第608話 峠バトル? いやいや、平野バトルです

 能登の一言により、勇者たちがセレスティア皇国と魔王軍の戦争に介入することになって、その準備が着々と進められていく。


 そのような中で、勇者たちをポンと現地へ転移させることができないゆえ、ケビンは行ったことのない地域の【マップ】を埋めるために、まずは自分の【マップ】の更新をするべく戦地へ赴くことにした。


「うわぁー……こりゃ酷い」


 空から見る辺境伯領の村は今現在ゴブリンの村となっていて、そのゴブリンたちがせっせと繁殖活動を行っており、街に至っては多種多様な魔物たちが我が物顔でくつろいでいる。


「これは完全に魔王軍の領地だな」


 それからもケビンは各地を見回りながら、敵勢力の情報を集めていく。


「あいつらにとって、これはトラウマものだろうな」


 そう呟くケビンの視線の先では、精神崩壊した女性がゴブリンに嬲られていたのだった。その女性は生かされているものの、何をされても無反応となっており、物言わぬ人形のようである。


「いま楽にしてやる」


 助けたところでゴブリンの子を産む羽目になる女性を救うため、ケビンは高密度の炎を作り出すと痛みを感じさせずに全て燃やし尽くした。それから【マップ】で同じ境遇の女性を検索したら同じ処置を取り、周りにいたゴブリンたちにはじわじわと焼き尽くすように《煉獄》を使う。


『ソフィ』


『なぁに、あなた』


『彼女たちが来世で幸せになれるようにしてくれないか? 人としての幸せな人生を送れるように』


『来世を人として生まれさせ、更に幸せな人生を送らせるの?』


『ダメか?』


『性悪女も中にはいたけど?』


『そいつは自業自得ってことで適当でいいや。能登の言う無辜の民限定で頼む』


『わかったわ』


『ありがとな』


『いいのよ。あなたに貸しができたんだもの、安いものだわ』


『高くつきそうだな』


 ソフィーリアとそのようなやり取りをしたケビンは、ひと通りの作業が終わったところで帝城へと帰るのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 数日後、勇者たちを現地へ送る日がやってくる。


「とりあえず、現地へ飛ぶぞ」


 そう言ってケビンが転移を使うと、保護者となるケビンの嫁たちと共に勇者たちは現地へとやって来た。


「何かあっても対処できるように、今回はクララとアブリル、それにマリーとアリス、更にはシーラとメイド隊を付ける」


 一緒に転移してきたので勇者たちもある程度の予想はしていたが、ケビンの伝えた破格のサポート体制に歓喜する。


「あとオタたちにはこれを貸し出すから、思う存分暴れ回ってくれ」


 そう言うケビンが【無限収納】の中から、とある兵器をその場に4台出した。


「それはっ――!?」

10ひとまる式戦車?!」

「待ちに待った瞬間ですぞ!」

「もはや敵なしでござるな」


「こいつは10ひとまる式戦車改め、09おたく式痛戦車だ」


 ケビンが“痛戦車”と言ったのは何もおふざけではなく、実際に戦車の車体には萌えなキャラクターが描かれているからだ。それを見たあずまたちは歓喜絶叫するのだった。


「ガル〇ンであります!」

「大〇女子学園揃い踏みでごわす!」

「こっちは黒〇峰女学園ですぞ!」

「これは聖グロリ〇ーナ女学院でござるな」

「サン〇ース大学附属高校まであるわよ!」

「それだけじゃないであります! アンツ〇オ高校やプラ〇ダ高校に至るまで!」

「いったいどれだけのキャラが描かれているでごわすか?!」

「知〇単学園……継〇高校……まだありそうですぞ!」

「BC自〇学園、コアラ〇森学園、青〇団高校で打ち止めでござるか?」

「甘いわよ、猿飛! マ〇ノ女学園、ヴァイキ〇グ水産高校、ボン〇ル高校、ヨーグ〇ト学園、ワッ〇ル学院がしれっと描かれているわよ!」


「晶子……オタク度指数が半端ないわね」

「晶子ちゃん、あずま君の女の子バージョンだから……」

「でも、ガル〇ンは女の子が頑張る物語だから、共感しててもまだマシじゃない?」


 空前絶後の大熱狂を見せる【オクタ】の一部メンバーに対して、他の勇者たちは呆れを通り越してドン引きしていた。もはや火のついたオタクたちを止めるすべはない。


「健兄……これ、戦車だけあれば私たちっていらないんじゃない?」


 あずまたちが熱狂する中でご尤もな意見を述べたのは、ケビンの暴走に呆れている結愛ゆあだ。


「何を言う」


『早〇優』


《サナちゃん……》


「……ゴホン、戦車だけだと敵に群がられた時点でおしまいだろ。一応、逃げ切れるように操作性を上げ、更には80キロオーバーを簡単に出せるが――」


「ということは、ドリフトでありますな!」

「戦車でドリフトでごわすか!?」

「頭〇字Dの再現ですぞ!」

「頭〇字オタでござるな」


「インか……? アウトか……?」


「「「「アウトだとっ!!」」」」


「晶子……煽らないでよ……」

「晶子ちゃん……」

「晶ちゃん……」


 もはやあずまたちの暴走を止められる者は誰もおらず、ケビンから与えられた戦車の周りでお祭り騒ぎとなっている。


「そもそも、あずま君たちは運転できるの? 車の運転免許すら取ってないのよ?」


「そこは問題ない。至ってシンプルな作りにしているから、無免許だろうと楽々操縦できる。サポートシステム搭載型の09おたく式痛戦車だからな」


 その後ケビンは現場のまとめ役を結愛ゆあに任せると、その場を後にする。そして、残された勇者たちは結愛ゆあの指示のもと、どこの戦場に攻め入るかの話し合いを行った。


 それによって決まったのは、セレスティア皇国軍がいない場所を攻め入るというものである。ぶっちゃけ面倒ごとに巻き込まれたくないというのが、その意見に賛成した大多数の本音だ。


「それじゃあ、私たちは魔王が潜んでいるであろう、辺境伯領の主都市を目指して進んでいきましょう」


 結愛ゆあの号令に返事を返す勇者たちは、ケビンが残していった09おたく式痛戦車にそれぞれ乗り込んでいく。


 実はこの戦車、見かけは痛い戦車だが、中は空間魔法で拡張された快適移動手段の乗り物となっている。今は男女混合だが、夜になれば男女別の宿泊施設にもなるのだ。


「正信! もっとスピードを出せ!」


「任せるであります、百氏!」


あずま、他の3人に負けたら承知しないわよ!」


「バックに刻まれたオタは、不敗神話のオタであります!」


「それ、負けフラグじゃない!」


「おっと……小生としたことが。では、エレフセリアの幽霊になるとするであります」


 O1オタワンの車両の会話からわかる通り、【オクタ】のメンバーは今現在、峠バトルならぬ平野バトルを繰り広げている。


あずま氏はまだまだでごわすな」


「智、危ない真似はしないでね」


桜梅さらめは心配しすぎでごわす」


 O2オタツーの車両の中では、つなしにのまえの手網をしっかりと握っているのか、比較的冷静な運転を心がけさせていた。スピードはかなり出ているが。


「まさか……あずま殿は進化しているのか……?」


「あとちょっとで追い抜けそうなのにね」


「みこちゃんのためにも勝つですぞ!」


「しーくん、大好き!」


 O3オタスリーの車両の中では、百武ひゃくたけ大艸おおくさがラブラブしており、それを見せられている同乗者の勇者たちは、砂糖とハチミツを混ぜ合わせた飲み物を飲まされているような感覚に陥るのだった。


「先頭はあずま殿と百武ひゃくたけ殿の一騎打ちでござるな。このままだと、あずま殿の凡ミスで追い抜いた百武ひゃくたけ殿が勝ちそうでござる」


「宗くんは勝ちにいかないの?」


「漁夫の利を狙っているでござる」


「さすが宗くんだね!」


「おや、ラインがクロスするでござるな」


百武ひゃくたけ君が外に膨らんでるね」


「代わりにあずま殿がインに入って、追い抜いたようでござる。攻めるならここでござる」


あずま君が追い抜いて安心したところで、意表を突くんだね」


 O4オタフォーの車両の中では、猿飛による戦略に服部が相槌を打ち、そのやり取りを眺めている同乗者の勇者たちは、『猿飛って、意外と知能派?』という感想を抱いていた。


「ということで、サポートシステム殿。ステルス機能発動でござる」


『イエス、高〇クリニック』


「「…………」」


 サポートシステムからの返答に言葉を失ってしまう猿飛と服部だったが、それは同乗者の勇者たちも同じである。そのような中で、不安にかられた勇者が呟いた。


「おいおい、こんなサポートシステムで大丈夫か?」


『大丈夫だ、問題ない』


 勇者の懸念に応えたサポートシステムによって、再び訪れる沈黙。


「サポートシステム殿は拙者たち寄りの存在でござるか?」


「プログラムされただけの存在だと思ってたのに、AIなのかな?」


 実は、ケビンがサポートシステム創造時に奇しくもサナをベースにしてしまったことで、サポートシステムに不具合バグという名のおふざけ部分ができていたようだ。


 当然のことながら試運転時はサポートシステムが猫かぶりをしていて、無機質な応答しかしていないため、ケビンはこのことを知らない。


 恐らく目の当たりにした勇者たちも、このサポートシステムに関して言えば『この様な仕様なのだろう』という結論のもとで、ケビンに報告することはないだろう。


 こうしてまんまとしてやったりなサポートシステムは、自身の存在意義を勝ち取ることに成功してしまうのであった。


 そのようなことがO4オタフォーであっていることなど露ほども知らずに、トップを走行中のあずまが違和感に気づく。


「ん?」


「どうしたのあずま?」


「猿飛氏の車両が見当たらないであります」


「バックミラーから消えただと……!?」


いちじく氏、この戦車にバックミラーはないであります。索敵モニターから消えた件」


「そんなことは言われなくてもわかってるわよ! ノリよ、ノリ!」


 そうこう話しているうちに、九十九が異変に気づく。


「正信! 横だ!」


「――ッ!」


 あずまが横のモニターに視線を移すと、そこにはO1オタワンを抜き去るO4オタフォーの姿があった。


「追い抜いたでござる」


「インからズバーンとだね!」


「方向転換で曲がる時は、曲がることに集中するでござるからな」


「そこへ不意打ちのインベタ!」


「溝はなくても溝走りでござる」


「あとは目的地まで独走だよ」


 猿飛の華麗なる追い抜きによって、O4オタフォーの車両の中では観戦者たちから称賛の拍手が送られていたが、O1オタワンの車内では追い抜かれたことによる焦燥感が沸き起こっている。


「おい、正信! 抜かれているではないか!?」


あずまっ、抜き返しなさい! ゴールまであと少ししかないのよ!」


「この手は使いたくなかったでありますが……ポチッとな」


 あずまが運転席にある何やら怪しげなボタンを押すと、サポートシステムの音声が流れ始めた。


『ALICEシステム起動』


 モニターに赤く表示される【ALICE】の文字。それを見たいちじくがすぐさま反応する。


「え……あずま、何したの!? もしかして、スペリオルなことをしちゃうわけ!?」


「困った時のサポートシステム頼みな件」


『にぃに、にぃに。アリス、1番になりたいの。お願い、にぃに。アリスのお手伝いをして? と、アリスは上目遣いにあざとく言います』


「…………え?」


 いきなりサポートシステムが発した内容に対して、いちじくは呆気に取られる。だが、ここで呆気に取られない者が1人。


「――ッ! きゃーっ、サナちゃん!! 何てことを言っているのですか!?」


 そう。それは、O1オタワンに同乗していたアリスだった。それから慌てて操縦席にやって来たアリスは、そこら辺のボタンをポチポチと押しながら、サポートシステムの暴走を止めようとする。


「サナちゃん……?」


 アリスの発した“サナ”という単語を聞いたいちじくは疑問に思うが、エンプレスソフィーリア号に乗ったことのないいちじくがサナの声を聞いたことなんて当然なく、アリスの言った名称に関してはちんぷんかんぷんだった。実際にはサナではなく、サナをもとに作られたサポートシステムなのだが、アリスはそのことに気づいていない。


『アリス様、そこら辺のボタンを押しても止まりません。ALICEシステムは既に起動しているのですから。むしろ、壊されそうな勢いなので、ポチポチ押すのをやめてください』


「サナちゃんが変なことをするからです!」


『変ではありません。事実です』


「私はそのようなことをケビン様に言ってません!」


『では、このことも事実ではないと?』


 それからモニターに表示されたのは、赤龍戦で龍相手に1人で戦うことをケビンにオネダリするアリスの姿だ。


『――「ねぇ、にぃに……アリスを見て?」


「んぐぐ……」


「にぃに、お・ね・が・い……」


「……くっ……わかっ……た……」


「にぃに、大好き!」』


 アリスのあざとい姿に対して、その映像を見ている勇者たちは沈黙する。そして、当の本人であるアリスは俯いたままプルプルと震えていた。


『真実はいつもひとつ!』


「サナちゃん! どこからそのような映像を持ってきたのですか?!」


『企業秘密です』


「くっ……と、とにかく! 私の真似をするのはやめてください!」


『でも……にぃにからお手伝いをしてもらうから……』


「サナちゃん!!」


『ということで、ALICEシステム起動によるブースト開始!』


「話はまだ終わってませんよ!」


 サポートシステムの暴走を止めようと説教するアリスのことなど構いもしないで、サポートシステムは淡々と自分の仕事をしていく。そして、ALICEシステムの力によって、O1オタワンのスペックがうなぎ登りとなっていくのだった。


「うっひょー! アリス皇后陛下のことは同情の余地が少なからずともありますが、このアップグレードを前にした興奮には勝てませんな!」


「そのまま突っ込め! 正信!」


「行くのよ、あずま!」


 サポートシステムによってかかされたアリスの羞恥など、興奮を前にしたあずまたちには二の次になるようで、3人は目下、猿飛たちを追い抜き返すことに執念を燃やしていた。


「アリス、過ぎたことはしょうがないでしょ。こっちに来てお茶でも飲んで落ちつきなさい」


 そう諭したのはアリスの母親でもあるマリアンヌだった。母親に言われたとあってはアリスとしても無視するわけにはいかず、サポートシステムからされた仕打ちについては後々にケビンへ報告しようと心に決めると、元々座っていた席に戻ってお茶を飲み始める。


 こうして勇者たちの戦争介入という一大イベントの序幕は、アリスの羞恥心を犠牲とした平野バトルとして、幕を下ろすのであった。

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