第614話 狩る者と狩られる者

 今現在、勇者たちは辺境伯領で暴れ回っていた。特に目を見張るのは、09おたく式痛戦車を乗り回している【オクタ】のメンバーだ。


「魔導砲発射であります!」


 先程から戦場では、ドッカンドッカンと主砲を放つ【オクタ】たちによって、あちらこちらの地面にでこぼこが作られている。


「左舷砲撃手、弾幕薄いわよ! 何やってんの!」


いちじく氏……左舷も何も、砲門は中央の1門しかないのですが、何か? 弾幕を張る以前の問題かと」


「っ! ノリよ、ノリ! あずまはそんなこともわからないの?! オタク失格よ!」


「ぐっ……し、しかし、左側には敵がいないため、そこに魔導砲を撃ち放っては小生がただのお間抜けになる件」


 魔物の軍勢と戦っているというのに、O1オタワンの車内ではあずまいちじくがワイワイガヤガヤと騒いでいる。


「フハハハハ! 《グラタン風ミートソーススパゲティダークネス》!」


 そしてここにも【オクタ】のメンバーではないが、同じくテンションアゲアゲあげぽよ状態で敵を殲滅していく【闇黒魔法少女ダークネスマジカルモモ】こと、九十九 ももが嬉々として暴れ回っている。


「弱い! 弱すぎる! 私は変身をあと1回残しているのだぞ! 早く私を追い詰めて変身させてくれ!」


 情け容赦ない攻撃を魔物相手に放ってはそう言っている九十九だが、魔物からしてみれば理不尽としか言いようがない。


 仮にゴブリンたちが高い知能を有しているとするのならば、もしかしたらこんな会話をしているだろう。


「グギャー!」

(早く行け、手下ども!)


「グギャ、グギャ!」

(無理です! 近寄れません!)


「ギャギャ、グギャーギャ!」

(追い詰めろと言っているのに、やっているのは真逆のことです!)


「グギャっ?!」

(へ、変身って何だ?!)


 それはそうと、蹂躙しているのは何も【オクタ】や九十九だけに限らず、他の勇者たちも負けじと奮戦している。


泰次やすつぐ、いま何匹目だ?」


「匹? 何人の間違いじゃないのか?」


 無敵からの質問に対して九鬼がそのように言うと、無敵はやれやれと言った感じで言葉を返す。


「相手はゴブリンだけじゃないだろ。そもそも人じゃないのに、単位を“人”にする必要があるか? “匹”で十分だろ、“匹”で」


「それなら“体”でいいだろ。むしろそっちの方が誰に対しても使える。体のない魔物なんて、ゴーストくらいしか思いつかないしな」


「あー言えばこー言う……」


「力也がつまらないことで突っかかってくるからだろ!」


「突っかかってきたのはお前が先だ!」


 魔物を倒しながらぎゃーぎゃーと騒いでいる2人に対して、黙々と倒していた十前ここのつがそれを見るなり溜息をつく。


「おい、それよりも数を減らせ。あの変な戦車にいいとこ取りされるぞ」


「「戦車に勝てるわけないだろ!」」


 さっきまで言い争っていたというのに、そこだけは綺麗にハモる2人であった。


 そのような時にその3人のやり取りとは別で、月出里すだちだけは1人身で相変わらずの猪特攻を繰り返している。


 もはやそれに対して無敵や十前ここのつがどうこう言うのはやめており、好きに泳がせているという表現がピッタリと当てはまるのだった。


 仮にこの場に千喜良がいたのなら、間違いなく「猪ぃぃぃぃ!」と馬鹿にされていただろう。


「力のない一般人を守るために、何としてでもお前たちを倒す!」


 そう意気込みながら敵を倒しているのは、勇者グループの能登だ。【オクタ】や九十九、更には武闘派な無敵たちとは違い討伐数は稼げていないが、勇者らしさで言えば断トツと言っても過言ではない。


 その能登をカバーするのは、仲間である辺志切だ。その辺志切は危なげなく戦っており、能登の背中を守るにあたって十分な実力をみせている。


 その他のメンバーで言えば、剣持と銘釼めいけんが前衛らしく戦っており、それのサポートに南足きたまくらと不死原が魔法を撃ち放っていたのだった。


「おねぇ、大精霊とか呼べないの?」

「大魔法でドッカン」


「私には無理よ。お願いしている立場なのよ?」


 相変わらずスリーマンセルで戦っているのは、加藤三姉妹の結愛ゆあ陽炎ひなえ朔月さつきだ。


 そして、お馴染みの他力本願部隊とも言える。


 彼女たちの視線の先にいるのはお願いを聞いた精霊たち、他には召喚した魔物や使役した魔物で構成されており、その者たちが攻撃を加えているからだ。


 その三姉妹とて自ら戦う気は少なからずあるのか、杖装備の結愛ゆあはともかくとして、陽炎ひなえ朔月さつきはケビンにオネダリして貰ったボウガンを装備している。


 片手で持ったまま腕をぶら下げているため、照準は常に地面を向いたままだが。


「くらえ、俺の必殺……子供がカワイイシュート!」


 戦場だと言うのに、不釣り合いなほど【ボールは友達】ことサッカーボールを蹴っているのは小鳥遊である。


 更には……


「世界新だって更新する、この俺のスピードについてこられるか?!」


 百足ももたりもケビンからネタ武器を与えられている1人で、【スピードは足回りから】という名のランニングシューズで敵を翻弄していた。


 そのような2人とは違い堅実に交戦しているのは、まともな装備を与えられている六月一日うりはり一二月一日しわすだだ。


「オリハルコンシールド展開!!」


「行け、蛇腹剣!」


 その六月一日うりはり一二月一日しわすだは、2人で1組と言わんばかりの連携により、対する魔物を次から次へと倒していくのだった。


「なあ、大輝……」


「何だ、士太郎」


「ここはあの子持ち4人に任せて、サボってしまわないか?」


「後ろで勅使河原てしがわらが見てるんだ。下手にサボるとあとで何を言われるか、わかったもんじゃないぞ」


「サボれねぇのかよ……」


「だから、しれっと休むぞ。サボるんじゃなくて、俺たちは呼吸を整えるために休むんだ」


「ものは言いようだな……だが、その案には乗ったぜ」


 兎にも角にも、暇さえあればサボることを常に考えている蘇我と卍山下まんざんかは、体のいい言い訳を思いついた卍山下まんざんかにより、しれっと休むという名のサボりを始めた。


 そのような一癖や二癖もある勇者たちを戦時において束ねているのが、全体を把握するため戦場を俯瞰している勅使河原てしがわらだ。


「順調ですわね」


「まだ数の暴力が来てないからね」


 勅使河原てしがわらの隣に立つ弥勒院みろくいんがそう答えるのにも理由わけがある。


 勇者たちは最終目標を辺境伯領内の辺境伯邸がある街に定めており、今はそこへ向けて村や町などを解放しつつ進軍していたのだ。


 そして、町村に常駐している魔物は1匹たりとて逃さず殲滅しているため、緊急事態だというのにこの地に侵攻してきた魔王へ一報たりとて報せが届かない。


 それゆえに敵からの本格的な反攻を受けておらず、待ち構えている敵といってもそこに常駐している魔物しかいないので、未だ数の暴力と交戦していないからだ。


「この調子だと、ケビンさんの奥様方の力を借りることもないですわね」


「そうだねーみんなしてお茶を飲んでるし」


香華きょうかも参加してきていいですわよ?」


「麗羅ちゃんが1人になったら危ないから、ここにいるよ」


 前衛として戦える勅使河原てしがわらにとって、どちらかと言えば後衛職となる弥勒院みろくいんの方が戦う術に乏しくて危なく見えるのだが、今はその親友の気遣いを嬉しく思うのだった。


 このような形で勇者たちが戦い続けていき、1週間ばかりが過ぎようとしていた頃に、勇者たちも予想だにしない再会を奇しくも戦場にて果たすのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 今日も今日とて勇者たちは、道中の近くにある村や町などを解放する日程を送る予定だ。


 進軍を始めた当初は上手い具合にいかなかった戦闘も、今となっては連携がスムーズにとれていて、解放するまでの時間がそう長いことかからない。


 進軍開始当初、時間のかかっていた主な原因は全体の連携もさることながら、家屋を比較的壊さずに戦うという足枷があったからだ。


 全てを破壊し尽くすという点での殲滅なら、何も考えることなく敵を蹴散らせばいいだけの話だが、避難民が戻ってきた時の復興のことを考えると、極力家屋を破壊するような真似は避けるべきだとの意見に、その時話し合った皆が納得したからだ。


 それゆえに各々の役割が自然とわかれていく。


 まず最初に勇者たちは町村外から魔物に対して挑発を行い、外に出てくるよう仕向けた。


 それによって最初に戦闘を開始するのは、09おたく式痛戦車を使う【オクタ】たちだ。彼らは上手いこと釣れて町村から出てきた魔物を殲滅する係となる。


 次は、町村内に留まっている魔物への対処だ。


 これは近接戦闘が得意な勇者たちが担当をする。その勇者たちは町村内に入っていき、魔物を見つけ次第各個撃破していくことになる。


 最後はあぶれた者たちの扱いだ。その中で1番厄介なのは、ケビンがいないことにより首輪のない状態となっている九十九である。


 彼女は彼女自身の楽しみを満喫するために、戦場を嬉々として縦横無尽に動き回り、彼方此方で楽しそうに高笑いを繰り返すのだ。


 そして、初の作戦開始当時そのターゲットとなったのは、隠すまでもなく09おたく式痛戦車の砲撃係である。


 その九十九は、作戦開始時に道中同乗していたO1オタワンに乗り込むと、搭載されている魔導砲のトリガーを握るや否や、挑発に釣られてノコノコと出てきた魔物相手に対し、いきなりぶっぱなすという作戦外の行動に出たのだ。


 これには周りも唖然とした。


 当初の作戦としては十分に引きつけてから、魔術師組の魔法にて第1射を放つというものだったからだ。


 そして、初の戦闘がとりあえず終わりを迎えることになり、その時の反省会をした時の会話がこうである。


「九十九さん、作戦は魔法を放つことだったはずですわ」


「第1射なら魔導砲を撃ったとしても第1射だ」


「作戦では引きつけた後に範囲攻撃魔法を使用し、魔物に対して相当数の打撃を与える予定だったのですわ」


「ミートソーススパゲティが撃てと言ったのだ。ここで撃たずしていつ撃つというのだ!」


「ミートソーススパゲティから離れてくださいまし!」


「なっ!? 麗羅殿はアンチミートソーススパゲティ派か?! さては……蕎麦派かうどん派だな?!」


「おおっ! 赤い派か、緑派かの聖戦でありますな!」

「某は赤い派閥所属でごわす!」

「拙僧は緑派閥ですぞ!」

「拙者はどちらかと言うと、キノコとタケノコの聖戦が気になるでござる」


「「「それだっ!!」」」


「『それだ』じゃないですわ!」


 このようにして九十九相手にまともに会話が成立するはずもなく、その場には九十九のノリについていける【オクタ】の男子メンバーがいたことによって、より混沌と化してしまう。


 だが、その時の最終結論としては九十九のことに関してだけ言えば、アンタッチャブルという方針が打ち立てられたのだ。


 そういう一幕があったものの、勇者たちは九十九による想定外を計算に入れた上でも連携が取れるようになり、図らずも九十九の行動によって勇者たちの練度が上がるといった、棚ぼた的な成長を遂げることができたのだった。


 そして、道中に敵対勢力がいないか、のんびりと戦車で移動している勇者たちに、システムがアラートを鳴らす。


《索敵センサーに反応あり!》


「何ですと!?」


《パターン赤、雑魚です》


 すると、あずまは“雑魚”という報告に余裕が出ているのか、ハンドルから手を離すと肘をついて両手を組み、キリ顔を見せる。


 そこで声を出すのは背後で立っている九十九だ。


「勝ったな」


「ああ……」


 だが、せっかくあずまがキメて見せたというのに、いちじくはどこから取り出したのだろうか、ハリセンにてあずまの頭をスパーンと叩いた。


「ハンドルから手を離すな! 事故るでしょ!」


いちじく氏が何もわかっていない件」


「わかってるわよ! ネタるならTPOを弁えなさい!」


「やはりわかっていないであります。もも氏?」


「任された、正信」


 あずまからご指名された九十九は、ピンッと右手の人差し指を立てて前へ突き出し左手は腰に当てると、九十九なりの如何にもな説明ポーズをとってから語り出した。


「説明しよう! この09おたく式痛戦車はオートドライブ機能が搭載されているハイテクであり、戦車から常に出ているセンサーによって周囲の地形を把握しつつ、邪魔な障害物を自動で避けるお掃除ロボットのようなお利口さんなのだ!」


《エッヘン!》


「ちなみにお掃除ロボットとは違って、悪路でもなんのその。自慢のキャタピラによって走破することが可能だ! おまけに運転手が障害物にぶつけそうになっても、自動ブレーキシステムにより事故を未然に防げる。これにより運転疲れの居眠りをしたとしても安心安全!」


《その通り!》


「だが、良い子のみんなは運転疲れが来る前に、適度な休憩を挟みつつ無理のないドライブを楽しんでくれ! スマホを弄りながらの運転なんて、もってのほかだ! これは、ももお姉さんとの約束だぞ?」


《飲んだら乗るな! 乗るなら飲むな!》


 最後にウインクを決めた九十九によるお約束がひと通り終わってしまうと、九十九に代わり何故だかあずまがドヤ顔を見せているので、いちじくは無性に腹が立ってしまい、ハリセンにてもう1度叩くのだった。


「解せぬ……」


 そして、いちじくあずまに代わって通信器のスイッチを押すと、ほか3台の戦車に対して回線を開いた。


「総員、第一種戦闘配置」


「小生のセリフが……」


 それからあずまたちは敵のいる近くまで行くと、戦車から準備万端な勇者たちを降ろし、うろついていたオーク集団との戦端を開く。


 その戦端を最初に開いたのは、アンタッチャブル九十九である。


 近くに建築物がないとあってか、オークの集団に向かって魔導砲をぶっぱなしたのだ。


「フハハハハ! 見ろ、正信。まるでオークがゴミのようだ」


「しかし、もも氏。たとえゴミオークと言えど、オーク肉は価値のある美味い肉な件」


「――ッ! しまった! 魔導砲で蹴散らしてはオーク肉がミンチになるではないか!?」


「ハンバーグを作るという手もあるわよ?」


「「それだっ!!」」


 O1オタワンの車両内では、既にオークを食材としてしか見てなく、戦闘時指揮官の勅使河原てしがわらを差し置いて九十九が車外スピーカーにて指示を出す。


「総員、オーク肉をゲットしろ! お昼は肉パだ!」


「「「「おおぉぉぉぉっ!」」」」


 当然の事ながら九十九の声に賛同したのは、一部のお肉大好き男子たちである。まだまだ食べ盛りな彼らは、たとえ目の前で殺した魔物のオーク肉であろうとも、胃の許す限り暴食をしたいのだ。


 しかもここは異世界。現代のようにお金の心配なんていらない。


 初級魔法の《ファイア》さえ使えれば、それだけで立派な焼肉となる。だが、少しだけ贅沢を言うならば、彼らは現代にあった焼肉のタレが欲しいとも思っていた。


 自ら狩った獲物を自ら食す。現代人から野生児と言われても仕方のない成長ぶりだ。


「肉……肉……」

「霜降り……上ランク……」

「焼肉……しゃぶしゃぶ……トンテキ……」


 もう既に魔物と戦うという目ではなく、食材としてしか見ていない彼らの目は、オークにとっても未知の領域だった。


「ブヒヒぃぃぃぃ??!?」


 初撃で魔導砲の大打撃を受けていたオークの大半は、既に死んでいるか致命傷となっており、被害を免れたオークに関しては、目の前にいる目を血走らせた勇者たちに怯んでしまう。


 普通の人族や冒険者たちであったのなら、オークたちもここまではならない。彼らとて魔物としての意地があるのだ。


 だが今は狩る者と狩られる者。


 絶対的な食物連鎖がここに成立していた。


 普段なら逆の立場でオークたちがブヒブヒ言いながら襲っていただろうが、こと今に至ってはブヒブヒ言いながら逃げ出したい感情に包まれる。


 そして、いち早く正気に戻ったオークがなりふり構わず逃げ出そうとするが、それを許してくれる食欲旺盛な勇者たちではない。


「逃がすか! 必殺……焼肉シュート!」


 逃げるオークに対して小鳥遊が【ボールは友達】を蹴り放つと、寸分の狂いなくオークの後頭部に当たり、オークはゴロゴロと転がっていきピクピクと痙攣していた。


強生きょうき、トドメは任せた!」


「おうよ!」


 そして【スピードは足回りから】を駆使して走り出した百足ももたりは、すぐさまトップスピードに至り、あっという間にオークのそばまでやって来ると、転がっているオークの頭部を蹴りつける。


 それによりオークの首から鳴ってはいけないような音が鳴り、蹴られたオークは息絶えたのだった。


 その一連の流れを目にする本来の戦闘指揮官である勅使河原てしがわらは、やりようのない気持ちとともに頭を抱えてしまう。


「麗羅ちゃん……ももちゃんの制御は、ケビンくんがいないと仕方がないよ。諦めよう?」


「九十九さんを御せるなんて、ケビンさんは凄いですわね……」


「いざとなったらミートソーススパゲティと抹茶のセットを出すから。せめてサラお義母さんがいたら、ももちゃんも落ち着くけど」


 正確にはそこにソフィーリアも含まれるのだが、ソフィーリアのことに関してはトップシークレットの案件となっており、まだ身内となっていない勅使河原てしがわらがそれを知ることはない。


 そして、何だかんだで【お肉食べ隊】がオークたちを殲滅してしまい、それを見ていた他の勇者たちは出る幕もなく、解体作業すら眺めるだけに終わってしまうのであった。

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