第419話 SS ネアの就職活動

 私の名前はネア。何処にでもいる凡庸な女の子。アリシテア王国の騎士試験を受けたけど、ありふれた能力しかないから見事に落ちた。


「あぁーあ、家にいてもどうでもいい相手と結婚させられるから騎士をめざしたのになぁ。このままだと政略結婚の駒にされてしまうわ」


 何か対策をねらないと家に連れ戻されてしまう。そう考えた私はとりあえず冒険者になることとした。


 今は宿屋をとって拠点としているが、とりあえず貯めておいた軍資金もいつかは底を突く。その前に冒険者として日銭を稼がないといけない。


 そして冒険者登録を済ませた私は、その日から冒険者活動に身をやつすことになる。


 あれから1年。私は今ではCランクまで上り詰めた。ずっとソロでやっているけどそれでも限界はあるので、1人では無理そうなクエストの場合は臨時パーティーを組むこともある。


「そろそろ本当に限界かも。このままでもそれなりに収入はあるけど、ソロだとこれ以上のランクアップは期待できそうにないしなぁ」


 そう思った私は私兵として何処か良い家が募集をかけていないか、求人を見るため商業ギルドを訪れることにした。


「商人になるのもありかなぁ」


 これは私の悪い癖だ。これといってやりたいことが見つからず、あれやこれやと手を出してしまうのだが、結果は器用貧乏に落ち着き何かを極めることができない。


 それでも冒険者は長続きしている方だ。なにせ1年も続けることができたのだから、自分で自分を褒めてやりたいと思う。しかもCランクまで上り詰めたんだし。


 熱することも冷めることもなく極々普通を続けてしまう私の性。いつかは熱中できるものに出会えるのだろうか甚だ疑問でもある。


 もし求人が見つからなければしばらくは冒険者を続けよう。冷めることがないから飽きることもない。だが、熱中するほどでもない。ありきたりな能力でありきたりな毎日を送るのが私の日常でもあるのだし。


 そう思いつつも私は求人掲示板へ足を進める。そこには色々な求人が掲載されていた。


「宿屋の手伝い……飲食店の手伝い……商人の荷物運び……家庭教師……ペットの散歩係……ありきたりなのばかりで良いのがないなぁ……私兵はなしかぁ……」


 当初の目的である私兵の募集がないため、私は気落ちしながらも他の求人へ目を通していく。


 そして、これといったものがなくて帰ろうとしていた時に、ギルド職員が新たな求人の貼り付けにきた。


「どうせありきたりなやつだろうけど、一応チェックしておくかぁ」


 私は職員が貼り終わるのを待ってから、その求人に目を通した。




 ~ 来たれ若人! 帝国の明日を担うのは君だ! ~


 私たちは騎士としての熱意を持った方を募集しております。私たちとともに日々の鍛錬や経験を積んでみませんか?


★求人内容

 種別:前中後衛問わず

 性別:女性限定

 種族:不問

 年齢:20代まで(※人族に限る)

 経験:武闘経験者優遇、初心者でも可

 厳守:差別意識を持たない方

 給与:大銀貨1枚~/月(能力により変動)

 休日:週休2日制

 厚生:長期休暇、慰労会

 会場:エレフセリア帝国 帝都エレフセリア 帝城

 締切:4月まで(到着次第順次対応)

 試験:実技試験(訓練場使用)、面接(帝城内)

    武具をお持ちの方はご持参されてください

    初心者の方については貸し出しを致します

 備考:宿泊費・交通費支給(往復)

   (※虚偽の申告をした場合は奴隷となります)




(え……何これ……高待遇過ぎるんだけど……)


 私はこの求人内容を見て我が目を疑った。あまりにもそこら辺の騎士よりも待遇が良過ぎる。大銀貨1枚~ってことは、この金額は初心者用の給与に違いない。


 つまり銀貨数枚を得るのに必死に働いている飲食店の店員とかが、月に最低でも大銀貨1枚の稼ぎになるってことだ。それなら絶対に飛びつくだろう。何せ、試験時の宿泊費と交通費が支給されるってことは、最終的に試験に落ちようともお金を消費することがないからだ。まぁ、帝都までの路銀を持っていないと意味ないけど。


 私は細かく求人内容を見直していき、自分でも応募が可能かどうかを判断していく。性別から経験まで問題ないとして差別意識もないし、どう見てもこの求人は渡りに船だ。


 もし合格したら私はCランク冒険者だし、大銀貨5枚くらいはいけるのではないだろうか。そうなれば稼ぐ対価が自分の命な冒険者より楽に稼げるかもしれない。


 だが、うまい話には裏があると言うし、油断は禁物だ。もしかしたら未開の地に飛ばされて開拓勤務をさせられるかもしれない。もしくは開拓地で働く男たちの慰安婦業務とか。


 兎にも角にも先ずは行動だ。受付へ向かった私は求人情報について尋ねてみると、さすがに他国ということもありここのギルドは詳しいことを知らないみたいだ。現地に行くしかない。


 それから私は冒険者ギルドの常駐クエストで路銀を稼ぎながら帝都を目指すことにした。


 そして旅を続けながら帝都へついた私は驚くことになる。


 他国に来たのは初めてだったが、帝都の栄え方は王都のそれを遥かに超えていたのだ。


「あ、あの……」


「なんだい?」


「これって何ですか?」


 私の質問に対して変なものを触っていた中年女性は私を見て逡巡したあと、納得のいったような顔をして答えてくれた。


「この街は初めてかい?」


「あ、はい。今日到着したばかりで」


「そうかい。ようこそ、帝都エレフセリアへ。ここは当たり前だけどこの国で1番栄えている中心都市だよ」


「は、はあ」


「なんだい、覇気がないねぇ」


 いや、覇気がないと言われても首都が栄えるのは当たり前ではないだろうか。当たり前のことを聞かされてテンションを上げろと言われても難しいものがある。それにおばさんだって「当たり前だけど」って前置きしていたよね?


「まぁ、いいさ」


 いいなら最初から言わないで欲しい。


「これは案内板だよ。この街の建物全てがここでわかるのさ。迷わないように陛下が設置してくれたものだよ」


 それからおばさんは使い方を説明してくれたら自分の目的地へ向けて去ったので、私はさっそく試してみることにした。


「触ればいいんだよね?」


 おばさんの説明通りに私は板を触ってみる。すると驚くことに書かれていた文字が変わったのだ。


「……は?」


 何よ、この案内板というのは!? どこに何があるのか教えてくれるのはありがたいけど普通はボロっちい板よね? それに何で板に書かれている文字が変わったりするのよ!?


 しかも驚くべきことにその文字の変わる案内板には絵までついてるのだ。絵画なんて高級品が何で案内板に使われているのか意味がわからないし、描かれている絵が変わる絵画なんて聞いたことがない。


 それからの私はテンションが上がりまくってしまった。案内板の彼方此方を触っては色々なお店を表示させていた。


 そして気づけば周りにいた人たちが、温かい眼差しで私を見ながら微笑んでいたのだ。


 は、恥ずかしいぃぃぃぃっ!


 きっと、いやむしろ絶対に私はおのぼりさんとして見られていたに違いない。


 私はそそくさと地面を見ながらその場をあとにした。もう目的地である宿屋は触っているうちに探せたし、帝城なんて探す手間も要らないくらい帝都の奥にそびえ立っているから迷う必要もない。これで帝城へ行く過程で迷子になる方がよっぽど難易度が高い。


 それから宿屋をとった私は旅の荷物を置くと、とりあえず帝城を目指して歩き出した。順次対応してくれるなら早く行って手続きを終わらせた方が楽でいい。


 何気なしに周りの建物を見ながら帝城を目指している私は、改めて帝都の栄え方に驚いてしまう。


 王都ではそれなりに建物がある程度綺麗に並んではいたけど、ここはある程度を越している。ズレなく綺麗に並んでいるのだ。


 メインストリートが真っ直ぐになるのはわかる。どの街でも栄えていたらそういう風に作られているからだ。


 でも、ここは脇道を見ても真っ直ぐに伸びている。どれだけ精密に建物の配置を設計したのだろう。設計段階で配置を決めないとこうはならないはずだ。


 そして次第に建物の数が減っていくと広い空き地に出くわした。右を見ても左を見ても空き地しかない。


 いや、建物なら1軒建っている。見た限りあれは孤児院? 遊び場があるからそうだよね?


 私が孤児院の前へついてボーッと眺めていると、シスターさんがこちらへ歩いてきた。


 えっ、めちゃくちゃ綺麗なんですけど。手を繋いでいるのは捨て子なのかな? 小さいのに可哀想だな……


「ようこそ、エレフセリア孤児院へ」


「あ、いや……ここへ来たのではなく道すがら眺めていただけですので」


「ふふっ、構いませんよ。帝城へ試験を受けに向かわれるのでしょう?」


「えっ……何でわかるんですか?」


「ここから先は皇帝陛下の私有地なのです。ですから、孤児院に御用のない方は必然と帝城に御用がある方となります。今日は何人もお見かけしましたから」


「こ、ここから先って……孤児院が陛下の私有地にあるんですか!?」


 シスターさんの言葉に私は驚いてしまう。孤児院なんてものは例外を除けば教会が支援金欲しさに開いているようなものだ。子供をダシにした同情金集めの一環だと認識している。


 何故ならば支援金をもらっているはずなのに、子供たちの服装があまり変わらないからだ。あれは教会が着服しているに違いない。


 それに比べてここは孤児院の建物も立派だし、子供たちも立派な服を着て楽しそうに遊んでいる。帝都の教会はいい人たちなんだろうか? 目の前のシスターさんも優しそうだし……


「この孤児院は陛下の持ち物なんですよ」


「えっ、陛下の!? 教会ではないんですか?」


「この帝都に教会はありません。陛下が潰しましたから」


「――ッ!」


 教会を潰した!? 教会って言えば神聖皇国の管理下にある建物だよ!? それを陛下が潰した!?


「ふふっ、驚かれていますね。実は悪事を働いていた教会の神父を陛下が処刑したのです。そのあとで教会から私たちがしっぽ切りにされてしまい、路頭に迷っていたところを陛下に救っていただいたのです」


「え……神聖皇国と揉めないんですか……?」


「向こうが勝手にしっぽ切りをしてきましたからね。このような服装をしておりますが、実は教会所属ではないので正式なシスターではなく揉めようがないのです。私たちはただの一般人ですよ」


 そこでシスターさんの服を掴んでいた子が癇癪を起こし始めたので、シスターさんが抱き上げるとあやしていた。


「カワイイですね。そんなに小さいのに捨てられていたんですか?」


「ふふっ、この子は捨て子ではなく私と最愛の人との子です。あと3ヶ月もすれば2歳になります」


「えっ、シスターさんの子供なんですか!?」


「はい。このお姉ちゃんに自分の名前を言える?」


「ミアー!」


「よくできたわね、偉いわよ」


「んふふーママもー!」


「そうね、ママもするわね。旅のお方、自己紹介が遅れてしまいしたが私はミレーヌと申します。この孤児院の院長をしております」


「ママもえらーい!」


 ミレーヌさんとミアちゃんが名乗ったので私も慌てて自己紹介をする。


「わ、私は騎士試験を受けに来た冒険者のネアと言います」


「ネアもえらーい!」


「こら、ミア。ネアさんは貴女よりも年上の方なのだから、ちゃんとネアさんって言わないとダメです。謝りなさい」


「うぅぅ……ネアさん、ごめんなさい」


「いや、気にしなくていいから。それでは私は帝城へ向かいますので」


「パパのとこー?」


 ん? パパ……? そうか、帝城の目と鼻の先に孤児院があるから出会いもあるよね。ミレーヌさんって凄く綺麗だし……ということは、ミレーヌさんの旦那さんは帝城勤めの人なのかな? 騎士かな? それとも文官? 使用人ってことはないよね? 使用人は使用人同士でくっつくのが多いし。


「お試験頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」


 それから私は帝城へ向かって再び歩き出した。


 それにしても広い……無駄に空き地がある……


 そしてそのまま私が歩いているとようやく門に辿りついたので、門番の方に声をかける。


「あの、騎士試験を受けに来たネアと申します。会場が帝城と書いてあったのでここまで来ました」


「ああ、求人の応募者か。隊長ーこのまま通して良かったですか?」


 門番の人が声をかけると門の奥から人がやって来た。あの人が隊長さんになるのかな?


「とりあえずその門を通れるか門番のお前が試すんだ」


 ん? 通れるか試す? この門番の人と戦えってこと? え……既に試験が始まってるの!?


「ということで、君は門の中に入っていいぞ」


 え……試すんじゃないの? 仕事をしないと隊長さんに怒られるよ? まぁ、戦わなくて済むならそれに越したことはないけど。


 全く話についていけないが、私は入っていいと言われたので素直に門を通ることにした。


「問題ないな」


「あの……全く話についていけなくて意味がわからないのですが、どういうことですか?」


「ああ、君は合格したし1人で来ているから話しても問題ないか」


 そして門番さんが教えてくれたのは驚愕の事実だった。


 ここの敷地には結界が張ってあり帝城へ伸びる道の部分だけが結界外で、門を通る部分は結界内に含まれているらしい。そこへ悪意を持つ者が通ろうとすると、結界に阻まれて見えない壁にぶつかると言う。


 これが1次審査となっており通り抜けられれば合格と看做され、壁にぶつかれば門番さんたちに即捕縛されるのだとか。


「ちなみにこれは口外禁止だ。他にも試験に来る人がいるからな。仮に喋ってしまったらどうなるかはわかるよな?」


 暗に捕まることを示唆されてしまい私は同意するが、こんな結界を作り出す魔導具の方が気になって仕方がなかった。この広い敷地をどれだけの魔導具で賄っているのだろう。


「さ、話は終わりだ。あそこが受付になってるから早く行きな」


「ありがとうございます」


「ま、頑張れよ」


 門番さんと別れた私は受付らしき所へ足を進める。そこでは騎士鎧に身を包んだ女性騎士が待ち構えていた。


「ようこそ。簡単なプロフィールをこの紙にお書きください」


 そこで見たものは冒険者ギルドで登録する時のものと似たような内容だった。私はスラスラと書いては女性騎士へその紙を渡した。


「へぇーCランク冒険者なのですね。見た目からして何かされているだろうとは思いましたが……では、面接ののちに実技試験へ移りますので案内に従い向かわれてください」


 私は別の女性騎士の後を追い帝城の中へと足を踏み入れた。


「あの……」


「はい、何ですか?」


「今回の求人を見て思ったんですけど、筆記試験がないのは何故ですか?」


「賢くはないけど強い人というのが世の中には沢山いるからです。例えとして挙げるのは申し訳ないのですが、冒険者の方々はそういう方が多いですよね? 憧れてはいるけど学がないため騎士へなれずに諦めてしまった方たち。そういう方たちを拾い上げて騎士団を強固にしたいのです」


 そのような会話を続けていると面接会場へ到着したのか、中へ入るように促されたのでそのまま入室する。


 そこにはまた別の女性騎士が2人いて着席するように言われたので、用意されていたイスへと座った。


「初めまして、私は騎士団長のターニャと申しますわ」


「私は副騎士団長のミンディだ」


 まさか騎士団のツートップといきなりまみえるとは思いもしなかったけど、面接だから当然と言えば当然である。


「私は今回の試験に応募しましたネア・ミリオンと申します。今はCランク冒険者として活動しています」


「あら、Cランク冒険者なのですね。ニッキーが喜びそうですわ」


 ニッキーという人がなぜ喜ぶのかわからずに私が思案顔をしていたら、団長さんが言うにはこの後の実技試験の試験官らしくて、骨のある相手が出てきたことを喜ぶかもしれないという内容だった。


 戦闘狂なのだろうか……? ちょっと、いや、かなり勘弁して欲しい。


 それから私は志望の動機を尋ねられたので、アリシテア王国の騎士へなれず冒険者として活動していたことを話して、今回の求人を見つけた時に再度挑戦するために来たことを伝えていく。


 それ以外は冒険者活動でどのような魔物を倒したのか、パーティーを組んでいたのか等を尋ねられては答えていき、面接を無事に終わらせることができたのだった。

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