第526話 台風九十九号(生徒サイド)
九鬼がケビンの元でダンジョン攻略という名の過酷な訓練を開始してから、4ヶ月が経過した9月のこと。
魔王の伴侶組であるベッツィが第1子で長男のベルトラン、クレイが第1子で長男のクレール、ダリアが第1子で長男のダニエル、エルケが第1子で長男のエミール、ギオーネが第1子で長男のギャストン、イーダが第1子で長男のイヴァーノ、レニャが第1子で長男のレオンス、ニクシーが第1子で長男のニーヴァンズ、トリーシュが第1子で長男のトリスタン、ウィルマが第1子で長男のウィルバーを出産した。
ケビンの子供が生まれた際には九鬼やベネットのみならず、ドワンやサイモンたちも帝城に招かれて、出産祝いのお食事会が開かれていた。
その際、拡張に拡張を重ねてある帝城の食堂に初めて入った客人たちは、そこに集まるケビンの家族に度肝を抜かれてしまう。
「ケビンさん……ここまでいくと言葉が出ませんよ」
「お師匠様は家庭も凄いです……」
「家族を増やせるだけ増やすという、新たな試みでもしているのか?」
「嫁が多いと聞いていたが……」
「これは村の規模を超えているわよね……」
「小さな町くらいの規模か……?」
「多種多様な種族の集まり……」
「あー……こほん。実はここにいる以外にも嫁はいる。現地妻というものだな。その地を離れたくなくて帝都には住んでいないんだ」
気まずそうに語るケビンの話を聞いた7人はもはや規模が違いすぎて、思考を放棄してしまうと深く考えることをやめた。
「今日はお祝いごとということで、珍しい料理を用意したから堪能して欲しい。それじゃあ、いただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」
そして始まるお食事会では、見たこともない料理が出てきていたので6人は唖然としてしまうものの、九鬼だけはそれが元の世界の日本料理であることに気づいてしまい、涙ながらに噛み締めながら箸を進めていく。
「クキくん、どうしたのですか?」
「……ケビンさんの気遣いが……いつもなら何も感じていなかった料理が、ここまで美味しいものだったのかと思ったのは初めてで……美味しくて涙が止まらないんです……」
「とても珍しい料理ですものね。私も美味しくて手が止まりません」
そして、九鬼やベネットとは違う別の場所では。
「か、辛ぇぇぇぇっ!」
「ツーンてくるぞ、ツーンて!」
騒いでいるサイモンとオリバーが手を出したのは大人用お寿司で、わさび初体験となる2人はお寿司に入っていたわさびの洗礼を受けてしまい、慌てて飲み物を口にする。
「苦ぇぇぇぇっ! 熱ぃぃぃぃっ! 辛ぇぇぇぇっ!」
「なんだこれっ! 薬かっ!?」
2人が慌てて飲んでしまったのは緑茶であり、これまた初体験となってしまい、熱さで辛みが上昇したサイモンは悶え、苦味が強くて薬と勘違いしたオリバーは目を白黒とさせている。
そのような騒いでいる2人とは違い、妻であるマルシアとミミルはやはり女性らしく料理に興味津々で食事を進めていた。
「このほんのり甘いのは何かしら?」
「肉じゃがって言うお料理らしいわよ」
「こっちのカリコリしたものは?」
「お漬物と言うらしいわ」
「これはお味噌汁って言ってたわね」
「この白いのはご飯で赤いのは梅干しって言うみたい。梅干しは酸っぱいから少しずつ食べた方がいいんだって」
「美味しいわね」
「美味しいよね」
そして、ドワンは新しいものへの挑戦として、出されている料理の全種類制覇を目指すために、少しずつ取っては黙々と食事を進めていたのだった。
それからお食事会がつつがなく終了すると、ケビンが九鬼たちを見送る際に九鬼からお礼の言葉をもらう。
「ケビンさん、今日のことは絶対に忘れません。久しぶりに食べた故郷の味はとても美味しかったです。ありがとうございました」
「たまには故郷を忘れないためにも食べた方がいいからな。今日はお祝いごともあったし、丁度いい機会だった」
「また明日から訓練を頑張れそうです」
「そうだな。さっさと上級者用を制覇してから、帝都外の上級者用も制覇してしまえ。九鬼ならできる」
「はい!」
九鬼はケビンへの挨拶が終わると待っていたオリバーたちの所へ走っていき、振り返っては手を振りながら帝城から宿屋へと帰っていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
※ 今回は2名ほど新たな生徒の名前が出てきます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌月の10月、保養地タミアにて黒髪黒目の集団が集結していた。何故かと言うと、ここに温泉があるからという何とも言えない理由からだ。生徒たちは今、教会の1室を借りて話し合いを始めていた。
「私たちがこちらに来てから2年が経過しましたわ」
「早いよねーもう18歳になっちゃったよー」
「7月には皇都に残っている4人の赤ちゃんが無事に生まれました。赤ちゃんが生まれる前に奴隷から解放できて良かったですわ。下手したら赤ちゃんの分まで身請け料を払わないといけなくなりましたもの」
「みんなでカンパしたかいがあったねー」
「
「ってゆーか、無理っしょ。どんだけこの世界が広いと思ってんの? 世界の中から人を1人捜すとか無理難題だし?」
「確かに難しくはありますけど、黒髪黒目なら目撃情報を探っていけばおのずと見つかるはずですわ」
「それは無理だろ。その肝心要の目撃情報がないんだ。この世界にあるかどうかはわからんが、染髪剤で髪を染めてしまったらもう黒髪じゃなくなる。もしくは既に殺されたかだな。目撃情報がないってことは、そういうことだろ」
「
「無敵君、私たちは志を同じくする同郷の士ですのよ。不用意な発言は控えてくださいまし」
「志を同じく? グループで好き勝手動いていて今更それはないだろ? 志を同じくと言うなら、何故
「それは……」
無敵から痛いところを突かれた
「この際、
「元の世界に帰る方法ですか?」
生徒会長の言葉にご尤もな意見を挙げた女子は、何故だかわからないまま一喝されてしまう。
「違う!」
「やっぱり
そして別の女子が違う意見を述べてみるものの、それすらも一喝されてしまったら満を持して生徒会長節が炸裂するのだった。
「それも違うっ! 私の立ち寄った場所にミートソーススパゲティが売ってないんだ! セレスティアもアリシテアもミナーヴァもそれらしい物が全く売っていなかった!
「小生たちが立ち寄った場所では、そのような物は売られておりませんでしたが」
「これで4国だぞ、4国! これだけ探し回って売っていないとなると、残るは魔王の地もしくは小国か海を渡るしかないではないか!」
「魔大陸が残っている件」
「魔大陸はイグドラの更に西ではないか。大陸続きなのに魔大陸と言われている場所にミートソーススパゲティがあるとは思えん!」
自由奔放な生徒会長の力説が炸裂すると、他の生徒たちはやはり絡みづらいと思いつつ、破天荒な思考についていける気がしなかった。
そして何とか生徒会長グループが、長年とは言えずとも浅からぬ縁でもないので生徒会長をなだめている間に、乱された話は振り出しに戻っていく。
「やっぱり
「僕も何となくそう思うな」
「蘇我君に卍山下君がそう思う根拠は何ですの?」
「こんだけ捜しても見つからないんだから、奴隷にするために攫われて密かに売られたと思うんだけど」
「珍しい奴隷をコレクションする金持ちもいるって話だし」
「小生が思うに
「ああ? オタクが一丁前に喋ってんじゃねぇよ。黙ってろ!」
「うっ……」
「僕は必要ないみたいなので、これで失礼させていただきます」
「お、お待ちになって下さいまし!」
「困りましたわ。
「
「私も同意見。智たちの方が何倍も賢い」
「しーくんたちの方が何倍も強い」
「宗くんたちを馬鹿にしないで」
「お前が悪い、竜也」
「反省しろ、馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
「黙れ! いい加減にしろよ、竜也。ここは元の世界と違うんだ。いつまでもお前があいつらよりも強いと勘違いをするな。少なくとも
「う、嘘だろ!? あいつらはオタクなんだぜ!」
「今更オタクがなんだ? この世界じゃあいつらが俺たちよりも何倍も賢く生きていける。そして、何倍も効率よく強くなれる。現にあいつらは人族排斥主義のイグドラで生活ができていたんだぞ。お前に同じことができるのか?」
「それは……」
「それに
「だけど、そこまであいつらに頼らなくてもいいだろ? 今までだって俺たちだけで何とかやれていたんだ」
「自惚れるな。お前が言ったように俺たちは“何とか”やれていただけで、それをあいつらは“難なく”やってのけているんだ。この差は大きい。そしてあいつらの口ぶりからして、
そのような形で無敵が
「無敵君、その口ぶりからして
「あくまでも予想だ。
そう言う無敵の出した結論が腑に落ちてしまったのか、それを聞いていた生徒たちはどこか納得した表情を見せていた。
「それならばすぐにでも
「それが竜也のせいでおじゃんになったんだ」
「馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
「くっ……」
「もうお前が土下座をして詫びを入れても戻ってこないぞ。男子はわからないが、女子のあの目は決別の目だった。自分の彼氏が馬鹿にされたんじゃ、彼女としては黙っていられないだろうからな」
「え……あいつらって付き合ってんの? それってビックリニュースっしょ!」
くだんの
「はぁぁ……馬鹿にされた男のために怒って、更には親しげな呼び方をしているんだ。それで付き合っていない方がおかしいだろ。
「え、無理。馬鹿な
無敵の例え話を聞いた
「告る前に猿が振られてるぅぅぅぅ!」
「千代、てめぇ馬鹿にし過ぎだろ!」
「私も
「私も無理ね。いい歳して考えが浅すぎるもの。将来が不安だわ」
「3連ぱぁぁぁぁい! スリーアウト、チェェェェンジッ!」
「クソっ……お前ぇぇぇぇ!」
「竜也、うるさい」
「虎雄! うるさいのは俺じゃなくて千代だろ!」
「千喜良のは可愛げがあるが、お前のはうるさいだけだ」
「ぐっ……」
「ふっふーん! 私の勝ちぃぃぃぃ!」
千喜良が勝ち誇った顔で満足気になっていると、話し合いの場は
結局のところイグドラに上手く入れる自信がない者たちばかりで、今更ながらに
「上手く入国するにはどうすれば良いのかしら」
「教団の資料だと人族に対してかなり厳しいみたいだよねー」
「人族の商人も限られた人たちしか入国できないんだよね?」
「奴隷狩りとかするからです」
「差別したら差別され返したって感じっしょ」
「鎖国ぅぅぅぅ!」
「みんなで
「何なら全員で土下座でもするか? 竜也だけじゃ女子たちは納得しないだろ。『あんたたち』って間違いなく言われてしまったからな」
「私はしないぞ。
何が何でもミートソーススパゲティの売っている街を探し出そうとする生徒会長の執念に、生徒たちはある意味で尊敬の念を抱きそうになってしまうが、すぐさま騙されてはいけないと気をしっかり保つのである。
「それでは九十九さんからそれとなく窺ってはくれませんか? 生徒たちでは取り付く島もないでしょうし、今更私が出向いて教師面しても反発を受けそうですから。そもそも教師にもなれていませんし」
「ふむ……女史が言うのならやぶさかではないのだが、私にはミートソーススパゲティを探すという大いなる使命があるのだ」
「それなら私も一緒に、そのミートソーススパゲティを探すというのを手伝うということではどうでしょうか?」
教育実習生が計算高い対応でギブアンドテイクを持ちかけると、
「では、女史には帝国領を頼むことにしよう。実はこの話し合いが終われば帝国領に行こうと思っていたのだ。二手に分かれて探せば情報が早く手に入るだろう」
「聞いてないし……」
「相変わらずだね……」
「次は帝国領かよ……」
「帝国って魔王領だろ……」
「「「「「――ッ!」」」」」
生徒会長が発言した言葉の内容に対して、振り回されるのに慣れてしまったと言うよりも、諦めてしまっているグループメンバー以外のほとんどの者が息を飲んだ。魔王が支配していると教団から言われていた帝国領土に、とうとう足を踏み入れるというのだ。だがしかし、それに異を唱えたのは進行役である
「生徒会長、いくらなんでも早急すぎませんのこと? 帝国領に行くのならば生徒一丸となってから行きませんと、何が起こるかわかりませんわよ」
「もはや生徒一丸は無理だろう。それは
「ッ!」
「更には
「ですがっ、帝国領に向かうなど……」
「止めてくれるな。私にはミートソーススパゲティの他に、捜さなければならない人が1人いるのだ」
「
「ん?
「えっ!? 九十九さん、
「口約束だが、女史にはしっかりとミートソーススパゲティを探してもらうぞ。私がすることは
まんまと生徒会長にしてやられた教育実習生は頭を抱えてしまい、上手く使ったつもりが上手く使われてしまったことを理解してしまうと、ガックリと項垂れてしまうのだった。
「なに、君たちの誠意が伝われば、
「それでは生徒会長の捜している人とはいったい誰ですの?」
「旦那様だ」
「「「「「…………は?」」」」」
「「「「はぁぁ……」」」」
生徒会長の突拍子もない言葉に、それを聞いた生徒たちは理解が追いつかず呆然とし、事情を知っている生徒会長グループの生徒たちは溜息をついていた。
「この世界で私にミートソーススパゲティと抹茶を与えてくれた、それはもう神のごとき素晴らしい男性だ。ちなみに名前はケビン殿という。君たちも何処かでケビン殿を見つけたらすぐさま連絡を寄越してくれ。何を置いてでも私は駆けつけてみせる!」
そう言う生徒会長の言葉に便乗してきたのは、呆れて言葉を失っていた無敵である。
「俺もその情報が欲しい。Sランク冒険者のケビンというのを手がかりに捜してみたが、一向に見つかる気配すらない」
「待てっ! ケビン殿は私の旦那様だぞ。いくら君が熱愛しようとも決して渡さないからな!」
無敵の言葉に反応した生徒会長によって生徒会長節が炸裂してしまうと、心外だとばかりにすかさず無敵はそれに反論した。
「誰がヤロー相手に熱愛するかよ! 俺が情報を欲しい理由は、そいつが九鬼の居場所を知っている唯一の手がかりだからだ!」
「「「「「――ッ!」」」」」
「なんだ、無敵少年に夫を寝取られるかと思ったではないか。紛らわしい」
安定の生徒会長はさておき、無敵から齎された新たな情報によってこの場は混沌と化してしまうと、ザワザワと彼方此方で九鬼の話が持ち上がる。
「それはどういうことですの!? 今までそのような情報は受け取っていませんわよ!」
「言う必要がねぇからだ。お前らは帰る手立てが見つかるまでは、九鬼を捜すつもりはなかったんだろ? 現段階で九鬼の情報なんか必要ないはずだ」
「それでも何処にいるかくらいは、把握しておかなければなりませんのよ!」
「お前の考えに付き合っているほど俺は暇じゃない。とにかく冒険者ケビンを見つけたら、すぐさま俺に連絡を寄越せ」
「待てっ! ケビン殿の情報は妻である私に優先権がある! 無敵少年ではなく私に寄越すのだ。そうでなければミートソーススパゲティと抹茶にありつけないではないか!」
「生徒会長……」
「やっぱりシェフ扱い……」
「安定だな……」
「全くもってブレない……」
生徒会長によって話し合いの場が乱れに乱れまくってしまうと、もはや収拾などつきようもなく、この日の話し合いは荒らされたまま終わりを迎えるのであった。
それからは教育実習生グループという新たな手駒を手に入れた生徒会長が、約束の履行をするために
「生徒諸君らは土下座も厭わないそうだ。面白そうだからそれを見てから情報提供するのも乙なものだろう」
「生徒会長が黒い件」
「ダーク九十九氏の降臨でごわす」
「お腹が闇鍋レベルですぞ」
「1番敵に回してはいけない人でござる」
「いやいや、
「キタコレ!」
「ダークモモ呼び公認でごわす!」
「魔法少女という点がなおよしですぞ!」
「生徒会長は天才でござるな」
そのようなやり取りを端から眺めている
「生徒会長って出会った頃はもっとお堅いイメージがあったのに」
「会う度にスポンジのごとくオタ知識を吸収してるわよね」
「しーくんたちが楽しそうで何よりだよ」
「宗くんたちを差別しないもんね。むしろ仲間?」
その後【魔法少女マジカルモモ】の議論が生徒会長たちの間で過熱していき、もはや
それから有言実行とばかりに翌日になると、生徒会長は生徒たちを全員集合させたあとにそこへ
「ふむ……中々に壮観だな。これは
「生徒会長が暗黒な件」
「ダークモモ降臨でごわす」
「暴走気味ですぞ」
「内部電源が落ちたでござるか?」
「なんか悪の女王よね」
「ダーククイーンモモ?」
「魔法少女マジカルモモちゃんの闇堕ち」
「もはや影の支配者」
そして、本来の教師ではなく一時的に学校へ来ただけという理由で1人土下座を免れている教育実習生は、目の前の光景にただただ戦慄してしまう。これにより自分も約束をきちんと守らないと、腹黒生徒会長によって何をされてしまうかわかったものではないからだ。
こうして生徒たちの一斉土下座が終了すると、
その後、一部の生徒たちはどうやって身を守るかの話し合いを始めてしまうが、自由奔放な生徒会長は目的は終わったと言わんばかりに
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
蘇我 (そが)
卍山下 (まんざんか)
今回は凄い名前が出てきました。なんかパッと見、強そうに見えてしまうのは私だけでしょうか。この苗字らを見た時に『蘇我』は読めたのですけど、『卍山下』はお手上げでした。私が思いついた読み方は『まんじやました?』という、そのまんまな読み方です。笑
説明に入りますと、最初の『蘇我』は簡単で『そが』と読みます。『蘇我』と聞いてしまうと何故だかわかりませんが、『蘇我氏』を思い出してしまいます。歴史で習ったからでしょうね。
次の『卍山下』は『まんざんか』と読むみたいですけど、これ幽霊苗字じゃないみたいです。由来は大分県別府市の僧侶による明治新姓で、曹洞宗の宗統復古につとめた江戸時代の僧侶である『卍山』からとったみたいです。この苗字は『卍山の門下』という意味があり『卍山下』となっていて、苗字の中で唯一『卍』を用いる姓らしいので極めて激レアですね。
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