第317話 サラのステータスと心を蝕む悩み

 ひとしきりパメラに胸を遊ばれたサーシャは、パメラへ断りを入れたらそそくさと服を整えていくのだった。


「私と一緒に寝るならその時にまた触らせてあげるわよ」


「……ねる……」


「それじゃあ、今夜は一緒に寝ましょうね」


 一緒に寝れば触れると聞いたパメラは、悩むことなく即決したのだった。


「ああ……パメラちゃんが巣立ってしまいました」


「アビーに懐いていたものね」


 パメラがサーシャと仲良くしている姿を見たアビゲイルは喜び半分、巣立つ悲しさ半分といったところである。そんなアビゲイルをクリスがそっと慰めた。


 それから程なくして夕食を済ませたケビンたちはお風呂へ入ると、そのあとは散り散りになって部屋へと戻っていった。


 ケビンの寝室では部屋の主とは別でサラも一緒に寝ることになってしまい、2人してベッドで横になっている。


 こうなるに至った経緯はソフィーリアの言葉がきっかけとなっており、嫁たちもソフィーリアが言うのであればと、親子水入らずの邪魔をしようとは誰も思わなかったようだ。


「ケビンと2人きりなんて贅沢ね」


「ソフィも気を使って自室で寝てるからね」


「ねぇ、ケビン」


「何?」


「ソフィさんに聞いたんだけど、ケビンは人のステータスが見れちゃうのでしょう?」


「そうだね」


「お母さんがステータスを隠していたのは気づいていたの?」


「ん? 隠してたの?」


「子供の頃、ケビンにステータスの見方を教えたでしょう?」


「ああ、そういうこともあったね。懐かしいな」


「ケビンもできるのだから気づいていると思ったのよ」


 サラから言われたように、ケビンはステータスを全て表示させるのが面倒くさくて見たい部分だけ表示させたりしていたので、今更ながらに『隠そうと思えば隠せたな』と気づくのであった。


「で? それがどうかしたの?」


「あの頃はケビンに怖いお母さんだと思われたくなくて、嫌われたくなかったから隠していたの」


「別にそのくらいで嫌わないけど」


「それで人のステータスを見れるのなら、あの時に隠していたのも見られていたのかなって思って……」


「いや、【鑑定】スキルを取ったのはその後のことだから、あの時はまだ持っていなかったよ。だから母さんのステータスは見てない」


「そう……それじゃあ、今から見ていいわよ」


「何で?」


「お母さんね、今回のことでちゃんとケビンと向き合えていなかったって思い知ったの。口では愛してるって言ってたけど、全てを教えたわけでもないから当然よね」


「いや、親しいからって何から何まで包み隠さず教え合うってことはないと思うけど。秘密があって当然だろ」


「お母さんはそれじゃあダメなの。健のお母さんも悩んでいたことを抱え込まずにちゃんと話していたら別の道があったと思うのよ。あの時はそれをせずに最悪の道になってしまったわ」


 サラの言葉を聞いたケビンは、母の悩みを打ち明けられていたら自分に何ができただろうかと考え込んでしまう。


 力のない子供ができることなんてたかが知れている。


 肩たたき? 食事の手伝い? 部屋やお風呂の掃除? ごみ捨て?


 子供ができる範囲で考えてはみるものの、正しいと思える答えには辿りつかない。それを知ってか知らずかサラは話を続ける。


「お母さんはね、笑顔が欲しいの。ケビンの笑顔よ。ケビンが笑っている顔を見れたら幸せになれるの。今日も一日頑張ろうって気持ちになれるのよ」


「それだけで?」


「それだけって言うけど、ケビンだって気づいていないだけでお母さんと同じなのよ?」


「俺が?」


「そうよ。子供たちに遊戯場を与えたのは何故? お風呂に遊べるスペースを作っているのは何故?」


「それは……」


「子供たちの笑顔が見たいのでしょう? 笑顔が見れた時は作った甲斐があったと感じたでしょう?」


「確かに……」


「話が横道にそれちゃったけど、そういう理由でお母さんはケビンに隠しごとをしたくないって思ったのよ。だからね、お母さんのステータスを見てちょうだい」


「わかった」


 ケビンはそう返事をすると、【完全鑑定】を使ってサラのステータスを見るのであった。




サラ・カロトバウン

女性 35歳 種族:人間

身長:168cm

スリーサイズ:92(G)-58-88

職業:Xランク冒険者(引退中)

   カロトバウン男爵家夫人、主婦

   ケビン様を慕う会名誉会長

子供:アイン、カイン、シーラ

   ケビン、健

状態:不妊症、欲求不満(強)

備考:やっと産むことができた初めての子供であるケビンを溺愛しているが、逞しく成長するケビンをいつしか男としても見るように。ギースが手を出してくれないのは子供を宿すことができない自分のせいだと思っている。ケビンの前世である健へ母親の愛情を注いで、もう1人の息子として受け入れた。


Lv.85

HP:1100

MP:550

筋力:950

耐久:925

魔力:445

精神:425

敏捷:950


スキル

【身体強化 Lv.10】【剣術 Lv.4】

【細剣術 Lv.EX】【盾術 Lv.4】

【気配探知 Lv.10】【気配隠蔽 Lv.10】

【魔力探知 Lv.9】【魔力操作 Lv.9】

【礼儀作法 Lv.7】【家事 Lv.7】

【子育て Lv.8】【指導 Lv.8】

【マーキングケビン】

【猫かぶり Lv.EX】【話術 Lv.4】


加護

剣術神の加護

猫神の加護

女神の加護


称号

自由奔放

スピード狂

魔物の天敵

ドラゴンキラー

ドラゴンの天敵

瞬光のサラ

伝説の冒険者

かかあ天下

無類の愛情(極)

ケビン主義者

イタズラ好き

必殺処刑人

戦場の悪夢

健を救いし者




ケビン様を慕う会名誉会長

 ケビンを慕う者たちが集まって発足した非公式のもの。プリシラが立ち上げの許可を取りに来た際に面白がって入会。立場的なものから名誉会長へとされてしまう。運営方針には口を挟まず、定期的にケビンの情報をプリシラから受け取れているので満足している。


【マーキングケビン】

 愛しい我が子であるケビンの一挙手一投足が気になって、片時も離れず一緒に居続けたらいつの間にか身につけていたスキル。どこに居ようとも探知範囲内であれば自動的に捕捉可能。愛の力で気配・魔力の隠蔽や偽装を看破する。


自由奔放

 周りを気にせず自分の思うがままに振る舞う者。


スピード狂

 速さを追い求めて突き詰めた者。敏捷値に補正(大)がかかる。


ドラゴンキラー

 ドラゴンを倒した証。


ドラゴンの天敵

 暇つぶしがてらドラゴンを倒していたら、そのうちドラゴンに逃げられてしまうようになり相手にされなくなった者。竜種に対して特効効果がつく。


瞬光のサラ

 誰の目にも止まらぬ速さで瞬く間に敵を倒して、武器の反射光しか見えないことでついた二つ名。


伝説の冒険者

 数々の偉業を成し遂げて引退したあとについた二つ名。


かかあ天下

 サラの権威・権力・威厳がギースを上回っていて、ギースはサラに頭が上がらない。


無類の愛情(極)

 他と比べることのできない愛情を子供たちへ注いでいる者。(極)ケビンへ対しては特にその傾向が強くなり、想いと力が増大する。


ケビン主義者

 ケビンのことを優先させてしまう者。場合によっては夫のギースよりも優先順位が上となる。


イタズラ好き

 人を揶揄いイタズラを仕掛けるのが好きな者。本人に悪気はない。


必殺処刑人

 戦争において家族を傷つけられた復讐を果たすために、敵兵を次々と処刑していった者。対人戦においてステータス補正がかかる。


戦場の悪夢

 戦争において敵兵から恐怖の対象として畏怖された者。敵対者を恐怖に陥れる効果がある。効果は対象者の耐性による。


健を救いし者

 ケビンの前世である健の幼少期の心を救った者。前世の健を我が子として受け入れて愛情を注いだ母親の鑑。




「あぁぁ……なんと言うか……」


 予想通りにケビン特化型のものがあったが、ケビンは見たまんまのことをサラへと伝えていく。


「あらあら、まあまあ。欲求不満だってこともわかっちゃうのね。お母さん、恥ずかしいわ」


「んー……それについては父さんに何故手を出さないのか確認しないとね。俺からしたらありえないくらいだし」


「あら、ありえないの?」


「母さんの体は一般的に見ても充分魅力的なんだよ。だから問題があるとすれば父さんの方なんだ」


「良かったわ。もしかしたら冒険者をやめて肉付きが良くなったから、お父さんに女として見てもらえていないのかもと心配していたの」


「えっ!? その状態で肉付きが良くなったの? 全然太ってるようには見えないんだけど……」


 ケビンがサラの体を見て驚いてしまうと、サラは満足気にニコニコとするのであった。


「ふふっ、ケビンにそう言ってもらえてお母さんは嬉しいわ」


「女性って太ってない人ほど体型を気にして痩せたがるよね? 何でなんだろ?」


「そうねぇ……1度理想の状態を体験しているからじゃないかしら? その時の体型が忘れられずに戻そうとしてしまうのよ」


「女の人って大変だねぇ」


「だって好きな人にいつまでも綺麗なままの自分で見られたいじゃない? 飽きられずにずっと好きでいて欲しいのよ」


「あぁぁ……ソフィもそんな感じのことを言ってたな」


「そういえば、ソフィさんの体型はケビンの望む理想なんでしょう?」


「そうみたい。俺の好みに合わせたって言ってたから。自分では理想の体型なんて想像したこともないから正解かどうかわからないけど、見ていて飽きないのは確かだね」


「お母さんもソフィさんみたいな体型を目指そうかしら」


「母さんはそのままでも充分魅力的だから、無理してソフィみたいになる必要はないよ」


「ふふっ、みんなの言う通りね」


「ん? 何――」


 ケビンが問い返そうとした矢先にサラがその口を塞いだ。そして充分に堪能したあとで唇を離す。


「母さん……遠慮がなくなってきてない? というか何で?」


「結婚式の時にみんなに聞いたのよ。ケビンのいいところを」


「それで?」


「みんな色々と答えてくれたけどその中でも多かったのは、ケビンに褒められると胸がドキドキして好きっていう気持ちが抑えきれなくなるって言うのよ。その時は新婚さんの惚気話と受け取っていたけど、今ならその気持ちもわかるわ」


「つまりドキドキしたと?」


「そうよ、ほら」


 サラがケビンの手を掴むと自らの胸へ誘導する。


「ドキドキしているでしょう?」


「確かに……」


「ねぇ、ケビン……抱いて……」


「え……でも……」


 言い淀むケビンに対してサラは起き上がると、自らネグリジェを脱ぎ捨てて半裸となる。


「私じゃダメなの? 私の体ってそんなに魅力がないの? 子供を産めないから? もう女ですらないの?」


「母さん……」


 次第にサラの瞳には雫が溜まっていき、ポロリと頬を伝って流れていく。


「私だって好きでこんな体になったんじゃない! 何で? どうして!?」


 サラの心の叫びが声となって出てしまい、ケビンは慌てて遮音の結界を張り巡らせた。


「私が何したって言うのよ……難しいとわかっていても、子供を望むことがそんなに悪いことなの?」


 ぽろぽろと涙を流しながらサラがケビンへ訴えかける。


「ごめん、母さん」


 ケビンの謝罪にサラは肩をビクッと震わせると、虚ろな表情で言葉を紡ぎだした。


「夫に拒絶され、息子に逃げても拒絶され……ダメね……もう女どころか母親としても失格だわ。ごめんね、ケビン……お母さん、明日の朝には帰るわ……」


 力なくネグリジェを引き寄せるサラを見たケビンは、起き上がるとそのままサラを押し倒す。


「違う! そうじゃない、そうじゃないんだ!」


「ケビン、夜に大声を出してはダメよ?」


 声に覇気のなくなったサラへケビンは言葉を続けた。


「俺が謝ったのは自分は命を救ってもらっておきながら母さんが思い悩んでいたのに、母さんならいつもの調子で元気になるだろうって、父さんだって俺から言えばちゃんと手を出すだろうって安易に考えて、まともに解決しようとしていなかったからだ!」


「気を使わなくてもいいのよ、ケビン。子供を結局1人しか産めない女なんて貴族の妻としては失格だもの。それに、あなたは優しいからお母さんを励まそうとしているのでしょう?」


 言葉では理解してもらえないところまでサラを追い詰めてしまったと思ったケビンは、行動で示すかのようにサラの唇を奪った。


「んちゅ……ケビ、ぬちゅ、くちゅ……」


 そして唇を離したケビンを不思議そうに見つめるサラが、ケビンへ静かに伝える。


「どうしたの? ケビン……欲情したのならお嫁さんのところへ行ってあげなさい。お母さんは1人でも寝れるわ」


「俺は母さんを母親として見たことはあまりない」


 ケビンからいきなり告げられた内容に、サラは母親として見られていなかったことが突き刺さり、涙をぽろぽろと流してしまう。


「勘違いしているようだから言っておくけど、母親失格の意味で言ったんじゃないからね?」


「……ッ……どういう……こと?」


「子供の頃、交易都市から帰っている最中の夜、お風呂へ一緒に入った際に伝えたよね? 母さんが綺麗すぎるから母親として見るのに苦労するって」


 当時のことを思い出したサラは、ケビンから確かにそう言われたことに気づいてケビンを見つめ返していた。


「俺が前世の記憶保持者なのは知ってるだろ? あれは記憶があるってだけじゃなくて、生まれてから気づいた時には既に前世の人格が定着していたってことだよ」


「何か関係あるの?」


「つまり前世の延長線で生まれてきたってこと。生まれた時の見た目は赤子でも中身は大人だったんだよ。当時、産みの母親の記憶はなかったけど、育ての母親の記憶はあった。そして、母さんから生まれたとしても大人としての自我があったからピンとこなかった」


「お母さんは最初から母親として見てもらえていなかったの?」


「目が見えるようになってから、俺の中ではまず綺麗な女性が第1印象なんだよ。そのあとに母親として認識した」


「つまり?」


「俺にとって母さんは母親である前に1人の女性って認識の方が強い。前にも言ったけど、父さんの妻じゃなければ結婚を申し込むくらいには」


「ッ……本当……なの……?」


「ああ、だから母さんを抱かなかったのは父さんの妻だって認識があったのと、前世で近親者との性交は禁忌だと思っていたからだ。でも、大事な母さんを泣かせるくらいなら前世の価値観なんていらないし、父さんなんて関係ない。もう気持ちは吹っ切れた。俺の中では父さんよりも母さんが大事だから、相手が父さんじゃなければ妻を不幸にしている夫から奪ってるくらいだ」


「……信じて……いいの……?」


「いいよ。母さんに女として必要としている者がここにいるんだって、忘れられないくらい刻み込んであげる。もう悩まなくていいように」


 ケビンの言葉によってサラは嬉しさのあまり涙を流し続けた。


 かつてサラは、来る日も来る日も夫を誘惑しては抱いてもらおうと頑張っていたが、次第に諦め始めてもう自分は女として見てもらえないのだと少しずつ心を蝕んでいた。


 それでも元気でいられたのはひとえにケビンの存在があったからだ。元々できにくい体質な上に流産した経験から子供を作るのが難しいと言われ、それでも頑張って産むことができた、たった1人の愛しい我が子。


「ケビン……」


 静かになった室内において、涙を流すサラにケビンが口づけをするのであった。

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