第601話 井戸端じゃない会議
男たちの始末を終えたジョンと女性陣は、これからどうするのかを話し合うために空き家となった村長宅を利用していた。
村長の奥さんがいないことをジョンが村の女性たちに聞いたところ、村長の妻は流行病でなくなっていたことを聞かされる。
それを聞いたジョンは、村長にとってたった1人となった家族である息子を、生贄に出したくないという気持ちもわからないでもないが、女性たちに言わせてみれば「それはそれ、これはこれ」と強く非難していたのだ。まぁ、ラバスを襲おうと画策していた時点で、救済の余地はないが。
その村長宅は秘密の会合ができるとあってか、無駄に広い部屋がある。本来は秘密の会合ではなく、普通の会合をする場合に使用する部屋だそうだ。
奥さんがいないという状況を利用して、男たちで日夜集まってはくだらない会合をしていたのだろう。
「まず、これから起こりうる事態を列挙していくぞ」
ラバスやラズベリーを救い、魔王の手下を亡きものにしたという実績から、何故か司会進行役にジョンが選ばれていた。
ジョンとしても面倒なことから断っていたが、多勢に無勢という圧倒的多数の女性たちの意見によって、仕方なくやることにしたのだった。
「この村に来た手下を始末したことから、もしかしたら別部隊が様子を見に来るかもしれない」
そのことに関してはわかりきっていたことなのか、特に騒がしくなることもなく、女性たちは静かに聞いている。
「だが、魔王が頓着しないタイプの奴だった場合は、このまま忘れ去られるだろう。村がどれだけ存在しているとか把握していなければだが」
先程とは違い、もしかしたらの可能性ではあるが魔王の支配から開放されると聞いた女性たちは、少しだけ明るい表情となる。それでも可能性の問題なので、ぬか喜びにならないよう自粛はしているが。
「残念なことに、今この村には男手がない。よりにもよって、男全員が今回の件に加担していたからだ。俺からしてみれば、1人くらいまともな奴がいてもおかしくはないはずなんだが……」
ジョンから出る当たり前の主張に対し、女性たちは心の底からの溜息をつく。その女性たちも、まさか全員がラバスを狙っていたとは思わなかったのだ。
「ラバスさんって変な魅力があるのよねー」
「魅惑……妖艶って感じかしら」
「そうそう。旦那が言ってたけど『どこかエロい』って。その時は旦那を引っぱたいてやったけどね」
「その泣きぼくろが原因じゃない?」
「あと胸じゃない? 明らかに大きいし」
最後の意見に関しては何かしら思うところがあるのか、一部の女性たちは自分の胸を触っては項垂れてしまっている。
「ジョンさんはどう思います?」
女性たちの1人からそう尋ねられたジョンは、どう答えるのが正解なのか悩んでしまう。
ここで「エロい」と口にすれば、死んだ男たち同様に軽蔑の視線を受けてしまうのはわかりきったことだ。だが、「普通」と言ってしまえば、それはそれで「ありえない」と否定されてしまうだろう。
周りは全て女性。「子供たちの前で――」という逃げ口上をするために必要な子供たちは、今現在別の部屋で遊んでいる。
この時のジョンは、逮捕された時以来の四面楚歌を味わってしまう。相手は警察ではなく女性たちだが。
「一般的に見ても、み……魅力的ではあると思う」
あくまでも“一般論”という逃げ道を作ったジョンだが、女性たちがそれで納得するはずもない。
「“ジョンさんは”って言ったのに、“一般的”がつくんですか?」
「もしかして恥ずかしがり屋さん?」
「ああ、それだから“一般的”って使ったのね」
「ということは、魅力的って思ってるわけね」
「ジョンさんも大きい方が好きなのね」
「所詮、男は大きい方が好きなのよ」
「小さいのも好みだ!」
大きい派として確定されてしまったジョンは、うっかり口を滑らせてしまいどちらもイケる派だと主張したが、女性たちの視線が集中したことにより、ジョンは失言に気づいてしまう。
「あ……」
「ほおほお、小さいのも好きだと」
「これはこれは……私たちって狙われちゃうのかしら?」
「逆に狙って食べちゃう?」
「改めて見ると引き締まった体をしてるのよねー」
「簡単に手下たちを倒しちゃう実力者だし」
小さい派の女性たちが舌なめずりをし始めると、ジョンはラバスの時のことも含めて、『この世界の貞操観念はどうなっているんだ!?』と心の中で密かに思ってしまう。
ジョンは異世界初心者なので知らない。基本的に魔大陸は危険であるため、女性たちは外敵から守ってもらうために、強い男となると引く手数多の優良物件であることを。
更には、異世界であるため現代社会のルールなんてものが存在しない。つまり、一夫一妻と言うよりも、一夫多妻が当たり前の常識でもあったりする。
ジョンはその辺のことを、ラバスからまだ教わっていないが。
そのような女性たちの好みの基準は、まず先にくるのが戦闘能力。そこから顔の好みだったり、体型の好みだったり、性格だったりと派生していくのだ。ここみたいなさびれた村でもそこは変わらない。
ゆえに、男はどれだけ狩りができるかでモテ度が変わるのだ。食料を確保できる男。それが女性たちにとって最低条件となる基準なのだ。
栄えた街とかに行けば狩り以外の仕事もあるが、村ではそうもいかない。何故なら基本的に通貨があまり流通していないので、物々交換が主流となってくるからだ。
魔大陸カースト底辺の村になると、それが顕著に現れてくる。それゆえ通貨を使い食料を大量に確保できるわけもなく、こういう村では基本的に一夫一妻で落ち着いているのだ。
「もう、みなさん! 今は話し合いの場ですよ」
女性たちが横道に逸れてガールズトークに花を咲かせていると、ラバスはジョンの進行を手助けするために女性たちを窘める発言をする。
すると、どうなるか。
当然のことながら女性たちのターゲットは、ジョンからラバスへと移行するのだった。
「あらあら、ラバスさんってもしかして……」
「ありえるわね。初めて会った男を昨日から泊まらせているんでしょ?」
「これは、夜のうちに何かあった?」
「ラズベリーちゃんも妙に懐いていたし……」
「ジョンさんを見る目が他の男たちと違うのよねー」
次第に収拾がつかなくなってくると、ジョンはさっさと話を終わらせて休みたかった(女性たちの相手が疲れる)ので、強引に逸れた路線を元に戻した。
「とにかく、男がいないから村の防衛をどうするか考えないといけない」
「これからもジョンさんが撃退してくれるんでしょ?」
当たり前のことのように女性がそう言うが、ジョンはそれを否定する。
「俺は旅人だ。この村に永住する気はないぞ」
「そんな……」
その言葉を聞いた女性たちは一様に切羽詰まった表情となる。ラバスやラズベリーは既に知っていたことだが、他の女性たちはジョンが村に住み着くと思っていたのだ。
ゆえに、話し合いもどこか上の空で、ガールズトークに勤しむことができていたとも言える。
ジョンから急に突きつけられた現実問題に対して、女性たちが右往左往し始めてしまう。
女性たちにとって身の安全が保障されないなど、当たり前のことではあるが死活問題なのだ。
「とりあえず、しばらく俺は村にいる。元々、ラバスの体調が全快になるまでは、この村にいると決めていたことだしな。その間に魔王の手下が来たら俺が対処しよう」
「その後はやはり……」
「旅の再開だな」
それからジョンは、当初の目的である魔族や魔王の討伐を正直に女性たちに対して話していく。
それを聞いた女性たちは自分たちが魔族であるため顔を青ざめさせていたが、ジョンが女子供には手を出さないと伝えたら、女性たちは胸をなでおろして安堵していた。
「そもそも、殺すつもりならこんな話し合いをしなくて、そのまま男どもと一緒に殺してる。俺は人殺しだが見境のない人殺しではない。俺は俺なりにポリシーを持って人殺しをしている。胸を張って言えることではないがな」
「それで、女子供には手を出さないと?」
「基本的にはな。ただ、俺を殺そうとしてくる奴は別だ。人を殺しておいて自分勝手な言い分だが、俺は極力死にたくない。だから、その時は相手が女子供でも反撃する」
「そう……ですか……」
「軽蔑するならして構わないぞ。褒められた生き方をしていないのは自覚しているからな」
「いえ、人族の社会ではどうかわかりませんが、魔大陸において殺し殺されるのは日常茶飯事ですから。ここにおいては弱肉強食が絶対不変のルールなんです。ですから私たちような弱者は、いつまでも搾取される側から抜け出せないのです」
それを聞いたジョンは女性たちが魔法を使っているのを見ていたので、弱者として自己申告していることを疑問に思う。少なくともジョンは自分が魔法を使えないので、使える人を見れば強いと感じるのだ。
未だ常識を勉強中のジョンは、その疑問を解消するために女性に対し問いかけてみた。
「魔法が使えるなら戦えるんじゃないのか?」
「魔法の扱いにも強弱があります。魔法に長けた種族もいますし、魔法が使えるから強いというわけにはいかないんですよ」
「そういうもんか」
「そういうものです」
それからも話し合いは続いていき様々なことを取り決めていくと、まずは各自家の掃除から始めることになった。
それは、ジョンの行った粛清のせいで、夫のいる家や息子のいる家などが惨劇の跡みたいになっているからだ。
そのことに関してはジョンも申し訳なく思い謝罪するのだが、女性たちはラバスやラズベリーに悲劇が起こるよりもよっぽどマシだと言って、ジョンに対して気にしないように言うのだった。
その後、ジョンも厄介になっているラバスの家の掃除を手伝い、ラバスやラズベリーと一緒にラバスの寝室を綺麗にしていく。
「ラバス、休んでなくていいのか? まだ本調子じゃないだろ」
「ジョンさんの薬湯のおかげで、体の調子がいいのです」
「無理するなよ」
「はい」
それから掃除を終えた3人は遅めのお昼ご飯を食べることになり、その後は穏やかに過ごしていた。
そして、その日の夜。
「ジョンさん、私たちと一緒に寝てくれませんか?」
「……は?」
「あの部屋で1人きりで寝るのが怖いんです」
「それは……まぁ……」
「ラズベリーも一緒にお願いします」
「お願い、ジョンお兄ちゃん」
ジョンとしてもラバスやラズベリーの気持ちが理解できたために、その願いを無下に断ることができず、結局のところ3人で川の字になって寝ることになる。
そうなるとラズベリーのベッドは子供用で小さいために、ラバスのベッドを使うことになるのだが、寝室に入ったジョンは失敗したと思い知るのだった。
「昼間のうちにラズベリーの部屋へベッドを移動させておけば良かったな。よくよく考えたら、ここって人が死んでた場所じゃねぇか」
「正しくは“死んでた”ではなくて、ジョンさんが“殺した”場所ですけどね」
からかうようにして言ってくるラバスを見たジョンは、本当に怖がっているのだろうかと疑問に思ってしまうが、そこはつっこまないことにした。
そして、ベッドの上でラズベリーをラバスとの間に挟み川の字になると、ジョンは明日になったらベッドを移動させようと考えつつ、しばらくは3人で他愛のない会話を楽しみながら眠りにつくのであった。
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