第616話 貴方は誰ですか?
「っざけんなよ! 俺様を無視してんじゃねぇ!」
騎龍から飛び降りた
「楽しい昼食が台無しね」
拙いながらも頑張っていた【お肉食べ隊】の給仕にご満悦だったマリアンヌがそう呟くと、他の嫁たちも同意見なのか頷き返す仕草が見受けられた。
そのような中で勇者たちはどうするのかを伺うように、あちらこちらに視線を泳がせながらお互いに目を合わせ、『お前が対応しろよ』という無言の圧力を掛け合っていた。
「久しいな、
その勇者たちの空気を読んでか読まずか、九十九が
「久しぶりだな、生徒会長。もうすぐ2年振りくらいにはなるんじゃないか?」
「ふむ、2年か……月日が経つというのは早いものだな。この世界に来て3年が経ったということか……」
感慨深げに九十九が思考を巡らせていたら、他の勇者たちも改めて月日の流れを再認識してしまい、思い思いの表情を浮かべていた。
だが、
「そんなことはどうでもいい。とりあえず女たちは俺のものになれ。男たちは雑用係として奴隷にしてやるから、ありがたく思えよ?」
あからさまな上から目線で
そのような中で我関せずの一部の男子たちはさておき、
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソザコが!」
相も変わらずヤンキー路線を走っている
「教室の隅で存在感0の奴がイキってんじゃねぇぞ!」
この時ばかりは
そして、段々と
「黙れよ、下っ端が。馬鹿が
その言葉に対して一気に沸点まで達した
「なっ!?」
そして、拳を掴まれて驚く
「お返しだ、ザコ」
自分の拳をいとも簡単に止められていたことに面食らっていた
その一連の流れに勇者たちは言葉を失う。
たとえ後衛職の
「おい、お前が猪特攻を見逃していたせいで馬鹿がやられてんぞ?」
「はあ? あいつは自分の意思で喧嘩を売りに行ったんだ。俺がそこまで面倒を見るわけないだろ」
「ふむ……
九十九の問いかけに対して、これからどうするかを考え込んでいた
「確か……【覇王】だったはずですわ」
「【覇王】か……世が世なら……というか、魔大陸はまさにその世になっているのか。であるならば、正しく乱世の奸勇と言ったところだな」
「乱世の奸勇は過大評価ではなくて?」
「……確かに、あまり賢そうには見えないな。では、乱世の蛮勇にでもしておくか」
ドラゴンを前にして、特に慌てるでもなく淡々と会話をしている九十九たちを目にする
「抑えろ、アオ」
今にも無策で暴れだしそうな
「おい、オタクども。そこにあるのは戦車だろ? まさか異世界で近代兵器を作り出すとはな。お前らは俺様の筆頭奴隷にしてやるから喜べ」
尊大にそう言う
「“アオ”というのは偽名でありますか?」
「異世界あるあるでごわすな」
「いや、拙僧の記憶が確かなら、確か
「青色の青でござるか?」
オタたちがそのような議論を交わしていると、
「それは違いますわ。
そう答える
「「「「東西南北中央不敗!!!?」」」」
「キタコレ!!」
「実在したでごわす!」
「しかし、不敗かどうかは怪しいですぞ!」
「まだマスター・ア〇アの域に達していないでござる!」
そこですかさず参加するのは、
「ということは、スーパー・ア〇アは夢のまた夢ね!」
「そもそも東方から逃げ出したでありますから、東方不敗も妥当とは言えませんな」
「魔大陸においては不敗だったでごわすか?」
「西方不敗……!?」
「新たな二つ名の開拓でござる!」
「それじゃあ、マスター・マタイリクにしましょ!」
「いやいや、
「そうなると……意外と中途半端でごわすな……」
「何だか拍子抜けですぞ」
「名前負けもいいところでござるな」
「私のテンションを返して欲しいわ」
「「「「「はぁぁ……」」」」」
散々
そのようなオタたちの暴走に対して、
「貴様らぁ……筆頭奴隷はナシだ! 最下級奴隷にして使い潰してやる! 女どもは全員嫌というほどヤリ尽くしてやるぞ!」
「それは無理だな。私は既に人妻の身だ。この中でフリーなのは麗羅殿を筆頭に、雪菜殿、
「そんなの関係あるか! お前らは俺の性奴隷が確定してんだよ!」
そう言う
「アオ、アリスだけは手出しさせんぞ。あれは俺のものだ」
いきなり身内からそのように言われた
「アリスって誰だよ? お前の獲物は魔大陸にいるはずだろ」
「アリスは桃色の髪をした女だ」
「2人いるぞ?」
「若い方に決まってるだろ。枯れた年増に用はない」
そう言い放ったダーメの言葉によって、マリアンヌはこめかみがピクピクと反応し、腰にぶら下げている短剣に手が伸びる。そして、今にも席を立って粛清に走ろうとしていたが、隣に座るアリスによって止められるのだった。
「お母様、落ち着いてください」
「アリス? 私を止めるというの?」
「所詮は見ず知らずの者が発した言葉です。私たちにとって最も大事なのはケビン様のお言葉だけでは?」
「……」
さすがにマリアンヌもケビンの名前を出されては考え直すしかないようで、枯れた年増扱いしたダーメを殺す気持ちとケビンの存在が天秤にかけられ、あっけなくケビンの方に傾いてしまった。
「あとでケビンに慰めてもらおうかしら」
「ケビン様なら喜んで慰めてくれますよ」
ダーメの一言によって暴走寸前だったマリアンヌが落ち着きを取り戻すと、マリアンヌのことなど意に介さないダーメが口を開く。
「まさかこんな所にアリスがいるとは僥倖だ。アリス、こっちへ来い。俺の隣こそがお前が立つに相応しい場所だ」
馴れ馴れしくもそう言うダーメだったが、アリスは首を傾げてしまう。
「相応しいも何も、貴方は誰ですか?」
「……」
アリスの返答に固まってしまったダーメを見た一部の勇者たちは、プッと吹き出してしまい失笑し始めると、九十九や
「これはアレだな。プークスクスというやつだな」
「告白するにしても、あの言葉はありませんわ」
「王輝君みたいな口ぶりだったね」
「ああ、『【帝王】たるこの俺の隣こそ、お前にとって相応しい場所だ』とか何とか言いそうだな」
「今では【清掃員】ですけれど」
「今日もゴミ拾いしてるのかな?」
そのような中で
「あの反応からして初対面なのか?」
「……そんなわけがあるか! ゴマカンバーナ。この名を忘れたとは言わせないぞ、アリス!」
そう叫ぶダーメだが、アリスはこてっと首を傾げてしまう。
「その方は誰ですか?」
「――ッ!」
「ハハハハハ! 先程から聞いておれば……おぬし、アリスの記憶にも残らぬ小物のようだな」
遠慮なく笑いだしたクララがそのように言うと、ふと思い出したのかアリスではなくてシーラが手をポンと叩いた。
「思い出したわ! その名前の男は公衆の面前でアリスに告白して、こっぴどくフラれた男の名よ!」
「え……そのような方などいましたか?」
それでも思い出せないアリスに対して、シーラは当時のことを語り出した。
「アリスがまだ学院生だった頃に、ケビンに決闘を申し込んだ馬鹿な子がいたでしょ?」
「ケビン様に決闘……? あ、ああっ! ケビン様が指輪をくださった素晴らしき記念の日ですね?!」
「そう、それよ!」
「そういえば、そのような愚か者がいましたね。ケビン様との思い出以外はどうでもいいことだったので、すっかりと忘れていました」
「その時の馬鹿がゴマカンバーナって名前だったのよ」
シーラとアリスの会話によって当時のことを思い出したのか、マリアンヌはここぞとばかりに、枯れた年増扱いを受けた仕返しをするのだった。
「確かに、当時そのような馬鹿なことを仕出かした伯爵家の子息がいたわね。王家の決めた婚約を邪魔するだなんて、身の程知らずもいいところよ。しかも、ケビンのお情けで命を繋げたというのに、恩を仇で返すとはこのことね」
「まったく不愉快です」
「不敬も
「馬鹿だから伯爵家当主が放逐したのかしら?」
3人によって散々に言われてしまったゴマカンバーナことダーメは、先程の
「ふむ……つまり、アリス殿にこっぴどくフラれてから、名前を変えたということか。名前を変えたところで誠実さからはかけ離れているから、またもやフラれたみたいだな。1人の女性に執着するなど、さてはストーカー気質だな?」
九十九によるストーカー発言により、勇者たちは言葉の意味を知っているからか嫌悪感を露わにした。
だが、当のダーメはストーカーの意味を知らないが、前の文から貶されていることは理解できていたので、怒りがふつふつと沸き起こってくるのだった。
「アオ、あの女はお前が使い終わったあと、俺にも貸せ。身の程ってやつを体に叩き込んでやる」
「それはいいけど、潰すなよ? 飽きるまで使い続ける予定なんだからな」
「わかってる。俺の狙いはあくまでもアリスだ」
「それじゃあ、もう始めてもいいよな?」
「ああ」
ダーメに確認をとった
そして、
「行け! ドラゴンども。男以外にはブレスを使うなよ!」
「能登班、小鳥遊班、九十九・姉妹班で1匹ずつ対処! オクタチームは戦車に乗り込んで仲間の援護ですわ!
だが、指示を飛ばされていない九鬼は食事処に取り残され、首を傾げながら同じく取り残されている無敵に問いかけていた。
「俺らはどうなるんだ?」
「好きに動けってことだろ」
「
「確か……ドラゴンの素材って高値で売れたよな?」
現実的な九鬼は貯金を増やそうとしてかそのように言うが、無敵の着眼点は別のところにあるようだ。
「肉が美味いらしいぞ」
「ちょうど肉パをしているから、食ってみたいな」
無敵に続き
「ドラゴン肉……」
こうして3人の意思統一がなされると、その目は強敵との戦闘と言うよりも、むしろ食材を手に入れるという確固たる決意にみなぎっており、頭の中は既に戦闘後の肉パでいっぱいになっていた。
そして、勇者たちが各々の戦いを始めていく中で観戦者となるケビンの嫁たちは、プリシラが持っていた簡易結界装置の魔導具で巻き添え回避を確保すると、今後どうするのかを話し合っていく。
「それにしても、この豚しゃぶサラダは美味しいわね」
だが、マリアンヌは【お肉食べ隊】が用意した料理がお気に召しているのか、ドラゴンの対処よりも食事を再開させていた。
「お母様、今はお食事よりもドラゴンをどうするか話し合いませんか?」
アリスがそのように言うと、マリアンヌは一旦食事の手を休めてからそれに返答する。
「どうするもこうするもクララとアブリルがいる時点で、こちらの勝ちは確定しているでしょう? それにプリシラもいるのだし、アリスもドラゴンくらい簡単に倒せるんじゃないの?」
「私が過去にドラゴンを倒せたのは、ひとえにケビン様のサポートがあったからです。限られた空間という結界の中で、邪魔の入らない状態で戦いましたし、ケビン様のくださった武器も使っておりましたから」
「それじゃあ、あの状態での戦闘となると勝てるかどうかは不明なわけね?」
「やったことがないのでわかりません」
アリスからの答えを聞いたことによりマリアンヌは思案顔になると、プリシラにも確認をとることにした。
「プリシラ?」
「はい」
「あの状態での戦闘でドラゴンを倒せるかしら?」
「ケビン様のお創りになられた武器を使って良いのであれば、十中八九勝てるでしょう。他のメイドにしても同様であります」
アリスに続きプリシラの回答も聞いたマリアンヌは、1つの結論に達した。
「結局のところ、ケビン作の武器が肝なのね」
「ケビン様のお創りになられた武器は、ケビン様と同じく規格外なものなので戦術の幅が格段に広がるのです」
「それなら……武器を使ってもいいかどうかケビンに聞いてみようかしら」
兎にも角にもプリシラやアリスを戦わせるにはケビン印の武器が必要だということで、マリアンヌはケビンに使用許可を取ろうと試みるが、その前にクララから一言告げられるのだった。
「何かあれば私かアブリルが出ればよかろう?」
「……それもそうね。当初の予定通り、クララとアブリルに任せるわ」
こうして、結局のところドラゴンへの対応はドラゴンであるクララとアブリルに任せるということに話は落ち着き、後顧の憂いがなくなったところで、勇者たちの戦いを肴に食事を再開する面々であった。
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