第591話 お詫びの品製作

 劇団猫屋敷でハッスルした翌日。ケビンは最大の難関である結愛ゆあたちのことで、大いに頭を悩ませていた。


 それは結愛ゆあたちとの距離が近すぎるという点から、いったい何をすれば喜ぶのか思い当たらないからだ。


 普通の女性であればデートという安易な考えにいきつくのだが、結愛ゆあたちに限って言えば、それもどうだろうかと二の足を踏んでしまう。


 それに今までの流れから情報漏洩でもしているのか、朝食の時からチラチラと視線を投げかけてくるのだ。


(あれは絶対に期待をしている目だ……姪っ子たちの期待が辛い……)


 そのようなことを考えているケビンは、とりあえずその視線には気づいていませんよという雰囲気を出し、急ピッチで何をするか思考を巡らせていく。


(くっ……ねずみ男の陸地やユニバース日本さえあれば……)


 ケビンは悩む。大いに悩む。


 そして、その日は悩むだけに終わった……


 次の日の朝食時、ケビンはある一角からのプレッシャーをビンビンに感じていた。


『何だ、このプレッシャーは!?』


『圧が……圧が凄いです!』


《あなたがさっさとそこら辺に連れていかないからでしょう》


 もう既に結愛ゆあたちはチラ見という技法をかなぐり捨てて、ガン見という技法を披露している。


『そこら辺で結愛ゆあたちが満足しそうにないから、こっちは悩んでんだ!』


結愛ゆあさんたちなら、普通のデートでも喜ぶと思いますよ』


『マジか!?』


《それはどうかしら? カジノデート、ショッピングデートという前例があるのよ? 結愛ゆあたちが期待していてもおかしくないわね》


『マジかぁ……』


《せいぜい悩んでいなさい、種馬ケビン。プークスクス》


『システムちゃん……』


 そして、この日も何事もなく終わりを迎える。


 更に翌日の朝食時、ケビンの両隣には陽炎ひなえ朔月さつきが陣取り、正面には結愛ゆあが配置についていた。


『プレッシャーが昨日よりも半端ないんだけど!?』


『鬼気迫るものを感じますね』


《ああっ、人の不幸ってなんて甘いのかしら。癖になりそうよ。プークスクス》


『クソっ、システムの分際で』


《何か言った?》


『いえ、朝食以外何も口にしておりません』


《言ったわよね?》


『言ってません』


 確かに言葉を口にはしていないが頭の中では思っているので、言葉尻を取ったケビンに軍配が上がるのだが、ケビンがそのようなやり取りをしている中で、結愛ゆあが唐突に口を開いた。


「あー、暇だな。あなたたちも暇よね?」


「暇だよねー」


「暇」


『何だ、この取ってつけたような会話は!?』


『暇のアピールですね』


 そして、ケビンの周りだけ静寂な朝食が進む中で、再び結愛ゆあが口を開く。


「今日って何か予定があった?」


「何もないよー」


「いつでも暇してる」


『だから俺にどうしろと!?』


『早く対策を考えないと、襲われちゃいますよ?』


『それはそれでいい!』


《救いようのない変態ね》


 その後ケビンは鬼気迫るプレッシャーの中でも何とか食事を終えてしまうと、いつもは絶対に朝からは行かない執務室へ逃げ込んだ。


 ケビンはそこで執務をしながら並列思考で対策を考える。執務より対策の方がメインになっているのか、机の下の脚は貧乏揺すりが止まらない。


(何か、何かないのか?)


 そのような時に執務室をノックする音が聞こえ、ケビンは反射的にビクッとしてしまう。


「ケビン様、お茶をお持ちしました」


「あ、ああ。入れ」


 プリシラの声が聞こえてきたことで心の底から安堵するケビンは、その後プリシラの淹れたお茶を口にすると一息の度合いが大きくなり、思い切り息を吐き出したような感じとなる。


 それを見ているプリシラはメイドや妻としてケビンを気遣うために、ケビンの右隣に立ったまま声をかけた。


「ケビン様、差し出がましいことを申し上げますが、結愛ゆあ様たちのことはどうするおつもりなのでしょうか?」


 ケビンはプリシラからの問いかけに答えるためか執務の手を一旦休めると、クルリとイスを回してプリシラに体を向けてから喋り始めた。


「それを考えるために、邪魔をされない執務室に逃げ込んできたんだ。結愛ゆあたちに会ってたのは子供の頃だからな。大人になった結愛ゆあたちはどういうのが好みなのかサッパリだ」


「子供の頃ですか……その子供の頃は、どのようなことをして喜ばせていたのですか?」


「んー……基本的にテレビゲームとかだな。俺の家が兄さんたちの家から割りと近かったから、土曜日なんかは泊まり込みで遊びに来ていたなぁ……結愛ゆあ陽炎ひなえはそうでもないが、朔月さつきの上達ぶりが凄くてな。俺が子供相手に追い込まれることもしばしばあった。それにしても懐かしい……」


 本当に懐かしく思っているのだろう。プリシラから見るケビンはとても穏やかな表情を浮かべている。


「そうですか……では、その“てれびげーむ”というのを私は存じませんが、それをまた一緒にすれば良いのではないでしょうか?」


「それがなぁ……この世界には無いものだから、遊ぼうとしても遊べないんだよ」


「ケビン様がお創りになることはできないのですか?」


「素材がない上に構造が未知の領域だからな。多分、魔力量が足りないかもしれない……いや、待てよ……『魔力量が足りないなら生命力を追加ベットすればいいじゃない』と、マリーさんじゃないどこかの貴族夫人が言ってたな」


「私から提案しておいてなんですが、それはおやめ下さい。大変危険だと伺っております」


「まぁ、そこまで危険視する程度のことでもないさ。サナがサポートするし、問題ないだろ」


「ケビン様っ!」


「それに今なら俺が死にそうになったら、プリシラが回復してくれるだろ? 頼りになる愛すべき妻が傍にいてくれるなら、これほど心強いものはない」


「……その仰り方は卑怯です」


 珍しくプリシラが凛とした表情からプクッと頬をふくらませると、それが可愛く見えたケビンは立ち上がりプリシラを抱き寄せたら、膨らんでいる頬をつんつんとつつくのだった。


「俺の可愛いプリシラ。頼んでもいい?」


「……今日は結愛ゆあ様たちではなく、私をいっぱい愛してください」


「わかった。結愛ゆあたちと遊ぶのは明日にしよう」


 それからケビンはプリシラを連れて寝室に転移すると、テレビゲームを創るべくサナのサポートのもと意識を集中し始める。


『マスター、生命力を持続回復させるために《パーシステンスヒール》を予めかけておいてください』


『それほどのもんか?』


 ケビンは浅はかな考えで、足りない魔力量は魔素で賄おうと楽観視していたのだが、サナはケビンが失念していることを伝えた。


『現在、近辺の魔素はダンジョンに回してるじゃないですか。マスターの足りない魔力量を補うのには全然足りませんよ』


『あぁぁ……ダンジョンか……』


『成長型1つ、維持型5つですよ。周辺の魔素がそっちに持っていかれているのは当たり前じゃないですか』


『ダンジョンを創った弊害がこんなところで……』


『あと、大量のマナポーションもお忘れなく準備してくださいよ』


『たぷたぷ地獄が……』


 胃の中でちゃぽんちゃぽんと音を鳴らすたぷたぷ地獄を想像したケビンは、少しだけテレビゲーム創造を諦めてしまおうかという考えが頭をよぎる。


 だが、結愛ゆあたちのためだけでなく、ケビン自身も久しぶりにゲームをプレイしたいという欲求が膨れ上がっているので、たぷたぷ地獄になるのは甘んじて受け入れることにしたようだ。


 そして、サナの言う通りに準備を進めたケビンは、いよいよもってゲーム製作に取り掛かる。


「【創造】」


 まず、ケビンがしたことはゲーム機本体の中身を創り出すことだ。これはサナのアドバイスで、一気に創ってぶっ倒れることのないようにするためだった。


 サナの言い分では段階的に中身を先に創って、それを素材に本体を創れば負担も減るとのことなので、ケビンは中身の製作については困った時のサナ頼みで丸投げし、魔力の供給係という燃料役に徹することにした。


 それも致し方がないこととも言える。前世のケビンはゲーム機本体の外側は何度も見ているが、分解して中身を確認するなんて真似は1度もしたことがないのだ。


 仮にゲーム機の本体価格が千円程度なら、いくらでも分解するという行動に出たかもしれないが、数万単位する高価なものを分解して、その中身を調べようという気にはさすがにならなかった。


 よってケビンの出番は最後の外側の部分の想像力と、カラーリングくらいしかない。それまではシステムにアクセスできるサナのチートぶりに、創造過程を丸投げするしかないのだ。


『ってゆーか、いつも不思議に思うんだが……地球の文化をどうやって手に入れてるんだ? システムと言えど、この世界のことしか知らないだろ』


 ケビンのご尤もな疑問に対して答えたのは、作業中のサナではなくシステムだった。


《あなたの欲求を満たすためだけに、ソフィーリア様が私を過去にバージョンアップさせたのよ。私としては最悪な気分ね。たかが、あなたごときのために必要のない情報がストックされるんだもの》


『そんなこと言ってるとソフィにお仕置きされるぞ?』


《大丈夫に決まってるじゃない。怒られない範囲を超演算処理にて幾度となく計算し、完璧なセーフティゾーンを確立しているんだから。そんなこともわからないの? これだからボンクラは。プークスクス》


『くっ……能力の無駄使いをする駄システムめ』


《何とでも言うがいいわ。何もできないあなたから何を言われようとも、痛くも痒くもありませーん。プークスクス》


『バカシステム、アホシステム、マヌケシステム、ツンデレシステム、暇システム、仕事しろシステム、長いものに巻かれてるシステム、サナがいなければボッチシステム、寂しいからってサナ経由でちょくちょく俺の中に入ってくる寂しがり屋システム、本当はかまって欲しいんだろかまってちゃんシステム、素直になれよあまのじゃくシステム――』


《うるさいうるさいうるさーい! あなたのことなんてどうでもいいんだからね! 私がその気になればあなたの称号なんか、弄りたい放題なんだから!》


『あれあれぇー? 何を言われても痛くも痒くもないと言ってたシステムさんが逆ギレですかぁ? プークスクス』


《もういいもん! 帰る!》


『システムさーん? ボッチでお仕事に専念でもするんですかぁ?』


『ん? 応答がない。ただの独り言のようだ』


 相手を逆上させる手段を使わせると、右に出るものはいないと言われるほどのケビンの煽りを受けたシステムは、どうやらいじけてしまって本当に仕事に戻ったようである。


 そのような時に作業内容に余裕ができたのか、サナがケビンに話しかけた。


『マスター……システムちゃんをイジメないでくださいよ。長年マスターに連れ添っているサナと違って、システムちゃんは人格ができたばかりで打たれ弱いんですから』


『いやー……なんかこう、ついイジメたくなるような雰囲気を出してるだろ? かまって欲しい感がビンビンと伝わってくるからさ』


『システムちゃんはサナにとって妹的な存在なんですよ。能力的には世界を管理してるだけあって、完全に上位互換ですけど』


『おおっ、サナの妹か!? その線では考えていなかったな』


 ケビンがサナの発想に感嘆としつつ作業を進めていると、中身の創造が終わりを迎えて、それを元に外装の創造過程に入る。


 ケビンは古い記憶を手繰り寄せて完成形を思い浮かべ、足りない部分はサナのサポートによって補完されていく。


 ゲーム機本体、コントローラーと創造していき、それらが終わるとソフトの創造に移行しようとするも、それをプリシラから止められる。


「ケビン様、少しお休みされては?」


「あとはソフトだけだから、このまま続けようと思うんだけど」


「マナポーションの飲み過ぎです。空き瓶がいっぱい転がっていますよ」


 そう言うプリシラの指さす先には、10本以上の空き瓶がケビンの周りに転がっていた。さすがに異世界の物を素材も用意せず、ゼロから創りあげるという行為は、思いのほかケビンの消耗を早めていたようである。


 それに気づかされたケビンがバツの悪そうな顔つきになると、プリシラは自分の膝を軽く叩いて暗に語りかけた。


「……わかった。プリシラの言う通りに少し休む」


 ケビンがプリシラの膝枕で休むために体を横にすると、案の定「ちゃぽん」という音が、胃のあたりから体を通して響きわたる。


「うっ……意識してしまうと苦しい」


「ゆっくりとお休みください」


 横になったケビンが素直に休み始めると、プリシラはこの際だからとケビンの耳かきを始めた。


「ヤバい……膝枕な上に耳かき……最高じゃないか」


 ケビンが心地よく休んでいたら、反対の耳の番となり体の向きを変えてプリシラの方へ向く。すると、ただ耳かきをされているケビンが手持ち無沙汰になったのか、手を伸ばしてプリシラのお尻を撫で始めた。


 そして、ゆっくりと手を伸ばしたプリシラがケビンの手を掴む。


「ケビン様、耳かきの最中にオイタはおやめ下さい。危険です」


 有無を言わせないプリシラの気迫に圧されたケビンは、そっと手を離すと大人しくすることにしたようだ。そして、再び手持ち無沙汰になったケビンは、寝転がったままソフトの創造に取りかかった。


「ケビン様?」


「寝転がってるからいつもより回復量は多いし、回復スピードも早い。プリシラが懸念しているようなことにはならないさ」


 プリシラが苦言を呈そうにも、全然やめる気配のないケビンを見たからか、プリシラはそれ以上何も言わずに膝枕を提供し続ける。


 そして、とうとうソフトの創造まで終わらせると、ケビンはプリシラの膝枕から転がり下りて、体のこりをほぐすかのように伸びをする。


「終わったぁ……」


「お疲れ様です。マッサージなど如何でしょうか?」


「ああ、頼む」


 ケビンがプリシラのマッサージを受けるためマグロになると、プリシラは労わるようにしてケビンの体全体を揉みほぐしていく。


「やべぇ、気持ちいい……寝てしまいそうだ」


「そのまま寝られても構いませんよ」


 プリシラからそう言われたケビンは、やがて気持ちよかったのか本当に寝てしまい、心地よい睡眠に突入するのであった。

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