第554話 ケビン3分以上クッキング

 とある日のこと、嫁祭り開催中のケビンがフラフラと生徒たちの様子を見回っていた時に突如突貫してくる者がいた。


「旦那様ああぁぁぁぁっ!」


 その声に心当たりのあるケビンは咄嗟に身構えるも、前からも後ろからも抱きつかれる気配がないために『空耳か?』と思っていたその瞬間、晴れているはずなのにケビンの周りにだけ影ができたことを訝しんだケビンが空を見上げると、なんと空から人が降ってきているのを目にしてしまう。


『マスターっ! 空から女の子が?!』


《5秒後に墜落ね》


『避けるべき?! 受け止めるべき?!』


《あえて気づかぬフリをして前へ進みましょう?》


 ケビンそっちのけで盛り上がりを見せるサナとシステムが脳内で勝手に会話を始めていると、ケビンは現在地が街中であるためそのまま墜落されては住民たちにとっていい迷惑だと思い、咄嗟に降ってくる人物を受け止める体勢に入るのだが、ケビンの視界には【鉄壁】が付与されているはずのそのスカートの中身が何故だか見えてしまっていた。


ももぉぉぉぉ??」


 空から人が降ってくる驚きとは別の驚きの声を上げてしまったケビンが、無事に街への被害を抑えて生徒会長である九十九をキャッチしたあとお姫様抱っこすると、すぐさまその事実確認をするために九十九に問いただしたら、想像だにしない思いもよらぬ答えが九十九より齎される。


「ああ、これか? これはソフィ殿に改造してもらったのだ。安心してくれ、中は旦那様にしか見えない仕様だぞ。他の者には神の光とやらが邪魔をしてチラリズムさえ感じなくなるらしい」


「な、何でソフィのことを知っている?!」


「何でって帝城を探検している時に出会ったからだ」


「探検??!」


「ああ、旦那様が女子たちには3階へ行けるようにしていただろ? 他の者たちは皇族の住まう階層に行くことが憚られていたみたいだが、せっかく行けるのに行かないのはもったいないだろ」


 実はケビン、女性的に何かの不安事項が発生した時のために、嫁たちに相談できるように女子限定で階層制限を解除していたのだ。何故解除していたのかと言うと、仮に悪意を持てばすぐさまビリビリ麻痺トラップにて自分の所へ転移される保険があったからだ。


「そ、それで……ソフィとは何を話したんだ?」


 まさか自らあれやこれやと秘密なことは話さないだろうと予想していたケビンだったが、九十九の言葉はケビンの予想を遥かに上回り裏切られる形となる。


「ソフィ殿とは話が弾んでな、旦那様との馴れ初めやらを色々と話し合ったぞ。旦那様は元日本人だったんだな。ミートソーススパゲティやら抹茶を知っていたのも納得だ」


「Nooooh!」


 ケビンはあれやこれやの秘密がバレてしまっていることに頭を抱えたくなったが、今現在抱えているのは頭ではなく九十九なので、その行動に出ることはできなかった。だが、ケビンのそのような気も知らずに九十九はマイペースさを崩さず、いつもの調子でケビンにオネダリする。


「それよりもだな旦那様、ミートソーススパゲティをくれ。もちろん抹茶付きだ」


 その相変わらずな九十九の言葉にケビンは溜息をつきつつ言葉を返すが、その一言が九十九に火をつけてしまうとはこの時のケビンは思いもしなかった。


「たまには他に言うことはないのか……」


「他か……? 他……他……ああっ、思い出したぞ! 何でケーキ屋ができていてミートソーススパゲティ屋がないんだ! 男女差別だろ!」


「……は? 男女差別? もも、とうとうミートソーススパゲティの食い過ぎで頭がおかしくなったのか?」


「旦那様は知らないのか?! ケーキは女の子でミートソーススパゲティは男の子なんだぞ!」


「……意味がわからん……」


 九十九節にケビンがついていけなくなると、九十九はケビンにその意味を説明し始める。それは、ケーキが好きでよく食べているのが女の子であり、ゆえにケーキは女の子というもので、ミートソーススパゲティはソースが飛び跳ねたり口周りに付いてしまうなどの懸念事項により女の子は敬遠し、それを気にしない男の子は平気で食べるからミートソーススパゲティは男の子なのだと言う。


「なんだそりゃ……ケーキだって生クリームが口元に付いたりするだろ」


「旦那様、想像してみてくれ。デートの最中に寄った店で口周りに生クリームを付けた女の子がそれを舌でペロリと舐める光景と、ミートソーススパゲティのソースが口周りに付いて同じようにする女の子とでは、どちらが萌える?」


 唐突な九十九からの質問に対し、ケビンがその時の様子を想像してみると、何故かケーキの生クリームをペロリと舐めている女の子の方に軍配が上がってしまう。


「……ケーキだな」


「そうだ。そしてそれを女の子は計算でやっている。ドジっ子な自分をより可愛く見せるためだ」


「な、なんだってぇぇぇぇ!?」


「よく創作物でもそのシーンがあるだろ? そういう時は決まって女の子は『してやったり』と思っているはずなのに、表現上では『てへへ』なんて可愛らしく描写されているだろう?」


「そ、そんな馬鹿な……」


「そして、更にはそれにまんまと騙された男の子が、舌の届かない鼻の頭というありえないところに付いてしまった生クリームを、『仕方ないな』とか言いつつ拭き取ってるシーンもあるよな?」


「ま、まさか……」


「考えてもみろ。口へ運ぶものをどうして鼻の頭という変なところに付けられる? 女の子は基本的に可愛く見せるために、ケーキは小さく切り分けてから口に入れる。大口を開けてかぶりつく女の子はあまりいないだろ? つまり、計算の上でやっている確信犯と言える」


「お、俺の女の子像が……」


 ケビンはその場で両手をついて項垂れたくなってしまったが、それをしては九十九を落とすことになるために、心の中だけでそのシーンを表現しながら気落ちしてしまう。そしてまんまと九十九によって、食べ物の性別付けという話からすり替えられてしまっていることに、ケビンは気づいていない。


「旦那様、女の子に理想を求めるのはやめるんだ。現実を知ると悲しくなるぞ」


もも……」


「その点私は自分をさらけ出しているからな、お買い得だと思わないか?」


「……そうだな……ももは計算なんてしなくて、いつでもミートソーススパゲティしか口にしないからな」


「だろ? 仮に演技をしたところで付き合っていくうちにバレてしまえば、その労力が無駄になるからな」


「俺……女の子に夢を見るのはやめるよ……」


「今日は私が慰めてやろう。さあ、城に戻ってミートソーススパゲティを食べるぞ」


「そうだな……今日は大人しくミートソーススパゲティでも食べるか……」


 こうしてケビンは女子から聞かされる女子の本質(注:もも調べ)を暴露されてしまい、その後のフラフラ予定をする気にもなれず、九十九をそのままお姫様抱っこした状態で帝城へと帰っていくのであった。


 そして帝城へ帰ったケビンは厨房に向かうと、九十九にミートソーススパゲティと抹茶を提供しながら夕食の下拵えをしていくのだが、厨房に突如現れた2人に調理係の嫁たちは驚き、見習いとして頑張っている弥勒院みろくいんはケビンの出現に喜んでいた。


「すまんな、夕食の予定を変更してしまって」


「気にしないでください、ご主人様」

「いいよ、パパの料理好きだもん」


 厨房を任されているアンリやアズがそう答えると、それに続いてビアンカ、ベル母娘、シンディ、カーラ母娘、ドナ、ダニエラ母娘も同じく同意を示す。


「それじゃあ、アンリとアズ、ビアンカとベルはたまねぎをみじん切りにしてくれ」


「はい、ご主人様」

「はーい」

「やるわよ、ベル」

「うん、頑張ろうね!」


「シンディとカーラ、ドナとダニエラでジェシカ印の人参をみじん切りだ」


「わかりました、ご主人様」

「頑張っちゃうよー!」

「いいところ見せるわよ、ダニエラ」

「みじん切りのいいところってどこ?」


 ケビンがそれぞれの母娘に指示を出したら視線を感じたのでふとそちらを見ると、弥勒院みろくいんが期待するようなキラキラとした瞳でケビンを見つめていた。


「……香華きょうかは俺のアシスタントだ」


「任せて、ケビンくん!」


「まずはニンニクをみじん切りにするぞ」


「うん! みじん切りだね」


 ケビンがニンニクの皮をむいたものをポンポンと容器に入れていき、それを弥勒院みろくいんが取っては今までの成果を見せるように、丁寧にみじん切りにしていく。


「目がぁ、目がぁぁぁぁっ!」


『リアルでそのセリフを使うとはっ!! これはサナも負けてられません!』


「涙が止まらなーい!」


 いきなり叫び声がしたのでケビンがそちらを向くと、どうやらアズとベルがたまねぎで苦戦しているようであり、アンリとビアンカはケビンがいるので必死に堪えているが、流れ落ちる涙は隠しようがないようだ。


「あっちは大変そうね」

「人参で良かったー」


「どう? このみじん切り。大きさを均一にしてみたの」

「どうって……それがいいところ?」


 そのようなたまねぎ班とは違い人参班は淡々と作業を進めていて、シンディとカーラは人参担当で良かったと安堵し、ドナがみじん切りのいいところを見せようと頑張るも、ダニエラから冷静に返されてしまう。


「ケビンくん、ニンニクのみじん切りが終わったよ」


「じゃあ次は、弱火で熱したフライパンに入れたら、いい香りがするまで軽く炒めてくれ」


「うん!」


 ケビンが弥勒院みろくいんに指示を出すとその場を離れて、悪戦苦闘中であるたまねぎ班の手伝いを始めるために、たまねぎを1玉手に取るとおもむろに空中へ投げたら、ドワン作の包丁を片手にポーズをキメる。


「秘技……みじん斬り」


 するとケビンの腕が目にも止まらぬ速さでブレたかのように見えると、今度はボールを空いている方の手に持ち、落ちてくるたまねぎが飛び散らないように衝撃を流しながら受け止めた。


「パパ……たまねぎ、そのままだよ」


「一体いつから――――」


『ま、まさか?!』


 アズからの指摘に不敵な笑みを浮かべるケビンが包丁の峰でトンっとたまねぎを叩くと、そのたまねぎは一気にバラバラのみじん切り状態へと崩れていく。


「――――たまねぎが切れていないと錯覚していた?」


『キタコレー!』


「パパすごーい!」

「ご主人様素敵です」

「秘技、秘技!」

「惚れ直しました」


 ケビンの遊び心でたまねぎ班が盛り上がりを見せていると、調子に乗ったケビンがどんどんたまねぎを【みじん斬り】でみじん切りにしていくと、あっという間にたまねぎの処理を終わらせてしまう。すると今度は人参班の所に赴いて、たまねぎと同じように【みじん斬り】で人参をみじん切りにしていくのだった。


「ご主人様は何でもできちゃいますね」

「さすがパパだねー」

「私もあれができればいいところを!?」

「ないない……まず冒険者にならないと無理」


 そのような中で1皿目を食べ終わった九十九がケビンに2皿目を注文し、ケビンは【創造】でサクッと提供したらみじん切りの終わった人参を弥勒院みろくいんのところへ持っていく。


香華きょうか、次は人参をその中に入れて炒めてくれ」


「うん!」


 弥勒院みろくいんがケビンの指示通りに調理をしている隣でケビンもまた同じ作業に取りかかり、手空きの嫁たちは自分たちのした作業の片づけを始めていた。


「よし、次はたまねぎを入れるんだ」


「任せて!」


「アズ、ちょっと作業を代わってくれ」


「いいよーパパ」


 ケビンがアズに炒め係の作業を任せると、【無限収納】の中から死蔵しているオーク肉を取り出したら、またもや空中に放り投げたと思いきや秘技を披露する。


「秘技……スライス斬り」


 そしてスライスされたオーク肉が完成すると、今度はまな板の上で更なる秘技を披露した。


「秘技……みじん斬り……からの……叩き斬り!」


 するとオークのスライス肉だったものは挽き肉へとその形を変えていき、ケビンは出来上がったものを弥勒院みろくいんとアズのフライパンに入れていく。


「よし、肉を軽く炒めたら寸銅の中に入れて、そこまでの作業を娘班でやるぞ」


「「「「オー!」」」」


「残り半分は寸銅で煮込み作業だ」


「「「「お任せ下さい!」」」」


香華きょうか、今度は煮込みの工程に移るぞ」


「頑張る!」


 それからケビンは弥勒院みろくいんとアズが炒めていたものを入れた寸銅のところに行くと、弥勒院みろくいんにグツグツと煮込むように指示を出したら、自身は【無限収納】の中からトマトを取り出して相も変わらずの秘技で遊び出す。


「秘技……ヘタ斬り……からの……角斬り!」


 秘技によって角切りにされたトマトを寸銅の中にポンポンと入れ込んでは、弥勒院みろくいんに指示を出していく。


「トマトは崩れても崩れなくてもどっちでもいいから、気にせずにかき混ぜ続けるんだ」


「焦げ付かないようにだね!」


「それもあるが水分を飛ばしていく意味もある。スープじゃないのに水っぽいソースは嫌だろ?」


「嫌っ!」


 そしてケビンは次なる工程に入る。それは【創造】を使った手抜き作業だ。


「顕現せよ。そして、囲め! トマトケチャップ!」


 次々と創造されていくトマトケチャップが浮遊しながら寸銅の周りを囲み出すと、封が切られて寸銅の中に投入されていく。


「凄い! どうやってるの!?」


 その光景に驚いている弥勒院みろくいんがケビンに尋ねると、ケビンは【神通力(微)】を使っていると答えるのだった。これはケビンがクズミから食事に招待された時に見せられたものを、そのまま再現して見せただけの遊び心満載の行動である。


 その後も他の寸銅にトマトケチャップを投入したケビンは大人用と子供用に味付けを変えるために、子供用には黒糖を適度に投入していき甘さが出るように施していく。


 そしてグツグツと適度に煮込んである程度の水分を飛ばしたところで、ケビンは試食タイムという間食を開催することにした。


「旦那様っ、私にも出来たての1皿をくれ! もちろん子供用だ!」


「いつもいつも同じものだと飽きるだろ? ももは今回この料理を試食してみてくれ」


 そう言うケビンが九十九に用意したのは、深みのあるお皿にいつも通りミートソーススパゲティを入れて、違う点と言えばその上にチーズを乗せてから《ファイア》で溶かし、焦げ目を適度につけたグラタン風ミートソーススパゲティというものだ。


「なっ!?」


「ふふっ……どうだ? 食べてみたいと思わないか?」


「は、早くそれを食べさせてくれ!」


 今にも飛びかからん勢いでフォーク片手にヨダレを垂らしている九十九の姿を見たケビンは、女性としてどうなのかと思ってしまうのだが、みんなの試食準備が終わったところで九十九に新作を差し出した。


 その瞬間、「いただきます」もなしに九十九はグラタン風ミートソーススパゲティにかぶりついていき、美味しさゆえなのか感動のあまり泣きながら食べるという偉業を成し遂げている。


もも先輩すごい……」


「泣くか食べるかどちらかにならないのか……」


 九十九の姿に圧倒される面々ではあったが試食会は無事に終わり、この日の夕食は家族たちにも大盛況を収めることとなり、ケビンとしては満足のいく結果になるのであった。


 そしてその日の夜に寝ようとしたケビンが寝室に帰ると、ドアを開けた瞬間に固まってしまう。その原因は、部屋の中で白襦袢に身を包んだ九十九が両手をついて座礼をしているからだ。


「え……もも……?」


 現在の状況にいまいちついていけないケビンが絞り出した声を聞き、九十九が礼を解いて姿勢を正すと驚いているケビンに対して口を開いた。


「旦那様、今宵の伽は不肖ながら私めが務めさせていただきます」


 凛とした態度でそう言う九十九を見たケビンは、目の前にいる人物が本当にあのいつもの九十九なのかどうかわからずに目をこすってみるが、何度見直してもその姿は九十九本人に変わりない。


もも……だよな……?」


 ケビンが自信を持てずにそう問いかけると、九十九は白襦袢の袖先で器用に口元を隠すとにこやかに笑みをこぼしていた。その行動の1つ1つが洗練されており、もはやその姿は生徒の誰が見ても「生徒会長じゃない」と間違いなく言われてしまうほどのものだ。


「何でここに……?」


「お忘れですか? 今昼に私めがお慰めしますと申し上げましたよ?」


 その言葉を聞いたケビンが記憶を手繰り寄せると、確かに九十九によって女子の真相を聞かされていた時に、そのようなことを言われていたような気がしてならない。


「あれってこういう……」


「旦那様は私めがお相手ではお嫌ですか?」


「それはない」


 あまりにも違う九十九の雰囲気に困惑しながらも、お相手としてどうかと問われれば1秒を待たずして即答するケビンであったが、その姿に九十九は再び口元を隠すと笑みをこぼすのだった。


 そしてケビンが近づくと九十九はスっと音を最小限にその場で立ち上がり、ケビンはその1つ1つの所作に驚かされるばかりである。


「……凄いな……それが大和撫子なももの姿か?」


「この姿をお見せするのは旦那様にだけでございます」


「仮に、数人で一緒に抱く時はどうなるんだ?」


「いつもの私めをお見せ致しますよ」


「なるほど……本当に俺と2人きりの時だけということか」


「お嫌ですか?」


「逆だな。もものその姿を独占できると思ったら、得した気分でしかない」


 そう言うケビンが九十九も抱き寄せて見つめ合うと、九十九は静かに瞳を閉じてその時を待つ。


「ん……」


 やがて2人の顔が離れると九十九は瞳を潤ませて口を開いた。


「ようやく初めての口づけですね」


ももと一緒にいると遊び心が先に来るからな。ムードある雰囲気が作りづらいんだ」


「申し訳ございません。家に縛られない環境がとても楽しくて……つい……」


「構わないさ。元気なももを見られるならそれはそれでいいものだ」


「旦那様……お慕い申し上げております」


 それからケビンは九十九の手を引きベッドの上へ移動すると、向かい合って腰を下ろし再び口づけを交わす。


もも、こんな時に言うもんじゃないけど、襦袢を脱がせないまま抱いてもいいか?」


 ケビンからの唐突な申し出にキョトンとしてしまう九十九だったが、その理由をケビンが伝えた時に口元を隠しながらクスクスと笑うのだった。


「旦那様は奥方様たちが言うように本当にエッチなんですね」


「ダメか?」


「構いませんよ。この身も心も全て旦那様だけのものです」


 九十九から問題ないと返事をもらったケビンが中途半端に白襦袢をはだけさせると、初めて見る九十九の裸体に視線が釘付けとなる。


「やっぱり着物関係の時って下着を付けないのか?」


「本来は襦袢の下に和装ブラや和装ショーツがあったり、あとは肌着を着ますよ。ですが、伽を務めるのに着物を着込む訳にもいきませんから、素肌の上から下着となる襦袢を着ただけでお待ちしておりました。ソフィーリア様もその方が旦那様の食いつきが良くなると仰られていましたので」


「ソフィか……そりゃそうだよな。この世界に着物文化はないし、うちでも着ているのはクララとクズミだけだしな。ソフィが用意しなきゃ、ももに合う白襦袢なんてあるわけないか」


 そしてケビンが九十九を横たわらせようと背中に手を回した時に、スベスベ肌とは別の違う肌触りに違和感を感じてしまう。そしてケビンがそれに勘づいた時には、九十九がそれを一足先に口にしたのだった。


「旦那様に綺麗な体のままで差し上げられないことをお許しください。その傷は私めの慢心が招いた結果でございます」


「ごめん……ちゃんと聞いていたのに確認するのを忘れてた」


 話の話題となっている背中の傷跡は九十九が傷を負った当時、ケビンが傷の確認をする前に九十九自身がミートソーススパゲティを優先してしまったために、そのまま傷跡を確認せずに流れてしまっていたり、その後もなんだかんだで生徒たちの今後の活動などを決めていったため、ケビンもすっかり忘れてしまっていたことを深く反省し再度九十九に謝罪する。


 それからケビンはその傷跡を消すため九十九に背中を向けるように言うと、九十九は背中を向けたあとに襦袢を下げ、長い髪の毛を片手ですくうとそのまま前へと流した。


 そして顕となった傷跡は背中の上から下へと斜めに伸びており、それだけでどれだけの痛みと血を流したのかが容易に想像できるほどである。その傷跡を見たケビンはそっと指でそれをなぞっていき、九十九はその感覚にゾクゾクとしてしまい声を漏らしてしまう。


「あ……だ……旦那様……」


「ごめんなもも……こんな傷跡があるなんて女の子として辛かったよな……」


「そんなことはありません。確かに湯殿で女子たちに見てもらい同情の声はもらいましたが、私めが不安だったのはこの体でも旦那様に愛していただけるかがわからなかったので……それが辛くて……」


 そしてケビンが無詠唱で再生魔法を行使していき、九十九の傷跡がなくなった時点で後ろから九十九を抱きしめた。


「傷跡は消した。もうももの背中は傷跡のない綺麗な体になったぞ」


「え……消えたのですか、傷跡が?」


「ああ、俺の使える魔法で消したからな」


 九十九はたとえケビンの言葉でもそれを素直に信じるには目の届かない場所のことなので、ケビンに頼み離れてもらうと背中に手を回して傷跡があったところを撫でてみるのだった。


「…………ない…………うそ……本当になくなってる……」


「俺は普通に嘘をつくけど、愛する人を傷つける嘘はつかないぞ」


 九十九は振り返るとそのままケビンに抱きつき勢いあまって押し倒してしまうが、そんなことよりも傷跡を消してくれたことに対してのお礼を嗚咽を漏らしながら口にしていく。そのような九十九に対してケビンは頭を撫でながら落ち着くのを待つのであった。


 やがて落ち着いた九十九がはにかみながらケビンに口づけすると2人は肌を重ね合わせていく。その後体が1つになったところで、ケビンが気遣いそれに対して九十九が口を開く。


「旦那様が気持ちよくなられるためにも、その努力をするのが妻の務め」


「まだ夜は長いんだ。焦らずゆっくりでも構わないだろ?」


「いいえ、夫を立てる妻が逆に夫から立てられては妻の名折れです」


「大和撫子な割には意外と頑固だな」


「このような私めはお嫌ですか?」


「嫌なもんか。俺はいつものももも、今のももも、まだ見たことのないももも、全部ひっくるめて好きだ」


「旦那様……やはり旦那様は素敵な殿方です。そのようなことを申されては、旦那様をお慕いする気持ちが膨れ上がって溢れだしてしまいます」


「存分に溢れさせてくれ」


「いけません。そうなってしまえば弥勒院みろくいんさん以上に旦那様にベッタリと引っ付いて、ずっと離れたくなくなります。旦那様には思いのまま自由に生きてくださり、それを陰ながら支えるのが良き妻の在り方というものなのです」


「比較的ベッタリ引っ付いていると思うけど? 俺を見つけた瞬間に『旦那様』って言って抱きついてくるよな? そして二言目には『ミートソーススパゲティ』だし」


「……」


もも?」


「旦那様には思いのまま自由に生きてくださり、それを陰ながら支えるのが良き妻の在り方というものなのです」


「それが目標ってことだな?」


「……旦那様はイケズです」


 プクッと頬を膨らませて横を向いてしまう九十九が可愛く見えたケビンは、その膨らんだ頬をツンツンとしながら言葉をかける。


「もうだいぶ痛みも落ち着いただろ?」


「まさか……」


「さあ、再開するぞ」


 九十九がケビンとの会話によってまんまと時間稼ぎをされてしまったことに気づくと、ケビンは抗議しようとする九十九の言葉を打ち消すかのように愛し合うのであった。

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