第253話 青天の霹靂
一夜明けた早朝、王国軍は帝国軍の進行ルートに古典的ではあるが落とし穴を至る所に掘りながら撤退を再開していた。あわよくば進軍中に落とし穴の罠へ引っかかり、警戒して進軍速度が落ちれば儲けものと思っての判断だ。
そして、迎撃を行う戦線を決めたところで、王国軍は態勢を整えるために準備に取り掛かった。
数日後、太陽が中天に差しかかる頃、迎撃態勢が整った王国軍の視線の先、地平線の彼方に帝国軍の影が見えてきだした。
じわじわ増え続ける影に王国軍は息を呑んだ。しかし、確かに進軍しているはずなのに、その影の終わりが見えてこないことに兵士たちに動揺が走り始める。
それもそのはず、昨日の時点で第2陣と合流を果たした帝国軍の兵数は1万を超えてしまったのだ。王国軍にとって圧倒的不利な状況が出来上がってしまっていた。
「報告します! 北の大地に帝国軍の影を確認。しかし、帝国軍は増援と合流を果たした模様で、その数は1万を遥かに上回りました!」
本陣の天幕の中に沈黙が訪れる。想定していた最悪の事態が起きてしまったのだ。そこへ更なる報告が入る。
「報告します!」
「今度は何だ!」
さすがに絶望しか見いだせない今の状況に、本来は落ち着いているウカドホツィ辺境伯も声を荒らげてしまう。
「辺境伯領の冒険者と名乗る者が多数応援に駆けつけてきました」
「帝国の冒険者ではないのか!?」
「その帝国の冒険者たちを始末するのに時間がかかったそうです。帝国と見分けるための手段として、全員左手首に統一されたバングルを装着しております。各地の冒険者たちも準備が整い次第、駆けつけてくるそうです」
「ならばその冒険者たちには冒険者だけで隊を組んだあと、隊長も冒険者の中から決めるように伝えろ」
「はっ!」
ウカドホツィ辺境伯は絶望的な中で応援が駆けつけてくれたことに一時的な安堵を得るが、皮肉にも兵士ではなく最初に手こずらされた帝国の冒険者と同じ職業である自国の冒険者であったことに、感謝する心はあるのだが何とも言えない気持ちに陥る。
そして、王国軍・冒険者の連合軍と帝国軍の戦いの火蓋が切って落とされたが、圧倒的な数の暴力に対して善戦することはままならず、ウカドホツィ辺境伯を逃がすために殿を1部隊編成して撤退戦に移行することになるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エルフの集落にてケビンはティナにも里帰りを満喫してもらうため、ニーナの時と同様に1ヶ月ほど滞在していた。
その間はルージュがティナにベッタリと張り付いて、ティナ成分の補充をしているのだった。
ケビンは特に気にすることもなく集落でのんびりとした雰囲気を楽しみながら、他の者たちと日々を穏やかに過ごしていた。
そして、集落から出る際になってちょっとした面倒事が起きてしまう。
「だから、私もついて行くって言ってるでしょ」
「姉さんは集落に残るべきよ」
「可愛い妹のことが心配なの」
朝からずっとこの調子で姉妹で言い争っているのだが、どっちも引かず平行線のまま時間だけが過ぎていく。
とりあえず話が纏まるまでケビンはゼノスとミーシャにお世話になったお礼と旅立ちの挨拶を済ませに行くのである。
「滞在中はありがとうございました」
「あまり大したことはしていないがな」
「いえ、立派な家を建ててくれたじゃないですか」
「不在中は適度に掃除しておく」
「重ね
「またいらしてね、ケビンさん」
「はい、ミーシャさんもお体に気をつけて下さい」
ケビンとティナの両親が挨拶を済ませていると、ティナが近づいてきてケビンに助けを求める。
「ケビン君からも何か言ってよ」
「姉妹の問題だし、俺が口を挟むのもねぇ」
「あなたわかってるじゃない。少し見直してあげるわ」
「ケビン君が止めないとずっとついてくるわよ?」
「ずっとかぁ……ずっとは確かに困るね……」
「何? 私がいると困るって言うの?」
「それは無きにしも非ずってところかな。俺たちは冒険者だし」
「私も冒険者になるからそれで問題解決ね。ほら、集落から出るのでしょ? 行くわよ」
「ゼノスさん、ミーシャさん、いいのですか?」
「本人が行くって言うし……外に出れば男でも見つけて妹立ちできると思うのよねぇ」
「それがいいな。長命とはいえ、いい加減結婚しないとティナに引っ付いて独身のままでいそうだ」
勝手に話を進めてサクサク歩くルージュのことを、両親は特に気にもしていないようで、あわよくば男を連れて帰ってきて欲しいという願いがあった。
そのような会話をケビンとティナの両親がしていると、ティナがケビンに話しかける。
「本人にとっていい方に納得させてどうするのよ。お母さんたちも許してるし」
「ルージュさんって全然両親に性格が似てないよね」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「面倒くさいし、とりあえず様子見しようか?」
「もう、すぐそうやって面倒くさいのは後回しにするんだから」
「それならティナさんが説得を再開する? 先に行ってるから終わったら迎えに来るよ」
「嫌よ! 仮に終わっても連絡の取りようがないじゃない」
「それもそうか……それなら仕方ないよね?」
「わかったわよ。はぁぁ……ケビン君とイチャイチャする時間が減っちゃうわ」
「埋め合わせはするよ」
こうして、ティナと一緒にいるという目的のために、ルージュが同行することになるのであった。
ケビンたちは集落を出て森から抜け出すと、村は面倒くさいので敬遠してそのまま乗合馬車のある町へと向かっていく。
そして町についたケビンたちは乗合馬車に乗って、ニーナの生まれ故郷であるリグリアの街を目指すのだった。
その日の夕方にリグリアへ到着したケビンたちは宿屋で部屋を確保すると、とりあえずくつろいで夜ご飯までは自由行動とした。
しばらくすると、ケビンの部屋にクリスが訪ねにきたのだった。
「ケビン君、ちょっといいかな?」
「どうしたの?」
「冒険者ギルドへ暇つぶしに行ったら、冒険者が誰もいなかったの」
「へ?」
「で、職員さんに尋ねたら戦争が起きてるからって聞いて――」
「クリスさん! みんなを集めて!」
ケビンがクリスに頼み全員に招集をかけると、幸いなことに部屋に居たようで、すぐに全員がケビンの部屋で揃うこととなる。
「クリスさんがギルドで得た情報によると、戦争が既に始まっていたみたいだ」
ケビンから齎された情報に、クリスとルージュ以外の者は緊張が体を走り抜ける。
「戦争って何?」
「へ?」
緊迫した空気の中でルージュは突拍子もないことを口にして、ケビンは呆気に取られた。
「……国同士が争うことだけど」
「そのくらいわかってるわよ! 何で戦争が起きてるのかって聞いたのよ!」
普通に説明されてしまったケビンの戦争に関する言葉の定義に、ルージュはその事ではないと逆ギレしてしまうが、言葉足らずなルージュのせいでありケビンを責めるのはお門違いである。
「帝国が攻めてきてるから」
「ほんと、人族って馬鹿よね……争って何になるのよ」
「いや、ルージュさんも俺に決闘申し込んだよね? 争いを引き起こしたよね?」
「ぐっ……」
ルージュが自分のことを棚上げして人族に関して貶していると、ケビンから鋭い指摘を受けてしまい口を噤んだところで、ティナが開戦時期について言及する。
「いつからなの?」
「んー……確か1ヶ月近く前って言ってたわよ」
「それって私の家に里帰りした後くらいじゃない?」
「そうなるな。完全に出遅れた」
「今から向かうの?」
「とりあえず詳しい情報が欲しいから、今から王都へ向かうことにする。陛下なら詳細を知っているはずだから」
ケビンの言葉を聞き、皆の視線はルージュに向く。
「な、何よ……」
自身に向けられる視線の圧力に耐えられず、ルージュは口篭りながら言葉を口にしたのだった。
「ルージュさん、俺たちは戦争に向かうことになる。ここで別れて集落に帰った方がいい」
「嫌よ! ティナと一緒にいるんだから」
「姉さん、ワガママ言わないで。戦争は危険なのよ」
「ティナが行けるなら私だって行けるわよ」
またも始まる姉妹の口論。ケビンは面倒くさくなり仲裁をするどころか、話を進めることにした。
「2人とも黙って。黙らないなら2人とも置いていく」
ケビンに置いていかれると言われたティナはすぐさま黙り込み、ティナが黙ったことでルージュもヤバイと感じたのか口を閉じた。
「ルージュさん、もう時間がもったいないし、面倒くさいから連れていくけど、落ち着くまで俺のことに関する質問は一切受けつけない。わかった?」
「よくわからないけど、わかったわ」
「それじゃあ、みんな荷物をまとめて受付前に集合したら出発しよう」
それからケビンたちは宿屋を後にして人気のない所へ向かうと、アリシテア王国の王城へと転移した。
転移直後はルージュが1人だけ混乱していたが、ケビンは目的のためにサクサクと歩き出して、国王のいる場所へと向かうのだった。
そして、国王のいる場所へ向かうと他の者の気配もあり軍議中であったようだが、構わずに中へと入り国王に声をかける。
「陛下、挨拶は省くね。詳しい状況が知りたい」
突然現れたケビンに全員驚くが、侯爵となってしまったケビンに異を唱える者などおろうはずもなく、軍議参加者はただ押し黙るだけであった。実力が一線を画していることも起因している。
「国境沿いに布陣していた前線は崩壊し、新たな防衛ラインを築いてそこで戦っておる。お主の魔導具のおかげでこの防衛ラインは突破されておらん」
「前線にはあげなかったの?」
「何も動きを見せていなかったのでな、金や兵糧の問題もあったゆえに兵の引き上げとともに持ち帰ったのだ。そこを帝国に突かれて崩壊したのだ。こちらの動きが偵察されていたみたいでな、開戦時から兵力差があり圧倒的な不利に立たされてしまった」
「現状は均衡してるってこと?」
「戦況は押され気味だ。戦争が始まり冒険者たちが立ち上がって連合軍として一緒に戦っておるが、帝国の増援が次から次にやって来て一向に減らん。恐らく随分と前から準備しておったのだろう。この国とミナーヴァはまんまとしてやられたというわけだ」
「わかった。俺は独立して動くけどいいよね?」
「お主についていける者がおらんからな。構わん」
「それじゃあ、戦地に向かうことにするよ」
「その前に実家に寄るのだ」
「何かあったの?」
ケビンの軽い口調の問いかけに対して国王は黙ってしまった。いざ言葉にしようとしても、中々口にすることができなかった。
「……何があったの?」
その様子にケビンも何かを感じ取り重い口調で再び問いかけるが、黙している国王の反応は乏しい。
「ねぇ」
ケビンに促されてしまい国王は気の進まぬ中、重くなった口を開いた。
「……前線が崩壊した時に殿を務めたのは、お主の兄姉であるカインとシーラだ」
「嘘でしょ? 嘘だよね?」
「殿の1部隊は最後まで勇敢に戦ったそうだ。そのおかげで指揮官をしていたウカドホツィ辺境伯は撤退することができた」
「何でそいつ逃げてんの? 兄さんや姉さんは戦ってたんだよね? 何で逃げてんの?」
ケビンの体から無意識に威圧が漏れだす。
「くっ……ケビン落ち着け」
その時、ティナたちの横をすり抜けて、威圧を漏らしているケビンの体を優しく包み込む者がいた。
「ケビン様……お怒りはごもっともですが、今はお義兄様たちを探しましょう? きっと生きています」
「……」
「ケビン様もそうお思いになりませんか?」
「アリス……」
ケビンが落ち着きを取り戻すと漏れだしていた威圧もなくなり、室内にいた軍議参加者はどっと汗を吹き出し、ただ命あることに安堵するとともに、ケビンを止めた王女に尊敬を抱いた。
「ごめんな。キツかっただろ?」
「ケビン様から頂けるものならば例え威圧でも私は嬉しいです」
「はは、威圧が嬉しいなんて変な人だと白状してるようなもんだぞ?」
「アリスは変な人なんかではありません。ケビン様のものだから嬉しいのです。他の人のは嫌です」
アリスが頬を膨らませて抗議するとケビンは微笑みかけ、アリスに抱きつかれたままで締まらないが国王へと謝罪する。
「陛下、すみませんでした」
「よい、家族に何かあれば誰でも心中穏やかではおれん」
「それじゃあ、実家に寄ってみるよ」
「あぁ、サラ殿が独自に動いているゆえ、話を聞くのがよかろう」
「アリス、ありがとう」
「ご武運を」
「あぁ、行ってくる」
アリスがケビンから離れると、ケビンはティナたちを引き連れてその場を後にするのであった。
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