第313話 サラの深愛
翌朝目覚めたケビンたちは軽い朝食を済ませてソフィーリア指示の元、朝風呂へと入る。
「なあ、禊って意味があるのか?」
「気分的なものよ」
「だよなぁ……神が禊をするなんて意味わからないしな」
「今やっているのは“みそぎ”って言うの?」
昨日の晩にケビンから慰められたおかげか、サラはスッキリとした表情でケビンへと尋ねる。
「身体を清めて罪や穢れを落としましょうっていう行為だよ。異世界で意味があるのかどうかわからないけど」
「だから気分的なものなのね」
「普通に風呂入ってるだけだからねぇ。目が覚めるって意味では有効だろうけど」
そのあとも何気ない会話をしながら気分的な禊を終えるケビンたちであった。
そして風呂から上がると白装束が用意されていて、ケビンはここまでこだわるのかとソフィーリアの気分的なものに驚いていた。
着方のわからないサラへソフィーリアが着せて、ケビンは知っているのでそそくさと着ては風呂場を後にした。
風呂上がりの冷たい飲み物を飲んでくつろいでいたケビンのところへ、ソフィーリアとサラがやってくると2人の分も用意して3人でくつろぐことになる。
「こんなにくつろいでていいのか? 禊の意味がないような……」
「だからさっき気分的なものって伝えたでしょう?」
「まぁ、確かに聞いた。それにしてもソフィの姿は暴力的だな」
「仕方ないじゃない。あなたの好きな体なんだから。それともぺちゃんこの方がいいの?」
ソフィーリアからの問いかけにケビンがぺちゃんこ状態を想像してみたが、違和感がありすぎてすぐさま否定するのだった。
「ソフィはそのままでいてくれ」
「ケビン、お母さんはどう?」
「そこで聞いてくるの? 見ないようにしていたのに」
「どうして?」
「ソフィと一緒で暴力的だからだよ」
「ふふっ、照れているケビンも可愛いわね」
しばらくくつろいだあと、ようやく始めることになって3人で寝室へと向かうのだった。
ソフィーリアに言われてベッドで横になるケビンが、最終的なことをソフィーリアへと告げる。
「危なくなったらわかってるよな? 何を推してでも母さんを最優先にしてくれ」
「わかってるわ」
「大丈夫よ、ケビン。お母さんがついているから最悪なことにはしないわ」
「そう言ってもなぁ……あの感情が流れてくるしなぁ。とりあえずは抗ってみせるけど……」
「それと私からも伝えておくわね。あなたの封印を解いた時に続けて記憶を戻す作業になるから、激しい頭痛は覚悟しておいてね」
「マジか……あれって相当痛いんだぞ。今更やめるってなしだよな?」
「ごめんなさい。できればフォローをしてあげたいのだけれど、万が一に備えて作業に集中したいから……私がサポートするのは、あなたが抗えるように闇を抑え込む作業なの。一気に呑み込まれてしまわないように」
「はぁぁ……封印された記憶なんていらないんだけどなぁ……どうせ碌でもない内容だろうから」
「ごめんなさい、ケビン。お母さんのワガママに付き合わせて」
「あなた、過去に負けないでね。乗り越えてみんなで幸せになりましょう」
それからソフィーリアがケビンのおでこに触れると指先から光を発して封印を解除するのだった。この時点では封印を解いただけなので何も起こらないが、記憶を強制的に戻す作業になると一体どうなってしまうのかが予想もつかず、さすがのソフィーリアも緊張して生唾を飲み込む。
僅かに震えている指先を感じ取ったケビンはソフィーリアへ声をかけて緊張を解すと、ソフィーリアが意を決してケビンの記憶を戻した。
「うっ……あ"あ"ぁ"ぁ"ぁぁ――!」
流れ込んでくる記憶とともにその時に抱いた感情も押し寄せてきて、ケビンは頭を抱え込んで呻き声をあげる。
次第と無意識に滲み出る魔力が可視化できるほどとなり、ケビンの体は漆黒の闇に包まれていくのだった。
「ケビンっ!」
『マスター!』
サラが居ても立っても居られずにケビンに覆い被さると、その身でもってケビンを包み込んだ。
《お父さん……何でお母さんをぶつの……》
(やめて……やめてやめてやめてやめてやめて――)
《何で僕を蹴るの……僕が何か悪いことしたの……》
(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い――)
《お母さん……何で僕を残して死んじゃうの……》
(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――)
ソフィーリアが封印を解除して記憶を戻し、アクセスフリーとなっているケビンの記憶を覗き込んだサナは、その事実と内容に驚愕する。
『マスターにこんな過去が……』
ケビンの中に怒りと憎悪、更に恨みと殺意が芽生え始める中、ソフィーリアは闇堕ちしないよう固唾を呑んでケビンの様子を窺っていた。
この時のソフィーリアは絶対に反対されると思いケビンに打ち明けず秘密にしていたが、ケビンの状態を知るためにケビンの心とリンクしてリアルタイムで観察していたのだった。
底知れぬ憎悪と殺意にソフィーリアの額には玉汗が滲みだして流れ落ちるが、それよりも自身にも向けられている感情に心を痛めて気にする余裕などなかった。
『あなた、ごめんなさい……赦して……』
ソフィーリアが心の内で懺悔している中、ケビンの心の内では悪感情が主を呑み込まんと侵食を始める。
「ぐっ……あ"……」
(殺せ……全てを……)
『やめろ……』
ケビンの中をどす黒い感情が埋めつくしていく。それは抵抗を続けるケビンを次第に蝕んでいったのだった。
(父親を奪った奴を殺せ……)
『あいつらさえいなければ……』
――思い出すはかつて優しかった父親の姿……
(母親を奪った奴を殺せ……)
『お父さんがお母さんを殴らなければ……』
――思い出すは母親に対して暴力を振るう父親の姿……
(理不尽を強いた神を殺せ……)
『大事なものを奪う神なんていらない……』
――思い出すはぶら下がって揺れている母親の姿……
(全てのものに死を……)
『そうだ……全てなくなればいい……』
ケビンから吹き荒れる魔力が部屋を荒らして壊していく。それは抱きついているサラも例外ではなく、服が切り裂かれ傷を負うと滲み出る血で白装束を赤く染めていった。
「ケビンっ、ケビンっ!」
『マスター、落ち着いてください!』
サラやサナの呼び掛けにケビンが反応を示すとサラの姿を見て何を思ったのか一瞬だけ悲愴な表情となり、それを見たサラの頭に嫌な予感が過ぎる。
『ごめん、みんな……』
そしてケビンの指先がピクリと動き自分の首を目指して手刀を放つが、すんでのところでサラが気づいて魔力を纏うとその腕を掴んで全力で止めた。
だが、ステータス値に差があるためか、指先が首へ僅かに刺さっており傷口から血が滲み出てくる。
「ダメよっ、諦めないで!」
『マスター、サナを1人にしないで!』
サラがケビンの腕を払うと魔力に切り刻まれようとも意に介さず、自殺をさせないためにも自身の腕に魔力を纏い、それぞれの手でケビンの手首を掴むと全力で拘束をした。
そしてケビンの虚ろな瞳を覗き込むと声をかけるのだった。
「お願いよ……もう子供を失いたくないの……」
サラから流れ落ちる雫がケビンの頬を伝う。
「……か、あ……さん……」
(怒れ……)
『……』
(憎め……)
『……いや……だ……』
(殺せ……)
『……ことわ……る……』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからどれくらいの時間が経っただろうか。未だケビンの体は漆黒の闇に覆われていて吹きすさべばそれを押さえつけるかのように凪いで、ケビンがまだ抗っていることを示していた。
「……ソフィさん、私に封印されていた記憶を見せて」
「……」
緊張を緩めることのできない状態で居続けるサラの体は、じっとりと汗をかいていた。それはケビンとて例外ではなく、流す汗はシーツへと染み込んでいく。
「女神様ならできるでしょう?」
「……辛いですよ?」
「1番辛いのはケビンよ。それに比べたら私たちが受ける辛さなんてたかが知れているわ」
「わかりました」
ソフィーリアはケビンが抗っている状態なら他へ力を回すことも今のうちなら可能だろうと、2人の傷を癒すとともにサラへケビンの記憶を流した。
健の記憶が流れてきたサラは見たこともない建造物や、道を行き交う馬車よりも早く走る物体に理解が追いつかなかった。
そして第3者視点で健の日常が流れてくると、幸せな家庭に生まれたことを知る。サラから見ても幸せそうな健の日常が何故封印されるほどになるのか、ソフィーリアから聞いた心の闇の話だけでは予想がつかなかった。
それから次第に時は流れて父親の暴力が母親を襲うが、その時に抱いている健の感情もサラの中へと流れ込んでくる。
健は母親を助けたくても父親の豹変ぶりに身がすくんで恐怖してしまい、見ているだけしかできない自分を責め続けていた。
やがて母親への暴力が自身へ向くと、その時ばかりは母親への暴力も軽減されて、自分が我慢すればお母さんを助けられると知った健は痛いのを我慢して暴力を受けるようになる。
その時の感情を受けたサラは、小さい体ながらに献身する健の心に涙を流した。
そして母親と2人で家を出た健はひと時の幸せを噛み締めていた。だがそれも長くは続かない。母親がストレスにより健に手を上げてしまったからだ。
一難去ってまた一難。健が父親の暴力から解放されたかと思いきや、次は母親からの暴力を受けることになったのだ。
それでも健は献身的に母親へ尽くしたが暴力は止まらなかった。やがて健の顔から表情が抜け落ちていく。
それを見ているサラには理解ができなかった。自分はいくら子供が欲しくても中々できない体となってしまったというのに、難なく子供を産むことができるこの母親はどうして我が子を痛めつけることができてしまうのか。
自分の子を愛せないなら最初から作らなければいい。
簡単に子供を作ることができるから愛情がわかないのか。
周りのせいにして逃げているだけではないのか。
いくら考えども本人でない以上は答えには辿りつかない。子供を愛せないなら子供を産めるその体が代わりに欲しいとさえ思うのだった。
そしてサラの堂々巡りが続く中、事件は起こった。いつも通り帰宅した健が見たものはユラユラと揺れている母親の自殺体である。
押し寄せる健の絶望にサラの心は締めつけられていくが、絶望に埋め尽くされた健の心は悲鳴をあげてパタリと途切れてしまう。
健の封印された過去を見たサラは止めどなく涙を溢れさせていた。本来子供が受けるべき愛情を中途半端にしか受けられず、途中から受け続けていたのは愛情と呼ぶにはほど遠いただの暴力であった。
「……ケビン……」
起こってしまった過去は変えられない。だが、これから起こる未来は変えられる。
サラは内に秘めたる決意を新たにすると、ケビンを強く強く抱きしめて未だ呼んだことのなかったその名を口にする。
「……健……お母さんよ、わかる?」
「ぐっ……がっ……」
額に汗を浮かべながらうなされているケビンへサラは言葉を続けた。
「悲しいことも辛いことも全部お母さんが受け止めてあげる。いっぱい甘えていいのよ? 健にいじわるする人はもういないわ」
「……お、かあ……さん……」
「ちゃんとここにいるわ。あなたのお母さんよ」
ケビンの過去の詳細を知ったサラは、本来受けるべきだった愛情を注いで健の心を癒そうと考えついたら、すぐさまそれを実行に移したのだった。
うなされているケビンは闇を抑えるために消耗しており過去の自分と現実の自分の区別がつかず朦朧として、頭の中ではひたすら母親が揺れている光景がループされる。
(壊せ……殺せ……全てを無に……)
『やめろ……お前の好きにさせるか……』
「……1人は……嫌だ……」
「健……あなたは1人じゃないわ。お母さんがいるもの」
「……行かないで……お母さん……」
「どこにも行かないわ。あなたとずっと一緒よ」
「……叩かれても我慢するから……」
「叩いてごめんなさい。愛し方を間違えたお母さんが馬鹿だったの……もう叩かないから安心して」
「……死んじゃやだ……僕を1人にしないで……」
ケビンの言葉を聞いたサラは自身の胸にケビンの頭を抱え込むと、優しく言葉をかけていく。
「健、心臓の音が聞こえる? お母さんはちゃんと生きているわよ。あなたを置いて先に死んだりしないわ」
それから幾度となくケビンのうわ言にサラがその都度答えていき、ケビンの心を落ち着かせて癒し続けていく。
やがて時間が経つと少しずつケビンの魔力が収まりを見せ始めて、吹きすさんでいた魔力は穏やかな揺らぎと化して、それを見たソフィーリアは峠を越えたことを知るのだった。
「もう1人で悲しまなくていいわ。あなたにはお母さんがいるもの。今までもこれからもずっと一緒よ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
暗闇の中で1人、膝を抱え込んで座っている子供の健へ一筋の温かな光がその姿を照らす。
『……温かい……』
無意識にその光へと視線を移して手を伸ばす健に、同じように手を伸ばす腕が瞳に映し出される。
あるかどうかもわからない手を必死に掴もうとする健は、座ったままでは届かないと思ったのか、おもむろに立ち上がって更に腕を伸ばしていく。
やがてその手を掴むことができそうになる時、腕が一気に伸びてきて健の手をしっかり握りしめると見えなかった姿の全貌がはっきりとして、健は1人の女性に温かく抱きしめられながら包み込まれるのだった。
『愛しているわ、健。これからはずっと一緒よ』
『……お母さん……』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
現実世界ではケビンが手を伸ばしているのをサラが見て、もう離さないと言わんばかりに指を絡ませてしっかりと握りしめて、片腕でケビンを抱きしめて包み込むのだった。
「愛しているわ、健……私のもう1人の息子……」
吹きすさんでいたケビンの魔力はなりを潜めて、サラの腕の中ではケビンが静かに寝息を立てていた。
「ソフィさん、お願いがあるの」
「何でしょうか? お義母さん」
愛するケビンのことを癒してみせたサラの願いならば、自分の力の及ぶ限り叶えてみせようとソフィーリアは固く決意する。
「もし可能なら――」
サラの願いを聞いたソフィーリアは「必ずその願いを叶えてみせる」と、ダメ元で言ってみたサラへ約束する。
それを聞いたサラは緊張の糸がプツンと切れて、ケビンを抱え込みながら眠りにつくのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
サラが眠りについて幾ばくもしない内に、誰も立ち入れないこの空間へ1人の者がその姿を現す。
「無茶しおってからに……」
「見られていたのですか?」
「あれだけの悪しき力を天界で放たれれば、力のある神なら誰でも気づくわい」
万能空間へ難なく現れた原初神の言葉に、ソフィーリアは警戒心を強めた。
「心配せずとも儂が皆を止めた。武神を止めるのはいささか骨が折れたがな。あやつは話をするということを知らんからのぅ」
武神という単語にソフィーリアは『脳筋め』と心の内で悪態をつくのであるが、それを知ってか知らずか原初神の言葉は続く。
「仮に闇へ堕ちたら真っ先に戦いを挑んでいいと条件を出したら、渋々じゃが納得しおったわ」
「お手数をお掛けして申し訳ございません」
「なに、ケビンのことは儂も気に入っておるしな、それにお前さんの夫でもある。平たく言って下界の言葉を使うなら、ケビンは儂にとって義理の息子のようなものじゃ」
原初神にとって他の主たる神々は自ら創り出した創造物であり、我が子のようなものでもあったため、ソフィーリアへとその想いを伝えたのだった。
「お気にかけてくださりありがとうございます」
「しての、ケビンの母親の望みじゃが儂が許可しよう。その方が後腐れなかろう……」
「ありがとうございます」
「ソフィーリアもあとは休むとよい。お主も相当力を使ったであろうからな。これは儂からの餞別じゃ」
原初神の力が行使されると、3人の体は光に包まれて今までのことがなかったかのように、傷や疲労を回復させていくのだった。
「ではな、あまり無茶をするでないぞ」
「ありがとうございます」
原初神はもうやることがなくなったのかその場から消えて、あとに残されたソフィーリアはサラの反対側に回ると、ケビンの隣で眠りにつくのであった。
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