第604話 現地ルール

 魔狼族の魔王や襲ってきた配下の者たちを殺したジョンは、戦いで受けた傷を手持ちのポーションで回復させ、これからどうしようかと頭を悩ませる。


(俺をビビらせるための嘘……ってことはないよな?)


 未だ魔王たちから付け狙われるという現実を受け入れたくないのか、ジョンは腕を組み、足先の裏で地面をトントンと叩きながら考えに没頭していく。


(寝ている時も狙われるとかなったら最悪だぞ)


 そもそもジョンは自ら殺しに行くのは良くても、相手から付け狙われて年がら年中殺すという状況はポリシーに反する。あくまでも自分の意思で殺しに行くというのが、ジョンの殺人鬼としてのスタイルなのだ。


 そして死体が転がっている謁見の間にて、あっちへウロウロ、こっちへウロウロとしながら落ち着きなく思考を巡らせるジョンは、やがて歩き飽きたのか視界に入った玉座に腰を下ろして更に考え込む。既にその脚は落ち着きなく貧乏ゆすりを開始しており、何が最善となるのか見当もつかない。


 そのような中で謁見の間に入ってきた狼男が短く悲鳴を上げた。それに気づいたジョンが視線をやると、腰を抜かしている狼男が視界に入った。


「ま……魔王様が……側近たちまで……」


 ガクガクと震えている狼男を見たジョンが声をかける。


「おい」


 あまりの凄惨さに死体しか目に映ってなかった狼男は、誰かしらの声を聞いたことにより視線を泳がせると、玉座に座る人族の姿を捉えたのだった。


「ちょっと話がある」


「だ……誰だ、お前は!」


「そんなことはどうでもいい。魔王を倒したのはお前だ。わかったな?」


 ジョンは狼男を見てから悪知恵という名の閃きを得たのか、魔王を殺した犯人に仕立てあげようとしていた。だが、その作戦は狼男の返答により失敗に終わる。


「俺みたいな雑用の下っ端が魔王様や側近たちを倒せるわけないだろ! そんなのこの城にいる魔狼族の誰でも知っている常識だ!」


 自らに対して卑屈なような気もしないでもない狼男だったが、ジョンが死屍累々の中で玉座に座っていることから、人族でありながら魔王や側近たちを殺したのだと思い至ってしまう。


 そして、その人族から殺されまいとしてして逃げようと試みるも、抜けた腰がまだ復帰できそうにない。


「ちっ、使えねぇ……」


 あからさまにジョンが不満を口にしたことで狼男はビクッとしてしまうが、ジョンはそれどころではない。何とかして魔王を殺した事実を隠蔽しなければと、再度思考を巡らせる。


「…………よし、ここの死体を今すぐ処理しろ。何もなかったことにする」


「…………は?」


 とても無理があるジョンの話を聞いた狼男は、いったい何を言っているのだろうかと呆気に取られてしまった。


 目の前にある死体の山。これを埋葬するだけで、少なくとも魔王城に住む者たちには知られてしまう。何もなかったことにはできないのだ。


 兎にも角にも死体をそのまま放置できないと考えた狼男は、ようやく立ち上がれるようになったので、助っ人を呼んでから死体の処理を進めていく。素直に従っているのは、ぶっちゃけジョンから殺されたくない一心からだ。


 そして、来る人来る人が謁見の間の凄惨さに息を飲むが、同じくジョンから殺されないためにも、せっせと汗水垂らしながら順次死体の処理に取りかかっていた。


 やがてその処理も終わり、謁見の間が破損した部分を除き以前と同じようになると、ジョンは謁見の間にこの城に住む者たちを集めるように指示を出す。それから集められた者たちは狼男たちや魔人族だけかと思いきや、生贄で回収されていた女性たちもいたのだった。


「魔王は死んだ。女性たちは自分の故郷に帰るといい」


 謁見の間に集められた女性たちは玉座に人族が座っているのもそうだが、魔王が死んだことを聞かされてもポカンとするばかりである。全く状況についていけてない。


 狼男たちからいきなり謁見の間に連れてこられて、今から魔王の相手をやらされるのかと思いきや、そこにいたのはいるはずのない人族な上に、その人族から魔王が死んだと言われても、すぐに理解しろというのがおかしな話である。


 よって、女性たちは理解が追いつかないまま、ただ呆然としているだけに終わるのだった。


「狼男や魔人は、魔王が死んだことを隠すために何かいい案を出すんだ」


 ジョンからの無茶ぶりに狼男や魔人はざわめき始める。


「お、恐れながら魔王様……」


 1人の狼男がそう口にすると、ジョンはその敬称を否定した。


「俺は魔王じゃないぞ」


 しかしながら、ここでもまた魔大陸特有のルールがジョンを苦しめる。


「魔王を倒せるのは魔王のみ。我らが怨敵である勇者でもない限り、貴方様は人族の身でありながら、魔王と同等の力を持った魔王であることは必然。どのようにして人族の身で魔王に至ったかは存じませぬが……いや……もしや、相手の油断を誘うために仮初の姿として人族の姿を……?」


 次第にブツブツと呟きながら、思考に耽っていく狼男。


 それを見ているジョンはこのままでは魔王にされてしまうと思い、いっそのこと「勇者だ」と白状してしまおうかと思ってもいたが、“怨敵”という言葉がどうにも引っかかってしまい実行に移せない。


 そこでジョンは勇者の印象を知るためにも、ありきたりな情報でもって狼男に問いかける。


「勇者の話なら俺も本や話で聞いたことがある。お前たちにとって勇者とはどういう存在だ?」


「戦える者が命をかけて排除すべき者ですな。あやつらは魔大陸を蹂躙する悪魔でございます。勝手に家に押しかけてはタンスを開けて中身を盗んでいき、壺の中を覗き込んでは同じく中身を盗んでいく始末。最悪な場合は、壺を割ってお金が入っていないかを確認するやつらもいるとか。人族からたとえ“勇者”と崇められようとも、我らからしてみればあやつらは“盗人”その者であります。更には――」


 長々と続く狼男の話を聞いたジョンは頭を抱えてしまう。それは幼い頃に遊んでいた、RPGゲームそのままの行動をした勇者がいることを知ってしまったからだ。


(そいつは馬鹿か……ゲームと現実の区別もつかないやつが勇者をやっていたのか……)


 こうなってしまえば、ジョンがここで“勇者”だと名乗りを上げることはできない。というよりも、そのようなことを仕出かした過去の勇者たちと、同列視されたくないというのが本音である。


 仮に名乗ってしまえば、目も当てられないほどの四面楚歌に陥ってしまうからだ。いくらこの場にいるものたちを殺せるといっても、並々ならぬ恨みを買っているのは過去の勇者であり自分ではないのだ。


 いくら相手を殺せるといえども、それなりの理由というものが欲しいとジョンは考えている。過去の勇者たちの過ちで襲ってくる被害者たちを、襲ってくるとはいえ殺したくはない。何故ならば正当性は被害者魔族にあるからで、ジョンから見ても過去の勇者たちは犯罪者であるからだ。


「それは災難だったな。つまり勇者に対して恨みを持つ魔族が多いということか」


「はい。この辺りまでやってこれる勇者はそうそうおりませんが、その代わりに魔大陸東側の村や町などは過去に相当の被害を受けたとか。いくら我ら魔族同士で領土争いをしていようと、同じ魔族が勇者の被害に遭ったと聞けば憤慨ものであります」


 拳を握りしめそう語る狼男を見てしまったジョンは、ますます勇者であることを明かすわけにはいかなくなった。自分の買った恨みならまだしも、見ず知らずの勇者が買った恨みだ。そのせいで自分に厄介事が舞い込んでくるのは、御免蒙りたいのである。


「魔王様は人族なのに、勇者を罵倒されても怒らないのですか? それともやはり……それは仮初の姿……?」


 未だに魔王呼びされてしまうことを訂正させようかと考えるジョンだったが、それよりも人族から魔族にされてしまいそうだったので、それを先ずは否定することにした。


「俺は正真正銘人族だ。会ったこともない勇者のことをどうこう言われたところで、俺には関係ない。お前たちで言えば、会ったこともない見ず知らずの魔王の悪口を聞くようなもんだ」


「愚問でしたな」


「それよりもだ。魔王が死んだことをどうやって隠すかが問題だろ?」


 ジョンの言葉により話が振り出しに戻ったところで、狼男は最初に伝えようとしていたことを口にする。


「それは無理というものであります」


「は……? 魔王が死んだのはここにいる者たちしか知らないだろ。俺たちが黙ってれば、攻め込まれなくて済むんだぞ?」


「先代魔王様が生きていた頃でも、攻め込んでくる魔王たちがいましたので……たとえ隠していたとしてもいずれバレるかと。それに、今は過去に類を見ないほどの魔王たちが跋扈する戦乱の時代。先代魔王様も鬱陶しいと愚痴をこぼしておりました」


「マジか……」


 隠しても隠さなくても、どの道攻め込まれてしまうことを知らされてしまったジョンは、溜息をついて天井を仰いだ。奇しくも魔王の言ったことが、証明されてしまった瞬間でもある。


(どうすっかなぁ……魔王は最初から殺すつもりだが、ひっきりなしにやって来られたんじゃ気が休まらない。今回みたいにこっちから攻めたところで、領地が増えるだけになってしまいそうだから、それは愚策……あの教団のジジイ……魔王殺しがここまで面倒だとは言ってなかったじゃねぇか!)


 ジョンはいつの間にか今後の対策と言うよりも、事の発端となったウォルター枢機卿に対し、恨み言を募らせるという八つ当たりに移行していた。


 しかし、ウォルター枢機卿が伝えたのは勇者として活動する内容であり、そもそもウォルター枢機卿は魔大陸の事情など知らない。知らない情報を話せというのが土台無理なのだ。


 それゆえに勇者として名乗りを上げていないジョンに対し、面倒ごとが降りかかってくるのは致し方ないとも言える。


「魔王様、今後の対策は如何致しましょう?」


 狼男から問いかけられたことにより、ジョンがウォルター枢機卿への恨み言の思考をやめてそれに応える。


「今まではどうしてたんだ? それを継続すればいいだろ」


「継続しようにも、魔王様が側近たちを全員殺してしまいましたので……」


 まさか魔王たちを倒した弊害がここでも出てくるなんて思いもしなかったジョンは、魔王を倒すことが面倒すぎることに嫌気がさしてくる。


(こんなことなら西なんか目指さずに北に向かって歩けば良かった……)


 後悔先に立たず。馬鹿正直にウォルター枢機卿が発した「西へ」という言葉を宛にした結果、ジョンの後悔はどんどんと積み上がっていく。


「逃げるか……」


 どうにもならないと感じたジョンは、それならそれで相手にしなければ良いのだと逃げの一択を呟いてしまったが、そうは問屋が卸さないらしい。


「それは無理だと思われます」


 それから狼男が語ったのは陣取り合戦のペナルティだった。


 実は過去にもジョンと同じことを考えた魔王がいたようで、自身より弱い魔王の領地を奪い、自身より強い魔王が領地を奪いに来たら姿をくらませて“逃げるが勝ち”をしていたようだ。


 それに腸煮えくり返った魔王たちが真の魔王たちへ直訴をし、真の魔王たちが自分たちの平穏のために動き、戦う前から“逃げるが勝ち”をした魔王を強制的に捕まえたら、そのまま強制的に戦わせるという死合運びを行ったのだと言う。


「マジかよ……」


「戦った上で一部領土を取られて敗戦で逃げるのであれば、真の魔王様たちからの制裁もありません」


「何でこうなった……」


 ジョンとしては自分の気の向くままに殺して回る計画だったというのに、1人目の魔王を殺した途端に理不尽なゲームのルールに縛られてしまったことを嘆いてしまう。


「先代魔王様を倒した貴方様なら、きっと戦いを挑んできた魔王たちを跳ね除けることができます。どうか、我らに未来を」


「未来……? まさか負けたら負けたで、領地が奪われる以外に何かあるのか?」


「奪われるのは領地だけに留まりません。その領地に住む者たちも奪われ、家畜となります。腕に自信があれば兵として起用されることもあるでしょうが……」


「最悪な展開じゃねぇか……」


 そのようなことを聞かされてジョンが真っ先に思い浮かんだのは、ラバスやラズベリーたちのことである。ジョン自ら助けた者とあってか、思い入れが結構強い。


 そのラバスたちが家畜として扱われるのは、ジョンにとって我慢のならない部類に入る。


 よって、ジョンは腹を括り決意した。


「……わかった。とりあえず、その魔大陸特有のルールを全て教えろ。それから攻めてくる魔王たちの対策を練るぞ」


 こうしてジョンは初めての魔王狩りを成し遂げたというのに、その魔王に代わって領地を治めるという、稀有な運命を引き当ててしまったのであった。

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