第556話 家庭崩壊?! お義父さんと呼ばれたくない心境

「旦那様はいじわるだな……」


 そう独り言ちる九十九は散々喘がされた最中のことを思い出しながら、胸に抱きかかえこんでいるスヤスヤと眠るケビンの頭を撫でていた。


 何故ケビンが朝までコースをやらずに寝ているかと言うと、ピロートークの時にケビンが冒険に出かけることを聞いた九十九によって、いつも通り朝までコースとなりそうだったのを強制的にやめさせられると、体調のことを考えた九十九が眠りにつくように言い聞かせて寝かされてしまったのだ。


「寝ている時は子供みたいなのに……ちょっとエッチだけど……」


 そう言う九十九の胸に包まれているケビンは幸せそうに寝ているが、ケビンの手はしっかりと九十九の胸を触っており、時たま手を動かしては感触を楽しんでいる。


 そして九十九は幸せそうに眠るケビンの寝顔を見ると憚られる気持ちが押し寄せてくるが、そろそろ起きる時間が近づいてきたこともあり、この幸せな時間に終わりを告げることにした。


「旦那様……旦那様……」


 優しく声をかける九十九の声がケビンの耳朶に響きわたると、ケビンが少しだけ目を覚ます。


「……もも……?」


「はい。旦那様の妻であるももですよ。朝になったので起きましょう?」


「……ヤダ……ももと寝る……」


 そう言うケビンが九十九の胸にグリグリと顔を押しつけては、2度寝をしようとして最適な寝心地ポジションを求めていた。


「旦那様、今日は冒険に出かけるのでしょう?」


「……ももとずっといる……」


 2度寝をしようとしているケビンが微睡みの中でそう言うと、九十九は最愛の人に求められたこともありドキドキと鼓動が早くなっていくのを感じてしまうが、今やっている冒険は家族の安否確認と避難が目的であるため、ケビンの要望を受け入れたい気持ちを胸に抱きつつも、何とか起こそうと試行錯誤を開始する。


「旦那様……もし起きてくれるのならももがおはようのキスをしますよ」


「……」


「出かける時には行ってらっしゃいのキスもします」


「……」


 九十九があれやこれやと考えつつ声をかけたのだが、ケビンは一向に起きる気配すらない。そこで九十九はまだ時間に余裕があることもあり、ケビンの反応しそうなことを伝えることにした。


「昨日の止めてしまった続きを、朝食の時間になるまでしてもよろしいですよ」


「起きる」


「もう……旦那様のエッチ」


 九十九のキスだけでは起きようとしなかったケビンが、昨日の続きと聞いた途端にものの見事な手のひら返しで起きては、目覚めの1発と言わんばかりに九十九の体を愛し始めるのだが、結局のところ1回では終わらずに朝食の時間ギリギリまでやってしまうのだった。


「旦那様……立てなくなってしまいました」


「大丈夫だ、俺が食堂まで連れていく」


 それからケビンは九十九用に服を創っては着せていき、仕上げに指輪を両薬指に嵌めていく。


「嵌めるのが遅くなってごめんな。これで正真正銘、ももは俺の嫁さんだ」


「旦那様……」


 九十九は欲しくても気を使って言わずにいた、その待ち焦がれていた妻の証をケビンの手により嵌められたことで、瞳から雫をこぼすと愛おしそうにその指輪を撫でるのだった。


 その後は九十九をお姫様抱っこしたケビンが、5階に九十九の部屋を用意してそこに住むように伝えたら、そのまま3階の食堂まで足を運ぶと新たな嫁となった九十九を紹介する。


 だが、既に帝城探検を済ませている九十九とは顔見知りの者が多くいて、九十九の紹介は簡単に終わってしまう。


 そして今日からまた冒険を再開させることをケビンが家族に伝えていき、冒険者組に加えてヴァレリアも息子のヴァンスを鍛えると言って意気込みを見せると、当のヴァンスは面倒くさそうな感じで愚痴をこぼしながら食事を摂っていたのだった。


 それから朝食を食べ終えたケビンは、九十九から行ってらっしゃいのキスを受け取ると、それを見た三姉妹や弥勒院みろくいんまで参加してきて、そうなると他の嫁たちまで参加する状況に陥り、出発までに時間がかかってしまったが、無事にその後は魔族領に向けて転移したのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ヴァレリアの集落が何処にあるかわからないケビンは、とりあえずイグドラ国境近くの魔族領側に転移すると、ヴァレリアに集落の位置を問いかけるのだが、思わぬ返答をされてしまう。


「ん? 俺が知るわけないだろ。相変わらずケビンは抜けてるな」


「……は? いやいやいや、お前の故郷だよな? 何で故郷の位置がわからないんだよ!?」


「文句は奴隷狩りに言えよ。俺は目が覚めたら檻の中だったんだぞ。故郷の位置なんか知ってるわけないだろ」


「マジかよ……」


「まぁ気にするな。さすがに近くに行けば何となくわかる気がするし、それまで適当に冒険してりゃあ、そのうち見つかるだろ」


 何とも先行き不安になったケビンは頭を抱えてしまうが、それは同行している冒険者組もそうであり、ヴァンスは自分の母親のことなので適当さ加減に慣れているのか特に気にした様子もない。


「ケビン君、リリスに聞いてみたら? サキュバスの代表をやってたんだし、仮に近場になくともある程度の位置くらいは知ってるんじゃないかな?」


「それだ、クリス!」


 クリスからの発案によりさっそくケビンがリリスに連絡を取ると、ヴァレリアの住んでいた鬼人族の集落は、サキュバスの跡地から南西に向かった先にあることがわかったので、それからケビンはさっそくサキュバスの跡地に転移したら、そこから南西に向かって歩き始める。


 すると、道中で襲いかかってくる魔物に対してはヴァレリアがヴァンスをけしかけると一緒になって戦っていき、ヴァレリア式ブートキャンプを開催してヴァンスを鍛え上げていく。


「ヴァンス! 殺られる前に殴れ!」


「無茶言うなよ母ちゃん。父ちゃんからも何とか言ってくれよ」


「ヴァリー、ほどほどにな」


 娘に対しては激甘なケビンと言えども、息子に対しては激甘にならず適度に甘やかす程度で抑えており、そのケビンからのやる気のない説得を聞いてしまったヴァンスはガックリと肩を落として諦めの境地に入ると、仕方なくヴァレリアの鍛錬に従う方向性へと切り替えた。


 だが、さすがにヴァンスには荷が重いと感じているケビンは、邪魔な魔物をサクッと始末すると1対1の状態に持っていけるように支援をして、図らずもヴァンスはケビンの支援により安定した戦いを見せている。


「ヴァンス、そこだ! そこで殴れ!」


「違う! そこじゃない。こう、パァーっと来た時にブワッて殴るんだよ!」


「蹴りだ、蹴り! 蹴り飛ばせ!」


「バッて来た時にシュバッて蹴るんだよ!」


 完全に感覚派のヴァレリアによる参考にちっともならないアドバイスが送られていると、たまりかねたヴァンスはとうとうヴァレリアに文句を言うのだった。


「母ちゃん! 気が散るから黙っててくれよ!」


「なっ!? ケビン、ヴァンスが反抗期になったぞ! 父親らしくガツンと言ってくれ!」


「いや、どう見てもヴァリーが悪い。ヴァリーは戦闘が終わるまで静かにしていろ」


「――ッ! ケビンまで反抗期なのか!? これが話に聞いた家庭崩壊?! 離婚か、離婚の危機なのか?!」


 いったい誰からその知識を得たのだとケビンは頭を抱えてしまうが、騒ぎ立てるヴァレリアを後ろから抱きしめると強制的に静かにさせては、ヴァンスにまともなアドバイスを送る。


「ヴァンス、攻撃を当てるのは二の次だ。まずは敵の動きを捉えろ。相手の視線に注意しろ。それが無理なら足元や腕をよく見ておけ」


「おう! さすが父ちゃん、わかりやすいぞ!」


 今現在ヴァンスが相手にしているのはダークゴブリンという種で、ゴブリンが魔素によって強化されただけのただそれだけの魔物なのだが、ケビンもヴァンスの気が散らなければ苦労はするものの、決して倒せないということはないだろうと考えていたゆえのアドバイスだった。


 その後はケビンからのアドバイスによってヴァンスが頑張っていると、強制的に静かにさせられたヴァレリアがケビンに対して静かに口を開く。


「ケビン……そろそろ離れないか? ドキドキが治まらないぞ」


「集中しているヴァンスに声をかけたりするなよ?」


「……しない」


「よし、それならヴァリーもヴァンスの成長を見守ってやるんだ」


「わかった」


 ヴァレリアが了承の意を示したことでケビンが解放すると、ヴァレリアは口にした通りヴァンスの戦いを見るだけに留めている。そしてそれからのヴァンスはケビンの指示通りに避けることを念頭に置いて、余裕があれば殴りつけるといった行動を取っていき、時間はかかったがダークゴブリンを倒すことに成功した。


「よっしゃー! 倒せたー!」


 勝利の喜びを噛み締めているヴァンスにケビンが回復魔法をかけると、ヴァレリアとともに戦闘に勝つことのできたヴァンスを褒めていき、他の嫁たちも一緒になって頑張ったヴァンスを褒めたたえるのだった。


「今やったことを忘れずに繰り返していけよ。そうすればヴァンスもヴァリーのように強くなれる」


「母ちゃんみたいにか? いくらなんでもそれは無理だろ」


「そうでもないさ。ヴァリーも最初は敵からやられっぱなしで、魔物から馬鹿にされていたからな」


「え……母ちゃんが魔物から……?」


 ヴァンスの目から見て明らかに強者の部類に入るヴァレリアが、以前は魔物から馬鹿にされていたと聞いてしまい、信じられないような視線をヴァレリアに向けていると、ケビンはヴァレリアが手こずったフォレストモンキーの体験談をヴァンスに聞かせていく。


 その暴露話にヴァレリアは母親の威厳がなくなると言い、ケビンの口を閉じようと手を伸ばすが如何せん身長差があるために、その行動はケビンに抱きしめられるという対処法であえなく失敗に終わってしまう。


「マジで!? 母ちゃん、そんなに弱かったのか?!」


「うぅぅ……俺のカッコイイ威厳が……やっぱり家庭崩壊だ……」


 驚くヴァンスとは別でケビンの腕の中に収まっているヴァレリアは、誰かから吹き込まれた家庭崩壊の言葉を口にしながら、抱き心地のいいケビンに癒してもらうためギュッと抱きつくのであった。


 それからのケビン一行は順調に旅を進めていきながら、宛はあるのだが南西方向という情報だけを頼りに歩いて行く。そして歩き飽きてきた頃にバイコーンの馬車を使ったり、また射撃ゲームを開催したりと飽きがこないように何日も旅を続けていたのだが、変わり映えしない景色だけはどうにもすることができずにケビンが飽き飽きし始めた頃、ようやく【マップ】に集落らしきものが表示された。


「ようやくか……そろそろ見覚えのある景色があるんじゃないか?」


 ケビンとしては全く変わっているとも思えない景色なのだが、この地に少なからずとも住んでいたヴァレリアにそう問いかけるも、やはりヴァレリアはヴァレリアのようである。


「同じ景色しかないからわかんねぇぞ」


 その言葉を聞いたケビンはガックリと肩を落としながら、ヴァレリアの視点から見てもこの景色は変わり映えしないものなのだと改めて認識してしまう。


 やがてその集落と思しきものが見え始めてくると、ようやくそこにきてヴァレリアが見たことある景色だと豪語するその姿は、誰の目にも明らかとなるいつものヴァレリアだと認識せざるを得ない。


「集落が見えてから言われてもな……」

「いつものヴァリーね」

「安定」

「いつまで経っても子供ね」

「そこがヴァリーの良さだよ」

「ヴァリーさんはこのままが1番です」

「幾つになっても変わらんの」

「ほんに変わらへん」

「母ちゃん……」


 口々にそう呟くケビンたちだったが、ヴァレリアは我関せずで久しぶりに帰ってきた故郷へ走って行き、ケビンが止めようとしたものの既にヴァレリアは集落に向けて走っており、ケビンの制止は息子であるヴァンスの溜息とともに虚空へと消えていった。


 それからのケビンたちは絶対厄介事になっていることを確信しながらも集落へ向かって歩いていくのだが、集落が近くなるにつれて喧騒が耳に届き出すと、聞こえてくる内容はどれも久しぶりに顔を見せたヴァレリアに関するものばかりであることがわかり始める。


 そしてケビンたちは入口に門番など立っていなかったので、話し合いの結果により恐る恐る集落に入っていくと視線の先には人だかりができていて、恐らくそこに見えてはいないがヴァレリアがいるであろうことを察する。


 だが、鬼人族の目下の話題はヴァレリア1本のみであり、外から部外者が入ってきたというのに誰も気づきやしない。その様子にケビンは『この集落大丈夫か?』と防衛面での心配が頭をよぎるが、久しく見ずに生存を諦めていた族長の娘が帰ってきたとなればそれも致し方ないこととも言える。


 やがて1人の鬼人族が集落の奥から歩いてくるとモーゼの海割りのごとく人だかりが割れていき、ようやくチビッ子ヴァレリアの姿をケビンも捉えることができたのだが、ケビンが様子を見ていたというのにそのような気も知らず、ヴァレリアは歩いてくる鬼人族よりもケビンを優先してしまう。


「ケビーン! やっぱりここで合ってたぞ!」


 ヴァレリアが手を振りながらケビンに向かいそう叫ぶものだから、周りの鬼人族までもがケビンの方へ一斉に視線を投げかけて、ここにきてようやく別の種族が集落に入ってきたことを認識し警戒心を顕にする。


 だが、ヴァレリアの行動に頭を抱えるケビンとは別で、ヴァレリアはニコニコとしながらケビンのところへ走ってきていて、ヴァレリアのところへ向かおうと歩いてきていた鬼人族は、呆気に取られてしまい呆然と立ち尽くしていた。


「ヴァリー……」


「ん? どうしたケビン?」


「恐らくだが……あそこで呆然としているのは偉い人なんじゃないか?」


「あ、あれか? あれは親父だな」


「……父親をあれ呼ばわりはないだろ……」


「じゃあ、あいつか?」


「そこはあの人って言うもんだぞ」


 そのような会話を2人がしていたら、再起動した鬼人族がケビンのところへ歩いてきていた。そしてケビンのところへ辿りつくと、ベースの効いた低い声でヴァレリアに声をかける。


「ヴァレリア、よくぞ戻ってきた」


「おう、ただいま」


「で、そやつらは何者だ?」


「旦那と息子と家族だ」


「……で、そやつらは何者だ?」


「だから、旦那と息子と家族だ」


 ヴァレリアによるなんの捻りもないド直球な紹介である返答に対して、族長は聞き間違いだと思って問い返したのだが、ヴァレリアから返ってきたのはやはり聞き間違いなどではなく同じ内容の言葉であった。


「ヴァリー……」


「何だケビン?」


 集落に来てからというもの頭を抱えること以外してないのではないかと思い始めていたケビンだったが、それは周りの嫁たちも同じでヴァレリアの奔放な振る舞いに対して、ケビンへの同情を禁じ得ない。


「母ちゃん、そこはもっと詳しく紹介するんじゃないのか? そこのおっちゃんが固まってるぞ」


 ヴァンスの言葉通りで族長はヴァレリアの言葉を聞いて固まってしまっていたのだが、ヴァンスの『母ちゃん』という言葉に反応したのか、再び再起動を果たしてヴァレリアに問いかける。


「そこの童はヴァレリアの息子か?」


「ああ、そうだぞ。親父のように強い男にするため、ヴァンという親父の名前を使ってヴァンスってしたんだ。まだまだ弱っちぃけど、いつか最強親子と言われるまで育て上げるつもりだぞ」


「いや、母ちゃん……まずは母ちゃんがクララ母ちゃんやプリシラ母ちゃんに勝たないとダメだろ」


「そこはそのうち勝つ!」


「最近だとアブリル母ちゃんにも負けてるんだろ?」


「ケビン! ヴァンスが俺の威厳を落としているぞ! 旦那として何とか言ってくれよ!」


「あぁぁ……ヴァンス。ヴァリーの目指す最初の最強は鬼人族最強だ。そこにクララやプリシラ、更にはアブリルまで入れてやるな。ヴァリーがへこむぞ」


「父ちゃんは母ちゃんに甘いよな」


 ヴァンそっちのけで会話をしていた親子3人の言葉に、間違いなく『旦那』や『父ちゃん』という単語が紛れ込んでいたことで、ヴァンはヴァレリアの言葉の全てが聞き間違いでなかったことを確信してしまうと、ケビンに向けて闘志を漲らせながら大人気ないほどの威圧を放ちつつ口を開く。


「覚悟はできているんだろうな? 矮小なる人族よ」


「えぇーっと、娘さんをくださいと言う前に結婚して子供もできました。よろしくお願いします。お義父さん」


「貴様に『お義父さん』などと言われる筋合いはないわああああぁぁぁぁ!」


 ケビンによる『お義父さん』発言に対し怒髪天に達したヴァンが叫ぶと、鬼人族の風習をあらかじめ話に聞いていた嫁たちやヴァンスは、いそいそとその場から距離をとって安全圏に到達したら、静かに観客としての配置につくのであった。

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