第357話 それぞれの戦い

 ケビンが1人で戦うことを許可したあと、トップバッターを飾ったのはクリスである。


「ケビンくーん、準備できたよー」


 クリスからの合図を受けてケビンはドラゴンへ挑発をする。相も変わらずドラゴンが釣れて飛来してくると、クリスは気を引き締めてドラゴンと対峙した。


「グルアァァァァッ!」

「『死ね、虫けら!』」


 今までのドラゴンとは違い到着早々ブレスを放ってクリスを焼き殺そうとするが、クリスは自身に予めバフをかけておいたようで素早く退避する。


「自由なる風よ 刃となりて 我が敵を断ち切れ《ウインドカッター》」


 クリスの放った魔法が上空へ飛び立つがドラゴンはそれを容易に避けてしまうと、お返しと言わんばかりにブレスを放つ。


 クリスが魔法を放ちドラゴンがブレスを吐く。どちらもダメージを負うことなく膠着状態へ突入すると、埒が明かないと思ったドラゴンが次の一手を打った。


 ドラゴンの周りに無数の火球が形成されると、それをクリスへ向かって解き放つ。


「ほぅ……あ奴は魔法が使えるのか」


「少しはまともな奴が来たということか」


 ケビンとクララの視線の先では、上空から迫り来る火球を類まれなる槍さばきで撃ち落としたり回避したりするクリスの姿が映っていた。


「万物を隠す闇黒よ 光を呑みこめ《ダークネス》」


「グルアァァァァッ!」

「『えぇい、小賢しい!』」


 クリスの放った魔法がドラゴンの頭部を覆い尽くすと、視界を奪われたドラゴンは手当たり次第にブレスと火球を放っていく。


 ドラゴンからの猛攻を隙間を縫うように避けていくクリスは、次の詠唱へと移っていた。


「自由なる風よ 吹きすさべ《ウインド》」


 すると、嫁たちが見慣れたケビンの移動手段のうちの1つが目の前で起きてしまう。


「ひゃっほおおぉぉぅ……!」


 言葉の残響を残しながら、クリスがもの凄い勢いで上空へ打ち出されて飛んで行ったのだ。


「あれってケビン君の……」


「飛行術」


「クリスって使えたの!?」


「楽しそうです!」


 一方でケビンの所では。


「へぇーやるねぇ」


「嫁たちが主殿の魔法と言っておるが?」


「別に俺の魔法じゃないよ。見ての通り誰でも使える」


「私は人が空を飛ぶ姿など初めて見たぞ」


「まぁ、普通の人にそこまでの発想がないってことと、制御が難しいんだよ。あと使い続けないといけないから飛んでいる間は魔力消費が初級とはいえ、じわじわ積み重なってかなりの量になる」


 そのような中でクリスは魔法の効果が切れる前に再度詠唱を行い、途切れさせることなく使い続けていた。


「うーん……やっぱり制御が難しい……」


 ケビンのような滑らかな飛び方ではなく、クリスの場合はカクッカクッといった感じで飛んでいる。


 とりあえずは当初の目的を果たそうと思い、クリスがドラゴンの背へ降りた。


「どうも~」


「グ、グルァッ!? グルァァッ!」

「『な、何で虫けらの声がそこから聞こえる!? 背に……我の背を足蹴にしているのか!? えぇいっ、暗くて何も見えん!』」


 ドラゴンの混乱を他所にクリスは槍を構えると、詠唱を行いながらドラゴンの翼を根元から断ち切った。


「ほいっ、ほいっ」


「グギャァァァァッ!」

「『いたーい』」


「おい、クララ……何か適当じゃないか?」


「いやの、あれは通訳せずとも誰でもわかろう?」


「まぁ、確かに」


 上空ではクリスから翼を断ち切られて飛行ができなくなったドラゴンが墜落を始めるが、ドラゴンの背に乗っていたクリスは飛行するとそのままゆっくり降りてきた。


 そしてドラゴンの巨体が何の抵抗もなく落ちると、その質量ゆえかもの凄い音と振動が観客席にまで届いてきて、その凄さを物語っていた。


 そのような中で空から下降中だったクリスが狙いを定め始めてドラゴンの首目掛けて槍を投擲したら、クリスの手から放たれた槍は寸分の狂いもなくドラゴンの首へと呑み込まれていく。


 やがてクリスが地上へと降り立ちドラゴンへ歩みよって槍を回収すると、ケビンへ向けて満面の笑みとVサインを見せるのである。


 それから戻ってきたクリスへ戦闘組たちが駆け寄るとクリスの戦いぶりを称賛していたが、話題はやっぱり飛行術へ移行するのだった。


「いつの間に空を飛べるようになったの?」


「結構前からだよ。少しずつ練習していたから。まだまだケビン君の領域まではほど遠いけどね」


「それでもケビンみたいに飛べているから凄いじゃない」


「羨ましい」


「私も飛んでみたいです!」


「うーん……みんなの中だとシーラが1番上手くできると思うよ」


「そうなの?」


「魔力操作のレベルが高いし詠唱省略を極めてるからね。やっぱり飛行中の詠唱が結構ネックなんだよ。失敗すると落ちちゃうから神経使うよ」


「シーラさん、詠唱省略を教えてください!」


「教えてって言われても、子供の頃にケビンから言われた通りにしていただけだし」


「そういえばお義兄さんたちも使えたわね」


「うちは剣術がお母様で魔術はケビンが先生だったの。ケビンが先生になるまでは学院の教え通りにしていたんだけどね」


「コツは何ですか?」


「ケビンが言うには魔法はイメージが重要だって」


 シーラはそう告げるとアリスへ教えるために、簡単なファイアボールを唱えて見せた。


「詠唱が終わって出てくるファイアボールってこれじゃない?」


「はい!」


「これがウォーターボールで出てくるのって見たことがある?」


「ないです!」


「つまり当たり前の話だけど、ファイアボールの詠唱はファイアボールが出てくる。そして普通なら頭の中は詠唱の小節を紡ぐために続く言葉を考えているけど、結果的にファイアボールが出てくるって思っていたら長い詠唱は必要なくなるんだってケビンが言ってたわ」


「凄いです!」


「でもいきなりポンとは思い浮かべられないから魔法名をキーワードにすると、イメージがつきやすくなるって言ってたの」


「頑張って練習します!」


「あ、ちなみにだけどケビンはファイアボールって言いながらウォーターボールを出せるわ」


「えっ!?」


「つまりね、イメージさえしっかりしていれば魔法名すらいらなくなるんだって。これは無詠唱を覚えないと実現できないから私には無理だけどね」


「ケビン様は凄いです!」


 シーラの詠唱省略講座が行われている中、詠唱省略を既に覚えているメイド隊が手持ち無沙汰であったため次々とドラゴンの相手をしていた。


 プリシラから始まったドラゴン狩りは当然難なくプリシラが勝ってしまい、2番手のニコルもドラゴン相手に「強いのであれば空から降りて正々堂々戦ってみせろ!」と挑発を行って自分の土俵に立たせては勝ち星を上げた。


 ニコルの挑発が成功したため、続くライラも同じように地上戦へ持ち込ませると、暗殺術を活かしてサクッと殺してしまう。


 そして次はルルで最後だろうと思っていたケビンの予測を裏切り、後衛職のララが戦場に立ってドラゴンと対峙した。


 そのララの戦い方はドラゴンにとって可哀想なものとなる。撲殺天使となったララがドラゴンをボコボコに武器で殴っていたのだ。


 ドラゴンが飛び立とうとしても翼の根元を殴って痛みを与えて飛べなくし、ブレスを吐こうとしても頭を殴られて口が閉ざされてしまい、傍から見れば弱い者イジメとしかとれない光景が続いていた。


 やがてドラゴンが力尽きるとララの体は返り血で凄いことになっており、ケビンが子供の教育上よろしくないと判断してすぐさま魔法で綺麗にした。


 まだ遠くにいたので子供たちには悪影響を与えていなかったが、振り返った血塗れのララが微笑みを浮かべた光景は、ケビンの心へ何とも言えぬ恐怖を植え付けるには充分であった。


 それに比べて最後のルルは淡々と攻撃を繰り返しては、危なげなくドラゴンを倒すことに成功する。


 双子なのに何故こうも違うのか甚だ疑問に思うケビンだったが、あとから聞いた話ではその時のルルは淡々としていたわけではなく、ララのことを見て恐怖を感じ取ったケビンをルルが察知して、悶々とケビンのことを考えながらドラゴン狩りをしており、ドラゴンのことなど端から頭になかったようである。


 メイド隊が討伐を終えると続いて出てきてのは通訳のクララであった。他の嫁たちが省略詠唱にハマりこんで練習を始めてしまったため、つなぎ役として出てきたのだとクララは語るのだが、ドラゴンが飛来した瞬間グーパン1発で終わらせてしまい、ケビンは「何のためのつなぎ役だ?」と問いただすも嫌な奴を思い出して終わらせてしまったとのことだった。


 そのようなクララの戦い方に、今まで数々の戦闘を見学していた観客たちは唖然としていた。


 アルフレッドたちに至っては、「本当にグーパン1発だった……」と遠い目をして空を見ながら現実逃避をしてしまう始末だ。


 クララのとんでもない戦闘とも呼べない戦闘が終わると、続いてクズミが戦場に立ってドラゴンの相手をする。


 クズミは先程の観客たちの唖然とした表情を見ていたため、クララの二の舞にならないように適度な時間をかけてドラゴンを倒すのだった。


 つなぎ役がいなくなったことで詠唱省略の練習をしている嫁たちにケビンが声をかけようとしたら、アビゲイルがやって来てドラゴンと1人で戦ってみたいと言い出した。


「危ないだろ」


「できるところまででよいのでお願いします」


 さすがにブランクのあるアビゲイルを1人で戦わせたくないケビンであったのだが、ソフィーリアが加護を与えているので問題ないと伝えてきて、アビゲイルを1人で戦わせるように言うのだった。


「いざって時はあなたが瞬殺すればいいでしょう? それに午前中の戦いでアビーも感覚を取り戻せているし、レベルアップもしているわ」


「わかった。アビー、武器を貸してくれ」


 ケビンはアビゲイルから武器を受け取ると、改造を加えて新たな武器として作りかえるのである。


「プリシラ同様の可変式にしてある。基本は長剣状態であとは弓に変形するから遠近両用だ。付与は速度強化を新たに付け足した。いざって時は俺が守るから落ち着いて戦うんだぞ?」


「ありがとうございます。大事に使わせていただきますね」


 ケビンがハラハラしながらアビゲイルを見送ると、定位置についたアビゲイルがケビンへ合図を送る。


 そして始まったアビゲイル対ドラゴンの戦闘はニコルを踏襲した作戦でアビゲイルらしい口調で相手を煽り、地上戦へともつれ込んだら1つ1つ丁寧に対処していくアビゲイルによって安定した戦いとなる。


 そのアビゲイルはドラゴンの背後を取れるように動いており、ブレスの効果範囲である危険度の高い前面へは決して入らないように、常に足を動かして高威力よりも確実にダメージを与えていく方法を取っており、回避をメインに合間合間で攻撃を仕掛けていた。


 対するドラゴンはちょこまかと動き回るアビゲイルについていけず、彼方此方にブレスで焼き払った痕が広がりを見せているだけであり、アビゲイルに対して攻めあぐねている。


 やがて今まで戦ったどの嫁たちよりも多くの時間をかけたが、アビゲイルは無事に五体満足でドラゴンを討伐することに成功する。


「おめでとう、アビー。疲れただろ? あとはゆっくり休むといいよ」


「ありがとうございます。私が勝利できたのは旦那様の武器があったからこそです」


 アビゲイルが汗を拭いながら飲み物を口にして休んでいる中、ティナ、アリス、シーラの順でドラゴン戦に挑むとケビンへ伝えてきて、ニーナは詠唱省略なしでは絶対に勝てないと伝えたら、アビゲイルの元へ行って先程の戦闘を労うのである。


 そしてティナとドラゴンの戦闘が始まると、アビゲイルと同じ動きになるがブランクがない分とレベルが高いことによって、アビゲイルよりも早く戦闘を終わらせてケビンの元へ戻ってくるのだった。


 続くアリスは経験者たちからのアドバイスを忠実に守り、無闇につっこむような真似はせずに、アビゲイル同様確実にダメージを与えていく戦法で時間はかかったがドラゴンを倒すことに成功する。


 戦闘が終わればすぐさまケビンへ抱きついて喜びを顕にすると、そのあとは双子のパンブーの所へ行って、1人でドラゴン討伐を成し遂げたことを報告するのだった。


「リンちゃん、シャンちゃん、ママ勝ちましたよ! ドラゴンを倒しちゃいました!」


「「クゥ」」


 アリスと双子のパンブーが和やかな雰囲気を周囲に撒き散らしていると、それを見る周りの者たちはその光景にほっこりする。


 そのような中、とうとう最後の挑戦者となるドラゴン単独討伐戦のトリを飾ったのは、1番美味しいところをもらったシーラである。


 ケビンに対していいところを見せようと意気込みは充分であり、意気揚々と戦地へ立つとケビンへ合図を送る。


 そして言わずもがなシーラの煽り方は半端がなかった。怒り狂ったドラゴンが空中から猛攻撃を仕掛けるも、シーラがそれを対処してみせると更に煽りを入れてドラゴンを扱き下ろすのだった。


 完全に怒りで我を忘れたドラゴンの攻撃は精密さに欠けて雑となり、益々シーラが対処しやすくなってしまうだけで、完全にシーラの手のひらで踊らされていた。


 やがて地上へ落とされたドラゴンはシーラの十八番をその身に受けてしまい、なすすべなく倒されてしまうのだった。


 こうしてシーラが詠唱省略さえあれば後衛職でもドラゴンを倒せることを証明してしまい、詠唱省略を覚えていない嫁たちはその有用性に感化されて、やめていた練習をまた再開させてしまうのであった。

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