第575話 ケビン式ブートキャンプ地 ★歓迎★ 勇者御一行様

 そして、ようやく訓練を開始できると思ったケビンが、最初ということで主要メンバーに指示出しをする。


「じゃあ、とりあえず麗羅は一歩引いて全体を見るように。指摘する点があればその都度指示を出すんだ。清掃員君は連携なんてできないだろ? 周りの迷惑にならない程度に1人で突っ込んでいいぞ。無敵と九鬼は前衛のサポートに回れ。正信たちは遊撃として臨機応変に動くように。もも結愛ゆあたちはとりあえず見学だな。それ以外の者たちでとりあえず戦ってみろ」


 そして、いよいよもって始めるかというところで、出鼻をくじく発言を幻夢桜ゆめざくらが口にした。


「あの、陛下。いったい今から何をするのでしょうか?」


 その発言を聞いたケビンがガクッと肩を落としそうになってしまうが、いきなり呼んで説明もせずに参加させている自覚はあるので、勇者たちの合同訓練をするということを幻夢桜ゆめざくらに伝えた。


「――ということだ」


「わかりました」


「よし。では、これより勇者合同訓練を開始する!」


 ケビンがそう高々に宣言すると、周囲に結界を張り巡らせ、魔物の姿をしたゴーレムを100体ほど作り上げる。


「行け、マーレムたちよ!」


『マスター、マーレムって何ですか?』


『魔物のゴーレムだから、略してマーレムだ』


《安直ね》


 ケビンがマーレムことゴーレムたちを動かし始めると、ゴブリン種・ウルフ種・スパイダー種・オーク種・スネーク種の5種類が突撃を始める。


「ちょ……ゴーレムなのに動き方がリアルすぎんだろ!?」

「何でゴーレムが魔法を唱えようとしてるんだよ!?」

「おい、あいつ糸を吐き出したぞ!?」

「あの蛇は毒を吐き出してるぞ!?」


「「「「普通に魔物じゃねぇか!?」」」」


 ケビン作のゴーレムを前にして、小鳥遊、百足ももたり六月一日うりはり一二月一日しわすだの4名は、ゴーレムと言うにはあまりにもありえない光景を目の当たりにしている。


 そのような中で、ケビンの指示通りに1人で突っ込んで行くのは、ダンジョンで毎日ゴミを拾いながら、魔物の相手をしていた幻夢桜ゆめざくらである。


「清掃員たるこの俺に牙を剥くなど、言語道断! 爆ぜろ、《爆炎球》!」


 無数の火球が幻夢桜ゆめざくらから撃ち放たれると、その火球が敵に被弾した途端、大きな爆発音とともに弾ける。


 その爆発した火球の威力もさることながら、被害を受けたゴーレムの爆破された破片が、別のゴーレムに当たるという2次被害を見せており、中々に使い勝手の良い魔法とも言える。ボッチ限定ではあるが。


 実のところこの魔法は、幻夢桜ゆめざくらがたった1人でゴミ拾いを続けているうちに、敵に囲まれることもしばしばあったため、広範囲殲滅用に編み出した幻夢桜ゆめざくらの新魔法であった。


「ハハハハハッ! この清掃員たる俺の前に立ち塞がろうなどとは、100年早いわ!」


 ゴミ拾いのことを気にせず暴れられるとあってか、幻夢桜ゆめざくらのテンションはうなぎ登りとなり、嬉々として1人でどんどんとゴーレムたちを殲滅していく。


「言動はどうであれ、やはり腐っても幻夢桜ゆめざくら君ですわね」


 前線で1人突出して戦う幻夢桜ゆめざくらの姿を目にする勅使河原てしがわらは、実力が落ちているどころか以前にも増して強くなっている幻夢桜ゆめざくらの力に、ある意味で安心感を得る。


「なぁ、大輝……」


「何だ? 士太郎」


幻夢桜ゆめざくらだけで、充分なんじゃないか?」


「そう言うな。幻夢桜ゆめざくらだって、数が少ないからやれているだけだ。千体を前にしたら、あのように最初から飛ばして攻撃できないだろ。すぐにガス欠になる」


「んじゃ、俺たちの役目は幻夢桜ゆめざくらがガス欠になったあとの、戦闘ってところだな」


「そういうことだ。今は適度に手抜きをして見学させてもらおう」


 幻夢桜ゆめざくらの暴れっぷりを見ている元グループメンバーの蘇我と卍山下まんざんかは、いつも通りののらりくらりとした戦闘を行うようにしたようだ。


「うっしゃー! 幻夢桜ゆめざくらなんかに負けてられるか! 行くぞ、虎雄!」


 ゴブリン種のゴーレムを1体倒した月出里すだちがイキりたつと、十前ここのつは面倒そうに答える。


「ゴーレムを1体倒しただけだろ。だいたい後衛職のお前が前衛に出てきて何をしてるんだ」


 全くもってその通りであり、後衛職として前衛のサポートをしなければならない月出里すだちなのだが、猪突猛進なのは変わっていないようだ。


「調子乗んな、猿ぅぅぅぅ! 《ウインドブレード》」


 そう言って月出里すだちが戦おうとしていた次のゴーレムを、首からスパンと斬り落としてしまったのは、後ろからのグサが得意である千喜良だ。


「千代! てめぇ、何だその武器は?! ゴーレムを斬れるなんてズリーぞ!」


 千喜良の持つ武器の変化に気づいた月出里すだちがケチをつけると、千喜良はドヤ顔でそれに答える。


「ふっふーん! ご主人様にゴーレムが固くて武器がダメになるって相談したら、この魔法を教えてくれたんだよねーアサシンの私でも頑張れば使いこなせるってさ」


 そう言う千喜良の武器は、刃の部分を覆うようにして風の刃がついており、先程のゴーレムはこの風の刃で斬られたということになる。刃を覆う魔法で斬るために、本来の刃部分は全く傷めないという優れた魔法である。ただし、発動中は魔力を消費し続けるために、上手く運用する必要があるのだ。


 その後もなんだかんだで奮闘していく勇者たちにより、100体のゴーレムは無事に倒し尽くすことができた。


 そして、小休憩を挟んだ後に、次のゴーレムは倍の200体となり、1人あたりのノルマ数が増えてしまう。だが、そこはボッチで暴れる幻夢桜ゆめざくらや、少しずつ周りにいる者のフォローをするようになった勇者たちにより、時間はかかるものの危なげなく対処されていく。


 それからお昼休憩に入り、午後からは300体となるゴーレムを相手にしなければならないが、いざ始まってみると九十九と結愛ゆあたち三姉妹の投入により、形勢が一気にひっくり返る。


 元々、真面目に戦えば強い九十九により一気に戦力がアップし、更には結愛ゆあの精霊魔法という精霊任せの戦い方に、陽炎ひなえのテイマー術による同士討ちをさせられ、トドメは朔月さつきのサモナー術によって、戦力数アップというダメ押しが効いたのだ。


 その戦いぶりを見ていたケビンは、次の400体を飛ばして500体へと一段飛ばしにした。そして、数の暴力という理不尽を勇者たちに経験させるために、今までは勇者たちの様子を見ながら手抜き行動させていたゴーレムを、最初から全力全開で行動させることにしたのだった。


 それによって主要メンバー以外は一気に総崩れとなり、救護所へ運ばれるどころか戦死扱いで転移させられてしまい、数の暴力を受けた主要メンバーも善戦はするものの、体力が続かず1人、また1人とリタイアすることになった。


「はぁはぁ……ケビン……さん、アレは無理ですわよ。無茶苦茶すぎますわ」


「だが、戦争はこんなもんだぞ。人相手なら隊列とか組んで襲ってくるけど、相手は魔物だぞ。綺麗に隊列を組んで、左右翼に中央とかでわかれるわけないだろ」


 先程の理不尽により息を切らしており、呼吸を整えるのにまだ時間がかかりそうな勅使河原てしがわらだったが、そのようなところへひょこっと現れた弥勒院みろくいんが、休憩の指示を出しているケビンにオネダリする。


「ねーねーケビンくん」


「どうした、香華。ケーキか?」


「それもちょっと惹かれるけど、違うよ」


「じゃあ、何だ?」


「ケビンくんの戦ってるところが見たい」


「俺の?」


「うん。数の暴力にどう対処するのか見てみたい」


 弥勒院みろくいんがケビンにそう言ったのを周りの者たちも聞いていたのか、ケビンが戦うところを見てみたいという声が彼方此方から上がってくる。


 そのような中で、ケビンの弟子として鍛練を積んできていた九鬼に対し、疑問に思った無敵が問いかける。


泰次やすつぐは見たことあるか?」


 それに対し九鬼は、数の暴力戦は見たことがないと答えた。


「それじゃあ、普通の魔物戦は見たのか?」


「ケビンさんがお嫁さんたちから、【理不尽の権化】って言われていたのを目の当たりにしたぞ」


「数の暴力とケビンと、どっちが上を行く理不尽なんだろうな」


「そんなの、ケビンさんに決まってるだろ。力也だって知ってるだろ、旧帝国兵を1人で殲滅したケビンさんの逸話を」


「ああ、あれか……あれを目にすることができるのか」


 無敵と九鬼がそのような会話をしていたら、どうやらケビンの準備が終わったようで、勇者たちにデモンストレーションを見せることにしたようだ。


「とりあえず数の暴力というお題だったから、ゴーレムを1万体用意してみた。おかげでお腹はマナポーションでタプタプだ」


 そう言うケビンの背後の先には、ところ狭しとひしめき合うゴーレムの姿がある。


「いやいやいや、ヤバいっしよ、アレ! ケビン、ガチで頭のネジ飛んでんじゃね?」

「数の暴力ぅぅぅぅ!」

「壮観ね……」


「旦那様、観戦用にミートソーススパゲティと抹茶を頼む」

「あ、ケビンくん、私はケーキ!」

「香華……貴女がこれを見たいと頼んでおきながら……」


「健兄が理不尽と呼ばれる理由……」

「ゴーレム1万体を作れる時点で理不尽だよね……」

「にぃの理不尽が止まらない……」


「なぁ、大輝……」

「言うな」

「頼む、言わせてくれ。これがあれば俺らって、戦争でぶっちゃけいらないよな?」


 彼方此方で勇者たちがケビンの所業に驚愕したり、呆れたり、気にもせず好物をオネダリしたりと多種多様な反応を見せていたが、いよいよもってケビンが始めることを口にする。


「結界を張って安全は確保してるから、気にせず見学してくれ。それじゃあ、数の暴力対俺の模擬戦、スタート!」


 ゴーレムの前に移動したケビンがそう言うと、待ってましたと言わんばかりに待機していた1万の軍勢が押し寄せてくる。それらがただ動き出したというだけで地響きが聞こえ、勇者たちは地震でも起きているのかと錯覚してしまう。


 そして、ケビンがどう戦うのか勇者たちが固唾を飲んで見守る中で、ただ立っていたケビンがとうとう動きを見せた。


「《コズミックレイ》」


 ケビンが魔法を唱えるとゴーレムたちの頭上に数多の魔法陣が浮かび上がり、それらが一際輝きを放ったかと思えば、地上へ向けて無数の光線が降り注いでいき、轟音に続く轟音が辺りに鳴り響く。


「うそーん……」

「ないわー……」


 誰とはなしにそう呟くのも致し方ないとも言える。理不尽という名の数の暴力に対してたった1人で立ち向かうケビンは、理不尽カウンターを発動して、更に上を行く理不尽でもって対処してしまったからだ。


 それを見る勇者たちは如何に魔王役のケビンとの戦いの際に、もの凄く手加減されていたかを知る。あの時に目の前の魔法を放たれていれば、為す術なく殺されていたことを自覚してしまったのだ。


 そして、ケビンが結果を待たずに模擬戦の結界から出てくると、勇者たちのところへと何食わぬ顔で戻ってくる。


「と、まぁ……俺が数の暴力と戦うとこうなる」


 なんてことのないようにしてケビンが語る背後では、未だ降り続ける光線によって土煙が舞い、ゴーレムたちがいったいどうなっているのか確認すらできない。ただありがたいと思えるのは、現場が結界に囲まれているためか、土煙が風に舞ってこちらに流れてこないことだろう。


「どうだ、香華? これで見たかったものは見れたか?」


「うん! ケビンくんがカッコよくて満足だよ!」


「そうか」


 ケビンの戦う姿を見れたことで、嬉しそうに抱きついてきた弥勒院みろくいんを抱き返すケビンだったが、それを見ていた百鬼なきりがツッコミを入れる。


「バカップルか!」


 その百鬼なきりのツッコミに同感できる者がいたようで、勇者たちの中にはうんうんと頷く者の姿が散見された。


 そしてケビンは弥勒院みろくいんの柔らかさを堪能しつつ、勇者たちに数の暴力を相手取っても、やりようによっては勝てるのだと教えるのだが、一部の勇者たちから総ツッコミを受けてしまう。


「「「「「できねぇよ!」」」」」

「「「「「できないわよ!」」」」」


 それからしばらくして、1万体のゴーレムが全て倒されてしまうと、ケビンは勇者たちの合同訓練を再開させる。


「また500体……」

「理不尽が……」

「夢に出てきそう……」


 勇者たちの視線の先にいるゴーレムの数はもちろん500体で、それを見た勇者たちは絶望の表情を浮かべるが、ケビンからしてみれば知ったこっちゃないという心境だ。


「せめて400体で!」

「減数を要求します!」


「ああ? 目標の千体まであと500体なんだぞ。ここで躓いていたら、戦争に参加しても犬死で終わる未来しかない。どうせ訓練では死なないんだ。死ぬ気でやれ!」


 勇者たちの懇願虚しく、どう足掻いても500体から減らしてもらえないと感じた勇者たちの足取りは重い。


「キビキビ動け、勇者ども! 理解したのなら返事だ!」


「「「「「サー、イエッ、サー!」」」」」


 鬼軍曹化したケビンが傍若無人ぶりを見せつけていると、それを救護所から見ている後方支援係の勇者たちは、一様に『戦闘部隊を希望しなくて良かった』と、ヤケクソになって突っ込んで行ってるクラスメイトたちを見ながら、哀れみとともにそう思うのだった。


 そして、ヤケクソの勇者たちは。


「ゴーレムがなんだー!」

「所詮、土くれじゃないか!」

「鬼軍曹に比べれば、あんなの怖くない!」


「その顔についた汚い穴を動かす暇があるなら、1体でも多く倒せ! 貴様らの能力は喋ることだけか?!」


「「「「「サー、ノー、サー!」」」」」


「違うのなら行けぇぇぇぇっ! 貴様らの体についているのは飾りか?! 手を動かせ! 足を動かせ! 使えない脳みそを使いこなしてみせろ! このウジ虫どもがぁぁぁぁっ!」


「「「「「サー、イエッ、サー!」」」」」


 完全に悪ノリの域に達しているケビンだが、それを見ている三姉妹は戦いながらも呆れ果てていた。


「健兄、やりすぎ……」

「おにぃ、すぐ調子に乗る……」

「にぃの悪いところ……」


 また別の場所では。


「旦那様が何やら楽しそうだな。これが終わったらミートソーススパゲティと抹茶を出してくれるかもしれん」


 そして、遊撃をこなしている【オクタ】のメンバーは。


「ケビン氏がフィーバーしている件」

「鬼軍曹が板に付きつつあるでごわす」

「我らも頑張らねば、こっちに飛び火してくるですぞ」

「巻き添えは勘弁でござる」


「くぅーっ! 私も鬼軍曹をしたい!」

「晶子……」

「晶ちゃん……」

「晶子ちゃん……」


 それから後も訓練は続いていき、夜の帳が降りてくる頃にようやく終わりを迎える。


「死ぬ……」

「いや、死んだ……」

「もう無理……」

「おんぶして連れて帰って……」


 そこには死んではいないが死屍累々と化した勇者たちの姿があった。ちゃんと立ち姿でいる者は誰一人としていない。


 その中でも比較的早く回復したのは九十九である。


「旦那様、帰ったら一緒にお風呂に入ろう。今日は洗って欲しい気分だ」

「私もケビンくんに洗ってもらいたーい!」

「健兄私も!」

「おにぃ!」

「にぃ!」


 九十九はちゃんと座ってケビンに声をかけていたのだが、他の面々は地面に寝転がったまま手を挙げて、怠そうにアピールするという所業に走っている。


 そこで怠そうに体を起こして座る勅使河原てしがわらが、傍で寝転がっている弥勒院みろくいんに声をかける。


「香華……貴女、ケビンさんに体を洗っていただいていますの?」


「ケビンくん体洗うの上手なんだよーとっても気持ちいいの。その後はお姫様抱っこで湯船まで連れて行ってくれるよー」


 弥勒院みろくいんが、もう完全に淑女のなんたるかを忘れてしまっているかのように感じた勅使河原てしがわらは、額に手を当てると溜息をこぼす。


「香華……貴女って人は……」


 弥勒院みろくいんは呆れている勅使河原てしがわらに対し、不思議そうな表情を向けて口を開いた。


「夫婦なら普通だよ。他のお嫁さんたちもしてもらってるもん。ねー? ケビンくん」


「そうだな」


 いつの間にか傍までやってきていたケビンに弥勒院みろくいんが声をかけると、ケビンは疲労以外で体に異常はないか確認して回っているようだった。


「そうだ! 麗羅ちゃんも早くケビンくんのお嫁さんになって、一緒にお風呂に入ればいいんだよ」


「き、ききき、香華!? 何を言っていますの!?」


 そのようなことを弥勒院みろくいんが言ってしまうものだから、ケビンがそれに反応を示す。


「ん? 麗羅は元の世界へ帰る組だろ。無理強いは良くないぞ、香華」


 そのケビンの言葉を聞いた勅使河原てしがわらは、『我が意を得たり』と言わんばかりに立ち上がると、弥勒院みろくいんに気持ちを伝えるのだが、思いのほか疲労が回復していなかったようだ。


「私は元の世界へ帰る方ほ――」


 急に立ち上がったため起立性低血圧を起こしたのか、それとも脚が疲労により、生まれたての子鹿のようにプルプルとしていたのかはわからないが、勅使河原てしがわらがふらっと倒れそうになると、ケビンがそれを抱きとめた。


「ケ、ケケケ、ケビンさん!?」


「まだ疲労が残ってんだろ。急に立ち上がると危ないぞ。ということで……よっ……と」


 ケビンが抱きとめていた勅使河原てしがわらをお姫様抱っこすると、そのまま救護所へ足を進める。


「あ、あの……その……」


「そのままじっとしていろ」


「…………はい」


 ケビンの行動によって勅使河原てしがわらは心臓がバクバクと鳴り響き、ケビンに気づかれていないだろうかとチラチラと顔を盗み見る。しかし、それに気づいたケビンが視線を合わせると、勅使河原てしがわらはバッと視線を逸らしてしまう。


(か、顔が熱いですわ……心臓もドキドキしてる……これが恋心と言うものですの? 私は元の世界へと帰って父の決める殿方に嫁入りし、勅使河原てしがわらグループを更に大きくする礎とならなければなりませんのに……)


 勅使河原てしがわらがそのような思考を巡らせていると、いつの間にか救護所についていたようで、ケビンがイスに勅使河原てしがわらを下ろすと、元の場所へと戻ろうとする。


「ぁ……」


 だが、勅使河原てしがわらが無意識にケビンの服の裾を掴んでしまい、ケビンが振り向き勅使河原てしがわらの顔を見たあと笑みを向けると、頭に手を乗せてポンポンと優しく叩くのだった。


「また今度してやるから、そんな悲しそうな顔をするなよ麗羅」


「悲し……そう……?」


 勅使河原てしがわらはいったい何を言われているのかわからず、自身の顔を手で触ってみるもよくわからないままだ。


「捨てられた子犬みたいな顔だな。家に連れて帰りたくなる」


 そして、もう1度ケビンが勅使河原てしがわらの頭をポンポンと叩くと、「また次の機会を楽しみにな」と言い残して、元の場所へ戻るのだった。


 一方で、そのような光景を見ている三姉妹は、ケビンの手練手管に戦慄する。


「頭ポンポン……あれはやられるわね……」

「あの顔……あれは堕ちてるよ……」

「にぃ……女性キラーというより、存在そのものが惚れ薬……」


 そのようなことを三姉妹から言われているとも知らず、ケビンは他の勇者たちにも声をかけながら、体調不良者はいないか確認して回っていたのであった。

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