第574話 その者、清掃員につき

 勇者たちが会議室に残されたあと、ケビンは執務室においてアリシテア王国のヴィクトール国王と、魔導通信機にてやり取りを行っていた。


『――ということなんだよ』


『そうなると、決戦の地はイグドラとの国境付近の平原ということになるか』


『そうなるね。イグドラは森林地帯が多いから、軍を布陣するのには適していないし』


 魔導通信機越しにヴィクトール国王の溜息が聞こえてくると、その後にヴィクトール国王が話を進めてくる。


『国境付近に待機させておいた兵たちは、ある程度の距離まで下がらせるとしよう。あとは、そうだな……砦の備蓄も回収させないと敵に利用されてしまうな』


『砦に関しては俺が回収しておくよ』


 そう言うケビンの返答に対し、ヴィクトールは大きな勘違いをしてしまう。


『おお、そうか。ケビンなら備蓄品を難なく運べるな。新たに荷馬車の手配をしなければと、頭を悩ませるところであった』


『いやいや、備蓄品じゃなくて砦の回収だよ』


 ケビンから聞かされたその言葉によって、ヴィクトール国王は理解が追いつかないのか沈黙をしてしまい、魔導通信機からは何も聞こえなくなってしまう。


 そして、ヴィクトール国王は聞き間違いをしていたのではないかと結論づけたのか、ケビンに確認を取るのだった。


『砦の回収と言ったか……?』


『そう、砦の回収。わかりやすく言えば、砦のお引っ越し』


『砦のお引っ越しとは……砦の中の物を移動させるだけというわけでは……』


 それに対してケビンは当たり前のように返す。


『砦そのものを移動させるんだよ。砦が兵たちの布陣する近くにあった方が、下がらせた兵たちも何かと都合がいいでしょ?』


『ケビン……前々から聞こうとは思っていたのだが、お主の【アイテムボックス】とは、どれだけの物が入るのだ? ドラゴンを何体も所持しているだけでも、相当な容量だとは思うのだが……』


『あれ? 言ってなかった? 俺のは【アイテムボックス】じゃなくて【無限収納】だよ。だから、容量は無制限。【アイテムボックス】って言ってるのは、厄介事を避けるためだね』


 ケビンのぶっちゃけ話を聞いたヴィクトール国王は、またしても沈黙をしてしまう。恐らく向こう側の執務室では、ヴィクトール国王が天井を仰いでいるに違いない。


『…………お引っ越しの件は了解した。急ぎ伝令を飛ばすゆえ、作業は少し待ってくれ。いきなりやっては兵たちもびっくりするのでな』


『わかった。それじゃあ、新たな情報が入り次第、お互いに連絡するってことで』


『そうだな。エムリス殿には私から伝えておこう。ケビンが出陣する以上、ミナーヴァの派遣兵が到着する前に終わりそうだからな』


『距離が離れてるし、多分そうなるだろうね』


 その後、ヴィクトール国王との通信を終えたケビンは、大きく伸びをすると、次は何に取りかかろうかと思考を巡らせるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 さて、これからどうしたものかと頭を悩ませているケビンは、とりあえず勇者たちがどういう判断をしたのかと思い、会議室へ足を向けていた。


「――で、みんなバラバラに動き出したわけか」


「そうですわね」


 会議室に到着したケビンに報告をした者は、もしかしたらケビンが用事を終えて戻ってくるかもしれないと思い、待機していた勅使河原てしがわらである。


「ふむ……予想以上に参加者が多いな……」


「ケビンさんの予想では、もっと少ないはずでしたの?」


「ああ。男子はほぼ参加するだろうとは思っていたが、まさかそれに釣られて女子たちまでも参加とはな」


あずま君たちの例で言えば、当然の結果だと思いますわよ」


「まぁ、そこは想定内だが……女子たちは魔族を殺せるのか?」


 核心を突いてくるケビンの言葉に対し、勅使河原てしがわらはある程度想定していたのか、用意していた回答をする。


「女性メンバーは露払いとして魔物の殲滅や、救護所などの後方支援を主にしていく予定ですわ」


 それを聞いたケビンはそれならば参加するのも納得だとして頷くと、女子たちの参加を了承した。


「今日はもう仕方がないとして、明日からは勇者たち全員での合同訓練を行うぞ」


「合同訓練ですの?」


「勇者たち各々の連携が取れてなきゃ、セレスティアみたいな烏合の衆になるぞ。そうなったら戦場にいるだけで邪魔だ。共に戦うのは連携が取れている本職の兵たちなんだからな」


「わかりましたわ。夕食時にでもみんなに周知しておきますわね」


「頼んだ。しっかり者の麗羅がいるおかげで、無駄な手間が省けて助かる」


 そう言ってケビンが微笑むと、勅使河原てしがわらはそっぽを向いて口をとがらせる。


「おだてても何もありませんわよ」


 自分でも顔が熱くなっているのを感じてしまう勅使河原てしがわらは、笑いながら立ち去るケビンの背中を見送り続けるのだった。


 そして、そのやり取りを黙って見ていた親友が、ボーっとしている勅使河原てしがわらに声をかける。


「麗羅ちゃん……好きなら好きって言った方がいいよ」


「な、ななな、何を言ってますの、香華!? 私は別にケビンさんのことなんて――」


「別にケビンくんのことを言ったわけじゃないけど」


 弥勒院みろくいんの言葉によって勅使河原てしがわらがハッとすると、それを見た弥勒院みろくいんは呆れ顔をする。


「ケビンくんって結構押しに弱いところがあるんだよ。私の時もお嫁さんにしてって言ったらしてもらえたし、その日の夜にはドキドキしながらケビンくんの寝室に行ったら、優しく抱いてもらえたんだよ」


「なっ!?」


 親友からの生々しい体験談を聞いてしまった勅使河原てしがわらは、自分より遥か先にいる大人になってしまった親友に対して、どことなく敗北感を味わわされてしまう。


「ちなみに結愛ゆあちゃん先生たちは、3人でエッチな下着を着て部屋に突撃したんだって。ももちゃん先輩は、逆に部屋で待ち伏せしてたらしいよ」


「な……な……」


 次々と明かされていく同郷たちの大人になったエピソードは、淑女としての意識を持つ勅使河原てしがわらにとっては、とても刺激の強いものだった。


「それにしても結愛ゆあちゃん先生たちって凄いよね。初めてなのに3人一緒なんだよ。まぁ、仲の良い姉妹だから、そこまでの抵抗はなかったのかもしれないけど」


「さ、3人……一緒……」


「それでケビンくんは3人を相手にしていたのに、朝までずっと寝かせてくれなかったんだって」


「あ、朝まで……」


「私も朝までずっと抱いてもらったよ」


「き、香華まで……」


「だけどももちゃん先輩の時は、翌日にケビンくんが旅に出る予定だったから、ちゃんと夜に寝かせたらしいよ。でも、朝になって呼びかけても中々起きてくれなかったらしくて、エッチなことをしてもいいよって言ったら、ガバっと起きてから襲われちゃったんだって」


「朝から……襲われ……」


 弥勒院みろくいんから聞かされる言葉が耳を通っては、勅使河原てしがわらの頭の中で妄想として具現化されていき、それを恥ずかしくも自分に置き換えてしまう勅使河原てしがわらは、顔を真っ赤にしながら湯気を立ち上らせていた。


 その様子を楽しそうに見つめる弥勒院みろくいんは、周りに誰もいないことをいいことにして、勅使河原てしがわらにもっと過激な内容を教えていき、わたわたとするのを飽きるまで楽しむのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌日、帝都外の平原にて勇者たちの合同訓練が行われた。グループ分けの際に前線で戦う者は前へと移動し、後方支援をする者は後ろへと下がって、できるだけ実践に近いような形をとる。


 そして、簡易救護所をケビンが作りあげ、そこで後方支援組は待機すると、ケビンによる説明が行われる。


「とりあえず結界を張るから、周りへの被害を気にせずドンパチをやっていい。ちなみにダメージを受けると体力が奪われるようにしたから、ダウンしそうな仲間は救護所へ運ぶように。回復魔法を受けると前線へ復帰できるけど、致命傷は気絶するようにしているから、気絶したら戦死と思ってくれ」


 説明を聞く勇者たちは実際に傷を負うことはなくても、それなりの代替効果は付与されるようで、より一層気を引き締めなおしてケビンの話に耳を傾ける。


「敵は実際に魔物を連れてくるわけにもいかないから、俺が魔物をモデルにしたゴーレムを作ることにした。ここまでで、何か質問はあるか?」


 ケビンが勇者たちを見回しながら様子をうかがうと、勅使河原てしがわらが挙手をする。


「何だ、麗羅」


「前に出る者たちはグループ分けした方がいいのかしら? それとも、全員で1つのグループとして動いた方がいいのかしら? 戦争を体験していないから、そこら辺のアドバイスが欲しいですわ」


「ぶっちゃけて言うと、本番はグループなんて気にしていられないぞ」


 ケビンの言った回答がよくわからないのか、勇者たちは首を傾げている者がほとんどだった。


「まさか敵が10人くらいなんて、少ない数字で見積もってないよな? 少なくとも千人単位で考えて行動するんだ。想像してみろ、千人対……戦闘組は約30人くらいか? その状況でグループ行動なんてできると思うか? 魔法が雨あられのごとく飛んでくるんだぞ」


 その様子を言われた通りに想像したのか、勇者たちはゴクリと生唾を飲み込む。


「ということは、ケビンさんの作るゴーレムも千体を目処にするのかしら?」


「いや、段階を追って数を増やしていく。いきなり千体のゴーレムと戦えるのか? 蹂躙されるのがオチだぞ」


「では、私たちの目指すべき連携とは?」


「視界内にいる身近な仲間のフォローだ。戦いが始まったら乱戦になると思え。魔物はこっちの都合なんて待ってくれないぞ」


「わかりましたわ。あと、もう1点」


「何だ?」


幻夢桜ゆめざくら君は参加しますの?」


 勅使河原てしがわらが言った言葉を聞いたケビンは、『誰、それ?』みたいな感じでキョトンとしてしまう。その反応を見た勇者たちもまたキョトンとする。


「もしかして……覚えていませんの?」


「え……あ、いや……ああ、うん。もちろん覚えているぞ。幻夢桜ゆめざくらだろ? 幻夢桜ゆめざくら……幻夢桜ゆめざくら?」


 ケビンがそのように口にしながら必死に記憶を探っていると、それを見兼ねた九十九が横から口を挟んだ。


「旦那様、『清掃員たるこの俺』君だ」


「ああっ! 『清掃員たるこの俺』君か!」


 ようやく思い出したケビンは、ポンと手のひらを叩いて納得顔を見せるのだが、その覚え方はとても褒められたものではない。その覚え方を聞いていた事情を知らない勇者たちは、口々に「清掃員?」と呟いていた。


「で、麗羅は清掃員君を使いたいのか?」


 ケビンの覚え方にこめかみをさする勅使河原てしがわらは、深く溜息をつくと清掃員こと幻夢桜ゆめざくらを戦力の一部として組み込みたい旨を、変な呼び方をするケビンに伝える。


「それなら呼ぶか」


 そう言ったケビンが転移を発動すると、そこに1人の男性が姿を現す。その者はいきなり景色が変わったことにより、キョロキョロと辺りを見回すと、懐かしの顔ぶれがいることに驚きを見せる。


 そして、それは勇者たちも同様であった。その場に現れた人物はいったい何があったというのか、若い見かけのわりに帽子から出ている部分の頭髪は、混ざりっけのない真っ白な髪となっているからだ。


 更にケビンが言ったように“清掃員”らしく如何にも「作業しますよ?」という、薄い青色ベースである用務員が着ているような作業帽と作業服に身を包んでいたことも起因する。


 ちなみに両手とも軍手をしており、右手に火バサミを持ち、左手にはゴミ袋を持っている。完全にゴミ拾いをする清掃員そのものの姿である。


「誰……?」


 誰とはなしにそう呟いた声が聞こえたのか、ケビンがそれに答えた。


「清掃員君だ」


「いや、誰だよ」


 またもや誰とはなしにツッコミを入れてしまうが、勅使河原てしがわらはその者の姿がかなり以前と違っていて、顔立ちとかは苦労の跡が見られるものの、基本的には変わっていないので幼馴染の名を口にする。


幻夢桜ゆめざくら君……かしら?」


 勅使河原てしがわらの呼びかけに対し、幻夢桜ゆめざくらが視線を向けると、勅使河原てしがわらの名を久しぶりに口にする。


勅使河原てしがわらか……隣は変わらず弥勒院みろくいんのようだな」


 その言葉により、勇者たちは驚愕の声を上げてしまう。


「「「「「ええええぇぇぇぇっ??!!」」」」」


 よもや目の前の人物が、クラスカースト1位であった幻夢桜ゆめざくらとは、到底思えないほどの変わりようであることに、一同はざわめき始めた。


「おい、嘘だろ!? あれが幻夢桜ゆめざくらなのかよ!?」

「『帝王たるこの俺』の威厳が微塵も感じられねぇぞ!」

「ってゆーか、どっからどう見ても用務員のおっさんだろ!?」

「おっさんは言い過ぎよ! 用務員のお兄さんにしないと!」

「ボランティアに目覚めちゃったの!?」

「明日はきっと雨よ!」


 彼方此方で好き勝手に言われてしまっている幻夢桜ゆめざくらは、それを耳にしているのかプルプルと震えていた。そのような幻夢桜ゆめざくらに声をかけるのは、勅使河原てしがわらである。


幻夢桜ゆめざくら君、これから戦争が起きようとしているの。貴方の力を貸してくれるかしら?」


 勅使河原てしがわらの言葉によって、勇者たちにより地に落ちそうだった尊厳が再び浮上したのか、幻夢桜ゆめざくらが尊大な態度となる。


「フッ……帝王たるこのお「おい、清掃員。職業を偽るのはやめろ」……ひっ!」


 せっかくいい気分で名台詞を口にしようとしていた幻夢桜ゆめざくらに対し、保護観察官役のケビンが釘を刺すと、幻夢桜ゆめざくらはケビンの存在を思い出したのか怯えた顔つきになる。


「ほら、言い直すんだ。嘘つきは泥棒の始まりと言うだろ?」


「は、はい! フッ……清掃員たるこの俺の力が必要とは、お前たちはどれだけ現状に甘えていれば気が済むんだ? おままごとをしたいのなら、家に帰って庭先でするんだな」


 ケビンの指示通りに仕切り直した幻夢桜ゆめざくらの言葉は、聞きようによっては尊大で度し難いものとなるが、“帝王たるこの俺”が“清掃員たるこの俺”に変わったことにより、勇者たちはポカンと口を開いて呆然とする。


 それもこれも、清掃員の服装に身を包んで「清掃員たるこの俺」と、迷言を言っている幻夢桜ゆめざくらが、何だか滑稽に見えてしまったからだ。


「な……なぁ、清掃員の力って必要なのか? ゴミ拾いしかしないだろ?」


 幻夢桜ゆめざくらの言葉を額面通りに受け取った者がそう言うと、他の者たちもそれに何となく頷いてしまっている。


「戦地でゴミ拾いするのって危険じゃないの?」

「そもそも、ゴミって落ちてるの?」

「アレじゃね? 打った矢を回収するとか?」

「あとは、陣地で出たゴミの回収か?」

「清掃員の幻夢桜ゆめざくらって、ゴミの分別にうるさそうだな」

「ありえそう。『清掃員たるこの俺の分別に従え』とか?」


 再び好き勝手に言われてしまっている幻夢桜ゆめざくらが、それを耳にしてプルプルとし始めると、溜息をつく勅使河原てしがわらが話を進める。


「それで、力を貸してくださるのかしら?」


「貴様ら甘ちゃんどもに力を貸せと?」


 どうしてもマウントを取りたい幻夢桜ゆめざくらが渋るようにして答えていたら、さっさと訓練を始めたいケビンが横から口を挟む。


「おい、嫌なら清掃活動に戻すぞ。時間は無限じゃない、有限なんだ」


「は、はい! 喜んで参加させていただきます!」


 その様子を見ている勇者たちは、幻夢桜ゆめざくらの手網を握っているケビンに戦慄するとともに、従順すぎる幻夢桜ゆめざくらはいったい何をされたんだろうかと、事情を知らない者たちは首を傾げるのであった。

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