ、ルル、手早く解体を終わらせますよ」


「「「了解!」」」


 プリシラの指示によりテキパキと動き出した3人を見たニコルは、唸り始めると負けたと言わんばかりに声を出した。


「くっ……やればいいんだろ、やれば。おい、クキ! ケビン様のお気に入りだからってサボるなよ! 私より解体作業が遅かったら、肉はナシだからな!」


 ニコルからの完全な八つ当たりに対し、九鬼は手伝ってもらう以上文句を言うわけにもいかず代わりに元気よく返事をすると、すぐさま解体作業を再開させた。


 そして、九鬼の機転により助っ人を得た解体作業はスムーズに進行していき、当然のことながら3人でやるよりも早く終わらせることができたのであった。

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