第615話 お前よりもお肉優先

 その後オークとの戦闘が終わりを迎えると、戦車から出てきた九十九の号令によって少し早いがお昼ご飯の時間となる。


「プリシラ殿!」


「ここに」


 九十九はいつもケビンの背後に現れるプリシラの先を読み、振り返りながら名前を呼んだのだが、プリシラは更にその先を読んで振り返った九十九の背後から声をかけていた。


「くっ……負けた……」


 いったい何の勝負をしているのかと思えてくる光景だが、プリシラの口元は僅かにニヤけている。


「それはそうと、鉄板などは持っていないか?」


「ありますよ」


「ちなみにお鍋は?」


「当然のことながら」


「さすがメイドの中のメイド! 最高だぞ、プリシラ殿!」


「メイド冥利に尽きるお褒めのお言葉をいただき、ありがとうございます」


「だが、これはさすがにあるまい。抹茶はどうだ?」


「淹れたてをご用意しています」


「なっ!? まさか、ミートソーススパゲティは!?」


「数に限りがございますが、ケビン様がお作りしたものを取り置きしております」


「愛してるプリシラ殿! 私の第1夫人になってくれ!」


「ケビン様からのお許しが出れば」


 いったい何を見せられているのだろうかと勇者たちは思うが、そもそも女性である九十九の第1夫人とはいったい何なんだと疑問が後を絶たない。


 だが、そのような勇者たちの中でも、黙って成り行きを見ていた勅使河原てしがわらは別のことを考えていた。


(九十九さんを御せるミートソーススパゲティ!? まさか付き添いのプリシラさんが持っていたなんて……!!)


 表面には出さないものの、驚いている勅使河原てしがわらのその胸中を察してか、横にいた弥勒院みろくいんが声をかける。


「多分、あれはケビンくんが持たせたものだよ。いざとなったらって時の秘密兵器だから、そう簡単には出してくれないと思う」


「数に限りがあるからですの?」


「恐らく何食分か残して渡すと思うよ。だから、目に余ることじゃない限り、麗羅ちゃんの使う道具としては出してくれないよ」


「くっ……私もケビンさんに貰っておけばよかった……」


 九十九を別行動させるための安全装置を予め用意していたケビンの采配に対し、勅使河原てしがわらはそこまで読み切れなかった自身の能力のなさに軽く後悔が押し寄せた。


 何はともあれ九十九とプリシラのやり取りは終わり、【お肉食べ隊】が率先して動き回り、お昼ご飯の準備が開始される。


「おい、手空きは枯れ木を集めてくれ!」


「土魔法が使えるやつは竈っぽい囲いを作ってくれ」


 そのような中で、プリシラに近づく男子が1人。その者は解体用ナイフで食肉用に切り分けようとして、四苦八苦していた辺志切だ。


「プリシラさん、包丁やまな板とかってありますか?」


「ありますよ」


「貸してください! 使ったあとは綺麗に洗って返しますので!」


「ええ、どうぞ」


「ありがとうございます!」


「よっしゃ、これで細かく肉が切れる!」


 万能メイドのプリシラから包丁とまな板をゲットした辺志切に、腹を空かせている月出里すだちが駆け寄った。


「ステーキだ、分厚いステーキ用肉に切ってくれ!」


「それだと中までしっかりと焼けないだろ! オーク肉と豚肉が一緒とは思えないけど、食中毒にならないためにも安全策を取るに越したことはない」


「くそっ……分厚い肉が食いてぇのに」


 異世界で食中毒になんてなりたくないのか、月出里すだちはすんなりと引き下がる。それでもなお引き下がらなかったら、千喜良が仮にこの場にいれば「馬鹿猿」呼ばわりされていただろうが。


 そして、別のところでは六月一日うりはりが枯れ木を集めながら、ないものねだりをしていた。


「牛肉が食いてぇー」


 それに応えたのは、一緒に集めていた一二月一日しわすだである。


「それっぽいやつはいるらしいぞ」


「マジか!?」


「バカ牛って言われてる魔物がいるみたいだ」


「バカ牛?」


 言葉の通りに受け取った六月一日うりはりは頭の中でバカな牛を想像してみるが、想像できたのは闘牛士にあしらわれている闘牛だった。


 そのような想像をしている六月一日うりはりに、話し相手となっている一二月一日しわすだがその魔物についての説明を始める。


「グレートブルっていう魔物らしいぞ。たとえ相手が自分よりも強い格上であろうと、目につき次第突進して突っ込むんだと。それで、たまに格上相手に勝つらしい」


「バカだな……」


「バカだよな」


 六月一日うりはり一二月一日しわすだは格上相手ということで、手っ取り早く近くにいる存在としてケビンを想像していた。


 そのケビン相手に自分たちが突っ込んでいく様を想像してみると、示し合わせたかのようにしてかぶりを振る。


「「ないな……」」


「ドッカンだよな?」

「ドッカンだな」


 奇しくも2人はケビンに突っ込んだところで、近づく前に魔法でドッカンされる想像の結果に行きついたみたいだ。


 そのような中でもお昼ご飯の準備は着々と進んでいき、あとは食事を開始するだけとなる。


 そこまできて【お肉食べ隊】の男子たちは、ケビンが同行させてくれた皇后たちへみんなよりも先に料理を振舞う。


「こちらが各部位の焼肉盛り合わせです」

「こちらはしゃぶしゃぶサラダです」

「これは皇后様たちでも上品に食べられるように、一口大にしたサイコロトンテキです」


 その男子たちの言葉とともに、マリアンヌたちが座っていたテーブル席には、次々と料理が置かれていく。


「あら、野菜を盛り付けたり食べやすくしてくれたなんて、男にしてはやるじゃない。奥さんがいると気が利くようになるのかしら?」


「お母様が褒めるなんて珍しいですね」


「ケビンの足元くらいには見直してやってもいいわ!」


「主殿の作る料理にはまだまだ及ばぬがな」


「長、そこは頑張った彼らを素直に褒めるべきでしょう」


 マリアンヌやアリス、シーラに次いでクララやアブリルがそれぞれの感想を口にしていくと、男子たちは次のお相手に声をかけた。


「プリシラさんたちもテーブルについてください。不安に思われるかもしれませんが、拙いながらも給仕は僕たちがしますので」


 そう言われてしまったプリシラは、この場で1番序列の高いマリアンヌに視線を向ける。


「プリシラたちもお言葉に甘えなさい。彼らが頑張って給仕をすると言っているのだから。公式の場でもないのだし、私たちのことは気にしなくてもいいわ。ましてや冒険者みたく外で食べる食事なのよ?」


「かしこまりました」


 それからプリシラはニコルにテーブルとイスを出すように言うと、ニコルの出したテーブル席にメイド隊で着席し、男子たちの給仕を受けた。


「シュート殿、今回の働きは見直しましたよ」


 プリシラから褒められた小鳥遊は嬉しいこともあるのだが、若干苦笑いでそれに応えた。


「ありがとうございます。あと、できれば僕の名前は“シュウト”と覚えていただければ」


「シュートでしょう?」


 そこでツッコミを入れたのは、プリシラを恐れもしないニコルである。


「馬鹿だな、プリシラは。シュウトはシュウトであって、シュートじゃない。万能メイドの看板は今日限りで下ろしてもらう!」


「貴女は黙りなさい。このポンコツメイド」


「なっ!? よりにもよってポンコツだと!」


「ポンコツ以外の何だと言うのです。旅の準備を完璧にしたと言い放っておきながら、貴女がポーチに入れていたのは自分の荷物だけじゃないですか」


「旅に出るんだから当たり前だろ!」


「上位者に付き従うメイドたるもの、その方たちへ快適な生活環境を提供するのが基本です。自分の荷物しか持たない貴女は、どこぞで一人旅でもしてなさい」


「くっ……」


「テーブルセットだって、私が貴女に持たせた物でしょう? 何の役にも立たないポンコツメイドに、せめてもの情けで与えたのを忘れたのかしら?」


「んぐぐっ……」


 ニコルは珍しく間違いがわからないプリシラを攻撃したつもりが、見事なカウンターで痛恨のミスを指摘され、睨みつけるというなけなしの攻撃手段に切り替えるが、プリシラからしてみれば何処吹く風である。


「まあまあ、2人とも。シュウトさんが困っていますから、じゃれ合いもそのくらいで」


「じゃれ合ってません!」

「じゃれ合ってない!」


「息ピッタリじゃないですか。喧嘩するほど仲がいいってケビン様も仰ってましたよ?」


「「くっ……」」


 先程まで言い合っていたプリシラとニコルは、ケビンの威を借るライラから宥められたことにより、この場は仕方なく矛を収めることになる。


「ああっ……この場にはいらっしゃらないのに、尊名だけでそのご威光を示されるなんて……ケビン様、なんて尊い!」


「ルル……ケビン様がいなくても持病は発症するのね……」


「なに言ってるのお姉ちゃん! いないからこそ、ケビン様の尊さを世に示さなければ! お姉ちゃんもセラフなんだから頑張ってよ!」


「だから、セラフって何っ!?」


 相変わらずなルルの持病にララも呆れ返ってしまうが、呆れるだけでルルの持病が治るのならケビンだって苦労はしない。


 そして、【お肉食べ隊】の男子たちが交代で給仕を行っていく中、他の勇者たちも肉パを思いのほか楽しんでいるようで、和気あいあいとした雰囲気の中で食事が進んでいく。


 だが、そのような和やかな雰囲気を壊す、空気を読まない者がこの場に現れる。


 それにいち早く気づいたのは、上品に盛り付けられた肉よりもガッツリと肉らしさを見せつけるステーキを食べるために、その焼き場へ向かったクララだ。


「邪魔者が来るぞ」


 クララのその一言によりアブリルも敵の接近に気づき、マリアンヌたちに注意を促す。


 だが、索敵範囲の狭い勇者たちは、いったい邪魔者とは何なのだろうかと首を傾げてしまう。


「食事の匂いに釣られて、またオークでも来るの?」


 トコトコとクララに近寄り確認を取る弥勒院みろくいんだったが、クララから返ってきたのは肯定ではなかった。


「オークなんぞ食事としか見ていない奴らだ」


「私たちと同じ?」


「くくっ……現状で言えばそうであろうな」


 そう言うクララが空へ視線を向けると、未だ気配すら探知できていない勇者たちも食事の手が止まり、クララが空を見ているので空から何か来るのだろうかと予想を始める。


「お、おい……まさか空を飛んでいる魔物なのか?」

「ということは鳥系の魔物……鶏肉もどき?」

「マジか!? 豚肉もどきに続いて鶏肉もどきまで食えるのか!?」

「牛肉もどきはまだか!?」


 だが、その会話の内容は食事中ということも相まってか、緊張感の欠片もないものとなっていた。


 しかし、次第に空の彼方に見える物体の姿が段々と大きくなっていくと、勇者たちの不安も段々と大きくなっていく。


「いやいやいやいや……」

「嘘だろ……誰か嘘だと言ってくれ……」


 そのような不安の声が上がる中で、オタたちは不安になることもなく、肉を食べるためにナイフとフォークで一口サイズに切り分けながら口に運んでいた。


 だがしかし、美味しくお肉を堪能しているオタたちだが、ソウルに刻まれた存在価値を示すかのようにして、片時もオタクであることを忘れない。


「神は言っている。ここで死ぬ定めではないと」


「この状況で言ってのけるあずま氏!」


「そこにシビれる! 憧れるぅぅぅぅ!」


「そんな銀食器で大丈夫でござるか?」


「「「大丈夫だ。問題ない!」」」


 そこですかさずスパーンと、ハリセンで頭を叩かれるオタたち4人。


 当然のことながら叩いたのはいちじくだ。


「オタる前に迎撃準備! 戦車に乗り込むわよ!!」


「小生、まだ食事中なのですが、何か?」


「肉を食べてる場合じゃないでしょ! 私たちが肉として食べられるわよ!?」


「ふむ……訂正を1点ほどよろしいでありますか?」


「何よっ! 時間がないから早く言いなさい!」


「では……ケビン氏の奥様方が気にせず食事を食べているということは、今は肉を食べてる場合なのであります。以上のことをもちまして、小生は肉を食べ続けるのであります」


 そう訂正するあずまの言葉を聞いたいちじくは、ふと話題に上がったマリアンヌたちの方へ視線を向ける。


 すると、その視線の先ではあずまの言う通り、なんてことのないように食事を続けているマリアンヌたちがいた。


「あれ……あれれ?? 間違ってるのは私……?」


 奇しくもいちじくはありえない光景を目にしてしまい、あずまが言うように、肉を食べ続けるのが正しい行動なのかと混乱してしまう。


 更に、いちじくだけに限らずどう対処するのか号令待ちをしながら、不安そうにキョロキョロとしていた他の勇者たちも、慌てるまでもなくのんびりと食事を続けているマリアンヌたちに唖然とする。


 迫り来るありえない光景の対処方法が、ありえない光景となる食事風景だったことから、勇者たちは混乱しながらもそれに倣うかのようにして肉を食べ続けた。


 そうしていないと、迫り来る非現実的な光景を前にして、平静を保つことができないのだ。


 そしてほどなくして、迫り来るありえない光景の発端である者が、食事をしている勇者たちの近くに降り立った。


 だが、その者すらありえない光景を前にしては、言葉を失うほかない。


 なぜなら、その者が予想していたのは戦々恐々とする勇者たちの姿である。だが、実際はそうならず目の前に広がっているのは、お肉を美味しそうに食べる勇者たちの姿だったからだ。


「……おい、ダーメ。これはどういうことだ?」


「何がだ?」


 そう。この場にやってきたのは、道中で複数のドラゴンを従えてやってきた東西南北よもひろだった。


 その東西南北よもひろは、目の前のありえない光景を受け入れ難いのか、一緒に来た相方であるダーメに問いかけた。


「何がも何も、こいつらは俺様のドラゴン部隊を見ても、気にするどころか肉を食ってるぞ?」


 そう言われている勇者たちは、実は気にしていないのではなくてドラゴンを視界に入れず、ただ目の前の肉に食らいつくことにより現実逃避を実行中なだけである。


 だが、一部の勇者たちは、本当にドラゴンなど気にせず肉パを楽しんでいるが。


「確かにおかしな光景だな」


「見失ってからやっと見つけたってのに、どうなってんだよ!?」


 勇者たちのリアクションに納得がいかない東西南北よもひろが言うように、彼らは勇者たちを見失っていたのだ。それもひとえに、ダーメの使い魔であるコウモリが、戦車の放つ魔導砲によって撃ち落とされたことが大きい。


 ちなみにその時の魔導砲の砲撃手は九十九である。


 彼女は呑気に空を飛んでいる変なコウモリを見つけると、射撃の練習台にしたのだ。要は、小さな的を的確に狙えるのならば、それよりも大きな的である魔物を狙うのは容易いという理論である。


 その遊び心満載な九十九のおかげか、ダーメは使い魔使用による情報収集という最大の利点を活かすことができなかった。


 そして、再度使い魔を現地に飛ばしても、今度は命中精度を上げた九十九ではなく、成功例を見てしまったオタたちが九十九と同じようにして、ダーメの使い魔であるコウモリを狙い撃ちにしたのだ。


 それによりダーメは使い魔を幾度となく派出しても、何故か撃ち落とされるという悲劇に遭う。


 こうなってしまうとダーメとしては、使い魔であることがバレてしまっているのではと疑ってもみたが、勇者たちの近くに飛ばしても即撃ち落とされるようなことはなかったので、その線の疑いはたまたまだろうということで頭から除外したのだった。


 だが、度重なる使い魔の消費によって、ダーメは勇者たちの情報収集及び監視することを諦め、現地入りした際には虱潰しに捜すしかないことを東西南北よもひろには告げていた。


 そして、今日この時、やっと勇者たちを見つけることができた東西南北よもひろは歓喜したがご覧の有様である。


「っざけんなよ! 俺様を無視してんじゃねぇ!」

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