第461話 大御所登場

 ガブリエルの斜め上の主張を聞いたケビンが動いたのと同時に、喚いていたガブリエルはその場で蹲る。


「がはっ……ゴホッゴホッ……」


 結果的に見れば、ケビンがガブリエルへ腹パンしたことを目の前に映る光景によって誰しもが理解した。


「面倒くせぇ、殺し合いをするぞ」


 ケビンは話の通じないガブリエルの態度でかなりのフラストレーションが溜まっており、その目つきは鋭さを増していた。


「「「「「総団長!」」」」」


 団長たちは蹲るガブリエルへ近づき安否を確認するが、むせ込んでいるガブリエルはまともな返答ができない。


「ケビン君……」


「カトレア、お前は殺さない。他の奴らは保証しないが」


「主殿よ、戦争を始める前にこの者らを保護せねばなるまい」


 今にも動き出してしまいそうなケビンを見たクララが苦言を呈すると、ケビンは助けた女の子たちを見てはどうしたもんかと考え出す。


「君たちはこいつらと俺のどちらに保護されたい?」


「たとえ魔王と呼ばれていようとも、貴方様に従います」


「わかった。それじゃあ、戦争が終わった時にでも村へ戻りたい人は村まで送るから。村に戻れない人はその時にどうするか、また話し合って相談しよう」


「ありがとうございます」


 服を着ていた女の子が代表してケビンと言葉を交わし終えると、団長たちに肩を借りてガブリエルが立ち上がっていた。


「魔王……私は絶対に屈しません……」


 ケビンはガブリエルのことなど既に興味をなくしていたので、女の子たちを移動させるために【無限収納】から馬車を取り出すと、バイコーンのセロに取り付ける。


 そして女の子たちを中へと案内してゆっくりと休むように伝えたら、セロへ自軍の所へ向かうように指示を出す。その指示を受けたセロがゆっくりと出発すると、中にいる女の子たちは振動のない馬車に驚いていた。


「馬みたいなのが歩き出したのに揺れないですね」


「私たち助かったのかな……」


「でも、あの人……いい人なのに魔王って呼ばれてた……」


「優しい人だったね……」


「あの男の人の方がよっぽど魔王だよ」


「これから私たちどうなるんだろ……」


「お父さん……お母さん……」


 敵地から離れていくことによって安堵感が増していったのか、女の子たちのすすり泣く声が馬車の中を埋め尽くしていく。


 そして現場では戦争を始めるためケビンが行動に移そうとしている時に、その現場へ転移してきた者がいた。


「え……?」


「ケビン、お母さんも殺るわよ」


「私も参加するわね、ケビン」


「ケビン! お姉ちゃんが来たわよ!」


 そこへ現れたのはケビンが魔王認定されたことを話した時に、ふつふつと怒りをその身に宿して育てていたサラとマリアンヌ、そして超絶ブラコンのシーラである。


 現状でケビン以外にこのような芸当ができるのは1人しかおらず、その答えにすぐさま行きついたケビンがサラたちへと尋ね、わかりきった答え合わせをする。


「ソフィか?」


「そうよ。ケビンがクララさんを転移させたでしょう? それで何かしら起こっていると思ったから、ソフィさんに見せてもらえるように頼んだの。それからはソフィさんと私たちでケビンの様子を見ていたの」


「安心して。子供たちには一切見せていないから。見ていたのは大人たちだけ」


「マジか……他のみんなは? もう来ないよね?」


「来たのは私たちだけよ。ケビンは彼女たちに人殺しをさせたくないのでしょう? 私たちは現役時代に盗賊とかを殺しているし、私に至っては旧帝国兵も殺したりしたから問題ないわよね?」


「お姉ちゃんも旧帝国兵を殺してるわ!」


「はぁぁ……その殺る気満々な装備を見たら帰れとは言えないだろ」


「ふふっ。大好きよ、ケビン」


「私も大好きよ、ケビン」


「さすが私のケビンね!」


 諦めたケビンからの言葉で参加権を勝ち取った母親2人は、気持ちを表すかのようにケビンへと抱きついては頬にそれぞれキスをする。だが、衆人監視の中なので、シーラだけは恥ずかしくて行動に移せなかった。


 そのような場面において、全く無謀とも言えることをしたガブリエルの姿があった。


「魔王! そのようなことをして、どこまで聖戦を穢せば気が済むのですか!」


 団長たちに肩を借りたままのガブリエルが怒声を挙げると、瞬時に動いたサラがガブリエルの背後に現れる。


「がっ――!」


 背後からサラに蹴られたガブリエルはそのまま吹き飛びケビンの元まで飛んでくると、今度はマリアンヌがそれを足で受け止める。


「うぐっ――!」


「ちょっとサラ、こっちに蹴らないでよ。危うくケビンに当たるところだったじゃない」


「仕方がないでしょう。そこのゴミが私のケビンを魔王呼ばわりするんだもの。それに私のケビンなら貴女と同じで受け止めたわよ」


 いきなり総団長が飛んでいったのもそうだが背後から声が聞こえた団長たちがぎょっとして振り返ると、そこには今まで前にいたサラの姿があり、その動きに対して全く反応できなかったことに驚愕する。


「久しぶりね、カトレアちゃん。親善試合ぶりかしら?」


「え……あ……」


「てっきりアリシテアの人かと思っていたら、セレスティアの人だったのね」


「そ……その……事情がありまして……」


「そう……詳しくは聞かないでおくわ。カトレアちゃんは知り合いだから殺さないであげるわね」


「で、できれば団長たちも……」


「それは無理よ。そいつらは私のケビンを魔王呼ばわりして攻めてきたのよ? 戦争を吹っ掛けておいて自分たちの命だけは助けてくださいって、虫が良すぎる話だと思わない? 私たちは平和に暮らしていただけよ? それともこの際だから私が魔王として、セレスティア皇国を攻め滅ぼせばいいのかしら? 私1人でもそれが可能なのはわかっているでしょう?」


「ま、待ってください! それだけはっ!」


 サラとカトレアがやり取りをしているとそれを見ていた団長たちの中で、上官となるフィアンマが口を挟んだ。


「カトレア、その人は誰なんだ? 不意打ちとはいえ総団長をあそこまで吹き飛ばすとはありえねぇ」


「この人はケビン君のお母さんです」


「戦争に母親が参加しに来たのか? ちっ、ガキのおままごとか――」


 その瞬間、今度はフィアンマがケビンの方へと蹴り飛ばされる。そしてそれをまた足で受け止めたのはマリアンヌであった。


「ちょっとサラ、せっかくケビンと話し合っていたのに、ゴミを追加で送らないでよ」


「そのゴミが私たちの参戦をガキのおままごとって言ったのよ? 回り回ってケビンを貶してるってことじゃない。貴女はそれを許すの?」


「それなら仕方がないわね。こっちでゴミは纏めておくわ。クララ、ゴミが喚いたら踏んずけてくれる?」


「仕方がないのう……マリーでは押さえつけるのが無理だしの」


「私もちょっと踏ませて! ケビンを魔王呼ばわりした罰なんだから!」


 そう告げるシーラはクララが見守っている中で、ゲシゲシとガブリエルを踏んでは移動して、同じようにフィアンマもゲシゲシと踏んでから満足するのだった。


「ふふっ、魔術師のシーラじゃクララがいないと無理だものね」


「マ、マリー様だって……」


「今回は大目に見て、淑女云々は言わないでおくか……」


「主殿のために蹴るなぞ、可愛げがあってよいの」


 そのような至ってマイペースなケビン陣営に対して、周りの者たちは唖然としてしまう。


「なぁ、貴女はあっちの男性の母親なのか?」


「あら、貴方は言葉を選ぶのね? さっきまでの喋り方とは全然違うわね」


「さっきまで……? 俺は貴女が来てからは初めて喋ったんだが……」


「ずっと見てたのよ。ケビンが皇帝として頑張っているんだもの。母親としては見ないわけにはいかないわ。貴方のことも見ていたわよ。あのゴミと違ってまともな思考を持っているようね。大義が消えたって判断したのは合格点よ」


「なっ!?」


「そうね、ケビンを下に見なかったから貴方も殺さないでいてあげるわ。正しい判断をした自分を誇りなさい」


 サラがタイラーに対して見逃す発言をしたら、それを見ていたオフェリーがサラへと話しかける。


「あの~よろしいでしょうか~」


「何かしら?」


「私も死にたくないです~」


「ちょっとオフェリー! 貴女には神殿騎士団テンプルナイツとしての誇りはないわけ!? しかも緑の騎士団グリーンナイツの団長なのよ!」


「だって~総団長もフィアンマちゃんも簡単にやられたのよ~メリッサちゃんだって死にたくないでしょ~」


「それでも意地ってもんがあるでしょ!」


「意地で命は拾えないんだよ~それと~メリッサちゃん素が出てるよ~言葉遣いが崩れてるよ~」


「なっ!?」


「ふふっ、貴女たちって面白いのね。敵じゃなければお茶に誘ったのに」


「それなら敵をやめます~」


「オフェリーっ!」


「見逃してよ~私は逃げたくて逃げたくて居ても立っても居られないの~」


 そこへ沈黙を貫いていたヒューゴが口を開いて、サラやメリッサと会話をしていたオフェリーを窘めた。


「敵前逃亡は極刑です。わかっているのですか? 先程の『敵をやめる』という発言も、俺としては聞き捨てならないものです」


「そうよ、オフェリー。発言を撤回して!」


「無理だよ~サラ様に勝てるわけないでしょ~アリシテア王国では超有名人なんだよ~」


「あら、私のことを知っているの?」


 それからオフェリーはサラのことを何故知っているのかを語っていく。それはドラゴン討伐戦において先人たちの例に倣い、その戦い方を学ぶため有名どころの冒険者たちの戦闘情報を集めては、ドラゴン戦の情報が残っていないか調べていたからである。


 その過程で見つけたのは、1人でドラゴンを討伐し続けていたサラの情報であった。悔しくもドラゴン戦の情報は一切残っていなかった(サラが面倒くさがって戦闘内容を説明していない)が、その知名度においてはアリシテア王国内随一であったため、オフェリーの記憶にも残っていたということだ。


 そしてサラが引退してから随分と年月も経過しており、情報も古かったために初見ではピンとこなかったが、ありえない強さと名前、更にはアリシテア王国に住んでいたカトレアと知人であることを踏まえた上に、帯剣しているのは細剣で盾装備なしといった数々の情報を蓄積し分析した結果、本人であると断定して話しかけたという経緯である。


「凄いわねぇ……たかがドラゴンを狩るためにそこまでするのねぇ」


「それと~伝説の冒険者であるサラ様のご子息とは知らずに~ケビン様に対して無礼を働いてすみませんでした~ケンと名乗っていたので~サラ様のご子息であるケビン様とは知らなかったんです~」


 実のところオフェリーはサラを調べていく過程で、当然その溺愛する息子でもあるケビンの情報も得ており、カトレアがケビンの名を口にしたことと、サラがケビンの母親であることも口にしたため、今まで相対していたのはサラの溺愛する息子ケビンであり、会談の時に名乗っていた“ケン”は偽名であったのだと断定したのだ。


「ケビンのことも調べてたの?」


「サラ様を調べていく過程で~本国ではあまり情報も得られなくて~ただ強い子供がいるってことくらいしかわかりませんでしたけど~」


 当時ケビンの情報を得たオフェリーは、まだケビンがXランクになる前のAランク冒険者として活動していた時期のもので、情報収集がそこでストップしていたこともあり、それなりに強い子供という認識しか持ち合わせてなかった。


 だが、今まで見せつけられていたケビンの強さは、とてもAランクのものとは思えない上に、偽名を使っているギルドカードがSランクだったこともあるが、実際は総団長クラスで力を隠しているのではないかと推測する。


 その後もサラとオフェリーの会話は弾んでいき、サラとしてもケビンのことを悪く言うのではなく、普通の人として扱うオフェリーの態度には好感が持てて、オフェリーはオフェリーで知的好奇心を埋めてくれるサラの話はとても身になるものだった。


「オフェリーちゃんはいい子ねぇ。そうだわ、ケビンの所へ行きなさい。殺すリストからは除いてあげるわ」


「ありがとうございます~でも~それをするとメリッサちゃんが残って寂しがっちゃうから~メリッサちゃんも一緒でいいですか~?」


「そうねぇ、ケビンへ聞いてみてくれるかしら?」


「オフェリー! いったい何を勝手に決めてるのよ!」


「メリッサちゃ~ん、もうセレスティア皇国軍に勝ち目はないよ~私たちって結婚してないから独身のまま死ぬなんて不幸だよ~メリッサちゃんだって未経験のまま死にたくないよね~?」


「ちょ、ちょっと、なに人のプライバシーを暴露しちゃってんのよ!」


 メリッサが顔を赤く染めてオフェリーへ猛抗議している中、男性陣2人は何とも言えない表情をして聞かなかったことにしようと大人な対応を見せた。


 やんややんやと騒いでいるメリッサを強引に引っ張り連れて行くオフェリーを楽しそうに見送るサラは、カトレアへ向き直るとオフェリーと同じようにケビンの所へ向かうよう背中を押すのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 一方で見学者となっているアリシテア王国軍では。


「閣下……私の見間違いでなければ、あの方はマリアンヌ元大公妃殿下なのでは?」


「そ、そうだな。しかも、一緒に現れたのはカロトバウン家のサラ殿と皇帝陛下の姉君だ」


「……セレスティア皇国はなくなるのでしょうか?」


「すまん、儂は頭痛がしてきた。陛下へ何て報告すればいいんだ」


「国が1つ大陸からなくなると言うしか……」


「それも問題だが、それよりもマリアンヌ元大公妃殿下が戦地に現れたのだぞ。しかもあの格好はどう見ても戦う者の格好だ」


「……話によると帝国でアリス元王女殿下とそのご子息とともに、静かに暮らしているはずでは?」


「……野営地からテーブルを運ばせろ。もうここで報告書を書きながら事態を見守る」


「……医療班に頭痛薬がないか聞いておきます」


「すまんな。胃薬も頼む」


「わかりました。私も何だか薬を飲みたい気分です」


「飲んでおけ。慢性化すると歳をとってから辛くなるぞ」


「ご配慮痛み入ります」


 こうしてウカドホツィ辺境伯は、歴史上初めてとされるかもしれない戦場真っ只中での執務を始めてしまうのであった。その机の傍らには常に薬があったとかなかったとか。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その頃のエレフセリア帝国軍陣営では。


「何やらおかしなことになっておるな」


「陛下の愛馬がこちらへ向かってきているようだ」


「ああ、あれは助けた女性たちを乗せているのだろ」


「それにしてもこの双眼鏡とやらは凄いな」


「全くだ。目の前で起こっているかのように、セレスティア皇国軍側の状況が見れる」


「陛下の作る魔導具はとんでもないな。これを斥候に持たせたら従来よりも早く情報収集が行えるぞ」


「それだけではない。この双眼鏡とやらは夜間でも使えるらしい」


「ああ、それなら試した。昼間ほど色つきで見れはしないが、くっきりと物の形が見れるくらいにはハッキリしている」


「新たに現れたあの3人のうち2人は陛下の奥方様だろうか? 見たことないよな? 1人はシーラ皇后陛下で間違いなさそうだが……」


「ふむ、私とて全ての奥方様は拝見しておらぬからな。こう言っては何だが……数が多すぎる」


「そうだな。しかもその人数分の御子様もおられる」


「次代の皇帝陛下は誰が即位するのだろうな」


「先のことなど神にしかわからぬだろう」


「それよりも今は戦争の行方だな」


「それもそうだな」


 呑気に観客となって双眼鏡で観戦する御三家は既に馬から下馬していて、高台を作らせテーブルを準備させた後はイスに座ってくつろいでいた。それは兵たちも同様で騎馬隊は下馬して休んでおり、他の兵たちも座り込んではいないが楽な姿勢で状況を見守っている。


 全くもって戦争っぽくない状況がアリシテア王国軍に引き続き、エレフセリア帝国軍でも行われていたのであった。

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