第356話 魔性の女、再び……

 危なげもなく順調に討伐を続けていたケビンたちは、ちょうどいい時間となったので一旦切り上げるとお昼ご飯を食べることにして、お昼の時間を邪魔されたくないと思ったケビンは、結界に気配隠蔽と認識阻害を付与したらのんびりと休憩することにしたのだった。


 先程まで戦っていた午前中の嫁たちの成果は4匹で、これだけでも異常と思える数値だが未だ鉱山にはドラゴンが飛び交っている。


 途中で数が減っていることに気づいて逃げた個体もいたようだが、ケビンはそのままスルーして撃ち落とすようなことはしなかった。


「さっき逃げたドラゴンがいたからボチボチ邪魔が入ると思う。あいつらも馬鹿じゃないし、数が減ってくればあそこにいるやつらがまとめてくるかもしれない。午後の部からはバトルフィールドに認識阻害をかけて、何事も起こってない状態にするから参加者は気にせず戦ってくれ」


 それからはのんびりとみんなで食事を取ったら、ケビンは子供たちが結界の外へ出ないように出入り禁止に作りかえると、子供たち用に遊び道具を作り出すのである。


 遊び道具を作り終えたケビンが子供たちへ渡すと、子供たちはそれを受け取ってみんなで楽しく遊び出す。


 やがて食休みを終えた嫁たちはボチボチ始めるつもりでいるのか、ストレッチやら装備品の確認などを行っていた。


 そのような中でニコルがプリシラへ歩みよる。


「なぁ、プリシラ。その武器と私の武器をちょっと交換しないか?」


「はっ、何を言うかと思えばそんなことですか。バカなのですか、貴女は?」


「バ、バカだとっ!」


「ケビン様直々に作られ下賜された武器を、貴女などに渡すわけがないでしょう」


「くっ……人が下手に出ていれば……」


「これはケビン様が作ってくださった武器です。貴女はドワン氏が作られた武器を使えばよいでしょう? ドワーフ作の一品物ですよ」


 ニコルに勝ったと思ったプリシラはドヤ顔でそう告げるのであった。


「あの……ニコル? 私のは短剣ですけど使いますか?」


 ニコルを不憫に思ったライラが、同じくケビンが作りだした武器を貸しだそうと近よってきた。


「ライラ、ニコルを甘やかしてはダメです」


「プリシラ……」


「くっ……ケビンさまぁぁぁぁ!」


 いたたまれなくなったニコルはとうとうケビンに泣きついて抱きつくと、ケビン作の武器をせがむのである。


「どうした?」


「私もケビン様が作った武器が欲しいです! プリシラだけズルいです」


「いや、プリシラだけじゃないんだけど」


「欲しいです!」


「はぁぁ……仕方がないな。通常時はちゃんとドワンさんが作ってくれた武器を使うんだぞ? そうじゃないと作ってくれたドワンさんに対して失礼だからな。約束できるか?」


「できます!」


 ケビンはニコルの返事を聞いたら、サクッとその場でニコル用に長剣を作り出して渡すのだった。


 そしてそれを手にしたニコルは満面の笑みを浮かべてケビンへお礼を言うと、走ってプリシラの元へ戻りドヤ顔でやり返すのである。


「ふふんっ、これはたった今ケビン様が作ってくれた剣だ。ポンと渡したプリシラの剣とは重みが違うのだよ、重みが」


 ニコルから告げられる内容を聞いたプリシラがこめかみをピクピクさせ、手の中指を折り込んでから親指で押さえこむと力をためてから一気に解放した。


 ――シュッ、ズゴンッ!


「ぎゃあぁぁぁぁっ!」


 もの凄いスピードで放たれた指が鳴らしてはいけないような音を鳴り響かせると、それを受けたニコルはおでこを押さえてその場で蹲るのだった。


「ふぅ……多少はスッキリしましたか。しかし、その程度を避けられないようでは騎士としては恥ですね」


「くっ……くぅぅ……バカ力め……」


「バカは貴女です」


「ったく、何をやっているんだ」


 ニコルの絶叫によって周りの者たちが注目する中、ケビンがその場へ歩みよると一部始終を見ていたライラが説明を行う。


「はぁぁ……本当に2人は仲良しだな」


「「違います!」」


「説得力ないぞ、それ。あとプリシラ、武器を貸してみろ」


 ケビンがプリシラから武器を受け取ると、更なる改造を加えてプリシラへ返した。


「短剣、長剣、斧、槍、弓、鈍器、杖の可変式に改造した。どの武器でも扱えるオールラウンダーのプリシラ用だ。これでもうニコルに嫉妬しなくて済むだろ?」


「はい。ケビン様の愛、しかと賜わりました」


「使い方は簡単だ。思考トレースを付与させたから、それぞれの武器を思い浮かべたらその形状になるが基本は剣状態だ。あと、刃や敵に当てる部分は自身の魔力を消費して作られるからな。魔力切れを起こしそうになったら槍形状の棒術で対応するんだ」


「ケビン様、鞘に収める時はどうすれば?」


「プリシラが『抜く』という意志を持てば鞘から抜ける。それ以外は鞘に引っ付いたままだ。試しに鞘へ収めてみろ」


 ケビンに言われたことを試そうとプリシラが鞘へ刃のない剣を近づけると、ピタッとはまって落ちることはなかった。


「そのままで『抜く』という意志を持たなければ、鞘で攻撃することもできるからな」


「ありがとうございます。一生の宝物です」


「ドワンさんが装備品を作り終えて受け取ったら、ニコルにも言ったが通常時はちゃんとその武器を使うんだぞ?」


「重々承知いたしております」


 プリシラとニコルのやり取りを終わらせたケビンは、渡していない他の嫁たちにも自作の武器を作っては与えていった。


「2人のおかげでいい物がもらえたわ」


「非常識武器」


「ケビン君様様だねぇ」


「ケビンの武器って凄いのね」


「宝物が増えました」


「ケビン様、ありがとうございます」


「至高の、至高の武器が今ここに! これはもう神器です!」


 そしてケビンはクズミの元へと向かう。


「クズミにはこれ」


 ケビンが手渡したのは何の変哲もない扇子だった。


「これは?」


「日常でも使えるようにしたから壊れそうに見えるけど壊れることはないよ。魔力伝導率に増幅率、式の喚び出しもしやすくなっているはずだ。扇の絵はクズミが今まで見たことのある風景を思い浮かべれば描かれるようになっているから、使っていて飽きないと思うよ」


「ケビン様……」


「平安時代の風景を懐かしく思うこともあるだろ?」


 ケビンの施した配慮にクズミは言い表せない気持ちで押しつぶされそうになり、ケビンをぎゅっと抱きしめるのである。


「愛しております。これから先もずっと……」


 それからケビンは1番の難関であるクララの元へと向かう。


「主殿よ、まさかとは思うが私にグローブをつけろと?」


「そのまさかだとしたら?」


「主殿の頼みでも断るぞ」


「だろうな。俺も着物にグローブはどうかと思ってな。こっちにしてみた」


 ケビンはクララの髪に花かんざしを取り付ける。


「先に付けられては見えぬではないか」


 そう言うクララにケビンは鏡を作り出して、花かんざしを取り付けたクララの髪を見せるのだった。


「ほぅ……髪に何かを付けるのは初めてだが、主殿のくれた物だと思うと感慨深いものがあるな」


「日常でも使えるだろ? 主な仕様は魔力伝導率や増幅率だ。これで好きなだけ相手を殴れるぞ? もちろん龍魔法も効率が上がる」


「そんなものなくてもいいのだがな。主殿からのプレゼントということで充分なのだ。ありがとうな、主殿」


 クララはお礼にと言わんばかりにケビンへ口づけをすると、はなにかんだ笑顔を浮かべるのだった。


 それからケビンは戦わない嫁たち全員にも平等に何かしらプレゼントしていき、クララのようにお礼のキスを受け取るのであった。


 やがて戦闘準備を終えた嫁たちがケビンへ合図を送り、午後の1戦目が始まる。


「グルアァァァァッ!」

「『仲間が消えていってたのはお前らが原因か!』」


「え……今頃気づいたの? バカなの?」


「バカが紛れ込んでおるようだの」


 午前中に4匹も倒されておいて今頃気づいたドラゴンへ辛辣な言葉をかける2人であったが、嫁たちは気にせず戦闘を開始する。


「来なさい、水狐、氷狐!」


 クズミのかけ声で狐の式が顕現すると、上空にいるドラゴンへ向かって無詠唱の如く攻撃を仕掛けていった。


「凄いですね、ケビン様の武器は。今までよりも威力が上がってます」


 午前中まで自身が使用していた扇子とは違って、ケビンの作り出した扇子の性能にクズミは驚きを隠せなかった。


 それは午後から新たな武器を使い出した他の嫁たちも同様で、破格の性能が施されているケビン印の武器に驚きながらも、しっかりとドラゴンへ向かって攻撃を仕掛けていた。


 そして、あっという間に1匹目を倒してしまう。


「呆気ないわね……」


「この武器が異常……過剰戦力」


「これって1人でも倒せるのじゃないかしら?」


「うーん……近接組なら何とかなるけど詠唱組は難しいんじゃない?」


「シーラさんは長々と詠唱をされませんし、いけるのではないのですか?」


「シーラなら何とかなるかもね」


「それじゃあ、できる人だけ1人でやってみる?」


「ケビン君の説得……」


「あぁぁ……許してくれるかな?」


「ケビンに頼んでみるわ!」


 こうしてケビンが与えた武器によりあっという間に決着がついてしまい、嫁たちの中では『1人で倒せるのでは?』という意見に辿りついてケビンへの説得を開始するのである。


 だがそこは腐ってもケビン。誰が何と言おうとも首を縦に振らず、中々1人で戦うということを許可してもらえないために皆が諦めかけていた頃、こっそりソフィーリアがアリスへ耳打ちをしてケビンの元へ向かわせるのだった。


「ケビン様……」


「何、アリス? たとえアリスの頼みでもダメなものはダメだよ」


 予想通りの反対意見にアリスはソフィーリアから教わったことを実行するために、ケビンへ近づいて服を掴むのだった。


「……にぃに、アリスね、にぃにへ成長したところを見てて欲しいの。にぃにがいっぱいアリスのために教えてくれたからアリスは頑張れたんだよ?」


「ぐっ……」


 上目遣いで瞳をうるうるさせながら告げてくるアリスの口撃に、ケビンの中で心の葛藤が始まるが、そんなのお構いなしにアリスの口撃は続いていく。


「にぃにはアリスのこと嫌い? ワガママ言うアリスは悪い子?」


「ア……アリスのことは好きだぞ……悪い子では……ない……」


 ケビンが崖っぷちで耐えている瀬戸際に、アリスは次の段階へ移ると掴んでいた服を離して、視線を前にして指先でケビンの胸へ“のの字”を書き始める。


「アリスね、にぃにのことが大好きだよ。アリスのことを想ってくれてるんだなっていっぱい感じ取れるから」


「こ……これは……」


「だからね、にぃにがダメって言うならアリスは我慢するよ。悪い子になりたくないもん。大好きなにぃにから嫌われたくないもん。だから聞かせて?」


 アリスは最終段階へ入ると“のの字”をやめて、そのままケビンへ抱きつくと上目遣いをする。


「にぃに……ダメ?」


 小首を傾げるアリス……


「んぐぐぐ……」


 ひたすら耐えるケビン。


「ねぇ、にぃに……アリスを見て?」


 再びうるうるした瞳での上目遣い……


「んぐぐ……」


 ぐらつきが強くなるケビン。


「にぃに、お・ね・が・い……」


 魅惑的な唇から紡がれる言葉……


「……くっ……わかっ……た……」


 結果、ケビンは項垂れてしまう。


「にぃに、大好き!」


 耐えに耐えまくっていたケビンはアリスの魔性に呑み込まれて、あえなく陥落してしまうのであった。


「アリス、恐るべしね」


「魔性の女」


「今度からケビン君へのお願いはアリスの担当にしようか?」


「ケビンもアリスには勝てないのね」


「旦那様……よく頑張りました」


「ケビン様の意外な弱点ですか……かの英雄もアリス様には敵わないのですね」


 一方でアリスへ指示出しをしていたソフィーリアの所では、それを見ていたクララがソフィーリアへ声をかけるのだった。


「ソフィ殿は中々エグいことをするのぅ」


「ケビンがお嫁さんたちを大事にするのはいいことだけど、あまり過保護過ぎるのはいけないわ。彼女たちの成長を止めてしまうもの」


「まぁ、主殿のことだから万全のサポートはするだろうがな」


「その点は譲歩してあげないといけないわね」


 真相を知る2人はケビンへ抱きつくアリスを見ながら、そう語り合うのであった。

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