第529話 「ママー」と言っている子供は、大抵見てはいけないものに指さししている

 思いもよらぬ再会を果たしたケビンは、その日に帝城に帰ると仕事帰りのソフィーリアに詰め寄って、残るプレゼントが何かを聞き出そうとしていた。


「ソフィ、やっぱりイベントが大事になってるじゃないか」


「ふふっ、懐かしかったでしょう?」


 その2人の会話に混ざろうとしたティナは、ケビンの身に今日何があったのか聞き出すと、それを同じく聞いていた周りの嫁たちも驚愕してしまう。


「ケビン君の前世の家族が来てたの!?」

「しかも勇者」

「挨拶しなきゃね」

「ケビン様の前世のご家族に会ってみたいです!」

「面白くなってきたねー」

「お姉ちゃんの座は譲らないわよ!」

「シーラさん、恐らく妹に当たりますよ」

「旦那様のご家族様……お迎えの準備をしないと」

「主殿の姪っ子か……強いのかのう?」

「ケビンはんの家族なら強そうですえ」

「あらあらあら、お母さんも挨拶の準備をしないといけないわ」

「どんな子たちなのか気になるわね」

「姪御さんならケビン君の敵にはなりませんわね」

「ケビン君の姪御さんかぁ……どんな人なんだろう……」


 正妻組がわいわいと騒ぎ始めている中で、ケビンはソフィーリアに話の続きをし始める。


「まさか、兄さんや義姉さんまで来てるとかないよな?」


「それはないわ。今回は高校の1クラスだけを召喚したのだから」


「んー……で、残るプレゼントって何だ? もの凄く怖い気がして治まらないんだけど」


「ネタバレ厳禁よ」


「ぐっ……」


 ソフィーリアからネタバレ厳禁と言われてしまったケビンは、どうしても気になって聞き出したい感情と、ネタバレしてイベントがつまらなくなる感情とでせめぎあい、全く抜け出せない袋小路に追い詰められてしまう。そしてジレンマから抜け出せないケビンは、悶々としながらこの日を終えるのだった。


 それから翌日になって幾分かスッキリしたケビンは、今日も今日とて帝国に入ってきた勇者たちのストーカーをするために、別の街へと足を運ぶ。


「はぁぁ……やっぱり気になるよなぁ……」


『ネタバレ厳禁ですよ』


『サナは何か知らないのか?』


『召喚はソフィーリア様のお力ですることなので、私にはわかりません。わかっていてもお仕置きが怖いので教えませんけど』


『システムちゃんもか?』


《けっ、今更“ちゃん”付けしてご機嫌取りですか? ああ、浅ましいことこの上ないですね》


『……サナ……今、サナ以外の声が聞こえてきたんだけど……』


『システムちゃんですね』


『……何で?』


 正体不明の声の主がシステムだと教えたサナにケビンがその理由を尋ねると、サナは1つずつわかりやすくそのことについての説明を始めていく。


『1つ、ソフィーリア様がシステムを元にサナを作りました』


『うん』


『2つ、サナはマスターのスキル的な位置づけなので、マスターと繋がっています』


『そうだな』


『3つ、システムを元に作られているので、サナはシステムにアクセスできます』


『それで?』


『4つ、サナがシステムにアクセスできるということは、大元であるシステムもサナにアクセスできます』


『ほうほう』


『5つ、マスターと繋がっているサナにシステムがアクセスできるということは、必然的にシステムがサナを経由してマスターと繋がることが可能なのです』


「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!」


《ざまぁ》


 ここにきて判明したシステムの介入にケビンは絶叫してしまい、道を行き交う人々から注目を集めてしまう。


「ママー、あの人叫んでるよ?」


「ダメ、見ちゃいけません!」


 指をさす子供に母親が不審人物と関わりたくないのか、ケビンのことを見ないように促しているが、その不審人物扱いのケビンはそんなことよりもシステムの介入の方が一大事なのである。


『ま、まさか……これがプレゼントってことはないよな?』


『それはないですね』


《ごめん、無理。いくらソフィーリア様からの命令でも、あんたにプレゼントとして渡されたくないし、私はそこまで安くないわ。身の程を知りなさい》


『何だ、このお高く止まった感満載の人格は……』


『システムちゃんです』


《システム様よ、崇めなさい》


『……サナがめっちゃ可愛く思える』


『~~ッ♡』


《けっ、言ってろ。女の敵め!》


 色々と混沌と化しているケビンの脳内は、悶えるサナと毒を吐くシステムによって埋め尽くされていた。それゆえか、脳内会話に集中していたケビンは不意打ちに対処できず、甘んじてそれを受けてしまうのだった。


「旦那様っ♡」


 いきなり後ろから飛び抱きつかれたケビンはビクッと反応してしまうが、耳に届いたその声によって心の底からの焦りが溢れだしてくる。見つかってはいけない者に見つかってしまったのだ。


「会いたかったぞ、旦那様。私のミートソーススパゲティはどこだ? 早く出してくれ。旦那様が街中で絶叫するからすぐに見つけられたぞ。どのような状況であっても私が旦那様の声を聞き漏らすことはないからな」


「も、もも……?」


「んふふー♡ 何だ、旦那様」


「何で帝国にいる?」


「それは簡単だ。セレスティア皇国、アリシテア王国、ミナーヴァ魔導王国の三国を探し回ってミートソーススパゲティがなかったのだから、残る大国であるこの帝国に赴くしかないだろう?」


「イグドラ亜人集合国は?」


「そっちはあずま少年たちに任せてある」


「ちっ、オタどもか……ケモ耳信者め、余計な真似を……」


「それよりも旦那様、早くミートソーススパゲティと抹茶を出してくれ。私の胃袋はもう旦那様のものなんだぞ」


「じゃあ、出さん!」


「なっ、何でだっ!?」


ももの胃袋が俺のものなら、その胃袋にミートソーススパゲティを入れようが入れまいが、それは俺の自由ということだ」


「……ぐすっ……」


「え……??」


 ずっと抱きついたまま離れない生徒会長がいきなり泣き始めたので、ケビンは何が何だかわからなくなってしまう。


「……旦那様は私のことが嫌いなのか?」


「な、何でそうなる?」


「だって……ミートソーススパゲティをくれないって……」


 泣きながら主張する生徒会長に対して、今までにない状況に追い込まれたケビンは、タジタジとなりながらも生徒会長に説明をしていく。


「い、いや……ももの胃袋は俺のものなんだろ? つまり俺の自由にしていいということになるじゃないか」


「だって……だって……私のあげられるものはそれくらいしかないから」


「いや、そこはもっとこう、あるだろ? 女の子的なやつとか?」


「……女の子的?」


「こう、『私の体を好きにしていいよ』的な貞操とかだ。ってゆーか、男の俺に何を言わせてんだ!」


「ん? 旦那様は私の胃袋より体の方がいいのか?」


「いや、普通は胃袋をあげる方がおかしいぞ」


「そうか? 相手を射止めるならまずは胃袋を掴めとお祖母様から習ったんだがな。それで私は旦那様以外の知らぬ相手に射止められないよう守るため、旦那様に私の大事な胃袋をあげたのだ」


ももが掴むんじゃなくて、掴まれる前提かよ……おばあちゃんの教えが反転してるじゃねぇか……それにしても、それを忠実ではないが守るってことは、ももはおばあちゃんっ子なのか?」


「私の家は代々続く古い家で、しきたりとかは全てお祖母様に叩き込まれたからだ」


「母親は?」


「うちはお祖母様が1番偉いんだ。お母様はお祖母様の方針に逆らえない。もとより嫁入りした部外の者だしな」


「じゃあ、父親は?」


「2番目だな。お祖母様はお父様の母上となるから、基本的に従っている」


「古き家柄ってのも大変なんだな」


「そうでもないぞ。家の外では自由にできるし、わりかし私は満足している」


「つまり、家の中が窮屈で外に出たらはっちゃけるパターンか……」


「家の中はお祖母様がいるから、古式ゆかしい大和撫子をしなければ折檻されて大変なんだ」


「へぇー古式ゆかしい大和撫子なももか……見てみたい気もするな」


「……私を娶ってくれたら見せてあげる」


「で、ミートソーススパゲティを毎食作って、抹茶を添えろと?」


「ふふっ、わかっているではないか! やはり旦那様は私にメロメロだな。愛してるぞ、旦那様」


「はぁぁ……泣き止んだならいい加減離れろ。ここは道の往来だ」


「では……手を繋いでくれるか?」


「手くらいいくらでも繋いでやる。だから離れろ」


「ふふっ」


 ケビンから言質を取った生徒会長はケビンの背中から離れたらひらりと身を翻して、ケビンの左側に移動してはその手を繋いで絡ませるのだった。


「ずっと夢だったのだ。旦那様の左側に立って並んで歩くのが」


「ん? 並んで歩いちゃいけないのか?」


「夫を立てるのが妻の役目だからな。夫の隣に並んではいけないのだ。そうお祖母様は仰られていた」


「面倒くさいしきたりだな。俺には窮屈で耐えれん」


「旦那様は男だからドンと構えてればいいだけだ。面倒くさいのは女の方だけなのだ」


 それからケビンの当初の予定であった勇者たちの情報収集という仕事は、ももがこの場に現れたことにより、ここにいるグループは面識のあるグループだとわかると早くも頓挫してしまう。


 それからのケビンはどうしたものかと考えながらも宛もなく生徒会長と2人で歩いていると、後ろから生徒会長を呼ぶ声が聞こえてきたので、その声に反応したケビンが振り返る。すると、後方から走りながら近寄ってきたのは生徒会長グループのメンバーみたいで、息を切らしながらケビンたちに追いついてきた。


「急に走り出したと思えば……はぁはぁ……」

「はぁはぁ……シェフ……」

「安定すぎる……ぜぇぜぇ……」

「ぜぇぜぇ……苦し……」


「んだぁ? テメェは?」


 生徒会長グループとは別で現れた男にケビンが視線を向けると、生徒会長はその男のことを紹介し始める。


「旦那様は初顔合わせだな。こちらの男はアロンツォと言って、教団が押し付けてきたお荷物だ」


「お荷物じゃねぇよ!」


「じゃあ、たまに情報をくれるから情報屋にしておくか」


「情報屋じゃねぇよ!」


『渡る世間の……?』


『角〇卓造じゃねぇよ! って、なに言わせてんだ!』


『ナイス、ノリツッコミ!』

《バカね》


 生徒会長の紹介に便乗したサナが悪ふざけをして、それに乗せられたケビンにシステムが呆れている中で、変な紹介をされてしまったアロンツォがケビンに突っかかってきた。


「テメェ……勇者の行動を邪魔していいと思ってるのか? 勇者には大事な使命があるんだぞ」


「そんなことはどうでもいいではないか。今は旦那様が優先だからな」


「どうでもよくねぇだろ!」


「魔王討伐なんてどうでもいいことで、いま旬なネタはミートソーススパゲティだ! そして私は旦那様というミートソーススパゲティを手に入れたのだ!」


「もはやシェフですらない……」

「ミートソーススパゲティになってる……」

「生徒会長に食べられるのか……?」

「黙ってれば綺麗なんだけどな……」


「はぁぁ……もも、旦那様は百歩譲っていいとしても、ミートソーススパゲティはないだろ。食べられたら終わりの未来しか見えない」


「旦那様は食べられる方ではなくて私を食べる方だろ? この体を好きにすると言っていたではないか。胃袋より私の体の方がいいのだろ?」


ももぉぉぉぉっ!」


「体を好きにするって……」

「婚前交渉予約済み……」

「貞操の対価がミートソーススパゲティって軽過ぎじゃないか?」

「そこまでなのか……ミートソーススパゲティ……」


 もはや安定のももゾーンに巻き込まれたケビンは項垂れてしまい、それを聞いた生徒たちは思い思いの感想を口にするが、教団から遣わされているアロンツォはそうもいかない。


「とにかく、その繋いでいる手を離せ。こいつらには魔王討伐をしてもらわなきゃならねぇからな。行動の邪魔となるテメェにはここで退場してもらう」


「アロンツォ殿、悪いことは言わないからやめておいた方がいいぞ」


「けっ、この俺がそんな村人みたいな奴に遅れを取るとでも思ってんのか? さっさとその手を離しな。勇者ごと吹っ飛ばしたんじゃ俺が上から罰を食らうからな」


 ケビンは新たに就任した団長の実力を測るのも丁度いいかと思い、生徒会長と繋いでいた手を離すとその場から離れて、何かををすくうようにして腕を前へ伸ばし、チョイチョイと4指を動かしたらアロンツォを挑発するのだった。


「テメェェェェッ!」


 そのような軽い挑発にまんまと乗ってしまったアロンツォが、地面を踏み抜きケビンに殴り掛かると、ケビンはそのままカウンターでストレートパンチをお見舞いする。


「かどぅぬっ!」


『卓造キター!』

《口だけの雑魚ね》


 そして、ケビンに殴り飛ばされたアロンツォはきりもみ状に回転しながら飛んでいくと、地面に落ちたかと思えばズザザザザと滑りながら進んでいき、ようやくその勢いが止まる。


「嘘でしょ……」

「団長が1発……」

「人が回転して飛んでいくのを初めて見た……」

「漫画の世界だけじゃなかったんだな……」


「弱っ!? えっ、アレが団長かっ!? 無敵の方がまだマシじゃないか!」


 そのようなケビンの発言を聞いた生徒会長は、そのことをケビンに問いかけると、ダンジョンで遭遇した時に無敵とやり合ったことをケビンが教えた。


「三下をぶっ飛ばした後に無敵と勝負してな。まぁ、その時は手を出してないけど、アレよりかは確実に強かったな」


「ふむ、では現段階で無敵少年はアロンツォ殿以上ということになるな」


「三下って……」

「もしかして……」

月出里すだち君かな……」

月出里すだち君だね……」


 地面とキスをしているアロンツォそっちのけでケビンたちの会話は進んでいくが、通行人たちはケビンたちよりも地面でピクピクしているアロンツォの方に注目していた。


(ぶっ飛ばされたな)

(面白いくらいに飛んでたな)

(冒険者なら相手の力量くらいわかるだろうにねぇ)

(冒険者に成り立てでいきがってたのかしら)


「ママー、あの人ピクピクしてるよー」

「ああいうのをね、身の程知らずって言うの」

「みのほどしらずー?」


 それからケビンはアロンツォそっちのけで、生徒会長に対して新たなミートソーススパゲティを補充してやると、魔王討伐を頑張れと言って別れを告げるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「おい、マジで帝都に行くつもりか?」


「当たり前だろ。情報によれば、そこには新たなダンジョンが出現したと言われてるんだ。しかも難易度が高いときてる」


「帝国内の別領地ならまだしも、帝都だけはやめておけ」


「やけに引き止めるな? 今までの放任主義はどうした?」


「あそこは魔王の本拠地だぞ。今の戦力で行くのはまずすぎる」


「魔王のお膝元で強くなるなんて面白そうじゃないか」


「はぁぁ……俺は止めたからな? どうなっても知らんぞ」


「望むところだ。もとよりいつかは行かなければならない帝国に行くんだ。教団からしてみれば願ったり叶ったりだろ」


「……好きにしろ」


 そして、生徒との話し合いが終わったら、団長は1人でボヤくことになる。


「会いたくねぇ……あいつは絶対今の状況を楽しんでるぞ……」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「それではみなさん、予定通りに帝国へ向かいますわよ」


「ケーキあるといいなぁ……」


幻夢桜ゆめざくら君はどうするんだ?」


「このまま放っておくのか?」


「彼なら教団から新たに派遣された付き添い人が付いているので、あなたたちはこのまま帝国を目指しても問題ありません。他のグループに比べて遅れているので、早く魔王を倒しましょう。1番乗りで倒すのが理想的です」


 その後、他のグループに比べて遅れていると言われてしまった勅使河原てしがわらは、その遅れを取り戻すべく旅路を急ぐのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「小生、会いに行くべきだと思うのですが」

「あの人って他にも色々と知ってそうよね」


「このケモ耳天国を教えてもらったお礼をするでごわす」

「はぁぁ……確かに見た目は可愛らしいけどさ……」


「拙僧もエルフたちとお喋りができたお礼を伝えるですぞ」

「綺麗だったよねー」


「中々によい国でござったな」

「また来たいね、宗くん♡」


 教育実習生からの連絡を受けた【オクタ】のメンバーたちは、再びケビンに会うために満喫しまくっていたイグドラ亜人集合国を出発した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「総団長さん、帝国に向かっても良いですか?」


「ええ、貴方たちは充分に育ったと言えます。もう私では1度に皆さんの相手をすることができないくらいに」


「いえ、まだまだこれからです。総団長さんが手心を加えているのはわかっていますので、僕たちの目標はそのような総団長さんを焦らせて本気を引き出すことです」


「ふふっ、楽しみにしていますね」


「任せてください!」


「それと、くれぐれも魔王には1人で立ち向かわないでください。あれは人の手に余る存在です。皆さんが協力して立ち向かわないと、すぐさま瓦解してしまうでしょう」


「それほどですか……」


「私は直接魔王と戦ったことはありませんが、魔王の配下となる者と戦い、手も足も出ませんでした。あれから私も厳しい訓練に臨み自己鍛錬を欠かさずにやってきましたが、いったいどれほど強くなっているのかは、戦ってみなければわかりません」


「わかりました。肝に銘じておきます」


 こうしてガチグループである勇者一行もまた、帝国を目指して出発するのであった。

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