第603話 殺人勇者対魔王

 やがて小一時間ほど経過した頃に、ジョンは城があるのを視界内に収めた。


(あれが魔王城か……?)


 その後、その城に到着したジョンは罪人よろしく、ロープで拘束されたまま魔王の前まで連れていかれ、通された謁見の間にてジョンが強制的に膝をつかされると、玉座に座っていた魔王が声を発した。


 その魔王は豪華な服に身を包んでマントを羽織っており、如何にもな威厳を保っている。形から入る魔王なのだろう。


「そいつが不届き者か?」


「はっ!」


 端的に返事だけを返したのは、ジョンをここまで連れて来た狼男だ。その狼男もジョンと同じようにして膝をついており、玉座に座る魔王へ向かって報告を上げていく。


 その間にジョンは、周りで起立姿勢を保っている者たちへ視線を向けていた。


(どいつもこいつも狼男か……玉座に座る狼男が魔王ってことだな)


 ジョンがそのようなことを考えていたら、いつの間にか報告が終わっていたのか狼男が立ち上がりジョンを踏みつけた。


「何をキョロキョロとしている! 魔王様の御前で無礼であろう! 額を地べたに擦りつけて詫びるのだ!」


「俺を足蹴にしているお前の方が無礼だろ。その汚い足をどけろ、犬っころが」


「――っ! 貴様っ、誇り高き魔狼族を愚弄するか!」


「魔狼族? 魔犬族の間違いじゃないのか?」


「度重なる無礼! 許さん!」


 その瞬間ジョンの体に衝撃が走ると、ジョンは狼男に蹴り飛ばされたようで壁に激突していた。


「魔王様の御前であるというのに、お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません」


「構わん」


 頭を垂れる狼男と魔王がやり取りをしている中で、ジョンは体の向きを変えると全身のバネを使い、体を跳ね上げさせて起き上がる。


「やってくれたな」


 ジョンがペッと唾を吐き捨てると、その様子を見ていた狼男が口を開いた。


「拘束されたままだというのに、いきがるな人族風情が!」


「あぁ、これか……」


 ジョンが狼男の言っているロープに視線をやると、スキルによって体を変化させ胴体から刃物を突き出し、難なく拘束用のロープを切り落とした。


「――ッ!」


 そして、ジョンは体をほぐすかのようにして肩を回しながら、唖然としている狼男に告げる。


「拘束は解かれたぞ。これでいきがっていいんだよな? 犬っころ」


 その光景を見ていた狼男たちは騒然とする。拘束していた罪人が自由の身になったのだ。


 体からいきなり刃物が出てきたこともそうだし、驚くなという方が無理である。


「案内ご苦労だったな、犬っころ。お前が協力してくれたおかげで、魔王の前まで来ることができた」


「お前っ、裏切ったのか!?」


 ジョンの言葉にまんまと乗せられてしまった別の狼男は、連れて来た狼男に対して怒鳴りつけた。


 だが、連れて来た狼男は無実であると全力否定する。


「魔王様への忠誠を疑う気か!? こいつはデタラメを言っているのだ!」


「おいおい、つれないこと言うなよブラザー。ここに来る前に村で取り引きしただろ。村人に手を出さず魔王の元まで連れていくってな」


 ジョンはありもしない取り引き内容の対価のことをあえて口に出さず、いけしゃあしゃあと事実として起こったことを告げると、やはりそれに釣られた他の狼男たちから疑惑の視線が渦中の狼男に殺到した。


「やはり裏切ったのか!」


「ち、違う! 俺は裏切ったりなんかしない! みんな騙されるな! こいつは嘘つきで、俺たちの不和が狙いなんだ!」


「嘘つき呼ばわりは酷いな。現にお前は村人に手を出さず、俺をここまで連れてきてくれただろ? どこに嘘の要素がある?」


 ジョンの奇策によって謁見の間が騒然としている中で、静観していた魔王が口を開いたことにより、騒然としていたのが嘘かのようにしてこの場は静まり返る。


「答えろ。村の者に手出しをしていないのは事実か?」


「そ、それは……」


 魔王からの質問に対して言い淀む狼男。それを見た外野の狼男たちはますます疑惑を募らせていく。


「答えろ」


「……じ、事実です……しかし、魔王様! 私は一刻も早くこの不届き者をお連れするために行動した次第です! 決して魔王様を裏切ろうなどとは――ッ!」


 狼男が申し開きを言い終わる前に動いた魔王によって、狼男は首を掴まれてしまい続きの言葉を発することができなくなってしまう。


「ま……魔王……さま……」


 狼男がなんとか絞り出した声で魔王を呼ぶが、魔王はそのまま首を掴んでいる手に力を込めた。


「……な……ぜ…………」


 そして、呼吸もままならなくなった狼男はそのまま息を引き取り、辺りは静寂に包まれる。


「裏切りかどうかわからないのならば、殺してしまえばその憂いはなくなる」


 物言わぬ狼男にそのような理由を告げるのだが、その狼男が理解することは2度とない。


 それから魔王が掴んでいた狼男を放り投げると、配下の者に「片付けておけ」と伝え、配下の狼男は慌てふためいて死した狼男を謁見の間から連れ出していく。


「さて、人族……何用でここまで参った?」


 ジョンへ体を向けた魔王がそう問いただしたら、ジョンは端的に要件だけを告げる。


「お前を殺しに来た」


「フッ……俺を殺すだと? 弱い犬ほどよく吠える」


「犬はお前だろ」


 すかさずつっこんだジョンの言葉に対し、魔王はピクリと眉を上げる。だが、さすがに魔王だけあって先程の殺された配下とは違い、魔王としての余裕からか落ち着きが見受けられた。


「余興だ、相手をしてやれ。簡単に殺すなよ? 生まれてきたことを後悔させろ」


 そう言った魔王が玉座に戻り座り直すと、その指示を受けた狼男たちは一斉に殺到し、ジョンは両手を武器に変えて応戦する。


「な……何だ、その手は!?」

「こ……こいつ、人族じゃないのか!?」

「肉体を変化させるなど、ありえん!」


 次々と襲いかかっている狼男たちだが、その目は驚愕によって見開いている。


 そして、ジョンの方は狼男たちからの攻撃をさばきながら、1人ずつ倒すのだが、如何せん見分けがあまりつかないためか、分身されているような錯覚に陥ってしまい手こずっていた。


「どいつもこいつも同じような顔をしやがって! これならまだ犬の方が種類が多くて見分けがつく!」


「俺らの見分けがつかないなど、所詮は下等な人族ということだ!」


「うるせー! お前らなんか犬っころでもない! 犬未満の生き物だ!」


「まだ愚弄するか! その首、かっ切ってやる!」


「だいたい満月でもねぇのに、狼男になってんじゃねぇよ!」


「満月だと? 訳のわからんことを抜かしおって!」


 剣戟を繰り広げながらも罵倒合戦は続いていくのだが、謁見の間の入口から次々と増援が駆けつけてきては参戦し、その状況にジョンは辟易とするのだった。


「まったくキリがねぇ!」


 だが、しかしながらジョンとて体力が無限にあるわけではないので、それを自覚しながら何か打開策がないものかと思考を巡らせていく。


 そして、あることを思いつくのだができるかどうかわからないので、とりあえずやってみるという判断の元、ジョンは左手の剣状態を変化させるため念じてみる。


 すると、ジョンの左手は剣の状態から変化していき、ハンドガンへとその形を変えた。


「きた!」


 だが、トリガーを引こうにもジョンの左手はハンドガンである。そして右手は剣。


 ここにきて、ジョンは失敗したとばかりに頭を抱えそうになってしまうが、剣を元に戻すことは現状況において命取りであり、がむしゃらに思考を巡らせ考えついた結果、左手の人差し指を引く意識を強めた。


 その瞬間大きな発砲音が鳴り響き、狼男たちはその音に反応してビクッとしてしまうと動きが止まる。


 そしてジョンが無意識に銃口を向けていた狼男は、体に激痛が走ったかと思った途端にその場で崩れ落ちてしまった。


「おおっ! 原理はわからねぇが弾が出た!」


 何故弾丸が出たのかさっぱり理解できないジョンであったが、とにかくこれ幸いとして次々に狼男たちへ向けて発砲していく。


「左手だと命中率が悪ぃな」


 使用しているうちにそう思い至ったジョンは、成功したことをいいことに右手もハンドガンにしてしまうと、二丁拳銃で両手撃ちを始めていき、剣で戦っていた時よりもスピーディーに狼男たちを殲滅していく。


 その光景に狼男たちは何をされているのかわからず理解不能に陥り、動かない狼男などジョンにとって格好の的でしかない。


「な……何だ、あれは!?」

「気をつけろ! 面妖な魔法を使っているぞ!」

「鎧に穴が空いている!?」


 狼男たちは訳がわからずとも、このままではただ何もしないまま殺されてしまうだけなので、先程と同様にしてジョンに襲いかかろうとする。


 だが、動く先からジョンに撃ち抜かれていき、狼男たちは為す術なく倒れていった。


 それとは逆でハンドガンを撃ち続けているジョンは、弾丸の補充をどうしようかと頭を悩ませていた。


 だが、いくら撃てども弾切れを起こした作動が起きず、わからないことは後回しでいいかという判断の元で、周りにいる狼男たちの殲滅を優先していた。


 やがて、辺りには狼男たちの死屍累々で埋め尽くされていき、ようやく打ち止めとなったところで魔王が口を開いた。


「人族、俺と手を組まないか? 俺とお前が手を組めば版図を今以上に広げられるぞ」


 黙って何のアクションも起こさず、部下がただ殺されていく様を見ていた魔王がそう言うと、今更感満載なその言葉を聞いたジョンは、呆れ果ててしまう。


「勝てないとわかった途端に媚び売りか? あいにくと犬未満の仲間はお呼びじゃないんでな。せめて犬になってから出直せ」


「貴様……人が下手に出ていれば、どこまでもつけ上がりおって……」


「下手に出ていればって……お前は犬未満なんだから俺より下なのは当たり前だろ」


「死ね、人族!」


 ジョンによる侮辱のせいでとうとう我慢の限界が来たのか、魔王は玉座から瞬時に間合いを詰めにかかると、それを見たジョンが銃口を魔王へ向ける。


「その魔法は何度も見た!」


 そう言う魔王がすぐさま進行を変えてジョンの正面から外れると、発砲の音だけが鳴り響き玉座に弾痕が残るだけに終わる。


 魔王はどうやらただ部下との戦闘を眺めていただけではなく、ハンドガンの攻撃を分析していたようである。


 ゆえに銃口を向けた先の相手に攻撃を加えるという性質を見抜き、正面に立たないようにして移動したのだ。


 そして、ジョンの真横に現れた魔王は鋭い爪を振り下ろした。


「くっ――!」


 すぐさま左手をハンドガンから盾に変化させ対応したジョンは、反撃とばかりに右手の銃口を向けるがそこには既に魔王の姿はなく、代わりに背中から攻撃を受け吹き飛ばされる。


「魔王となった魔狼族の俺のスピードについてこれまい!」


 吹き飛ばされたジョンはすぐに立ち上がり振り返るが、正面には魔王の姿がなく、今度は横から蹴り飛ばされる。


「ハハハハハ! 威勢が良かったのは口だけか? 所詮は下等な人族。魔王に戦いを挑んだのが間違いなのだ。身の程を知れ、虫未満の下等生物が!」


 次から次へと攻撃を受け続けるジョンを目にしている魔王は、ジョンをいたぶっている高揚感からか高笑いが止まらない。


 だが、ジョンとて魔王からの攻撃をただ見す見すと受け続けているわけではない。既に右手のハンドガンも盾に変えており、二枚盾で魔王からの攻撃を耐え忍んでいる。


 魔王が殴りつけたり蹴りつけたりするのを盾で防ぐ音がしばらく鳴り響き、時には背中側からの攻撃をまともに受けてしまうが、そのような一方的な展開が続く中で、ジョンは一か八かの作戦に賭けてみることにした。


 それを実行に移すため二枚盾を解除し、再び二丁拳銃に変化させる。全ては魔王の油断を誘うために。


 そして、ジョンが銃口を左右に向けて魔王の動きを目で追っていると、正面に現れた魔王へ二丁の銃口をすぐに向けた。


「無駄だ!」


 ジョンが銃口を正面に向けた時には既に魔王はそこにおらず、再び真横に現れてから盾を持っていないジョンを蹴り飛ばそうとして、渾身の力を込める。


「さっさと地面に這いつくばれ、下等生物がっ!」


 魔王は何度も背中に攻撃を加えているので、今度も背中へダメージを与えようとして蹴りを放ったら、ジョンはその衝撃を受けて前方へ飛んでいくとゴロゴロと地面を転がり、勢いが止まったところで魔王の状態をすぐさま見た。


「ぎゃあぁぁぁぁ――っ!」


 魔王が叫ぶ中、ジョンの視線の先では右脚がズタズタに切り裂かれて血まみれと化している魔王の姿があった。


「ぶっつけ本番にしては俺は運がいいようだ」


 実はジョン。魔王から蹴られる際に体から医療用メスを複数生やして、カウンターを魔王に浴びせていたのだ。俗に言う、肉を切らせて骨を断つである。


「やっぱり現代の刃物の方が斬れ味は良さそうだな」


 ジョンは体から生やす武器をこの世界で見た剣にするか、現代で医者が執刀の際に使うメスにするかで迷ったのだが、最終的には肉体を切るということで医療用メスに軍配が上がったのだ。


 それから立ち上がったジョンは、地面に転がり右脚を止血しようと試みる魔王に近づくと、右手の人差し指を医療用メスに変化させながら声をかけた。


「痛そうだな、犬未満」


「ぎ……ぎざまぁ……」


「ご自慢のスピードとやらはもう見せてくれねぇのか?」


「許さん……許さんぞ、下等生物!」


「お前に許してもらうようなことは何ひとつねぇ。せいぜい今までの行いを後悔しながら死ぬんだな」


「くっ……たとえ俺を殺そうとも、魔大陸にいる他の魔王がお前を殺しにやってくる。せいぜい期間限定の魔王を満喫するがいい」


「魔王? 俺は魔王になるつもりはない。魔王を殺しにやって来ただけだ」


「ククク……貴様がどう思おうと他の魔王には関係ない。領地持ちの魔王である俺を殺すんだ。俺の領地は必然的にお前のものになる」


「そんなもんはいらん。欲しい奴にくれてやれ」


「それなら魔王が来た時に抵抗せず殺されるんだな。そうすれば領地は殺した魔王のものになる。命と引き換えに自由の身だ」


「っざけんな! 何でたかがいらない領地ごときで殺されなきゃなんねぇんだ!」


「それが魔大陸のルールだからだ」


 そこから魔王が語る魔大陸のルールは、ジョンにとって受け入れ難いものであった。


 それは、まるで陣取り合戦のゲームのように、領地持ちの魔王は領地を持たない魔王から付け狙われるというものである。他には領地持ちの魔王であっても自らの力を誇示するために、他の魔王の領地を狙う者までいると言う。


「勝手に領地を持っていけばいいだろうが!」


「それをした奴は真の魔王からの制裁を受ける。あまりにも奪い奪われという戦乱が果てなく続いたせいで、鬱陶しいと感じた真の魔王たちが決めてできあがったのが今の制度だ。東側はそのルールが適用されない無法地帯だがな」


 出血量が酷いのか血の気のなくなっていく魔狼族の魔王は、既にトドメを刺されなくても死んでしまいそうな雰囲気だ。


「領主を殺す。ただそれだけが領地を奪える絶対不変のルールとなる。俺を殺したお前がこの城の次の主だ」


 最悪な展開となってしまった結果に対して、ジョンは魔王殺しの代償にそんなものがあったとは思わず、これから先の魔王殺しの旅をどうするか本気で悩み始めてしまう。


「ちなみに……真の魔王って何だ? お前は違うのか?」


「俺はただの魔王で、魔王の中では上位だ。真の魔王とは、ここよりも更に西へ行った所に領地を持っている絶対王者たちのことを指す」


「更に西……ここは魔大陸のどの辺だ? まだ東寄りってことか?」


「ここはちょうど中間の東辺りだ。真の魔王に至れずとも力のある魔王たちが跋扈している地域だな。力のない魔王たちはルール適用外の東の端で領地を得ようと小競り合いをしている。その中でも馬鹿な魔王は、人族の国を我がものにしようと今は攻め込んでいるみたいだな」


「クソっ! 東で魔王狩りしてればよかった……」


 それからもジョンはこの際だからと色々と問いかけては、魔狼族の魔王から情報を得ていく。そして、言葉数が少なくなってきた魔王は、やがてトドメを刺されることなく息を引き取ったのであった。

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