第555話 ゾロ目SS ゴブゾウの春到来
これはケビンが19歳になった時の話で、暦の上では5月のこととなる。
「ゴブゾウ、嫁さん欲しいか?」
「欲しいゴブ!」
ゴブゾウがアリシテア王国の冒険者ギルドにてライアットの従魔となり、ライアット指導の下で解体作業員として働き始めて1年と半年が過ぎていた。それによりケビンはゴブゾウの働きぶりをライアットから聞かされていたので、『そろそろいいかな』と思い至ったゆえの提案であったのだ。
「ライアットさんはどう思います?」
「いいんじゃねぇか? どうせケビンのことだ、増殖しないような処置はするんだろ?」
「そこは抜かりなく」
「それなら俺から言うことは何もねぇ。ただ、ギルドマスターにはちゃんと事前に忘れず伝えるんだぞ。大抵の場合は事後報告が多いからな」
ライアットにそう釘を刺されてしまったケビンは苦笑しつつ、忘れないうちにということで解体場を後にすると、さっそくカーバインの元に足を運ぶのだった。
「はぁぁ……また唐突に現れたかと思いきや……事前に報告しにきただけでも進歩だとして取っておくべきか……」
ケビンからの報告を受けてそうボヤくカーバインは、頭を抱えながらの溜息が後を絶たない。
「仕方がない……ゴブゾウがしっかり働いているのは報告にも上がってきている。独り身よりも奥さんがいた方が何かと働きがいがあるだろうしな」
「はは、経験者は語るってやつですね」
ケビンが楽しそうにそう言うと、カーバインはどこかバツの悪そうな顔つきとなり視線を逸らすのだった。実はカーバイン、結婚願望の強い独り身だった受付嬢と結婚しているのだ。
その受付嬢とはよく独り身同士でそのことをお互いに言い合っていたのだが、カーバインが気まぐれで飲みに誘ったのが事の発端であり、そこからはあれよあれよという間に食事をする回数が増えていく。
その理由としてはカーバインが食事に誘わないので、その受付嬢が逃がさないとばかりにカーバインを捕まえて、食事の回数を増やしていったのだとか。
そしてカーバインは自分から誘ったわけでもないのに、その食事代を全て支払わされるという目に遭っていて、受付嬢にそのことを言うと「それなら給料を上げて、高給取りさん」と痛いところを突かれてしまい、泣く泣く支払っていたのだった。
そのようなことを繰り返していた2人だったが、ある日の食事の時に受付嬢が唐突に「いつプロポーズしてくれるの?」と言ってきたので、カーバインが「は?」と呆気に取られていると、受付嬢はそれに対して「独り身の女性をこれほど連れ回したんだから、責任を取ってくれるのよね?」と何とも理不尽なことを言われたらしい。
その言葉にカーバインは『俺が連れ回されて、俺が支払いをしていたのにか?』という思考が頭をよぎっていたが、受付嬢の続く言葉は「もう私はカーバインさんの女だって周りに認知されてるわよ?」という、カーバインの身に覚えのないことを突きつけられてしまい、カーバインは知らず知らずのうちに外堀を埋められてしまっていたことに、この時初めて気がついてしまったのだった。
そのことに関してカーバインは行き遅れていると言えば咎められること間違いなしだが、結婚願望の強い独り身の女性がこれほどまでに怖いものなのかと思わずにはいられなかったようだ。
結局のところカーバインも一緒に過ごした時間は楽しかったこともあり、後日腹を括ってその受付嬢にプロポーズをしたら、それを待っていた計算高い受付嬢は秒を待たずして二つ返事で了承すると、2人は結婚をすることとなる。
その2人の結婚式は貴族でもないので慎ましく教会で行われたのだが、それに参列したケビンはドラゴンの剥製を贈るほどの敷地がカーバインの家(ごく普通の一般的な家)には当然なかったので、ケビンは子供が生まれた時のためにカーバイン夫妻にベビーグッズを沢山贈ると、それを見た受付嬢が歓喜して結婚初日から襲うのではなく襲われてしまったカーバインは、翌日にゲッソリとしたまま出勤し、代わりに受付嬢はツルツルのツヤツヤ肌で出勤していたのだとか。
それを見たギルドの職員たちや冒険者たちは皆一様に何があったのか察してしまい、この日のカーバインは頼んでもいないのに嫁ではない受付嬢からお茶を運ばれる気配りを受けたり、冒険者たちからは精力剤が贈られたりと何とも言えない気持ちのまま1日を過ごしていた。
ちなみにこの嫁となった受付嬢はカーバインのふた周りも年下の若い女性であり、毎晩カーバインを襲っては見事妊娠することに成功して、出産を機に受付嬢を引退しては、家で甲斐甲斐しくカーバインの世話をする家庭的な奥さんになったのだとか。
そのようなことを思い出していたケビンに、カーバインがゴブゾウの件の話を進めるために口を開いた。
「で、今日中に連れてくるのか?」
「はい、そうしようと思います。ライアットさんにも伝えましたけど、増殖しないような処置はちゃんと取るので、ここがゴブリンだらけになることはありません」
「何をするのかは知らんが、とりあえずはケビンに任せる。ゴブゾウの子供を俺たちが殺処分することになるような展開だけは避けてくれ。さすがに一緒に働いていたら情が湧いちまったからな」
「任せてください」
カーバインにそう告げたケビンはゴブゾウを連れて冒険者ギルドを後にすると、さっそく近場の森までやってきて【マップ】を使いつつゴブリンのメスを探し始めた。
「ゴブゾウの助けになる家庭的なゴブリン……うーん……野生のゴブリンに家庭的さを求めても意味がないか……」
「贅沢言わないゴブ」
「お、ホーンラビットだ。ゴブゾウ、やっちまえ」
「わかったゴブ!」
元々ホーンラビットなどに遅れを取らないゴブリンなので、ゴブゾウはケビンから与えられた剣によってホーンラビットを倒すことに成功する。
「ライアットさんにお土産ができたゴブ」
「ゴブゾウの初討伐だな」
実はケビン、ゴブゾウを連れ出す前に冒険者登録をさせており、魔物が冒険者登録をするという前代未聞の事態に、それを聞かされたカーバインがまたもや頭を抱えてしまう事態に陥ってしまう。
その後、受付に現れたカーバインにケビンがあっけらかんとして「元々魔物が冒険者になってはいけないなんて規則なんて聞いたことがないし、誰でもなっていいってことですよ」と言ってしまうが、そもそも魔物が冒険者登録をするためにギルドを訪れるという明らかに非常識な考えを、過去の冒険者ギルド運営者が持ち合わせていなかったからそれを規制する規則が存在しないだけで、ケビンのはそのことを逆手に取った暴論とも言える。
そしてそれを聞かされてしまい呆れ果てたカーバインは、とにかくギルドカードが魔物の血で反応するのかどうかを試すことにすると、その際にケビンはこっそりとソフィーリアに『ゴブゾウが冒険者登録をできるようにしてくれ』と頼んでおり、それを実行したソフィーリアによってギルドカードがゴブゾウの血に反応したので、ゴブゾウは晴れてFランク冒険者として登録されることになったのだ。
そのゴブゾウは元々突然変異のネクロマンサーであり野生のゴブリンとして生きていたので、ケビンは足りない部分である【剣術】や【身体強化】と【気配隠蔽】や【魔力隠蔽】などのスキルを付与していた。これによりゴブゾウは、難なくホーンラビットを近接戦闘で倒すことができたのだ。
それからもゴブゾウの嫁探しは続いてケビンがゴブリンのメスを転移させていき、ゴブゾウは1匹目のメスで嫁にする判断を下したのだが、即答したゴブゾウの反応を怪訝に思ったケビンが、鑑定でゴブゾウの気持ちを覗き見ると遠慮していることがわかったので、そこからはゴブゾウの状態を見ながら好みかどうかを判断していき、その間の暇つぶしとして寄ってくる魔物の処理をゴブゾウさせていた。
それを繰り返すこと数十回、ゴブゾウが明らかに違う反応を見せていたのでケビンは鑑定してゴブゾウの状態を念の為に確認すると、一目惚れしていたので目の前にいるメスゴブリンをゴブゾウの嫁にすることに決めた。
そしてケビンはそのメスゴブリンにゴブゾウと同じ処置を施すと、メスゴブリンに対して話しかけた。
「お前の名前は今から【ゴブミ】だ」
「はい、マスター」
「で、ここにいるのがゴブミのことが好きで、嫁にしたいと思っているゴブゾウだ」
「よろしくお願いしますね、ゴブゾウさん」
「こっ、ここ、こちらこそよろしくお願いしますゴブ!」
「ここまでしておいて今更聞くのもなんだけど、ゴブミはゴブゾウが夫でいいか?」
「はい。とても強いオスだと感じとれますので、守っていただけるなら構いません」
「それについては問題ない。ゴブゾウは以前にゴブリンキングすら従えていた強者だ」
「まあっ、王様を?!」
それからケビンは恥ずかしがっているゴブゾウの代わりにゴブミへ話しかけていき、ゴブゾウの過去や今現在何をしているのかを説明していく。それを聞いたゴブミは、ゴブゾウが守ってくれるなら同じ所に行くことを了承し、ゴブゾウは晴れてこの日に最愛となる伴侶を迎え入れることになるのだった。
そして用事が終わったケビンが王都へ帰る際に、ゴブゾウへゴブミと手を繋ぐように言うと、ゴブゾウは緊張する中でゴブミと手を繋いで我が家への帰路につく。
その後、ゴブミを連れたまま王都の入り口についたケビンたちは、当然のごとく衛兵から止められてしまうが、ケビンが「ゴブゾウの嫁だ」と端的に伝えては危険ではないことをゴブミとの会話で証明して、隷属の首輪も付けていることもあり、衛兵はゴブゾウのことを知っていたので街中へと通すのだった。
それからギルドについたケビンたちは、まずカーバインに報告をしてゴブミを紹介すると、その次は受付でゴブゾウの討伐した分のクエスト達成報告をし、それが終わってようやく解体場に行ってライアットにゴブミを紹介する。
「ゴブミ、この人が解体場の責任者でライアットさんだ。ゴブゾウの主でもあり、上司でもある」
「よろしくお願いします。ライアットさん」
「お、おう……」
「ゴブミもライアットさんの従魔として登録してもらうからな。ライアットさんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「はい、マスター」
こうしてライアットへの紹介も無事に終えたところで、ケビンはゴブゾウの住んでいる家の表札にゴブミの名前も付け加えて、2人で使えるように所々リフォームしたら、ゴブゾウへ家の案内をゴブミにするよう伝えるのだった。
そして手を繋いだ2人が家の中に入っていくと、ケビンはライアットに今後のことについての説明を始める。
「もしあの2人が心から子供が欲しいと思った時は、妊娠することになります」
「生まれてくるのは野生タイプのゴブリンか?」
「いいえ、そこはちょっと2人の体を創り変えたので、あの2人みたいなゴブリンが生まれてきます。その場合は【人種言語】と【言語理解】を生まれながらに持っていますので、ゴブリンの成長スピードがどのくらいかはわかりませんけど、喋れるようになったら人語を話します」
「むちゃくちゃだな……まるで人の赤子みたいじゃないか……なぁ、将来俺が仕事を引退したあとはどうすればいいんだ?」
「その時には俺が代わりに従魔登録をして引き取りますので、その後はゴブリンがどのくらい生きるかは知りませんけど、俺の子供たちに引き継がせていきます」
「そうか、それなら安心だな」
「もし、2人が子供を欲しくなって相談されたら、そのように伝えてください。産んでも問題ないと」
「わかった。そこら辺は任せろ」
こうしてライアットへの説明が終わったケビンは、ゴブゾウとゴブミに別れを告げると帝城へ帰るためこの場を後にする。
その後、翌日からゴブゾウのように働き出したゴブミがその場を訪れた冒険者たちの間で話題となると、冒険者たちはゴブゾウに結婚祝いであれやこれやと食べ物を贈り、それを受け取る度にゴブゾウと2人でお礼を言うゴブミのそのお淑やかな性格は好評となって、2人の仲の良さからギルドのおしどり夫婦として瞬く間に人気者となるのであった。
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