第460話 懐かしきその者の名は……

 ガブリエルや他の団長たちとは違う声が離れた場所から聞こえてきた上に、名前を教えていないのに本名を呼ぶその声を耳にしたケビンは、処刑を保留にして声が聞こえた方へ視線を流したら、団員たちを掻き分けながらやって来る1人の女性が団長たちの所まで出てくる。


「誰だ、お前?」


 敵国に知り合いなどいないケビンが敵を見る目で当たり前のようにそう告げると、女性はビクッと体を震わせるがケビンを見つめて名乗りを上げた。


「わ、私はカトレアだよ! フェブリア学院で隣の席だったカトレア・リンドリーだよ!」


「ん……? カトレア……?」


 懐かしい名前が出てきたことでケビンが訝しむと、ヘイスティングスをそのまま拘束した状態でカトレアと名乗る女性へ近づいていく。


 そして、ケビンが近づいてきたことでガブリエルたちが咄嗟に身構えるが、ケビンのひと睨みだけでその場へ釘付けにされてしまうのだった。


 そのガブリエルたちはいきなりやって来た団員を守るという気持ちよりも、本能的に殺されると感じ取ってしまったため、ケビンのひと睨みだけで体が竦み上がってしまったのだ。


 それからそのままケビンが女性に近づき、お互いに吐息がかかるような近距離で見つめ合う形になると、女性はビクッと反応してしまうがケビンは我関せずで女性の瞳を覗き込んだ。


「その綺麗な瞳はカトレアと同じだな」


 透き通るようなコバルトブルーの瞳を見ているケビンがそう呟くと、女性は懐かしいケビンの行動にふと呟きを返してしまう。


「そう言ってくれるのはケビン君だけだよ」


「……鑑定を使った結果もカトレアだ。お前、こんな所で何をしている?」


「……戦争に参加してる」


 ケビンからの当然の質問に対してバツが悪そうにそう答えるカトレアを他所に、直属の上官であるフィアンマが口を開く。


「カトレア! お前、本当に知り合いだったのか!?」


 フィアンマからの問いかけを聞いたカトレアは、ケビンから少し離れてフィアンマの方へ体を向けると静かに答えた。


「ケビン君とは少しの間だけでしたけど、同じ学院で学んだ学友です。お願いします、もうケビン君に謝って祖国に帰りましょう。このままだと私が言ったように皆殺しにされます」


 カトレアがガブリエルたちに対して切実に願うと、ガブリエルたちが口を開くよりも先にケビンが答えた。


「それは無理だな」


「ケビン君!?」


「お前だってわかってるだろ? これは戦争だ。しかもこいつらが勝手に俺を魔王に仕立てあげて喧嘩を売ってきた戦争だ。俺に喧嘩を売った以上こいつらにもう逃げ場ない。この檻の中で死ぬだけだ」


 ケビンがカトレアへそう告げると、途中で止めていたヘイスティングスの処刑を再開しようとしてゆらゆらと動かすと、その行動はヘイスティングスの絶叫によって、傍観していた周りの者たちも気づいてしまう。


「そ、総団長! 早くケビン君に謝ってください! このままだとみんな殺されちゃいます!」


 カトレアからそう告げられたガブリエルが、ケビンへと必死にヘイスティングスを含める兵たちの助命を請うと、ケビンはなんてことのないように言葉を返す。


「ヘイスティングスに関しては断る。お前が詫びを入れたところで、こいつの処刑をやめることはない。こいつは罪人だ。他の兵に関しては俺が手出ししないことを考えてやらんこともない」


「なっ!?」


「そもそもお前らはこいつに生きる価値があると思うのか? 村を襲い、女性を攫い、精神に異常をきたせば奴隷商へ売り払う。そんな盗賊同様の行いをしてもまかり通るのがフィリア教の教えか? そんなものならフィリア教なんてクソ喰らえだ。なくなってしまえばいい」


「女神フィリア様の教えを侮辱するなど、女神様と教団に対して不敬です!」


「そのお前らが崇める女神フィリアもいらないな。俺は俺で信じる女神がいるから必要ない。よって不敬ではないし、どう思われようと知ったことではない」


 ケビンが淡々と告げていく中で、クララはアブリルと会話をする。


「くくくっ、主殿の言う通りよな。奴らの崇めるフィリアなどおらぬというのに」


「そうですね。この世の女神はソフィーリア様だけです」


「きっと今も主殿を観察しておるのだろうな」


「憩いの広場でモニターでも出しているのですか?」


「それはないの。主殿が今回は人の生き死にが出るから子供の教育に良くないと、ソフィ殿へ公開するのを禁止しておったからの」


「それでは天界と呼ばれる場所で見ているのでしょうか?」


「私が転移させられる前は憩いの広場におったぞ。何かしらの力でモニターでなくとも遠くを見通せるのだろう。相手は神だからの、我らの常識は通用せん」


 2人がそのような会話をしていると、ケビンの処刑が終わりを迎える。吊り上げられていたヘイスティングスは、魔物の巣へと無事に送り届けられてしまい、現場は静寂に包まれる。


「ゴミの処分は終わりだ。さぁ、戦争を始めようか? お前らの言う【聖戦】とやらをな」


「くっ……魔王め……」


「お願いよケビン君! もう許して……みんなを見逃して……」


 カトレアはケビンが動けば2万という数のセレスティア皇国軍に、生きる道は残されていないと確信しているため、必死に懇願するがケビンはそれを聞き入れることはしない。


「それはできない相談だな。今回の戦争準備で多額の金と物資が動いているんだ」


「お金なら払うから、物資も差し出すから!」


「カトレア、お前にその資産力や権限があるのか?」


「そ……それは……」


「うちだけじゃないぞ? アリシテア王国軍もそうだ。2国に対しての賠償は相当なものになるぞ?」


「どうしてアリシテア王国軍が関係するのですか!? 魔王が求めるのは自分の損失だけでしょう!」


 ケビンとカトレアの会話に横から割り込んできたガブリエルがそう告げると、ケビンは当たり前のことを口にする。


「お前は馬鹿か? 俺の嫁はアリシテア王国の元王女だぞ。ちなみにミナーヴァ魔導王国の元王女も嫁だ。良かったな、今回はミナーヴァが参戦してこなくて。あそこの王妃は頭がキレるから、多額の賠償を請求されるところだったぞ?」


「2国に対して王女を貢がせたのですか!? なんと卑劣な!」


「なぁ、カトレア……こいつ馬鹿だろ?」


 ケビンが呆れてカトレアへ声をかけるも、カトレアは部下としてそれに答えることができない。


「まぁいい。とにかく戦争をするぞ。アリシテア王国の民を踏みにじった代償は受けてもらう」


「それはヘイスティングスたちのしたことです! 私たちは関係ありません!」


「ガブリエル、監督不行届って知ってるか? お前は神殿騎士団テンプルナイツの総団長なんだろ? 部下の不始末はお前の責任でもある」


「私は総団長なだけで直接的な指示を出していません!」


 ケビンはガブリエルの言葉を聞くと、魔物の巣へ送り出したヘイスティングスを鑑定しては、その背後にいる者を特定した。


「……そうか……ドウェインが命令を下したやつか……」


「なっ、何故枢機卿猊下の名前を!?」


「お前はやはりあやつり人形だな。ドウェインは殺す」


「な、何を言っているのです!? 枢機卿猊下を手にかけるなど教団が黙っていません。戦争が起きますよ!」


「……は?」


 今まさに戦争を仕掛けてきているガブリエルが斜め上の言葉を口にして、それを聞いたケビンは唖然としてしまう。


「お前らって戦争をしにここまで来たんだよな?」


「私たちは聖戦をしにやって来たのです」


「それは戦争と何が違うんだ?」


「悪しき魔王を討ち滅ぼすため、聖なる裁きを下す戦いです。戦争みたいな無闇矢鱈に領土を汚し、民草を踏みにじるものではありません! 目的はあくまでも魔王討伐!」


 ガブリエルでは話にならないと思ったケビンは、ヘイスティングスの件で口を開いていたタイラーに視線を移す。


「なぁ、タイラーはどう思う? こいつと違ってまともな思考を持っているだろ?」


 ケビンから指名されたタイラーは頭をガシガシとかきながら、諦めの表情を見せると語り始めた。


「……あぁぁ、こう言っちゃなんだが、総団長は真面目一辺倒で融通が効かなくてな。そのくせ変なところが抜けてるときたもんだ。あんたからしてみれば変な人間を相手にして辟易としているだろうが、それはそれで真面目に答えているんだよ」


「それで? タイラー個人の意見は?」


「……俺たちがやってるのは戦争だ」


「なっ、タイラー! 貴方はこの聖戦を戦争だと言って穢すつもりですか!?」


「総団長、ヘイスティングスがやらかしちまった時点で、もうこれは聖戦から大きく外れてる。あいつが村々を襲って女性を攫ったのなら俺たちの掲げる大義は消えちまった。そちらさんの言う通りで白の騎士団ホワイトナイツはただの盗賊集団だ」


「そんなわけが……」


「そんなわけがあるんだよ。ヘイスティングスの野郎は協力関係にあったアリシテア王国に対して、陰でコソコソと略奪行為をしたんだ。これは兵を率いてすれば立派な戦争行為だ。領土侵犯なんだよ。神殿騎士団テンプルナイツ……いや、セレスティア皇国軍として動いている俺たちに言い逃れはできねぇ」


「そんなことは認めません! 私たちは聖戦のためここまでやって来たのです!」


「総団長がどう言おうと結果が出ちまってる。そしてそれは総団長以外の俺たち団長や騎士たち、一般兵に至るまで理解しているぞ。悪しき行いをしたのは俺たちセレスティア皇国軍だってな」


「あの者たちは魔王が用意した罠です! 私たちの不和を招こうと用意周到に準備した罠なんです!」


「……総団長……その言葉をあの女性たちの目を見ながら、もう1度同じことが言えるか? 見てみろ、あれは俺たちを敵視している目だ」


「ですから、それはあの女性たちが魔王の仲間だから、そういう目で見られているのです」


「もう認めたらどうだ? お前だけだぞ、場違いな言葉をペラペラとのたまっているのは」


「魔王は黙ってください! これは私たちの教義を揺るがす大問題です! 聖戦を穢すなどあってはなりません」


「それなら襲われた村に行ってそこの住人にでも確認してみるか? そうすればどちらが正しいかなど明らかになるだろ」


「そのようなもの、魔王が事前に準備していればどうとでもできます!」


「お前、救いようがねぇな」


 そしてケビンが動きだし、それを止められる者はこの場に誰1人としていなかった。

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