第527話 「あっ!」と指さしされた先を、つい見てしまう条件反射

※ 今回は6名ほど氏名が更新されます。1名は新規ですが苗字は簡単に読めると思います。今回で42名全てが出揃ったことになります。まだ苗字だけだったりする人もいますが。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 生徒会長たちが保養地タミアを出発して1ヶ月後の11月、ケビンの元に魔導通信機で一報の報せが届く。それは帝国領入口の領地を治めている貴族からであった。


『陛下、黒髪黒目の珍しい集団が我が国に入国したと、国境沿いの警備の者から報せが入りました。なにぶん珍しい見た目なので一報を入れておいた方が良いかと思いまして』


「わかった。そいつらはセレスティア皇国が召喚した勇者たちだから、絶対に手を出すなよ。お前たちじゃ歯も立たず犬死になる」


『勇者とはそれほどの強さなのですか?』


「物語くらい読んだことあるだろ? 魔王を倒す勇者だぞ。物量で押し切れば倒すことも可能だが、死なせてしまう兵士の数が莫大になる。そんなわかりきった結果で兵士たちを死なせたくない」


『了解しました。黒髪黒目の者たちについては、手を出さぬように周知徹底させます』


「ああ。俺も各貴族にこのことを報せる。マメな報告に感謝するぞ」


『もったいなきお言葉』


 そして通信を終えたケビンは各貴族へと一筆したためて、それらを転移で直接送り付けると勇者到来の情報を家族たちへ伝えるために、全員が確実に集まる夕食の場で知らせるのだった。


「――ということが、今日の昼に報告で上がってきた」


「面白くなってきたわね、あなた」


「とうとう来ちゃったんだね」

「強敵」


「ギルド間で動きを把握しようかしら?」

「旦那様のサポートをするためには、それがいいかもしれませんね」


「いや、ギルドを私物化したらギルドの本質が崩れる。サーシャとアビーはそのまま勤務を続けてくれ」


「ケビン君は楽しむつもりなんだよね? 私も戦ってみたいなー」

「お姉ちゃんも戦うわ!」


「クリスと姉さんは勇者の一端を知りたいなら、クキと手合わせすればいい」


「ケビン様、私はどうすればいいですか?」

「私たちに何か手伝えることはありますか?」


「アリスとレティもいつも通りで構わない」


「主殿、私は戦っても良いだろう?」

「うちもケビンはんを助けるためなら戦いますえ」


「クララは……んー……まぁ、何とかなるか。クズミは無理しなくていいぞ。争いごとが嫌いなクズミを戦わせたくない」


「お母さんは戦うわよ。異世界人とやり合うなんて久しぶりだし、楽しみだわ」

「殺してもいいなら私でもいけそうだけど、ただの戦闘なら不利よね」


「母さんは仕方がないとして、マリーは無理だろうな。極力殺さないでおきたいし」


「私は帝都の警備を固めますわ」

「私も役に立てそうにないし、ターニャさんを補佐するね」


「そうだな。帝都まで攻め入れさせるつもりはないけど、騎士組はある程度の警戒をしておいてくれ」


「お父さん、僕はどう動きましょう?」


「テオはいつも通りソフィのお手伝いだ。半神とはいえ、下界に干渉してはまずいだろうしな」


「パパ、私はー?」

「私たちはー?」

「僕たちはー?」


「みんなは学園があるだろ? 子供のうちは学ぶことと遊ぶことがお仕事だ。大人の事情は大人たちで解決するから、いつもみたいに楽しく過ごしていればいい」


「「「「「はーい!」」」」」


 こうしてケビンは家族に勇者が入国したことを伝え終わると、さっそく明日から敵情視察でもするかと考えながら、食事を進めていくのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌日になるとケビンはさっそく勇者のストーカーをするために、入国した異世界人を【マップ】で検索したら、勇者のいる国境近くの街へと遊びに行くため帝城をあとにする。


 その後、到着した街に入ったケビンは何食わぬ顔で歩いていると、やはり黒髪黒目の集団は目立つのですぐに勇者たちを見つけてしまう。


「ん……? あれは冒険者服装だけど明らかに騎士団長だよな。もう1人の大人は九鬼の言ってた教育実習生か?」


『そのようですね』


 ケビンがこの街で遭遇したのは、生徒会長の手駒となってしまった教育実習生グループだった。


「はぁぁ……ミートソーススパゲティってそうそうありませんねぇ」


「抹茶もないですよ、先生」


「ガハハハハ! もの探しは足が基本である。筋肉を鍛えるのにはもってこいではないか!」


「うぅぅ……すみません皆さん。まさかこんなことになるなんて……」


「いつかは帝国領に来なきゃいけなかったんだし、早いか遅いかの違いですよ」

「ミートソーススパゲティ食べてみたい」

「私も食べたいにゃ」

「私も食べたい」

「同じく食べたいです」


「「「「「「はぁぁ……」」」」」」


「溜息はいかんぞ、溜息は。息を吐くなら腹に力を込めて腹筋を鍛えつつ吐けばまさに一石二鳥! 呼吸もできて筋肉も育つ! ガハハハハ!」


 そのような様子を遠目に窺っていたケビンは、現在進行形でドン引きしていた。


「な、なんだ、あの団長……見た目が筋肉オジサンかと思ってたら、ガチの筋肉好きかよ。神殿騎士団テンプルナイツの団長って、キャラの濃いやつが就任する習わしなのか? それともガブリエルにそういうのを惹きつける能力でも備わっているのか?」


『ムッキムキにしてやんぜ! 今こそマッスルケビンに変身するのだ! そしてあのムキムキオジサンと筋力トレーニングを!』


「いや、するわけねーし」


 新たに就任している団長と初遭遇したケビンは、ある意味では脅威であるが全くもって脅威の欠片も感じない団長に、よくあんなので団長に就任できたなと思ってしまうのである。


 奇しくもそれは見た目では判断できない部分である、マメな性格からの几帳面な仕事ぶりが部下には好評で、ウォード枢機卿からも覚えがいいことをこの時のケビンが気づくことはない。


「それにしても帝国領に入ってから思ったのですが、街道整備が凄かったですね」


「凄く綺麗な道だったね」

「馬車がガタゴトしない」

「お尻が痛くならなかったにゃん」

「もっと酷い状態を想像してた」

「全然荒れていませんね」


「街の人たちも穏やかな表情をしていますし、本当に魔王が支配しているのでしょうか」


「魔王って悪いイメージだから、その土地も貧困で苦しんでいると思ってたのに……」

「飢餓がない」

「みんな笑顔にゃん」

「おかしな話だね」

「住民に聞いてみますか?」


 想像していた土地とは正反対の有り様を不思議に思った教育実習生グループは、近くを通りがかかった住民に話を聞くことにした。


「すみません。不躾な質問になるのですけど、この地は魔王に支配されてると聞いたのですが」


「あれまぁ、黒髪なんて珍しいねぇ。それを聞いてくるってことはあんたらよそ者かい? 確かに帝国は魔王様の国だよ。普通の人からしてみればビックリするだろうねぇ。魔王様って面白いもんだから、数年前に起こった戦争の時に自分で「魔王だー!」って名乗ったらしいよ」


「え……自称魔王なのですか?」


「どうなんだろうねぇ……戦争に参加した倅の話だと、セレスティア皇国に魔王認定されたらしいのさ。数年前のは【聖戦】っていう戦争だったしねぇ。それまでは「皇帝だー!」って言ってたんだけどねぇ。次は何て名乗るんだろうねぇ。私はそれが楽しみで仕方がないよ」


「他にも色々と名乗ってるんですか?」


「いいや、名乗ってるのは皇帝と魔王だねぇ。巷の噂じゃあ、嫁攫いっていうのを帝都の住民たちから言われているみたいだけどねぇ。ここに訪れる吟遊詩人も嫁攫いの魔王って歌ってるくらいだしねぇ」


「よ、嫁攫い……」


「魔王様はお嫁さんが沢山いるんだよ。あたしも帝都に行って見てみたい気もするけど、旦那を放っておくわけにもいかないしさ、吟遊詩人の歌でしか知らないんだよ」


「ハ、ハーレム……」


「あ、そうそう! それも言われてるねぇ。稀代のハーレム王なんて言われてるのを思い出したよ。歴代皇帝の中で最高人数らしいのさ。まぁ、歴代って言っても、魔王様が新しい国にしちまったから、歴代は以前の国の皇帝たちのことさ。今は魔王様が初代皇帝になるからね」


「あ、ありがとうございます。色々と知れて助かりました」


「気にすることはないよ。手を差し伸べるのはこの国じゃ当たり前のことだからね」


 そう言う住民にお礼を告げた教育実習生は、生徒たちと今得た情報を精査していく。


「魔王はやっぱり魔王でしたけど、嫁攫いということは悪い魔王のような気がするのですが、どうも住民の反応を見る限り、誘拐していってるような感じは見受けられませんね」


「悲愴感がないね」

「何だか笑い話……?」

「おバカな魔王にゃ?」

「自称魔王だし……」

「よくわからないです」


「実はいい魔王だったり?」


「でも、魔王ですよ?」

「魔王認定されてる」

「住民たちは虐げられてないにゃん」

「平和だよね」

「本当に悪い魔王なのですか?」


 住民から情報を得た教育実習生たちが疑心暗鬼に陥っていると、それまで静観していた団長が話の中に入ってきた。


「諸君、女神フィリア様の名のもとに耳を傾けたまえ」


「はい」


「この地に住む魔王は教団の教え通りで悪しき魔王なのだ。魔王と名乗る者に善はない。全て悪だ。諸君らは魔王討伐のために召喚されたのだ。その目的を見失ってはいかんぞ。女神フィリア様の加護のもとに」


「「「「「「導きを持って子羊を救わん」」」」」」


 団長が教育実習生グループにそう伝えると、今まで疑心暗鬼に陥っていた教育実習生たちは、違和感なくその言葉を受け入れたら先程まで感じていた疑惑は嘘のように消えていく。


「そういえばそうでしたね。私としたことがうっかりとしていました」


 その様子を見ていたケビンは住民たちからの風評被害に頭を抱えていたが、吟遊詩人が色々広めていると知ったものの、それを規制するわけにもいかずジレンマに陥ってしまう。


「嫁攫いの魔王の歌って何だよ……ろくでもないことを歌われている気がする……というか、あれが思考誘導の実態か……強力な隷属ではないものの、そもそもの発動条件は何だ? 魔力をバングルに流していたわけでもないし……言霊か? こんなことならももの時にサクッと消さず、しっかりと調べておけばよかった……」


『吟遊詩人さんグッジョブ! マスターの真実を嘘偽りなく広めていますね!』


「どこがグッジョブだよ! 風評被害もいいところだろ」


『真実はいつもひとつ! サナがその謎をあばきます! システムちゃんの名にかけて!』


「どこに推理要素がある? というか、相変わらずシステムとつるんでるのか。全然懲りてねぇな」


『最近の流行りはシス映えとサナ映えです』


「何だそれは?」


『システムちゃんのイチオシとサナのイチオシを自慢し合うのです』


「いったい何を?」


『マスターの恥ずかしい過去です』


「やめろぉぉぉぉっ!」


 ケビンが頭の中ではなく口に出してサナと会話をしていたことにより、ケビンの絶叫は当然の結果で口から出てきてしまい、周りから注目を集めてしまうのだった。


 そして、全然隠れていなかったケビンは、教育実習生たちにもその姿を見られてしまう。


「何やら叫んでいましたね。何かお困りごとでしょうか?」


「『やめろ』って言ってましたけど、何もされていませんね」

「立ったまま寝てた?」

「寝言かにゃ?」

「器用だね」

「立ち寝なんて初めて見ました」


「ガハハハハ! 立ったまま寝るなど、無意識下で全身の筋肉を使い、体幹で姿勢維持を図りつつ、なおも倒れないとは最高の筋力トレーニングではないか! しかも、寝ていてもできる筋力トレーニングなど、未だかつて見たことがない!」


『マッスルブラザーから褒められていますよ』


『マッスルブラザーじゃねぇよ! というか、そもそも寝てねぇよ! サナのせいで変な注目を浴びたじゃないか!』


『マッスル、マッスル! ガハハハハ!』


『筋肉から離れろ! どうすんだよ、通行人になりすました尾行ができなくなっただろ!』


『ユー、仲良くなっちゃいなYo☆』


 ケビンがサナと論争を繰り広げていると、教育実習生がトコトコと近づいてきて声をかけてくる。


「何かお困りごとでしょうか? この国では手を差し伸べるのが当たり前とお聞きしましたので、私に何か手伝えることはありますか?」


「ふぁっ!?」


「ファ?」


「ドレミ?」

「吟遊詩人?」

「楽器を持ってないにゃん」

「作曲途中かな?」

「発声練習ですかね?」


「ガハハハハ! 発声練習で肺活量と腹筋を鍛えるわけだな。ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ!」


『ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ! マッスル、マッスル!』


 大いなる勘違いをしている筋肉団長がウザい感じで筋肉を鍛え始めると、サナが面白がってそれに便乗してしまうが、ケビンはそれどころではなく筋肉団長にまで見られてしまったことで、この場をどう切り抜けるのか頭を悩ませ始める。


「な、何でもないです。通りすがりの村人Aですから、気にしないでいただけると」


「村人Aですか?」


「モブキャラ志望?」

「あんなに目立ってたのに?」

「みんな注目してたにゃん」

「街なのに村人なの?」

「街人ではないんですね?」


『モブキャじゃないのよ、ケビンは。ふぁっ、ふぁー!』


『ちょ、サナ。気が散るだろ!』


 何かある度に脳内で騒いでいるサナに手を焼いている集中力散漫なケビンに対して、教育実習生はおもむろに旅の目的である探し物のことを尋ねると、ケビンは条件反射で口を滑らせてしまう。


「ミートソーススパゲティが「ももっ!?」……え……?」


『桃栗三年柿八年! ももが好きなのはミートソーススパゲティ!』


「ハッ! い、いやぁ、この季節になると桃が食べたいなぁと思いまして、咄嗟に口から出てしまいました……私は桃が食べたい病なんですよ……ハハハ……」


ももって言ったよね?」

「生徒会長の名前だよね?」

「桃じゃないのかにゃ?」

「この世界に桃があるの?」

「見たことないですよね?」


「ぐっ……」


『ジョブ!笑』


「あのぉ……大変失礼だとは思うのですけれど、お名前を教えて頂いてもよろしいですか?」


「い、いえいえ、私は名乗るほどの者ではありません。ええ、そうですとも。どこにでもいる村人Aなのですから」


 ケビンが何とか苦し紛れに逃げ切ろうとしている中、頭の回転が早い若い子には敵わず、ものの見事に典型的な罠にハマってしまうのである。


「あっ、もも先輩!」


「えっ、ももっ!?」


 女子生徒がケビンの後ろに向かって指をさしたら、あたかも生徒会長がいる風に呼んでしまったがために、ケビンは咄嗟に振り返って生徒会長の名を口にしてしまうが、振り返ったところで誰もいやしなかった。


『馬鹿が見ーる、豚のケーツ、ハエが止ーまーるっ! プークスクス……マスターのおバカさーん!』


『ぐっ……サナ……あとで覚えてろよ……』


『この記録は今日1番のサナ映えとして、システムちゃんに見せますねー』


『待てっ! 早まるな!』


「ケビンさん、ちょっといいですか?」


「待てっ、いま忙……し…………」


 名前を呼ばれたことでうっかりケビンが反応したその瞬間、周りの女性たちからの視線が一気に突き刺さる。


「魔天の今ぁ~磯がぁ~飛沫を浴びてぇー……ああっ、なんということだろうか……ブランクで悩んでいたのに、歌詞がパッと閃いてしまうなんて! これは女神様のお導きに違いない!」


「……」


「苦しいよね……」

「ダメだよね……」

「吟遊詩人にゃん」

「楽器を持ってない」

「荒波が頭に浮かびます」


「ケビンさん、ちょっとお話しましょうか?」


「いや……俺は村人Aであって、そのような名前の者では……」


「大丈夫です。痛いことは何もしませんから」


 ケビンが後退りを始めると、逃がさないと言わんばかりに教育実習生はケビンの腕に絡みつき、反対側は素早く移動した女子2人が絡みついて、背中にもしっかりと回り込まれて服を掴まれると、もはや逃げ場はないとケビンは断念せざるを得なかった。


「さぁ、あちらの食事処に行きましょう」


「それならば俺は筋肉を鍛えるために、そこら辺でトレーニングをして暇を潰すとしよう」


『ドナドナ~』


『お前のせいだぞ、サナ……』


 まさに教育実習生たちからドナドナされていくケビンは、食べ物屋のお店に連行されると、逃げられないように腕を掴まれたまま座らされるのである。


「で、貴方はケビンさんで合ってますよね?」


「いえ、私は没落貴族の生き残りで今はしがない吟遊詩人をしています、シュバルツフィードリッヒと申す者です。以後お見知りおきを」


「九十九さんをこの場に呼びますよ?」


「……ケビンです」


「弱いね」

「あっさり白状した」

「苦手なのかにゃ?」

「生徒会長は独特だから」

「特徴ある人ですから」


 そのようなところに店の給仕係が注文を取りに現れる。


「ご注文は……?」


『ホーンなしラビットですか』


『やめろ』


「デザートはあるか?」


「はい。季節の果物を使った選り取りみどりのデザートがあります」


「とりあえず全種類。ここの女性たちに好きなだけ食べさせてやってくれ」


「「「「「「えっ!?」」」」」」


「お、お客様、大変失礼ですけどお支払いは……?」


「ほれ、ギルドカードだ。この残高でも足りるだろ?」


 ケビンが差し出したギルドカードを会計場所まで持っていった給仕係は、魔導具にカードを通して手続きを踏むと、その中身に驚愕してしまう。


「えぇーっと、ここをこうして……残高は……すごっ!!」


 そしてすぐさまケビンの元に駆けつけてギルドカードを返却すると、慌ただしく注文を受理する。


「し、失礼しました! すぐにお持ち致します!」


 給仕係がパタパタと急いで厨房へ注文を伝えに行ったあと、ケビンは教育実習生との話を進めていくことにした。


「で、おたくたちは誰?」


「あ、あの、その前にデザートのお支払いは……」


「俺の奢りだ。気にせず好きなだけ食え」


「「やったー!」」

「嬉しいにゃん!」

「デザート食べ放題!」

「今日はいい日です!」

『デザートは別腹!』


『サナは食べられないだろ……』


「ありがとうございます。私は教育実習生……と言っても伝わりませんね。先生の見習い研修中である加藤結愛です」


「私は加藤陽炎ひなえだよ。姉の方ね」

「私は加藤朔月さつき。妹」

「私は猫屋敷寧子にゃん」

「私は月見里やまなしうさぎ。よろしくね」

「私は龍宮乙姫です。デザートありがとうございます」


『ホーンなしラビットを注文していないのに、うさぎがキター!』


「ぶふぅぅぅぅ!」


『え、マスターがサナのギャグでツボった!?』


 ケビンは決してサナのギャグでツボったわけではなく、何となくで聞き流していた女性たちの自己紹介の中で見過ごせない人名があったからだ。


「ケビンさん、飲み物を吹き出すのは汚いですよ」


「す、すまん……どうやら耳がおかしくなったみたいで、もう1度君とそこの双子の名前を教えてくれるか?」


「加藤結愛ですよ」

「加藤陽炎ひなえだよ」

「加藤朔月さつき


「マジ……?」


「ああっ、私たちが加藤続きなんでビックリされたんですね。別にケビンさんの耳がおかしくなったわけではないですよ。私たちは3姉妹なんです。本来は兄が1人いますけど、こっちには来ていないんですよ」


「え、えぇーと……これはとある知り合いから聞いたんだけど、君たちはセレスティア皇国が召喚した勇者なんだよね?」


「はい。そうです」


「で、異世界の日本ていう国から来たんだよね?」


「その通りです」


「……ちょっと、考える時間をくれ」


 ケビンはこのイベントの主催者であろう者に、この事態の説明を求めるべくすぐさま連絡を取ることにした。


『ソフィィィィッ!』


『なぁに、あなた』


『とんでもないことが目の前で起きてるんだけどっ!』


『ふふっ、私からのプレゼントはお気に召した?』


『プレゼントって……いやいやいや、その前に年齢の計算が全然合わないんだけどっ!? 俺、こっちで生まれて28年経ってるんだぞ。なんで姪っ子たちが若いままなんだ!?』


『それは時間軸が違うからよ。今回選ばれた世界ではあなたが死んでから28年も経ってないのよ』


『うそっ!? どういうこと? いや、待て待て。選ばれた世界ってなに!?』


『選ばれた世界というのは、召喚の際にどの時間軸の世界を選んだかってことよ』


『……ごめん。無理……頭がパンクしそう……』


『わかりやすく言うとね、あなたが死んでから10年経ったとするでしょう? 勇者召喚はこの10年間の中から1年目が選ばれることもあれば、10年目が選ばれることもあるってことよ』


『ん? それだと過去から人を召喚できるってことか?』


『過去じゃないわ。時間軸の進み方がそれぞれ違うから現在進行形よ』


『益々わからん』


『もうっ、テンパるといつも理解が遅いんだから。早い話がパラレルワールドよ。あなたが死んでから1年目の世界もあれば、10年目の世界もあるってこと。先に言っておくけどあなたが生き残っている世界はないわよ』


『うっ……どういうこと?』


『数多ある未来の中で死に直結する未来が多かった場合、生存する未来は死ぬ未来へと集約されるわ。逆もまた然りよ。健の未来は何かしら死ぬ運命が多かったから、生き残る運命が死に飲み込まれたのよ』


『運が悪……くはない。死んでソフィに会えたからな』


『もう……不意打ちでドキドキさせないで』


『まぁ、だいたいの事情はわかった。プレゼントってことは、ソフィが召喚する世界を選んだんだろ?』


『そうよ。あの子たちにはあまりいい未来がなかったから』


『何でだ? 真面目で優しい子たちだったから、順風満帆に育っていくと思っていたけど』


『あなたへの想いが強かったのよ。小さい頃からずっと遊んであげていたでしょう?』


『そりゃあ、遊んでってせがまれるからな』


『女泣かせ』


『何でそうなる!?』


『あなたが死んでからあの子たちは塞ぎ込んだのよ』


『目の前でめっちゃ楽しそうに生きてんだけど?』


『それはいい未来のパラレルから召喚したからよ。そのまま放っておいたら悪い未来のパラレルに飲み込まれていたわ。そのくらいあの子たちの未来は悪いものばかりだったの』


『そんなにか?』


『自殺、自暴自棄、薬物、強姦……悪いものばかりでしょ?』


『俺のせい?』


『あなたの存在がそれだけ大きかったのよ。優し過ぎるのも罪なものね』


『はぁぁ……』


『ちなみにもうわかっていると思うけど、あの子たちはあなたのことが大好きよ。今度は幸せにしてあげてね。この世界でならそれが可能なんだから』


『とんだプレゼントだったな……まさか異世界で姪っ子と再会するなんて……』


『まだまだお楽しみはこれからよ。プレゼントが残ってるんだから』


『えっ……まだあるの!?』


『じゃあね、頑張ってその子たちからの質問攻めを切り抜けるのよ』


 ソフィーリアとの通信がプツンと途切れてしまったケビンは、『まだある』と言われてしまったプレゼントのことをスルーされてしまったので、必死になって呼びかけていく。


『ソフィ?』


『もしもーし』


『おーい、ソフィさーん』


『本当は聞こえてるんだろー?』


『プレゼントって何さー?』


『まだ残ってるって、ちょっと怖いんだけどー』


 こうしてケビンは、ソフィーリアの用意したプレゼントという名の姪っ子たちと再会してしまい、転生後はどんな成長を遂げていったのか気になったことはあるものの、まさかこれからリアルタイムで成長を見ていくことになるのかと、嬉しさ半分戸惑い半分といったところであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



珍名ちんみょう高校 生徒名簿


加藤 結愛 (かとう ゆあ)(教育実習生)


加藤 陽炎 (かとう ひなえ)更新


加藤 朔月 (かとう さつき)更新


猫屋敷 寧子 (ねこやしき ねね)更新


月見里 うさぎ (やまなし うさぎ)更新


龍宮 乙姫 (りゅうぐう おとひめ)更新

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