第592話 プロゲーマーの容赦ない攻撃

 ケビンが最後の難関に二の足を踏んで早4日目。いつもは明るい朝食の場は、ブリザードが降り注いでいるかのような雰囲気だ。


「昨日は1日中お楽しみでしたね」


 そう口にするのは、ケビンの前の席を陣取っている結愛ゆあだ。その表情は凍てついているかのごとく無表情である。


「メイドプレイは楽しかった?」

「本場のメイドだもんね?」


 そして、両隣からは結愛ゆあと同じく無表情な陽炎ひなえ朔月さつきが、チクチクとケビンに感想を聞き出している。


 だが、何の策も思いつかないままのケビンであったら、今すぐこの場から逃げ出したくなるのであろうが、今は取っておきの秘密兵器を昨日のうちに創り出しているのだ。


 今のケビンに死角はない。


「ああ、プリシラは最高のメイドであり妻だ。俺の要望にも余すことなく応えてくれて、最高の夜を過ごせた」


 火に油を注ぐような発言をしたケビンによって、一部の嫁たちはギョッとしてしまいケビンを見つめてしまう。それを聞いた結愛ゆあたちは、食事の手を休めると静かに口を開いた。


「へぇーそうですか」

「最高だったんだ」

「それは良かったね」


 周りにいる一部の嫁たちは気が気ではない。まさにここは朝食の場ではなく、戦場へと化そうとしているのだ。


 そのような場で、とある1角に座るニコルは隣にいるプリシラの脇をつんつんとつつき、ボソボソと話しかけた。


「お、おい、プリシラ。これを何とかしろ。お前がケビン様を独占していたから、デートに誘われると思っていた結愛ゆあ様たちがお冠なんだぞ」


「全てはケビン様の幸福のもとに」


「――ッ! それは【ケビン様を慕う会】の格言!?」


「わかったのなら、黙って成り行きを見守りなさい。沈黙は金です」


 全くもってプリシラの言わんとすることの1ミリたりとて、それを言われたニコルは理解していないのだが、結愛ゆあたちの振りまく雰囲気の中に特攻する気はさらさらないのか、黙って朝食の続きを摂り始めた。


「今日は誰と一緒に過ごすのかな?」

「メイドが昨日なら今日は秘書かな?」

「それとも新しいお嫁さんを増やす?」


 ケビンを攻撃する手を休める気はないのか、結愛ゆあたちは相も変わらずチクチクと小言を繰り出している。


 だが、今のケビンに死角はないのだ。


「今日は結愛ゆあたちと過ごすに決まってるだろ。言っとくが、明日の朝まで開放されると思うなよ? むしろ、結愛ゆあたちから離れたくないと言い出すだろうな」


「へぇーそれはそれは……」

「中々に強気な発言だね」

「それほどに凄いイベントを?」


「まぁ、朝食後のお楽しみだな。ここでネタバレするわけがないだろ」


 こうしてブリザードが降り注ぐ中で、エレフセリア家の朝食は終わりを迎えるのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「さぁ、今から遊ぶぞ!」


 朝食後にケビンの寝室へと連れ込まれた結愛ゆあたちは、壮大なる勘違いをしてしまう。寝室だから致し方がないとも言えるが。


「なに、エッチでご機嫌取り?」

「気持ちよさで誤魔化すの?」

「騙されない」


 それを聞いたケビンは、“ケビンの寝室=エッチ”という固定観念がある結愛ゆあたちに呆れながらも、苦笑いを浮かべながら遊ぶための準備を進めていく。


 そして、ケビンが【無限収納】から大型モニターやゲーム機を設置していくと、それを見てしまった結愛ゆあたちの表情は、見る見るうちに変わっていくのだった。


「それって……」

「まさか……」

「うそ……」


「どうだ。これが昨日1日かけて創っていた俺の努力の成果だ」


 ケビンはプリシラに口止めしていることをいいことに、まさかのゲーム機製作で1日を費やしていたと法螺を吹く。だが、ここに真実を知るプリシラはいない。さりとて、ソフィーリアにしてもわざわざケビンが嘘をついていると、ここに言いに来ることもない。


 今まさに、時代はケビンのために動いている。


「だって、プリシラさんと一緒に……」


 そのような中でも結愛ゆあは当然の疑問を口にするが、ケビンは予め用意していた言葉を返すだけ。


「へばった俺を回復するお手伝いをしてもらっていたんだ。サポートにかけてはプリシラの右に出る者はいないからな。もちろん、その後はお礼にプリシラを抱いたが」


 話す内容の全てが真実ではないにしても、嘘も言っていないことからケビンは堂々とした雰囲気で発言をし、その堂々としたケビンの佇まいは、パターンを知り尽くす結愛ゆあたちを欺くには充分であった。


「ごめんなさい健兄……私、誤解してた」

「ごめんなさいおにぃ。てっきりプリシラさんとエッチ三昧かと思ってた」

「にぃ、ごめんなさい。にぃに酷いこと言った」


『イエスっ!』


『地獄に落ちますよ、マスター……』


《落ちればいいのよ》


 ケビンの心の中でのガッツポーズにサナが呆れていると、しれっとシステムが悪態をつく。


 だが、波に乗っているケビンが、そのような些細なことを気にするはずもない。この波を活かすべく、さっさと結愛ゆあたちをゲーム機の前に座らせて、ソフトを並べていくのだった。


「これって、配管工兄弟!?」

「こっちは滑らんかーだよ!」

「金垢の塔まである!」


「フハハハハ! どうだっ! 家族用計算機だけでなく、超家族用計算機や、最近の遊び承り所まで創ったんだぞ! なんとっ、VR付きだ!」


「これ、生物危険性のやつだ!」

「こっちは最後にならない想像世界!」

「魔物駆逐者まである!」


「俺が本気を出せばこのくらいお茶の子さいさいなのだ!」


「「「凄いっ!!」」」


 こうして鼻高々となったケビンは、興奮絶頂の結愛ゆあたちとゲームを楽しみ始めるのだが、その鼻高々なケビンの鼻をへし折るゲーマーがここには存在していたのだ。


「…………勝てない」


「にぃ、弱い」


「も、もう1回だ、もう1回!」


「ふぅ……仕方ないなぁ、にぃは」


 そう。ケビンの鼻をへし折ったのは、子供の頃からゲームの上達が三姉妹の中で1番だった朔月さつきだ。その朔月さつきとケビンが遊んでいるのは、専門センスが問われる格闘ゲームである。


「ちょ……まっ……嘘だろ!?」


 ケビンは開始早々に朔月さつきの操るキャラから空中に打ち上げられて、そこから空中コンボに繋げた朔月さつきからボコボコにされていく。


 ――『K.O.』


 やがて大型モニターから聞かされた終わりを告げる声に、ケビンはコントローラーを落としてしまう。


「何故だ……」


 画面の中では勝利のポーズをとるキャラと、無惨にも地べたに倒れているキャラの相対的な光景が映し出されている。もちろん、朔月さつきの操るキャラの体力ゲージは満タンで、必殺技ゲージも満タンのまま。つまり、ケビン相手には必殺技を使う必要すらないという、敗者の烙印を朔月さつきによって押されてしまったのだ。


 そのような理由でガチへこみしているケビンの肩に、そっと結愛ゆあが手を乗せる。


「健兄……朔月さつきはね、格ゲーの大会で連覇する腕の持ち主なの。もとより、誰も勝てないのよ。向こうの世界では中学生当時からスポンサーが付いてて、ピーク時はお父さんよりも稼いでいたんだから」


「スポンサー……?」


「海外じゃよくあるでしょ? 優勝者や上位ランカー、ファンからの人気がある人にスポンサーが付いてチームに所属したりとか。当然のことながら、当時は中学生だったから契約は両親が代わりにしたし、近場の大会には大学生の私が保護者代理で付き添ってたりしたのよ」


朔月さつきは、プ……プロゲーマーだったのか!?」


 ケビンが朔月さつきの華々しい経歴を聞かされて驚愕すると、朔月さつきは照れくさそうにして俯いてしまう。


「だからね、諦めよう? たとえ健兄が無類のゲーマーだったとしても、プロには勝てないんだよ」

「そうそう。私も朔月さつきには格ゲー以外で勝負を挑んでるし」


 結愛ゆあ陽炎ひなえから諦めるように諭されるが、そこは大人げないほど負けず嫌いなケビン。負けたままだというのに人から「諦めろ」と言われて、すごすごと諦めるような聞き分けのいい大人ではない。


「…………断る。俺の辞書に『退く』という文字はない」


「無理だよ……」

「ムリ、ムリ……」


 意気込むケビンに対して、結愛ゆあ陽炎ひなえから無駄なことだと暗に言われてしまうが、闘志を燃やすケビンは朔月さつきに勝負を挑む。


朔月さつき……もし俺が朔月さつきに1勝でもできたら、何でも言うことを聞いてもらうぞ」


「私に得がない」


「明日の朝までに俺が勝てなかったら、1日中朔月さつきと2人きりで過ごす。これは言葉の通りで、2人きりで邪魔の入らないどこかに行くぞ」


 そのようにして朔月さつきが勝ち続けるメリットをケビンが提示すると、朔月さつきはしばらく考えた後に勝負することを了承する。


「受けてたつ」


結愛ゆあ陽炎ひなえには悪いが、俺が勝つまで朔月さつきと対戦させてくれ。埋め合わせは必ずする」


「私は別にいいけど……時間の無駄だよ? 相手は朔月さつきなんだし」

「勝負になったら朔月さつきは容赦ないよ? それこそ、大会で連覇する技術を否応なく受けることになるよ」


 陽炎ひなえから「大会で連覇する技術」と言われたケビンは怖気づいてしまうが、1度口にした勝負のことを撤回するのは、朔月さつきに負け続けるよりも忌避すべきことなのだ。


「フッ……骨は拾ってくれ」


 かくして、勝負を挑んだケビンは格闘ゲームという相手の土俵に立ち、プロ格闘ゲーマーの朔月さつきと戦うことになる。


 そして、それからの対戦はケビンにとって悲惨なものだった。


 本気を出した朔月さつきは今まで使っていたキャラではなく、別のキャラを選んで対戦に挑んだのだ。それを見たケビンも最初は『同じキャラだと飽きるし、気分転換だな』という、浅はかな考えで見過ごしていたのだが、いざ対戦が始まってしまえば、そのようなことを考えていた過去の自分を呪った。


(何が気分転換だよっ! これガチのやつじゃないか、チクショー!)


 ケビンは今まで以上に手も足も出ないまま呆気なく倒されてしまい、最初はガードしようとコントローラーをカチャカチャと動かしていたが、どうにもこうにもならなくなると手を動かすのをやめ、体力ゲージが無くなるまで画面を見続ける観客と化していた。


 ――『K.O.』


「ね、無駄だったでしょ?」

朔月さつきに格ゲーで勝つのは諦めた方がいいって」


 1試合目から心をへし折られそうになってしまうケビンだったが、勝ったあとのことを考えては消えそうになった闘志の炎に薪を焚べて、再びごうごうと燃やし始める。


「つ、次の試合だ!」


「私に勝つのは天地がひっくり返っても無理。隠しキャラを出してあげようか? そのキャラなら強いよ?」


「なっ!?」


 ケビンは朔月さつきから隠しキャラを出した上に、それを使用してもいいというハンデを提案されてしまい、プライドを傷つけられてしまうが負けん気魂で奥歯を噛み締める。


(ふざけるなよ……地球ならまだしも、ここは異世界。女神に愛されし俺に『不可能』の文字はないはず! ソフィ、俺はお前の愛を信じるぞ!)


 だが、その意気込みの炎も2試合目には再び鎮火寸前にまで至る。


「何故だ……何故勝てない……」


「相手はプロだし……」

「大会連覇者だし……」


「にぃと1日中2人きり……フフフ……」


 ケビンが勝てない理由。それは、勝利報酬の“ケビンと2人きり”だけでなく、この勝負が始まってからというもの、必殺技を使わなかった朔月さつきが、必殺技を使い始めたことも起因する。


 つまり、朔月さつきは本気モードのガチのキャラを使い、手加減をやめて必殺技もコンボに織り交ぜてきて、ケビンはコントローラーを操作する時間が極端に減らされてしまったのだ。


 ちなみに試合をしている時間さえも、手加減をしてもらっていた時よりも格段に減っている。


 その間にケビンができることと言えば、ガードするかパンチやキックといった簡単な操作でしかない。たまにキャラの技を発動するも、その初動を見切っているのか簡単に躱されてしまい、代わりにカウンターによるコンボに繋げられてしまうのだ。


 そして、幾度となくケビンが負け続けていき、結愛ゆあ陽炎ひなえはケビンの出したポテチやドクペで時間を潰し、それにも飽きたら携帯ゲーム機を使って2人で遊び始めたのであった。

 

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