第433話 コロコロ

 野営実習が始まって早3日目、明日には帝都へ向けて帰るためにケビンは今日1日を生徒たちのやりたいようにさせて、心残りのないようにしようとした。


「明日には帝都へ向けて帰るから今日が色々できる最後の日だ。何か要望はあるか?」


 朝食が終わって集合させられた生徒たちは昨日に引き続き探索の指示が出ると思っていたので、ケビンの急な話に何も思いつかずうんうん唸っては何かないかと頭を捻っている。


 そのような中でケビンの担当パーティーである生徒が声を挙げた。


「ケビン先生の戦闘が見たいです!」


「あ、それなら俺も見たい」

「俺も見てぇな」

「私も魔法が見てみたいわ」

「どんな戦い方をするのかな」


 そういう意見が生徒たちから挙がると、周りの生徒たちも【森のさえずり】であるジャンヌたちの戦闘が見たいと声を挙げ始めた。


「うーん……俺は別に構わないけどジャンヌたちはどう?」


「ケビンさんが戦うと決めたのに私たちが戦わないなんてありえないです」


「じゃあ先ずは魔物狩りに決定だな」


 ジャンヌたちと話し合ったケビンが戦闘する旨を口にすると、生徒たちからは喝采があがる。


「さて……何を倒すかだけど……」


「ここら辺の魔物は雑魚ですから困りましたね」


 ジャンヌたちはソロで戦闘するなら限界はあるがパーティーとして戦闘するのなら、この付近の魔物は相手にならないレベルとなるので何を倒すか頭を悩ませるのだった。


「そういえば、ジャンヌたちはワイバーンって倒したことある? あれって登竜門なんだろ?」


「ワイバーンはまだないです。昔ならワイバーンを狩るのに憧れてはいましたけど、今となっては倒していなくても特に何とも思いませんし」


「それならワイバーンを狩るか」


「ワイバーンの住処まで移動するのですか?」


「いや、呼び寄せる」


 ジャンヌたちとの話し合いでこれから相手にする魔物が決まると、ケビンは生徒たちへ注意事項を伝える。


「今からワイバーンを召喚して呼び寄せるから、くれぐれも勝手な行動はするなよ? あっさりと殺されるからな?」


「わ、ワイバーンですか!?」


「ああ、Aランク冒険者だからそのくらいの魔物じゃないと張合いがないんだよ。ゴブリンとの戦闘なんか見ても楽しくないだろ?」


「そ、それはそうですけど……ワイバーンって召喚できるものなんですか? 魔物を召喚するって聞いたことがないですけど」


「機会があればミナーヴァへ行くといい。あそこの学院は使い魔召喚の方法を教えてて、冒険者の中には魔物を使い魔として使役している者もいるぞ」


「魔物が使い魔……」


「職種によってはテイマーとかいるだろ? あれと似たようなもんだ」


 それからケビンは生徒たちを誘導して離れた場所に移動させると、オリジナルの結界ではなくて生徒たちにもわかるように光属性の結界を張って、その場から結界外へ出ないように厳命した。


「ここからでも充分に戦闘は見られるから興奮して外に出ないようにな」


「ケビン先生、ワイバーンがこっちに攻撃してきても大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ、問題ない」


 ケビンが生徒たちと話している間にジャンヌたちは作戦会議を立てており、初めて戦うワイバーンへどういった戦闘法で倒していくか話を詰めるのだった。


「基本的に私とクロエは空を飛ぶ敵にはほぼ無力だから、先ずは地上へ落とすことに専念しよ」


「それしかないよねー」


「私の弓とノエミの魔法で何とかするしかないわね」


「私は結界を張って2人を守るよー」


「でもぉ、ワイバーン相手だから火属性はあまり効果がないしぃ、風属性で何とかなるかしらぁ?」


「上手く使えば飛んでいるのを妨害できないかな?」


「シャルロットが水属性持ちだけど、カミーユとノエミの防御を疎かにはできないしねー」


「そう考えると私たちのパーティーって火属性持ちが3人もいるから、属性のバランスが悪いわね」


「ジャンヌとクロエはほとんど魔法を使わないよー」


「2人とも魔法を唱えるよりも突っ込んじゃうものねぇ。実質、私1人みたいなものよぉ」


「まぁ、やれるだけやってみよ。ケビンさんの前でかっこ悪いところ見せられないし」


 ジャンヌが発した締めの言葉で、生徒たちへ説明をしているケビンの姿を見ては戦う意志を強めていく。


 そしてケビンの説明も終わりジャンヌたちの作戦会議も終わりあとはワイバーンを召喚するだけになると、ケビンはジャンヌたちへ心の準備を整えさせたらいよいよ持ってワイバーンの召喚に入る。


 とは言っても、実際は召喚という名の偽装された転移でありスキルの召喚は使う予定がない。


 その理由として望んだ対象が出てこないというケビンの運の悪さなのか、それともケビンの適当な性格が災いしているのかはわからないが、今のところ1回目は変な人で2回目は乗り物と思っていたらクララで、3度目の正直では2人乗りの馬と思っていたらバイコーンだったので、ケビンにとってはあまり良い印象がなかったのだ。


 今回もワイバーンを召喚しようとしてワイバーンに似た亜種ならいざ知らず、全く別物の魔物が召喚されてはたまったものではないので転移を使うことにしたのだった。


 そしてケビンが【マップ】を使ってワイバーンを検索した後に適当な所からこの場に転移させると、いきなり視界の変わったワイバーンは混乱をきたすが、ジャンヌたちを目にした途端に魔物の本能なのか敵と見定めて大空へ飛び上がった。


「グギャアァァァァ!」


「頼んだよ! カミーユ、ノエミ!」


 ワイバーンを目にしたジャンヌが作戦通りにことを運ぶためすぐさま2人へ声をかけたら、カミーユは弓を番えてノエミは魔法の詠唱に入る。


 そしてその2人が滞りなく攻撃へ集中できるようにシャルロットが結界を張ると、残るジャンヌとクロエはワイバーンの気を散らすために前へと躍り出た。


 その様子を立ち見で見学している生徒たちは、結界で守られているとはいえ初めて目にするワイバーンの出現に恐怖し言葉を失っていて、中には腰を抜かしてしまっている生徒もいた。


 そしてケビンはその生徒たちを背にして『守ってますよ』のポーズを取ったら、のんびりとジャンヌたちの戦いぶりを見学するのだった。


「自由なる風よ 矢に集いて 敵へと届けたまえ《ウインドサポート》」


 観客たちの見つめる先には早くもカミーユが詠唱を終わらせてワイバーンへ向かい矢を放つが、ワイバーンは簡単にそれを避けてしまう。


「自由なる風よ 刃となりて 我が敵を断ち切れ《ウインドカッター》」


 続けてノエミが風の刃を飛ばしてもワイバーンにとっては単発で飛んでくる攻撃など苦にならず、矢と同様に軽々と避けてしまった。


「やっぱり私たちにとって空の敵は不利ね」


「そうねぇ。でも落とさないと勝負にならないわよぉ」


「私も結界を解いて混ざった方がいいかなー?」


 結界があるためか悠長にそのようなことを話し合っているカミーユたちへ、ジャンヌやクロエから早くしろという催促が飛ぶ。


「仕方がない……矢を当てれそうにないから私も魔法でいくわ」


「それじゃあ私は大技にしようかしらぁ」


「私はどうするの?」


「シャルロットはそのまま結界を維持して。ノエミが大技を放つなら隙が大きすぎるから守り優先で」


 カミーユたちが攻めの手を話し合っている中で、ジャンヌたちは上空から火を吐き出しているワイバーンの対処に追われていた。


「空さえ飛んでいなければ……」

「私たちもやり返す?」


 さすがに避けるばかりで良いところが見せられないジャンヌとクロエは、作戦にはなかったが自分たちでも使える火属性魔法をワイバーンへ向けて撃ち始める。


「原初の炎よ 矢となりて 我が敵を穿て 《ファイアアロー》」


 2人の魔法は専門職ほどの威力はないが元々前衛であるため、持ち前のスピードで詠唱中に攻撃されようとも容易く回避して、後衛職みたいに守られながらでないと危ういということには滅多にならない。


 対するワイバーンとて亜龍と言われるだけあって火属性には耐性がある。さりとていくら耐性があると言えども無効化するわけでもないので、避けなければダメージは蓄積してしまうというもの。


 それ故にジャンヌとクロエの放つ火矢は無視できるようなものではなく片方を攻撃して詠唱を破棄させようとも、もう片方が詠唱を続けていて火矢を放つという長年連れ添った上での連携は、ワイバーンを苛立たせるには充分であった。


「大いなる大地よ 無数の礫となりて 我が敵を撃て《ロックバレット》」


 そこへきてカミーユの魔法である。矢を放つのと違って1発ずつではなく無数に飛んでくるのでワイバーンは回避の対応に追われてしまう。


 ここまできたら余裕のあったワイバーンも高みからブレスだけ吐くのではなく、滑空してはジャンヌやクロエを襲い始める。


 そのような攻防が繰り返されている時に、ようやく大技を詠唱していたノエミの魔法が放たれた。


「自由なる風よ 束縛を受けぬ風よ 其を掴み束縛する愚者 其を掴み自由を奪う愚者 許されざる愚者へ風の猛威を 許されざる愚者へ風の脅威を 領域を侵し愚者を大地へ墜落せん《ハイプレス ウインドバースト》」


「グギャー!」


「「きゃーっ!」」


 ノエミの魔法によりワイバーンの周囲の風は上から重くのしかかるように変化し、その重圧によって下降気流が生じると近くにいたジャンヌとクロエは巻き添えを受けてコロコロと転がされてしまうのだった。


 そしてワイバーンは頑張って羽ばたこうと藻掻くが集中的に魔法を受けているので、上へ行くため羽ばたいているのに上昇せず下降するという不思議な体験をして地面へ押しつぶされた。


「カミーユ!」


「大いなる大地よ 無数の礫となりて 我が敵を撃て《ロックバレット》」


 ノエミからの呼び掛けですぐさま対応したカミーユが石礫を放つと、ワイバーンへ向けて飛来して翼膜を穴だらけに穿っていく。


「プギャー!」


「「ノ・エ・ミぃぃぃぃっ!」」


 痛がるワイバーンを他所に、コロコロの被害から立ち直っているジャンヌとクロエがノエミへ突っかかろうとするが、被害を受けていない他人事のカミーユによって止められてしまう。


「文句は後! 今はワイバーンが先でしょ!」


「くぅ~っ! クロエ、こんな雑魚さっさと終わらせてノエミの所へ行くわよ!」


「わかったわ! ノエミ、覚えておきなさいよ!」


「んー……忘れるまでは覚えておくわぁ」


 ジャンヌとクロエがワイバーンを挟み込むような配置につくと、ノエミへ物申したくさっさと終わらせるために間合いを詰める。


 飛べなくなったワイバーンが反撃でブレスを放ちジャンヌを攻撃するが、背後にはクロエが迫っており隙だらけの体を斬った。傷を負ったワイバーンが今度は逆にクロエを攻撃していたら、背後からジャンヌが迫って斬るという見事なコンビネーションを見せているが、端から見たらただのリンチである。


 そしてワイバーンの素材価値など無視した攻撃により、ジャンヌとクロエは地に落ちたワイバーンを後衛のサポートなしで片付けてしまった。


「「ノエミ!」」


 当然のごとく戦闘が終われば2人はノエミへ突っかかるわけで、むしろその目的のためにワイバーンを2人でリンチしたとも言える。


「もう忘れちゃったわぁ」


「そんな都合よく忘れるわけないでしょ!」

「ケビンさんの前で恥かいたじゃない!」


 結局のところ2人の主張はケビンの前でコロコロと転がってしまったことが許せなかったらしく、魔法の巻き添えを受けたことはどうでもよかったみたいである。


 そのようなところへケビンが近づいてきて2人の汚れた姿を魔法で綺麗にすると、先程のコンビネーションを褒めたらコロッと機嫌が良くなりノエミからコロコロとされてしまったことは頭の中から抜け落ちるのだった。


「ケビンさんからのコロコロは許せるのねぇ……」


「コロコロされてるなんて気づいてないわよ」


 ジャンヌとクロエの様子にノエミは野次るが2人にとっては今この場においてケビンが優先順位第1位であり、ノエミの声などケビンの声に比べたら優先度は低く耳の中へと入っていないのであった。

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