第315話 シーラとサラの攻防
サラが落ち着いてきた頃に昼食を済ませたケビンたちは、その日のうちに下界へ帰ることにした。
その時にサラの要望でもあった野菜をケビンが収穫して、うさぎはソフィーリアが力を行使して下界のどこであろうとも適応できるようにすると、増えすぎないようにするために改良を施してから、オスとメスの2匹をサラへプレゼントするのだった。
「食事は何でも食べれるようにしてありますが、野菜をそのままあげてください。その方がこの子たちも喜びますので」
「ソフィさん、ありがとう」
「じゃあ、準備も終わったしそろそろ帰ろうか?」
「あなた、実家に行くの?」
「いや、俺の家。このまま母さんを帰すのもどうかと思ってね、とりあえずもう少し羽を伸ばしてもらおうと考えた結果だ」
「ケビン、ありがとう。大好きよ」
準備が整った時点でウロウロしていたうさぎたちを呼び寄せると、ケビンは2人と2匹を連れて帝城へと転移した。
そして憩いの広場に現れたケビンたちを見て、真っ先に反応を示したのはシーラであった。
「お、お母様っ!」
「あら、シーラ。元気そうね」
サラとシーラのやり取りで誰かもわからず見ていた奴隷たちは、初めて見る相手がケビンやシーラの母親であることを知る。
それもそのはず、結婚式や披露宴に奴隷たちは参加しておらず城内でひっそりと待機していたからだ。
ケビンは当時参加しても構わないと伝えたのだが、参列者がそうそうたるメンバーであり、男たちが参加するとあってか奴隷たちには荷が重すぎたのだ。
そして噂の母親を見れた奴隷たちは、サラの優しそうな雰囲気にホッと胸を撫で下ろす。
そのような中で、ケビンの足元をうろちょろしている小動物に目が奪われたのか、遊んでいた子供たちがわらわらと集まりだした。
「ケビンお兄ちゃん、これ何?」
近寄ってきたナターシャがケビンへ尋ねると、ケビンは苦笑いしながらしゃがみこんでナターシャの質問に答えるのだった。
「ナターシャ、この子たちはね、うさぎっていう動物だよ。ちゃんと生きているし頭もいいんだ。だからね、物みたいに指をさしながら“これ”って言っちゃダメだよ」
「ごめんなさい……」
「次から気をつければいいよ」
そう言ってナターシャの頭をケビンが撫でていると、ナターシャの失敗を活かしたアズがすかさず尋ねる。
「パパ、この子たちに触ってもいい?」
「ああ、いいよ。向こうで一緒に遊んでおいで。呼んだらついてくるから」
「ほんと!?」
アズが少し離れたところへ行ってから呼びかけると、首を傾げたうさぎがぴょこぴょこと近づいていく。
「来た! 本当に来たよ、パパ!」
「あなたもこっちに来て」
ナターシャが負けじともう1匹に声をかけると、同じようにぴょこぴょこと近づいていった。
「カワイイ!」
「ねぇ、パパ。この子たちの名前は?」
「ん? 名前?」
まさかうさぎの名前を聞かれるとは思わず、今までうさぎとしか呼んでいなかったケビンは言葉に詰まってしまうが、飼い主となるサラがそれに答えた。
「黒いのがケビンで、白いのがサラよ」
「ぶーっ!」
予想だにしないとんでもないネーミングにケビンは吹き出してしまい、驚きの視線をサラへと向けるのだった。
「母さん、何でその名前なの!?」
「カワイイでしょう?」
「答えになってない!」
ケビンがサラへ問い詰めている中、ケビンの苦悩など知らない子供たちは早速教えてもらった名前で呼びかけるのだった。
「ケビン、こっちで遊ぼう」
「サラも一緒に行こう」
名前で呼ばれたうさぎたちは理解しているのか、ぴょこぴょこと子供たちのあとについて行ってしまう。
「あぁ……ついて行ってる……ソフィ、何で……」
両手をついて項垂れているケビンがソフィーリアへ尋ねると、予想していたことを淡々と告げられるのであった。
「元はあなたを癒すために生み出した存在なのよ? ある程度は人の言葉を理解するようにしてあるわ」
「そんな……」
「あなただって本当は予想くらいしていたんでしょう?」
ケビンはよろよろと立ち上がると、そのままフラフラと玉座へ行っては力なく座るのだった。
そのようなケビンの姿を見たサラは歩いていくと、玉座の空いたスペースへ座ってケビンを抱きしめる。
「ケビンが嫌なら名前を変えるわ。お母さんにとってあの子たちよりもケビンの方が大事だから」
「何であの名前にしたの? だいたい予想はつくけど……」
「ケビンがいない時の寂しさを紛らわすためよ」
「やっぱり……」
「あの子たちにはケビンが名前をつけてあげて」
「いや、そのままでいいよ。そのかわり黒うさだけじゃなくて白うさもちゃんと可愛がってよ? あのうさぎは2匹でペアなんだから」
「ありがと。大好きよ、ケビン」
ケビンから名前はそのままでいいと言われたサラは、疲れて落ち込んでいるケビンへ口づけをした。
「ちょ、ちょっとお母様! ケビンに何するのよ!」
「何ってキスよ?」
「何で口にするのよ、今までほっぺかおでこだったでしょ! ケビンもケビンで、何で普通に受け入れているのよ!」
「あぁぁ……」
既にキスよりも凄いことをしてしまっていたため、狼狽えるほどのことでもなかったとは言えずにケビンはどうしようかと思い悩んでしまう。
「それは勘違いよ、シーラ。小さい頃は口にもキスをしていたんだから。あなたにだってしてあげたことがあるでしょう? 覚えてないの?」
「んなっ!?」
熱くなるシーラと冷静に返しているサラのやり取りの中でケビンはのほほんとしているが、嫁たちはサラの行動に関して見慣れたものでも奴隷たちは初めて見るケビンたち親子のスキンシップに、子持ちの母親たちは『確かに……』と自身の体験談で納得してしまい、子供がいない女性たちは『してしまいそう……』と未来の自分を想像するのだった。
「と、とにかくお母様は離れてよ」
「あら、別にこのままでもいいでしょう?」
「ダメよ! ケビンは私の……お……お……」
「私の何?」
「お…………恥ずかしいぃぃ、むりぃ……」
シーラが一生懸命主張しようとしたが、続く言葉が恥ずかしさのあまり言えず、両手で顔を隠してその場でうずくまってしまうのだった。
「まだまだね、“夫”ぐらい簡単に言えないと妻とは名乗れないわよ?」
「うぅぅ……」
「ちなみに私は言えるわよ? ギースは私の夫であり、1番愛している人よ。ケビンのことは2番目に愛しているわ。3番目はアインとカインとシーラよ」
そのような時にお茶の準備を終えたプリシラが、玉座に座るサラへとワゴンを転がしながら近づいていくと、それに引き続きニコルとライラが2人でテーブルを持ってきてサラの手の届くところへ配置する。
「奥様、お茶にございます」
「ありがと、プリシラ。ニコルとライラもね」
「いえ、当然のことですので」
「……プリシラ? あなた、ケビンに抱かれたわね?」
「ッ!」
「そのくらいわかるわよ。以前よりも表情が柔らかくなっているし、ひと皮剥けて女の顔になっているわよ。愛してもらったのでしょう?」
「……はい」
ズバリ言い当てられたプリシラは頬を赤く染めて俯くのであった。
「ふふっ、可愛くなったわね」
サラに揶揄われているプリシラを他所に、ライラがケビンへ声をかける。
「ケビン様、お飲み物は何になされますか?」
「んー……」
「私のをあげるから大丈夫よ」
「ん?」
そう言ったサラが紅茶を口に含むと、ケビンへ直接飲ませるのだった。
「んっ!?」
流されてくるものをコクコクと喉を鳴らして飲んでいるケビンの口へ、ここぞとばかりにサラは舌を侵入させてケビンの舌を味わい始める。
「ちょ……」
「んー……くちゅ、ぬちゅ……」
その光景にソフィーリア以外の誰もが唖然としてしまう。憩いの広場では大人たちが静まり返り、子供たちのはしゃぐ声だけが響いている。
「お母様!」
「「サラ様!」」
「お義母さん!?」
「お義母様!?」
この場にいる嫁たちがサラを止めようと声をかけるも、サラは我関せずでケビンを堪能していた。
やがて満足のいったサラがケビンの口を解放すると、嫁たちが詰め寄って抗議や疑問や感想を投げかけるがサラはニコニコとするのである。
「お母様、さすがに今のはやり過ぎよ!」
「サラ様、ケビン君へのスキンシップが過剰です!」
「サラ様、激しい……」
「お義母さん、どうしちゃったの?」
「お義母様、凄いです……」
「ふふっ、昨日からケビンへの愛が止まらないの」
「ソフィさん、どういうことなの?」
シーラがソフィーリアへ質問すると、1人動かずにお茶を飲んでいたソフィーリアがそれに答えた。
「昨日、ケビンの心をお義母さんが癒したのよ」
「それで?」
「たとえ自分の身が傷つけられようとも、荒れ狂うケビンを抱きしめて離さなかったわ。うなされているケビンへずっと声をかけ続けていたのよ」
「それぐらいなら私でも……」
「シーラ、貴女には無理よ」
「え……?」
「当然、他の貴女たちでもね」
「私たちの愛じゃダメなの?」
「貴女たちの愛は夫へ向ける愛でしょう? お義母さんの愛は息子へ向ける愛なの。そしてケビンに必要だったのは母親の愛よ。それにお義母さんがいなければケビンは死んでいたわ」
ケビンが死んでいたという事実に女性たちは絶句する。当の本人であるケビンはその時のことを思い出したのか、確かにサラがいないと死んでいたことを改めて実感するのだった。
「ケビンはね、1度諦めて自殺を図ったの」
「「えっ!?」」
「うそ……」
「そんな……」
「ケビン様……」
「それに気づいて全力で止めたのがケビンを抱きしめていたお義母さんよ。私はちょっと距離が離れたところで作業に集中していたから、お義母さんがいなければ間に合わなかったかもしれない。それにお義母さんの全力だから貴女たちでは止めることが無理なのは言わずともわかるわよね? そのお義母さんの全力でさえ、その時のケビンに力負けして首筋に少し指が刺さっていたくらいなのよ?」
ソフィーリアの言葉に嫁たちはいくら悔しくとも納得せざるを得なかった。サラと自分たちとでは実力的に差がありすぎるからだ。そのサラの全力ともなれば、到底自分たちでは足元にも及ばないことは痛いほどにわかってしまう。
「その時のお義母さんの説得でケビンはまた頑張って抗うようになったわ。あとは……そうね、お義母さんはケビンのことを息子として愛しているのと同時に男としても愛しているのよ」
「「男っ!?」」
「……びっくり……」
「男としても見てたのかぁ」
「ケビン様はカッコイイですから!」
ソフィーリアの言葉にシーラとティナとニーナは度肝を抜かれ、続くクリスはそのまま受け止めて、アリスはさも当然であるかのようにケビンを褒める。
「でも、お母様にはお父様がいるでしょ!」
「そうよ。だからケビンと一緒にいられる今だけは甘えているの。家に帰ったら会えなくなるもの」
「ケビンも少しは嫌がりなさいよ!」
「そう言われても母さんのことは好きだから嫌悪感なんてないし、救ってもらって感謝をしているし、今生きているのは確実に母さんのおかげだから、嫌がるなんてことは絶対にありえない」
「シーラ、ケビンだって戸惑っているのよ? 今まで母親として見ていた人から男としても愛していると言われたのだから」
「それにしても……」
「貴女にケビンを縛りつける権利はないはずよ? 貴女でなくてもそう。私にだってケビンを縛りつける権利はないわ。そもそも何がそんなに嫌なの?」
「だって……お母様がいたらケビンはお母様を優先するし、お母様はケビンが好きだから絶対に離れないし、家にいる時からそうだったもん」
いじけてしまったシーラの子供っぽい理由に、ソフィーリアは簡単に解決する方法としてケビンへ投げかけるのだった。
「はぁぁ……そういうことね。あなた、シーラがかまって欲しいそうよ?」
「姉さん、隣においで。こっち側はまだ座れるスペースがあるから」
ケビンに促されたシーラはトコトコと歩いて、ケビンの隣へと腰を下ろした。
「ケビン、ワガママ言ってごめんね」
「別にいいよ。俺だって言ってくれないとわからないこともあるし、逆を言えば要望を言ってくれた方が対応しやすい」
「お母様もごめんなさい。2人が揃うと仲良しだから嫉妬しちゃうの」
「いいのよ、シーラ。でも、ケビンの言う通りちゃんと口にしなきゃダメよ? あなたは奥手だからそういうことを口にするのは難しいでしょうけど、好きな男性に甘えるのは女性の特権なのよ? あなたにもある権利はちゃんと使わないと意味がないわよ」
「うん」
「他にして欲しいことはないの? 今のうちに言ってしまいなさい」
「……手を繋いで欲しい」
何とも可愛らしい要望にケビンはすぐさま対応して、指を絡ませてシーラの手を握るのであった。
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