第602話 絵心なき地図

 ジョンが魔王の手下を殺してから1週間。適度にやってくる魔王の手下をジョンが殺していくと、手下たちが乗ってきていた馬はそのまま村に寄付していた。


 そして、その間の村の女性たちが何をしていたかと言えば、交流のある集落へ移動するために、家具屋を営んでいた家庭の女性を筆頭にして、既存の物とは別で新しく馬車を作る作業に勤しんでいる。


 ちなみに材料となる木材はジョンがサクッと木を伐採して加工し、女性たちに提供している。


 これらは魔王の手下が再びやって来た時に行われた話し合いで、このままではジョンが去った後に魔王の手下がやって来ると、男たちがいないので根こそぎ連れていかれるという結論が出たためである。


 その話し合いの結果により、ラバスが全快するまでの間だけ滞在すると決めていたジョンも、自分が立ち去った後にラバスやラズベリーが不幸に遭うというのは許容できないので、女性たちの引っ越し準備が整うまでは用心棒として滞在することに方針を切りかえたのだ。


 ぶっちゃけこの現状を引き起こしたのは、やって来た魔王の手下を殺し、村の男たちを粛清してしまったジョンのせいなのではあるが。


 そして今日は定例会議の日。定例と言っても期日を決めているわけでもなく、ただ単に魔王の手下がやって来た日に、みんなで集まって話し合いをするというのが、何となくの流れで定着してしまったのだ。


「馬はまだ必要か?」


「いえ、もう十分です」


「馬車は?」


「あと2台ほど作れば備蓄なども積み込めますし、もうしばらくかかるかと思います」


「んー……」


 そこでジョンが考え込む仕草を見せると、それを気にした女性が声を上げる。


「何か気になる点でも?」


「いやな、本当に今更なんだが……これって魔王を殺せば済んだ話なんじゃないかって思ってしまってな」


 本当に今更なことを言われてしまった女性たちは、ただただ言葉を失ってしまう。だが、女性たちは今更なことを言われたところで、そもそもジョンが魔王に勝てるとは思っていない。


 たとえ魔王の手下を殺せたとしても、魔王は別格なのだ。それが魔大陸の常識であり、倒せるのは同じ魔王か人族の勇者だけだと誰しもが知っていることである。それは歴史が証明しているからだ。


 当然のことながら他の女性たちのジョンに対する評価は、魔王の手下よりかは強い人族だけど、魔王には勝てない人族というものである。


 その理由としては、ジョンが勇者であることはラバスしか知らないからだ。


 だが、何故ラバスだけがジョンは勇者だと知っていて、他の女性たちが知らないままなのかと言うと、それはジョンがラバスに対して召喚された者だと教えた時に、ラバスが口外しないようにと釘を刺しておいたからだ。


 その理由としては、仮に魔大陸で“勇者”だと名乗った場合、勇者を殺すために魔王や魔族が押し寄せてくる可能性があることにほかならない。


 たとえジョンが勇者であっても、歴史に残る勇者は仲間と一緒に魔王を倒している。


 ゆえに独り身で魔大陸を旅しているジョンだと、魔王や魔族が押し寄せてきたら数の暴力でやられてしまうからだ。


 ラバスにとって最愛の娘の命の恩人であるジョンが、そのような事態に陥っては寝覚めが悪くなるというもの。


 最悪、村に数多の魔族たちが押し寄せることも可能性としてはある。ラバスはそれらを懸念したのだ。


 そのような経緯があったからこそ、ラバスしかジョンが勇者であることを知らないのだった。


「馬車を作るのにも日にちがかかるし、とりあえず魔王を先に殺してくる。これ以上は手下が来ても馬はいらないわけだし戦うだけ俺が損だ」


 ジョンが唐突にそのようなことを言うと、女性たちからは無謀だからやめた方がいいという声が上がる。


 その女性たちとしては他集落へ向かう際に、ジョンから護衛をしてもらいたいという打算があったからだ。


 仮にここでジョンが魔王へ挑んで負けでもしたら、と言うよりも女性たちは負けると思っているので、優秀な護衛役を失いたくないという気持ちの方が大きい。


 しかしながらジョンとて、このまま現状維持を図っていたのでは人殺しを楽しむと言うよりも、ただ単に寄ってくる目障りな羽虫を殺している感覚でしかなく、当初の目的からはズレている。


 受動的な人殺しよりも能動的な人殺しをジョンは好むゆえに、この状況を打破するためにも魔王を殺してしまおうと動くのだ。当初の目的でもあったがゆえに。


 それからというものジョンは女性たちの反対を押し切り、村長宅に保管されている周辺地図を眺めながら、魔王が住処にしている場所をラバスに教えてもらうのだが……


「これ……地図だよな?」


 ジョンがそう言ってしまうのも無理はない。何故なら今ジョンが目にしているのは子供が描いたお絵かきのような代物であり、ジョンの記憶の中にある地図とは似ても似つかないものだからだ。


「地図ですよ」


「ラズベリーが描いた絵とかじゃなくて?」


「ラズベリーに地図は描けません」


「他の子が――」


「描けません。そもそもそれは行商人から買いつけたものです。村のみんなで少ないお金を出しあったので、その時のことはしっかりと覚えています」


 そのラバスの発言に対して女性たちも覚えていたのか、一様に頷いて同意を示した。


 そのことに関してジョンはこんな絵でも金になるのかと結論に達し、自身で描いた地図を売れば意外に儲かりそうだと思ってしまう。


 そして、頼りになりそうにない地図らしき絵を不本意ながら頼りにして、ジョンは魔王の住処をラバスに尋ねながら話し合いを進めていく。


「恐らく……地図で指し示している通り、この辺に根城があると思います」


 そう答えるラバスが指をさしているのは、この村から南に移動した所にある大きな城らしき絵だった。


 それを城らしきとジョンが思ったのは、ひとえに家っぽい絵が村を指しており、その家の絵よりも幾分か豪華?に見えるような気がしないでもない絵であったからだ。


「この地図通りなら、南にそのまま向かえば到着するってことか?」


「いえ、これは南の方角にあるというだけで、必ずしもこの村から真南にあると指しているわけではありません。現に交流のある村々の位置はこの地図を見る限り多少なりともズレています」


 その言葉を聞いたジョンはガックリと肩を落としてしまう。あまりにも杜撰に作ってある地図を眺めながら、これなら地図じゃなくて文書でも事足りるのではないかと思わずにはいられないからだ。


 結局のところその後の話し合いにより、このまま南を目指しても魔王の所へ行きつかないのではないかというジョンの懸念事項に、女性たちも賛同する。


 そして、その話し合いがどういう終着点に落ち着いたかと言うと、もう1度だけ魔王の手下が来るのを待ち、1人だけ生き残らせて道案内をさせるということに決まったのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 数日後、またしても魔王の手下がやってきたのだが、今回は様相が変わっていた。明らかに下っ端でないような者も含まれている。


「何故こんな所に人族が……? いや、それよりも回収班を倒した奴がいるだろ? そいつをこの場に連れてこい。素直に応じればお前は見逃してやろう。下等な人族などに興味はないからな」


 そう問いただすのは全身が毛に覆われている狼男だった。手下としてやって来ていた魔人族よりも上等な装備に身を包んでおり、手ぶらなジョンが何も装備していないことから侮っているようだ。


「狼男?」


 まさか絵本の中で見た空想上の生物と思っていた狼男が現れたことにより、ジョンは『異世界ってスゲェな』と思ってしまう。


 だが、そのようなことを思っていることなど知らない狼男は、ジョンが答えないことに腹を立ててしまった。


「さっさと呼べ! 魔王様への貢ぎ物にするぞ!」


「俺がその人物だが? 何か用か?」


 淡々と答えるジョンに対して、狼男は訝しむ。


「貴様が?」


「ああ、そうだ」


「嘘をつくな! 下等な人族ごときが魔人族に勝てるとは思えん!」


「確かに……今は武器も持ってねぇからな。そう見えてしまっても仕方がねぇ」


 それを聞いた狼男がジョンに武器を渡すよう手下に言うと、ジョンはその行動に対して意味がわからなくなってしまう。


「こいつと戦え。お前が勝てば信じてやろう。仮に負けた場合はお前が死ぬだけだ」


 狼男のせいで何故だか戦うことになったジョンは、差し出された剣を鞘から解き放つと軽く振って調子を確かめる。


「意外と重いんだな」


 ジョンはいつもスキルで肉体を変化させているので、腕を剣に変えたとしても体の一部であることや、スキルの補助により重さを感じないでいたのだ。


 そして、狼男はジョンが剣を重く感じていることを口にしたため、大した力はない口だけの男だと判断する。


 ゆえに、ジョンが何の苦労もなく手下を斬り殺した光景を目にして、理解が追いつかず言葉を失ってしまった。


「勝ったぞ」


 ジョンがそう言うと、我に返った狼男は手下たちに捕まえるように指示を飛ばした。


「抵抗をすれば村人どもに被害が出るぞ」


「意味あるのかそれ? 俺がこの村の者たちと無関係だったらどうするんだ?」


「その場合は村人を回収して仕事を終わらせるだけだ。どっちみちここに来た回収班を倒し続けたことで、お前は無関係ではないだろ。無関係なら回収するのを邪魔したりしないだろうからな」


 その回答を聞いたジョンは、狼男の評価を一段階上げることにした。思いのほか頭が回るようだと感じたからだ。


「俺を捕まえてどうするつもりだ?」


「簡単なことよ。魔王様の御前に連れて行き、処刑するだけだ」


 それを聞いたジョンは思いがけない幸運がやって来たことにより、内心でガッツポーズしてしまう。


 元々魔王を殺しに道案内させるつもりだったのが、向こうから連れて行くと言ったのだ。ジョンとしては諸々の手間が省けるので、このまま素直に従うことにした。


 そして、ロープで拘束されたジョンは荷物のようにして馬に乗せられると、本当にジョンだけが目的だったのか狼男はそのまま帰還の指示を出す。


「これより魔王様の所へ向かう。進め!」


 狼男の指示により颯爽と馬を走らせる魔人族によって、ジョンは馬の背におぶさるようにして横向きに乗せられているため、乗り心地が最悪だと内心で愚痴っていた。


 そして、村を出発したジョンは、帰り道がわからなくなってしまっては村に戻れなくなってしまうので、どの方向にどれだけ進んでいるのかを把握することに努める。


 だが、明らかに地図では南であったはずなのに南寄りの東、早い話が東南東に近い方角へ進んでいることに対して、ジョンは村長宅で見た地図を絶対にあてにしてはいけないと心に誓うのであった。

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