第252話 一筋の光明
カゴン帝国との戦争が開戦して、前線でアリシテア王国軍が断続的な迎撃戦を繰り広げる中で、否応なく戦線は後方へと下がる形になっていた。
カゴン帝国は第1陣が進軍した後に間髪入れず第2陣を帝都から送り出しており、このままでは近い未来にアリシテア王国軍の圧倒的不利へと戦況は傾く。
まさにチューウェイト皇帝の言った蹂躙となる未来しかない。
そのような風雲急を告げる事態が迫りつつある中で、アリシテア王国軍が上手く防衛できていない理由として、帝国所属である荒くれ冒険者たちの行動が原因としてあった。
荒くれ冒険者たちは、教科書通りの戦略・戦術を組まずに自身の欲を満たすために戦争そっちのけで周辺の村や町へと略奪に向かい、王国軍はその対応に追われているのだ。
せっかく駆けつけた辺境伯とその増援の兵士たちも冒険者たちへの対応に分散せざるを得なくなり、事態は悪くなる一方であった。
そしてアリシテア王国軍本陣の天幕では、指揮官や隊長たちが集まり軍議が開かれていた。
「このままでは戦線を維持できません」
「くっ、冒険者風情めが!」
「落ち着け。陛下への知らせは届いているはずだ。直に援軍も到着するだろう」
「どうされますか、閣下」
「陛下より賜ったこの地を帝国のゴミ共に侵されるのは我慢ならんが、戦線を下げていくしかないだろう。周辺住民の避難は既に終えている故に荒らされてしまうのは手痛いが、この際冒険者たちは捨ておいて分散させた兵士を戻らせろ」
「では、そのように手配します」
そこで軍議中の天幕の中へ、ボロボロとなった1人の斥候が慌ただしく駆け込んできた。
「失礼します!」
「軍議中であるぞ!」
「よい、報告せよ」
「はっ、北より帝国軍の増援が南下中、その数およそ1万!」
斥候の報告した内容に誰しもが息を呑む。ただでさえ兵力差があり戦線を下げつつ援軍の到着待ちをしていたのに、ここにきて敵の増援である。1万という数に絶望しか見いだせない。
「閣下……」
「確かに絶望的な数字ではある。だが、それだけの数ならば進軍速度もそれなりに遅くなる故にまだ諦めるには早い。危険な状況の中、よくぞ戻って知らせてくれた。その者を丁重に休ませよ」
「はっ!」
報告に来た斥候を連れて護衛の兵士が天幕の外へと出て行く。
「戦線を下げつつ状況を維持する。最終防衛ラインにつき次第決戦だ! これ以上、帝国のゴミ共を我が国へ入ることを許すな。敵の増援が到着するまでに少しでも多くの首級を上げるのだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は遡り、前線でアリシテア王国軍とカゴン帝国軍の開戦が始まった中、カロトバウン男爵家では緊急家族会議が開かれた。
「帝国が我が国に攻め入ってきたと知らせが届いた」
第一声を発したのはこの家の主で、カロトバウン男爵家当主のギースである。
「どうするんだい? 父さん」
ギースに尋ねたのは次期当主となる長男のアインだ。
「抱えている兵士を派遣する。そこまでの規模はないが多少の援軍にはなるだろう」
「領民からの義勇兵は?」
「それはせん。アインよ覚えておけ、領民を守るのが領主だ。その領主が命の危険がある戦地へ領民を送ることがあってはならん。領民あってこその領主なのだ」
「俺は行ってもいいよな? 領民を守る側だし」
そこで声を出したのはアインを支えるべく、日々サラの特別メニューを頑張っているカインである。
「戦争だぞ? お前に人が殺せるのか?」
「そんなもんに大した覚悟はいらない。母さんの相手をすることの方が余程の覚悟がいる」
「ふふふっ、カイン……言うようになったわね。お母さんの方が人を殺すよりも怖いっていうの?」
カインのうっかり癖にサラが微笑みながら指摘すると、カインは気まずくなり視線を逸らしてそっぽを向く。
「私も行きます」
カインに続いたのは長女のシーラであった。
「それはならん。お前は女だろ」
「お父様は女だからって差別するのですか?」
「そうではないが、カインのように兵として生活していないだろう。それにケビンのことはどうする? 俺としては複雑な心境だがケビンと添い遂げたいのだろう?」
ギースは大切な親友の娘が自分の息子と添い遂げる意志を見せていて、親友との子供同士でそうなることに嬉しく思う反面、娘として育ててきたので弟よりも他にいい男がいなかったのかと、どこで育て方を間違ったのか親友に申し訳なく思ってしまっていた。
当然シーラはカロトバウンとは血の繋がりがないことを知らない。知っていればケビンに対する行動が天元突破していただろう。
「ケビンのためです。ケビンが楽しく冒険者活動を行えるために、この地を、この国を守るのです」
「わかった、無理は絶対にするな。お前は近接に弱いんだからな」
「わかってます」
「それなら私も出ようかしら?」
「それは絶対にならん!」
「あら、どうして? 私だけ仲間外れにするのかしら?」
「俺はサラの武力に惚れたわけではなく中身に惚れたんだ。俺の中では伝説の冒険者ではなく1人の女性だ。サラが誰よりも強いことは知っているが、それを利用して権力を得ようとしたり、戦争で戦わせたりなど露ほども考えてはいない」
「……そうなのね、貴方のそういうところ大好きよ。今回はお留守番してるわ」
「すまない、俺のワガママに付き合わせてしまって」
「いいのよ、惚れた弱みだもの」
ギースとサラが話し終わったところで、カロトバウン男爵家の方針は固まった。
そして、先に準備の終わったカインとシーラが先行した後に、後続として準備の終わった兵士の部隊を戦地へと出発させたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
帝国軍と王国軍がぶつかり合い始めてから、とうとう最終防衛ラインにまで到達してしまった王国軍は決死の覚悟で決戦に挑んでいた。
王国軍は既に半数以上の死傷者を出しており、壊滅するのも時間の問題となっている。残された道は1人でも多くの帝国兵を道連れにこの世を去ることであった。
「もはや、これまでか……」
辺境伯自ら戦場に立ち戦っている中で、もう既に諦めていたときに戦況が変わる大きな出来事が起こる。
「《
その瞬間、視界いっぱいに広がる氷の世界が顕現した。自国の兵士には一切の被害を出さず帝国兵だけが氷漬けにされて、両軍ともにいきなり起きた展開に思考がついていけなかった。
既に諦めていた辺境伯もその内の1人であった。
「いったい、何が……」
そこへ馬に乗った者たちが駆けつける。
「カロトバウン男爵家が第2子、カイン・カロトバウン、この戦いに助太刀する!」
「同じく第3子、シーラ・カロトバウン、助太刀として馳せ参じました」
「カロトバウンだと……」
辺境伯は突然現れた2人に驚くが、何よりもカロトバウン男爵家の者であることに驚いていた。
それもそのはず、男爵領から辺境伯領まではかなりの距離があり、戦争の知らせを受けて直ぐに出発しなければ、とてもじゃないがこんなにも早く到着できないからだ。
「指揮官とお見受けしますが?」
「あ、あぁ……私は前線の指揮を取っているウカドホツィ辺境伯だ」
「では、閣下は部隊を再編しつつ後退してください。最終防衛ラインを設置し直すべきです」
「だが、これ以上帝国のゴミ共に我が領地を踏み荒らされる訳にはいかん」
「今はそんなことを言っている場合ではないのです。戦線が崩れれば一気に帝国兵が攻めてくるでしょう。私たちのすることは帝国兵の進軍を止めることではなく、遅らせて援軍の到着を待つことです。ここで華々しく散る覚悟など現段階で必要ないのです」
シーラにごもっともな意見を言われてしまい、ウカドホツィ辺境伯は沈黙するしかなかった。いつの間にか華々しく散る考えに至って、勝てもしない戦に身を投じてしまったのだ。
「閣下に直接こう言うのは憚られるのですが、辺境伯領は捨てる覚悟でいて下さい。領民の避難が終わっている以上、無理して兵を費やすのではなく上手く立ち回る方が現段階では優先されます」
「……忠言感謝する」
「シーラ、話はついたか?」
「ええ、兄様は帝国のゴミ共を掃除して。私も後で援護に回るわ」
「ちなみにあの氷像は死んでるのか?」
「死んでるわ。ケビンの邪魔をする者を生かしておく必要がないもの」
「相変わらずケビンのことになると見境ないな。それよりも、この氷は溶けないのか? 戦いにくいぞ」
「それなら氷のない所で戦えばいいじゃない。戦いにくいのは敵も同じなんだから」
「威力ばかり上げてないで溶かす方の訓練もしろよ」
「兄様だって少しくらい魔術の練習をしたら? そうすれば氷も溶かせるわよ?」
王国軍と帝国軍が混乱の坩堝に飲み込まれている中、カインとシーラが緊張感もなく言い争いをして、ウカドホツィ辺境伯は毒気を抜かれてしまい冷静になることができた。
果たして2人が狙ってそれをやっているのかは定かではないが。
「全軍、部隊を再編しつつ後退する! 速やかに負傷者を運び出すのだ」
ウカドホツィ辺境伯の号令により呆然としていた王国軍は我に返り、慌ただしく動きながら部隊の再編に努めていた。
王国軍が動き出したことで帝国軍も我に返り動こうとするが、シーラの作り出した氷が厄介で、被害を免れていた帝国軍の進軍速度は図らずとも遅れることとなる。
王国軍が後退を始めるとカインとシーラが殿を買って出て、進軍してくる先から帝国軍をどんどん魔法で攻撃して、カインはシーラの護衛についてその身を守っていた。そして、キリの良いところで再び《
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