第312話 ケビンとサラと万能空間

 ケビンに問い返されたソフィーリアがその理由を伝えるべく、先程までとは打って変わって真剣な表情に変わってしまい、それを見たケビンは何を言われていまうのかが気になり構えてしまうのだった。


 そして、ソフィーリアが夢見亭で開いた嫁会議の内容を掻い摘んでケビンへ伝えると、ケビンは不確かなことをするのに危険がありそうだったのでそのことをソフィーリアへ伝える。


「母さんに危険がありそうだからしなくていい」


「そこは万全の態勢を整えるわ。やるにしても下界ではなくて天界を使うから」


「そこまでのものなら、尚更しない方がいいだろ?」


「お願い、あなた。これが私たちやお義母さんのワガママだということはわかってるわ。だけど……だけどね、みんなあなたのことを救いたいのよ」


 それからもソフィーリアの説得は続いて、ケビンは条件付きで渋々了承するのであったが、その条件を聞いた周りの者は絶句してしまう。


「何かあった時は自我のあるうちに俺は死を選ぶ」


「っ!?」


 その言葉に誰もが否定の声をあげるが、ケビンはこれが呑めないならしないと断固拒否をした。


「わかったわ」


「ちょ、ソフィさん!」


 ケビンの条件を呑んだソフィに対してティナに引き続き嫁たちが次々と声を上げるが、そんな嫁たちに対してソフィーリアが疑問を呈す。


「貴女たちのケビンを想う気持ちはその程度のものなの? 癒すと言っておいてケビンを失う可能性があれば放置すると言うの? なんの覚悟もなしに口だけで綺麗事を言っていたの?」


 ソフィーリアの強い眼差しが嫁たちへ突き刺さり何も言い返せなくなってしまう。実際、ケビンがいなくなる可能性があるのなら現状維持を優先して、無理をしなくてもいいと心の内で判断してしまったからだ。


「ケビンの性格ならそういうことを言うのくらい予想できていたはずよ? 彼の優しさは知っているでしょう? 死ぬにしたって殺してくれとは言わないのよ? 私たちに最愛の人を殺させるという傷を負わせないために自ら死ぬつもりなのよ?」


 次々と嫁たちに対してまくし立てるソフィーリアへ、ケビンが待ったをかけるのだった。


「ソフィ、そこまでにしておけ。ティナたちが悪いわけではないだろ?」


「だって……」


「人はそこまで強くないし、力もない。ソフィが神だからできていることも彼女たちにしてみれば不可能なことだ。神と人とでは持ちうる力が圧倒的に違うゆえに視点が違うんだから、自然と安全な方を選択するに決まっているだろ?」


「……そうね。ごめんなさい、私のエゴだったわ」


「私の方こそごめんなさい。なんの力にもなれなくて……でもケビン君を癒したい気持ちは偽りじゃないの。これだけはソフィさんにも信じて欲しい。決して上辺だけで口に出した言葉じゃないから」


「ええ、わかってるわ」


 そしてひと段落ついたところで、ケビンとソフィーリアは他の嫁たちを残して実家へと転移した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 実家についたケビンたちはサラに予定のことを伝えると、そのまま3人でギースへと話を通しに執務室へ向かう。


 軽いノックのあと中へ入ると、そこではギースの跡を継ぐためにアインも一緒になって執務の手伝いをしていたのだったが、ケビンは構わずにギースへ要件を伝えることにした。


「父さん、母さんを連れて出かけてくるから」


「ならん!」


「何で?」


「帰ってこなくなるだろ!」


 サラがケビンと一緒にいると中々帰ってこなくなるのは前例があったために、ギースとしても簡単には認められない内容であった。


「ちゃんと帰ってくるよ。今までだってそうだったよね?」


「だいたいお前には嫁さんがいっぱいいるだろ? 何でサラとデートするんだ」


「えっ!? ケビン、デートだったの? お母さん、おめかししてくるわ!」


 ギースの発した言葉にケビンよりも先にサラが反応してしまい、足早にパタパタと執務室を後にするのだった。


「……今のは父さんが絶対に悪いよ。母さんがその気になったじゃないか」


「ぐっ……」


「とりあえず止めたければ、今着替えに行った母さんを説得してね。俺には無理だから」


「ケビンに止められないものを俺が止められるわけがないだろう……」


 結局、ギースは自身のうっかり発言によって、サラの外出を不本意だが認めてしまうしか道はなくなってしまったのだった。


 リビングに戻ったケビンはサラの支度が終わるまでソフィーリアと過ごしていたのだが、そこへやってきたカインとルージュも一緒になってくつろぐこととなる。


「カイン兄さん、結婚式はいつあげるの?」


「1ヶ月後にはあげることになってるぞ。招待状はまだ届いていなかったのか?」


「手紙はまだ来てないね。距離があるとどうしても連絡手段が不便だよね。聞いておいて良かったよ」


「まぁ、ケビンなら転移があるからギリギリに届いても問題ないだろ。それもあるからまだ手紙が届いていないんじゃないのか」


「領地とかはどうなるの?」


「陛下が気を利かせてくれたみたいで、領地経営はなくて実家の分家としてここの領地に住むことになった。家もここの近くに建てる予定だぞ」


「もったいないね。カイン兄さんなら領地経営できるでしょ?」


「俺は頭より体を使っている方が好きだしな、今のままの方が気楽でいい」


 そのあとも4人で談笑していると、準備の終わったサラがリビングへとやってきた。


「ケビン、準備できたわ」


 呼びかけられて振り向いたケビンが見たサラの格好は、どこからどう見てもお泊まり旅行だった。


 服装自体はおめかししているので問題ないとしても、手荷物にバッグを持っているのだ。デートとは不釣り合いな大きさの。


「母さん……もしかして泊まる気?」


「そうよ、ケビンとのお出かけだもの。数時間で終わらせられないわ」


 ケビンは半ば諦めたかのようにギースへと報告に向かうのだが、そのギースは既に諦めの境地へ至っていた。


「できれば早めの帰宅で頼む……サラが不機嫌にならない程度で……」


「善処するよ……」


 この時ばかりはケビンもギースに同情していた。1人の女性に振り回される男2人……その背中には哀愁が漂っている。


 そしてその場で執務を手伝っていたアインは、2人の姿を見て自分の妻になる人は大人しい人にしようと心に決めるのであった。


 それからケビンがソフィーリアとサラを連れて万能空間へと転移すると、初めて訪れた場所にサラは目を輝かせて、辺りをキョロキョロと観察するのだった。


「凄い綺麗だわ、ケビン……お母さん、こんなに綺麗な景色を見るのは初めてよ」


「お義母さん、ここはケビンが作り出した風景なんですよ」


「そうなの!? さすが私のケビンね!」


「動物とかはソフィーリアだけどね」


 はしゃぐサラを引き連れて家の中へ入ると、荷物を置いてから今後のことを3人で話し始めた。


「で、具体的にはどうすんの?」


「今日1日はお義母さんとゆっくり過ごしていて。その間に私が準備を進めておくわ」


「それならケビン、今日は外をお散歩しましょう。色々と案内して欲しいわ」


「ここは街じゃないし、案内するほどのものはないよ?」


「それでもよ。ケビンはここでずっと過ごしていたのでしょう? その時の話も色々と聞かせてちょうだい」


「では、お昼ご飯を食べてからにしませんか? ちょうどいい時間帯ですから」


「そうね。それじゃあ、お母さんがご飯を作るわ」


「いえ、私が作りますのでお義母さんはケビンとゆっくり過ごしていてください」


「ソフィさんは本当にいいお嫁さんね。だけどこれからお世話になるから、ご飯くらいは作らせて欲しいの」


 2人がお互いに譲らないところで、ケビンがサラのご飯を久しぶりに食べたいと言ったことからサラがご飯を作ることになって、ケビンとソフィーリアは料理ができあがるまでのんびりと会話を楽しんでいた。


 やがて運ばれてきた母の手料理をケビンは堪能しながら食べていくが、ソフィーリアはケビンが食べたいと言った母の味を覚えるべく、真剣になって味付けを解き明かそうと熱心に食べていた。


 その後、お昼ご飯を食べ終わったケビンはサラを連れて、万能空間の散歩を始める。


 まず最初に訪れたのは自分で作り出した家庭菜園だった。ケビンとソフィーリアがちょこちょこと様子を見に来ているので、枯れ果てて荒れているということはなく、今もなお野菜を実らせている。


 ここで実った野菜は主に帝城で使われていて、市場に出回っている他の物よりも品質が良く、ケビンがどうやって手に入れているのかと一時期騒然となった。それもひとえに、この世界ではない地球産の野菜種である上に、農地が万能空間であることが過分に含まれている。


 その時の騒動はケビンが自ら作った野菜だと伝えて必要なら種をあげると言った途端、農作業組から詰め寄られて育て方を教えながら種をあげることになった。


「ケビン、この“とまと”と言うのはとても美味しいわ」


「そう? その中心部のドロっとした所で好き嫌いが分かれたりするんだけどね」


「お土産に貰ってもいいかしら?」


「ああ、構わないよ。帰る時に包んであげるよ」


 ケビンの育てた野菜はサラに好評のようで、帰る際にはひと通り包むことを約束するのであった。


 次に訪れたのは川である。ケビンにとって苦い思い出しかない所ではあったが、万能空間自体に見て回るようなものがあまりなくて仕方なしに選んだ場所でもある。


 あいかわらず魚はいるようなので、ケビンはここでサラと魚釣りに興じることにした。そして、それが後にケビンを凹ませる原因となる。


 サラと一緒に釣りを始めたケビンはいつものようにぼけーっと過ごし始める。主が帰ってきたことに気づいた小動物たちがケビンの周りに集まってきて以前のように好き勝手に遊び始めると、ケビンも同様に好き勝手に抱え込んではモフりだした。


「ふふっ、ケビンは動物にも好かれちゃうのね」


「それはソフィが警戒心をなくした品種を生み出したからだと思うよ」


「きっとそれだけじゃないわ。だって私の所には来ないもの」


 サラの言う通り小動物たちは、ケビンの脚の上に勝手に乗っては降りていくというよくわからない遊びをしているが、1匹もサラの脚の上に乗りに行くものはいなかったのである。


 ケビンは抱えていたうさぎを地面に下ろすと、通じるとは思っていないが声をかけてみた。


「あの人は俺の母さんだ。綺麗で優しくて怖くないから行っておいで」


 ケビンの言葉を理解したのか雰囲気を察したのかは不明であるが、うさぎはサラの様子を窺いながらぴょこぴょこと近づいて行き、やがてサラの傍まで辿りつくと脚の上に乗るのであった。


「この子、賢くて可愛いわね。連れて帰っちゃダメかしら?」


「んー……下界だと環境によっては弱って死んだりもするからね。そこら辺はソフィに聞かないとわからないかな。ソフィが許可を出せば連れて帰ってもいいんじゃない?」


「あとでソフィさんに聞いてみるわ」


「もし連れて帰ることができたら、もう1匹連れて行ってね。1匹だけだと寂しいだろうから」


 それからケビンはどうせここの魚はスレて釣れないだろうと結論づけたら、寝転がってサラとの会話を楽しんでいたが隣からバシャッとかピチピチとか音が鳴るので見てみたらサラが魚を釣り上げていた。


「……え?」


「どうしたの? ケビン」


「何で釣れてるの?」


「魚釣りだからよ。おかしなことを言うのね」


 サラの返答にケビンは全くもって理解ができなかった。来る日も来る日も魚釣りをしてただの1匹すら釣れなかったケビンに対して、今日ここへ初めて訪れたサラが難なく釣っていくのだ。


「……解せぬ」


 ケビンは母親に対して対抗意識をだして起き上がると、釣竿を片手に持って闘志を燃やし始める。


 やがて時間が過ぎていき辺りが夕暮れに包まれると、ケビンはひたすらに落ち込んだ。やはり1匹も釣れなかったのだ。


「……何故だ」


 途中からサラは魚釣りをやめて小動物と戯れていたのだが、その間に追いつくチャンスだとばかりにケビンは続けていたのにも関わらず釣果はゼロとなっている。


 魚が1匹も釣れなかった落ち込んでいるケビンの手を握って、サラはケビンを励ます様に声をかけながら家へと帰っていく。


 家で2人を迎え入れたソフィーリアはケビンがあからさまに気落ちしているのを見てサラに問いかけると、内容を聞いて子供みたいにいじけているケビンに母性をくすぐられるのだった。


 夕飯を食べ終えた3人はお風呂へと入り、湯船ではケビンが後ろからサラに抱かれてのんびりしている。背中に当たる感触は意識しないようにしながら……


「はぁぁ……」


「まだ落ち込んでいるの?」


「何で俺には魚釣りの才能がないんだろ……」


「別にいいのよ、魚が釣れなくても。ケビンも普通の人ってことなのよ」


「そうよ。あなただって苦手なものがあると知れて良かったわ」


 サラとソフィーリアに励まされつつ、ケビンはお風呂を堪能するのであった。


 そしてそのあとベッドに入ると、ケビンを挟んで横になっているサラとソフィーリアが望んだことにより腕枕を提供することになる。


「ケビンとこうして寝るのも久しぶりね」


「俺は恥ずかしくてたまらないけどね」


「小さい頃はよく一緒に寝ていたのに、大きくなってから寝てくれなくなってお母さん寂しかったのよ?」


 ケビンの恥ずかしがる理由はご尤もなことで、ソフィーリアは別に問題ないのだがサラまでもがネグリジェをきており、目のやり場に困るのが要因であった。


「母さんはどうしてそこまで俺に愛情を向けてくるの?」


 これが一般家庭における母親の愛でないことは、ケビンにだって理解できている。その質問にサラは静かに口を開くのだった。


「ケビンの秘密を勝手にソフィさんから教えてもらったし、お母さんの秘密も教えるわね」


「母さんの秘密?」


「ケビンにはね、本当なら兄姉がいたのよ。アインたちとは別でね」


「アイン兄さんたちの他にもいたの?」


「本当ならね。でもね……お母さん、ちゃんと産んであげられなかったの」


 サラが言葉に詰まりながらも教えてくれた内容は、女性にとっては辛い出来事だった。


 当時、ギースと結婚して子供を身篭ったが貴族としての振る舞いやファラの代わりに出る社交場において、度重なるプレッシャーが心労を生み続けて流産したという内容であった。


「それで、お母さんって冒険者だったでしょ? 最初から強かったわけじゃないから攻撃を受けることもあったわ。それが原因かどうかわからないけど、知らないうちに子供ができにくい体質になっていたの。そして流産したから更にできにくい体になったってお医者さんに言われてね、それを聞いたあとにとっても泣いてギースにも謝り続けたわ」


 サラから聞いた内容にケビンはかける言葉が思いつかなかった。生半可な言葉ではサラの辛さを癒せないとわかったからだ。


「だからケビンを身篭った時にとっても嬉しかった。前例もあるから身篭ったのがわかった時点で、ギースが一切仕事をしなくていいって言ってくれてね、落ち着いて出産まで臨むことができたのよ。だからケビンにはいっぱい愛情を注ぐの。やっと産むことができた私の子供だから」


 ケビンが身をよじると意図を理解したソフィーリアが腕を解放して、ケビンはそのままサラを抱き寄せた。


「母さん、俺を産んでくれてありがとう。母さんの子に生まれて本当に良かった」


「……ごめんね……本当ならケビンの後にも子供を作って弟や妹とかいるはずなのに……難しいだろうって……お医者さんに言われて……ギースにも謝ったけど……気にしなくていいって……私がいたらそれでいいって……ごめんね……ごめんね……」


 懺悔するように泣きじゃくるサラをケビンは慰めながら、父親であるギースの生き様に高い尊敬の念を抱いた。


「あなた、今日はそのままお義母さんを抱いて寝てあげて。私はあなたの背中に抱きつくから」


「ありがとう、ソフィ」


 このあとは何を語るでもなく、ケビンはサラを抱き寄せたまま眠りにつくのであった。

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